森の約束-03
二人で昼食を食べ終える頃には、リリアの表情から涙はすっかり消えていた。
木漏れ日を受けて揺れる金色の髪が、さっきまで泣いていた子とは思えないほど明るく見える。
「……ありがとう。」
リリアはもう一度、小さく頭を下げた。
「どういたしまして。」
ノアは照れくさそうに笑う。
誰かにお礼を言われるのは、少しだけくすぐったい。
空になった布をたたみながら、リリアがふと尋ねた。
「ノアは、この森によく来るの?」
「うん。薬草を採りに来たり、木の実を拾ったりかな。」
「一人で?」
「父さんや兄さんと来ることもあるけど、今日は母さんに頼まれたんだ。」
そう言って、足元に置いた籠を見せる。
中には丁寧に分けられた薬草がぎっしりと入っていた。
「すごい……。」
「間違えると薬にならないから、ちゃんと葉っぱの形を見ないといけないんだ。」
ノアは一枚の葉を手に取り、裏表を見せながら説明する。
「ほら、こっちは葉っぱの縁がギザギザ。でも、こっちは丸いでしょ?」
「ほんとだ……!」
リリアは目を輝かせた。
「ノア、何でも知ってるの?」
「そんなことないよ。」
ノアは慌てて首を振る。
「父さんに教えてもらっただけ。」
「優しいお父さんなんだね。」
「うん。でも剣の練習は厳しいよ。」
「剣?」
リリアが興味津々に身を乗り出す。
「毎朝やってるんだ。」
「毎朝?」
「うん。」
「今日も?」
「朝やってきたよ。」
「何回くらい?」
ノアは少し考えてから答える。
「五百回くらいかな。」
「ご、ごひゃく!?」
リリアの目が丸くなる。
「そんなに振るの?」
「うん。でも帰ったら、また五百回やるよ。」
「えぇっ!?」
思わず大きな声を出したリリアは、慌てて口を押さえた。
「つ、疲れないの?」
「疲れるよ?」
ノアは当たり前のように答える。
「でも父さんが、『毎日少しずつ積み重ねることが一番大事だ』って。」
その言葉を口にするノアは、どこか誇らしげだった。
「毎日続けてたら、強くなれるの?」
その問いに、ノアは少しだけ困ったように笑う。
「……どうだろう。」
「え?」
「兄さんの方がずっと強いし、僕はまだまだだから。」
六歳とは思えないほど控えめな答えだった。
それでもリリアは、首を横に振る。
「でも、ノアはすごいよ。」
「え?」
「だって、五百回なんて、わたし絶対できないもん。」
その真っ直ぐな言葉に、ノアは少しだけ照れたように頬をかいた。
「ありがとう。」
近くに咲いていた白い花が風に揺れる。
ノアは一本摘み取ると、器用な指先で茎をくるりと編み始めた。
「わぁ……。」
リリアは思わず声を漏らす。
一本、また一本。
花を傷つけることなく編み込んでいく小さな手は、驚くほど丁寧だった。
やがて、小さな花冠ができあがる。
「はい。」
「これ……わたしに?」
「うん。」
ノアは少し照れながら笑う。
「泣いてるより、笑ってる方が似合うと思うから。」
リリアは花冠を受け取り、そっと頭に乗せた。
「……ありがとう。」
その笑顔は、森に咲くどの花よりも綺麗だった。
そして、その笑顔を見たノアもまた、自然と笑みを浮かべていた。
二人はまだ知らない。
この何気ない一日が、これから先の人生を大きく変えていくことを。




