書物の向こう側-01
放課後。
授業を終えたノアは、いつものように学園図書館へ足を運んでいた。
王立ルミナス学園の図書館は、王国内でも有数の蔵書数を誇る。
高くそびえる本棚には、魔法理論や剣術、歴史、魔物学、錬金術など、あらゆる分野の書物が整然と並んでいた。
扉を開けた瞬間に漂う、紙とインクの香り。
ノアは小さく息を吸い込み、自然と頬を緩める。
「やっぱり、この匂いは落ち着くな。」
受付の奥では、年配の司書が帳簿を整理していた。
ノアの姿を見ると、穏やかに目を細める。
「今日も来たのかい。」
「こんにちは。」
ノアは軽く頭を下げる。
「こんにちは、司書さん。」
「今日は何を読む予定なんだい?」
「まだ決めてません。」
ノアは書架を見渡しながら笑う。
「面白そうな本を探そうと思って。」
その答えに司書は苦笑する。
「君の『面白そう』は、普通の学生とは少し違うからね。」
そう言って視線を向けた先には、昨日ノアが返却した本が積まれていた。
『古代魔法陣基礎理論』
『属性変換術式概論』
『魔力循環学入門』
どれも一年生が手に取るような本ではない。
「全部読み終えたのかい?」
「はい。」
「昨日の夜、ちょうど最後まで読めました。」
司書は思わず感心したように息を漏らす。
「若い頃は私も本ばかり読んでいたが……。」
「その三冊を数日で読み切る学生は、そうそう見たことがないよ。」
ノアは照れくさそうに笑った。
「分からないところは何度も読み返したので、結構時間がかかりました。」
「それでも十分早いさ。」
司書は返却された本を受け取りながら微笑む。
「本というものは、不思議でね。」
「急いで読めば知識になる。」
「じっくり読めば財産になる。」
ノアはその言葉を噛みしめるように頷いた。
「いい言葉ですね。」
「昔、私の恩師に教わった言葉さ。」
司書はそう言うと、館内の奥を指差した。
「そうだ。」
「昨日、新しく整理した古い研究書の棚がある。」
「君なら興味があるかもしれない。」
「本当ですか?」
ノアの目がぱっと輝く。
「ありがとうございます!」
軽く頭を下げると、足早に書架の奥へ向かっていく。
その後ろ姿を見送りながら、司書はくすりと笑った。
「あんなに嬉しそうな顔で本棚へ向かう子は、久しぶりだ。」
静かな図書館に、ページをめくる音が響き始める。
ノアは一冊、また一冊と背表紙へ目を走らせていく。
どの本も、誰かが長い年月をかけて積み重ねてきた知識の結晶。
その一冊一冊との出会いが、ノアにとっては宝探しにも等しかった。
やがて、一冊の古びた研究書が目に留まる。
革張りの表紙は年月を感じさせるほど色褪せていたが、丁寧に手入れされていることが分かる。
表紙には金色の文字で題名が刻まれていた。
『複合魔法陣構築論 第一版』
「複合魔法陣……。」
ノアはそっとその本を手に取る。
ページを開くと、ぎっしりと描き込まれた魔法陣と細かな注釈が目に飛び込んできた。
思わず笑みがこぼれる。
「……面白そうだ。」
その一言とともに、ノアは静かな閲覧席へ腰を下ろした。
それが、思いもよらぬ出会いの始まりになるとも知らずに。




