書物の向こう側-05
日が傾き始めた頃。
セシルは数冊の研究書を抱え、学園長室の扉を叩いた。
「失礼します。」
「入りたまえ。」
重厚な扉を開くと、部屋の奥では学園長が書類へ目を通していた。
その向かいには、見慣れた二人の姿。
「おや、セシル。」
椅子にもたれ掛かっていたエルドが片手を上げる。
「珍しいな。」
「図書館に籠もっている君が、学園長室とは。」
その隣では、腕を組んだクラウスが軽く笑う。
「まさか、お前までアークライトの話じゃないだろうな。」
セシルは一瞬だけ目を丸くした。
「……クラウスもか?」
「ああ。」
「剣を振らせたら面白い。」
クラウスは率直に答える。
「レオンも認めていた。」
エルドも肩をすくめる。
「私は戦場の勘だ。」
「あの子は状況を見る目が異常にいい。」
セシルは静かに息を吐いた。
「やはり、そうか。」
学園長がゆっくり顔を上げる。
「君も何か見つけたようだね。」
「はい。」
セシルは机へ研究書を置いた。
「今日、図書館でノア・アークライトと話をしました。」
「彼は古い研究書を読んでいました。」
「それだけなら珍しい学生で終わります。」
「ですが……。」
一冊の本を開き、あるページを示す。
「この術式の欠点を、自力で見抜きました。」
クラウスが眉をひそめる。
「欠点?」
「出版当時は正しいとされていた理論です。」
「しかし後年、その問題点が指摘され、改良術式が提案されています。」
「アークライトは、その改良術式を知らないまま、同じ結論へ辿り着きました。」
部屋が静まり返る。
学園長は静かに研究書へ目を落とした。
「独学で、か。」
「はい。」
セシルは力強く頷く。
「彼は暗記しているのではありません。」
「知識同士を結び付け、自分で答えを導いています。」
「私は……正直、驚きました。」
クラウスは思わず笑った。
「剣だけじゃないのか。」
「今度は頭脳か。」
エルドも口元を緩める。
「なるほどな。」
「だからあの戦い方だったわけだ。」
点と点が、一つの線になった。
剣術。
戦術眼。
魔法理論。
それぞれ別の教師が見たノアの姿は、すべて同じ結論を示している。
――この少年は、普通ではない。
学園長は椅子にもたれ、静かに目を閉じた。
「興味深い。」
三人の教師が視線を向ける。
「魔力量は最低。」
「しかし剣術、戦術、知識は一流。」
「実に不思議な少年だ。」
しばらく考え込んだ後、学園長は穏やかに微笑んだ。
「才能とは、一つの尺度では測れない。」
「私たち教師の役目は、数字ではなく、その生徒自身を見ることだ。」
その言葉に、三人は静かに頷いた。
ノア・アークライト。
まだ一年生。
まだ誰にも知られていない少年。
しかし、その名は少しずつ教師たちの記憶へ刻まれ始めていた。




