押し花の想い-03
その日の授業を終えた帰り道。
リリアは一人、学園の並木道を歩いていた。
木漏れ日が石畳を照らし、そよ風が長い金色の髪を優しく揺らす。
自然と、昼休みの会話を思い出していた。
『もちろん覚えてるよ。』
その一言だけで、胸が温かくなった。
細かな出来事は忘れていてもいい。
約束を覚えていてくれた。
それだけで十分だった。
リリアは目を閉じる。
意識は、十年前のあの日へと戻っていく。
◇ ◇ ◇
幼い自分は、ただ怖かった。
護衛とはぐれ、見知らぬ森で迷い、魔物に追われる。
泣き叫んでも、誰も来てくれなかった。
もう駄目だと思った、その時だった。
一人の少年が飛び出してきた。
木の枝を剣のように構え、小さな体で魔物の前に立つ。
『大丈夫。』
その一言が、不思議なくらい安心できた。
何度転んでも立ち上がる。
傷だらけになっても、前へ出る。
必死に自分を守ってくれるその姿は、小さな騎士のようだった。
やがて護衛が駆けつけ、魔物は討たれた。
安心した途端、張り詰めていた気持ちが切れ、涙が止まらなくなった。
そんな自分に、少年は困ったように笑っていた。
『もう大丈夫だよ。』
その笑顔は、今でも忘れられない。
別れ際。
少年は近くに咲いていた小さな白い花を摘み取ると、そっとリリアへ差し出した。
『泣き止んだ記念。』
少し照れくさそうに笑う。
『笑った方が似合うから。』
リリアは涙を拭きながら、その花を受け取った。
胸の奥が、ぽっと温かくなる。
初めてだった。
身分ではなく、一人の女の子として接してくれた人。
初めてだった。
見返りもなく、自分を守ってくれた人。
だから、小さな両手で花をぎゅっと握りしめた。
『ありがとう……。』
『また、会えるかな?』
少年は少しだけ考えてから、大きく頷いた。
『うん。』
『きっと会えるよ。』
◇ ◇ ◇
屋敷へ戻ったその日。
リリアは部屋へ駆け込むなり、使用人たちにお願いした。
「このお花を、ずっと残せる方法はない?」
突然のお願いに皆は驚いたが、庭師の老使用人が優しく教えてくれた。
「押し花にすれば、長く残せますよ。」
その日から数日。
リリアは毎日様子を見に行った。
花びらが崩れていないか。
ちゃんと残るのか。
心配で仕方がなかった。
そして完成した、小さな押し花。
それを見た時、幼いリリアは心の中で静かに誓った。
――また会える日まで、大切にしよう。
――この花も、この想いも。
十年という歳月は流れた。
花の色は少しだけ褪せた。
けれど。
その想いだけは、一度も色褪せることはなかった。
リリアは空を見上げ、小さく微笑む。
「やっと……。」
その声は風に溶けるように消えていく。
「また、会えたね。」
その笑顔は、十年前の少女ではなく。
ようやく約束を果たせた、一人の恋する少女の笑顔だった。




