再会の約束-04
入学式が終わる。
大講堂から新入生たちが次々と退出していく。
賑やかな声。
新しい出会いへの期待。
そんな空気の中で、ノアは少しだけ立ち止まっていた。
視線の先。
人の流れの向こうに、先ほど壇上に立っていた少女の姿がある。
リリア・ローゼンベルク。
十年前とは違う。
髪は伸び。
背も高くなり。
貴族令嬢としての気品を身につけている。
それでも。
ノアには分かった。
あの日、森の中で震えていた少女だ。
自分の手を握って、泣きながら名前を呼んでいた少女だ。
ノアは一歩踏み出す。
……しかし。
そこで足が止まった。
「僕なんかが……。」
小さく呟く。
今のリリアは、新入生代表。
周囲から注目される存在。
対して自分は。
下級貴族の次男。
魔力もほとんどない。
昔助けたからといって、今さら声をかけていいのだろうか。
そんな迷いが生まれる。
その時。
「……ノア?」
名前を呼ばれた。
聞き間違えるはずがない。
ゆっくり振り返る。
そこにいた。
リリア・ローゼンベルク。
数歩離れた場所で、彼女は立っていた。
青い瞳が、まっすぐノアを見つめている。
しばらく。
二人とも何も言えなかった。
十年分の時間が、ほんの数秒に詰まっているようだった。
「……本当に。」
リリアの声が震える。
「本当に、ノアなの?」
ノアは少し困ったように笑った。
「久しぶり、リリア。」
その一言。
それだけだった。
けれど。
リリアにとっては、それで十分だった。
瞳に涙が浮かぶ。
「……覚えてた。」
小さな声。
「覚えていてくれたんだ。」
ノアは首を傾げる。
「忘れるわけないよ。」
「リリアは……大切な友達だから。」
その言葉に。
リリアの胸が小さく痛む。
嬉しい。
でも。
少しだけ寂しい。
十年前から、自分の中でノアは特別な存在だった。
けれどノアにとっては。
まだ「大切な友達」なのだ。
それでも。
今はそれでよかった。
会えた。
それだけで。
リリアは涙を拭い、笑う。
「……遅いよ。」
「え?」
「十年も待ったんだから。」
ノアは驚いた。
「待った?」
「うん。」
リリアは迷わず頷く。
「ずっと。」
その言葉に、ノアは少し目を見開く。
自分が思っていた以上に。
あの日の出来事は、リリアの中に残っていたのだと知る。
「ごめん。」
「謝らないで。」
リリアは首を振る。
「ノアが来てくれたから。」
そして。
昔と同じ笑顔を見せる。
「今度は、私があなたを見つけた。」
その瞬間。
ノアは十年前の森を思い出した。
泣いていた少女。
守ると決めた約束。
そして。
最後に見た笑顔。
「……大きくなったね。」
思わず出た言葉。
リリアは少し頬を膨らませる。
「それ、女の子に言う言葉じゃないよ。」
「あ、ごめん。」
慌てるノア。
その様子がおかしくて、リリアは笑う。
「変わってないね。」
「ノアは。」
周囲の喧騒が遠く感じる。
二人だけの時間。
十年の空白が、少しずつ埋まっていく。
しかし。
その様子を遠くから見ている者がいた。
金色の髪。
鋭い瞳。
レオン・ヴァルハルト。
公爵家嫡男であり、学年首席候補。
彼は静かに二人を見つめていた。
「……ノア・アークライト。」
小さく呟く。
なぜか分からない。
だが。
あの少年がリリアの隣に立つ姿を見て。
胸の奥に、初めて覚える感情があった。
興味。
そして。
わずかな警戒。
王立ルミナス学園。
最初の日。
三人の運命が交わった瞬間だった。




