実践の価値-05
「では、最後に一つ確認しておこう。」
実戦訓練を終えた生徒たちへ向け、クラウスが声をかけた。
「戦いは終わったが、魔法は放つだけではない。」
「魔法をどれだけ正確に組み上げられるかも、魔導士には欠かせない能力だ。」
教卓代わりの台へ、小さな水晶球が置かれる。
「この水晶へ、最も基本的な火属性魔法を構築してみろ。」
生徒たちが順番に挑戦していく。
魔法陣を展開し、魔力を流し込む。
小さな火球が生まれ、水晶へ吸い込まれていく。
「良い。」
「構築は安定している。」
「次。」
クラウスは一人ひとりに助言を与えながら見て回る。
リリアの番になると、教室の空気が少し引き締まった。
「では、お願いします。」
リリアは静かに頷く。
指先を掲げる。
空中へ幾何学模様が幾重にも描かれていく。
美しい魔法陣。
無駄のない構築。
完成した火球は安定して燃え続け、水晶を淡く赤く照らした。
「素晴らしい。」
クラウスも思わず頷く。
「教本通り、それ以上の精度だ。」
教室から拍手が起こる。
続いてレオン。
速度ではリリアを上回る。
わずか数秒で魔法陣を完成させると、鋭い火球を放った。
「こちらも見事だ。」
「実戦向きの構築だな。」
そして。
「最後。」
「ノア・アークライト。」
教室が静かになる。
昨日の魔力量測定を思い出した者も多い。
「……無理じゃないか?」
誰かが小さく呟いた。
ノアは水晶の前へ立つ。
「始めます。」
右手をゆっくりと掲げた。
その瞬間。
「……え?」
クラウスの声が漏れた。
ノアは詠唱を始めていない。
それなのに、空中へ光の線が走る。
一本。
二本。
三本。
幾重にも重なり合う魔力の線。
まるで職人が糸を編むような正確さで、魔法陣が形作られていく。
その速度は速くない。
だが、一切の迷いがない。
必要な線だけを選び、寸分違わぬ位置へ組み込んでいく。
「……美しい。」
思わずクラウスが呟く。
隣にいた魔法担当教員も息を呑んでいた。
「教科書より正確だ……。」
リリアも目を見開く。
レオンは無言で見つめる。
やがて魔法陣が完成した。
ノアは小さく息を吸う。
「――《フレイム》」
魔力を流し込む。
……が。
ぽっ。
指先に、小さな火が灯っただけだった。
ろうそくほどの炎。
それは一瞬揺れただけで、静かに消えてしまう。
教室が静まり返る。
「……魔力不足か。」
誰かが呟く。
クラウスは水晶を見る。
反応はほとんどない。
威力だけ見れば、失敗と言ってもいい。
しかし。
彼の視線は、水晶ではなく空中へ向いていた。
まだ、ノアが描いた魔法陣の残滓がわずかに残っている。
その構造は。
基礎魔法とは思えないほど洗練されていた。
「ノア。」
「はい。」
「……誰に魔法を教わった?」
「本です。」
「本?」
「はい。」
「図書館で借りた教本を読んで、自分で練習しました。」
クラウスは思わず黙り込む。
教本だけで、この精度。
そんなことがあり得るのか。
ノアは少し困ったように笑う。
「やっぱり、まだ上手く流せませんね。」
その言葉に、リリアは優しく微笑んだ。
「ううん。」
「魔力が足りないだけ。」
「構築は、本当にきれいだったわ。」
レオンも静かに頷く。
「……ああ。」
「私も初めて見た。」
「魔法陣を見て、感心したのは。」
ノアは照れくさそうに頭をかいた。
褒められている理由は、まだよく分からなかった。
教室の後方で、その一部始終を見ていたエルドは腕を組み、ぽつりと呟く。
「剣だけではない、か。」
「……ますます面白い。」
その目には、期待と驚きが入り混じっていた。




