押し花の想い-02
昼休み。
王立ルミナス学園の食堂は、多くの生徒たちで賑わっていた。
長い窓から陽光が差し込み、広々とした食堂には楽しげな笑い声が響いている。
ノアは昼食の乗ったトレーを手に、空いている席を探していた。
「あっ、ノア。」
聞き慣れた声に振り向くと、リリアが軽く手を振っていた。
「こっち、空いてるわ。」
「ありがとう。」
ノアは向かいの席へ腰を下ろす。
「学園の食事はどう?」
リリアが尋ねる。
「美味しいよ。」
ノアは素直に頷く。
「寮生活は初めてだけど、思っていたより快適だった。」
「それは良かった。」
リリアはほっとしたように微笑む。
「でも……。」
ノアは少し苦笑した。
「部屋には母さんが持たせてくれた保存食が山ほどあるんだ。
もう一週間も経ったのに、全然減らなくて。」
リリアは思わず笑ってしまう。
「ふふっ。」
「いいお母さんなのね。」
「『育ち盛りなんだから、ちゃんと食べるのよ』って。
出発の日に何度も言われたよ。」
「きっと心配だったのね。」
「そうだと思う。」
二人は顔を見合わせて笑った。
しばらく他愛ない話をした後、リリアがふと表情を和らげる。
「ねえ、ノア。」
「うん?」
「昔のこと、覚えてる?」
「昔?」
「……森で会った日のこと。」
ノアは少し考え込んだ。
「もちろん覚えてるよ。」
その返事に、リリアの瞳が少しだけ輝く。
「本当に?」
「うん。」
「森で泣いている女の子がいて。」
「魔物に追いかけられて。」
「必死で助けた。」
そこまでは鮮明に覚えている。
しかし、その後の出来事は少し曖昧だった。
「でも……。」
ノアは困ったように笑う。
「その後は夢中だったから、細かいことまでは覚えてないかな。」
一瞬だけ。
リリアの瞳が寂しそうに揺れる。
けれど、すぐに優しい笑顔へ戻った。
「そうよね。」
「ノアは私を助けることだけで精一杯だったもの。」
「ごめん。」
「謝らなくていいの。」
リリアは静かに首を横に振る。
「私は、それだけで十分嬉しかったから。」
ノアは不思議そうな顔をする。
「嬉しかった?」
「ええ。」
リリアはゆっくり頷いた。
「私を助けてくれた人がいた。」
「それだけで、十分だったの。」
ノアは照れくさそうに笑う。
「父さんなら、誰でも助けるって言うと思う。」
「だから僕も、そうしただけだよ。」
「それでも。」
リリアはノアをまっすぐ見つめる。
「私は、あの日のことを一日も忘れたことがないわ。」
その言葉に、ノアは少し驚いたように目を瞬かせた。
「僕も、また会えて嬉しいよ。」
「約束も守れたし。」
──また会おう。
幼い日の約束。
ノアがその言葉を覚えていてくれたことが、リリアには何より嬉しかった。
「ええ。」
リリアは優しく微笑む。
「ちゃんと、守ってくれたわね。」
二人は穏やかな笑顔を交わした。
昼の陽射しが窓から差し込み、その笑顔をやさしく照らしていた。




