最下位の少年-01
王立ルミナス学園。
新入生寮の朝は早い。
まだ太陽が完全に昇る前。
静まり返った中庭に、一人の少年が立っていた。
ノア・アークライト。
手には一本の訓練剣。
ゆっくりと構える。
そして。
踏み込む。
――ヒュッ。
剣が空気を切る音が響く。
一振り。
二振り。
三振り。
無駄な動きは一切ない。
足運び。
呼吸。
剣筋。
全てが十年間の積み重ねによって磨かれていた。
「……九百九十八。」
汗が額を流れる。
「九百九十九。」
最後の一振り。
「千。」
静かに剣を下ろす。
乱れた呼吸を整える。
終わった。
いつも通りの朝稽古。
場所が変わっても、やることは変わらない。
「やっぱり、ここにいたのね。」
背後から声がした。
ノアが振り返る。
「リリア。」
そこには、制服姿の少女が立っていた。
栗色の髪が朝日に照らされている。
昨日までの貴族令嬢としての姿とは少し違う。
同じ学園の生徒としての姿。
それが、なぜか新鮮だった。
「朝から千回?」
リリアが苦笑する。
「うん。」
ノアは不思議そうに首を傾げる。
「いつものことだから。」
その返事に、リリアは少しだけ目を細めた。
いつものこと。
その一言。
きっと、ノアにとっては本当に当たり前なのだろう。
でも。
リリアは知っている。
十年前。
自分を助けた時の少年が、どれほど傷ついていたのか。
そして。
そこから十年間。
一日も止まらず努力してきたことを。
「ノアは変わらないね。」
「そうかな?」
「うん。」
リリアは笑う。
「昔から、無茶をするところ。」
「え?」
ノアは困ったような顔になる。
「無茶してたかな。」
「してたよ。」
即答だった。
「森で一人で私を助けに来たんだよ?」
「あれは……。」
ノアは少し考える。
「困っている人がいたから。」
当たり前のことのように言う。
リリアは一瞬、言葉を失った。
十年前も。
今も。
この人は変わらない。
自分が危険だったことより。
誰かを助けられたことだけを覚えている。
「……やっぱり、ノアだね。」
「?」
ノアは首を傾げる。
その反応がおかしくて、リリアは小さく笑った。
「今日から授業だね。」
「うん。」
ノアは学園の校舎を見る。
巨大な建物。
多くの才能が集まる場所。
少しだけ胸が高鳴る。
「楽しみだな。」
その言葉に、リリアは嬉しそうに頷いた。
「私も。」
二人で並んで歩き出す。
その光景を、少し離れた場所から見ている者がいた。
金色の髪。
鋭い瞳。
レオン・ヴァルハルト。
彼は腕を組みながら、静かに二人を見る。
「……朝から千回の剣振りか。」
昨日見た少年。
家柄でもなく。
魔力でもなく。
何か説明できないものを持っている。
レオンは小さく呟いた。
「面白い奴だ。」
そして。
三人はそれぞれの思いを胸に。
学園での最初の一日へ向かって歩き出した。




