押し花の想い-05
放課後。
授業を終えたノアは、一人で学園図書館を訪れていた。
王立ルミナス学園自慢の大図書館。
高い天井まで届く本棚には、魔法、剣術、歴史、魔物学など、数え切れないほどの書物が並んでいる。
「やっぱりすごいな……。」
ノアは感心したように本棚を見上げた。
実家にも書庫はあった。
だが、その何倍もの蔵書がここにはある。
「今日は魔法理論の続きを……。」
そう呟きながら棚を歩いていると、一冊の分厚い本が目に留まった。
『古代複合魔法陣考察』
「これ、読んでみようかな。」
ノアが本へ手を伸ばした、その時。
「その本は難しいわよ。」
後ろから聞こえた声に振り返る。
「リリア。」
リリアは数冊の本を抱え、優しく微笑んでいた。
「また会ったね。」
「うん。」
ノアは少し照れくさそうに笑う。
「リリアも図書館に?」
「ええ。」
「私は魔法史の課題。」
二人は自然と隣の閲覧席へ座る。
静かな図書館には、ページをめくる音だけが響いていた。
しばらくして。
「ねえ、ノア。」
「うん?」
「その本、本当に読めるの?」
リリアは思わず尋ねる。
手にしている本は、三年生でも敬遠するほど専門的な内容だ。
ノアは首を傾げる。
「まだ全部は分からないけど。」
「基礎理論が書いてあるから、面白いよ。」
「基礎……?」
リリアは思わず本を覗き込む。
開かれたページには、複雑な魔法陣と古代文字がびっしりと並んでいた。
「これのどこが基礎なの?」
「ほら。」
ノアはページを指差す。
「この術式。」
「ここ、魔力循環が一つ多いんだ。」
「だから効率が悪くなってる。」
「もしこの線を一本減らしたら――」
ノアは紙へさらさらと図を書き始める。
無駄のない線。
迷いのない手。
「こうすると魔力損失が減ると思う。」
リリアは図を見つめたまま固まっていた。
「……そんなこと、考えたこともなかった。」
「え?」
ノアは不思議そうな顔をする。
「本にも書いてない?」
「書いてないわ。」
「え?」
ノアはもう一度本を見る。
「本当だ。」
「じゃあ、この本を書いた人が間違えたのかな。」
あまりにも自然な一言だった。
リリアは思わず吹き出す。
「ふふっ。」
「そんなこと言える人、初めて見たわ。」
「そう?」
「ええ。」
リリアは楽しそうに笑う。
「でも。」
ノアは少し困ったように笑った。
「実際に試せないから、合ってるかは分からないけど。」
魔力が足りない。
その一言は飲み込んだ。
リリアも、それ以上は聞かなかった。
ただ静かに思う。
――この人は。
――きっと、自分でも気付いていない。
どれほど特別な才能を持っているのかを。
窓の外では、夕陽がゆっくりと西へ傾いていた。
静かな図書館には、また本をめくる音だけが響き始める。
穏やかな時間が、二人の距離をほんの少しだけ縮めていた。




