旅立ちの日-02
朝の森に、木剣が触れ合う乾いた音が響く。
カンッ――。
互いに正眼の構え。
動かない。
風が二人の間を吹き抜け、木々が静かにざわめく。
先に動いたのはノアだった。
一歩。
地面を踏みしめる音すら小さい。
木剣がまっすぐに走る。
速い。
だが、その一太刀をガレスは最小限の動きで受け流した。
木剣同士が擦れ合い、甲高い音を鳴らす。
「力むな。」
短い一言。
ノアはすぐに剣を引き、距離を取る。
そのまま呼吸を整え、再び踏み込む。
今度は右ではなく左。
軸足を入れ替え、斜めから切り込む。
ガレスの口元がわずかに動いた。
――読んでいる。
息子は、こちらの癖を読んでいる。
以前なら正面から打ち込んできた。
だが今は違う。
相手の重心を見て、空いたところを狙ってくる。
成長した。
確かに。
それでも。
「まだ甘い。」
ガレスは半歩だけ踏み込み、木剣の腹でノアの剣筋を逸らす。
勢いを失ったノアの木剣が空を切る。
その一瞬の隙へ、ガレスの木剣が静かに伸びた。
コツン。
ノアの額に軽く当たる。
「一本。」
勝負あり。
ノアは木剣を下ろし、悔しそうに笑った。
「また負けました。」
「当たり前だ。」
ガレスはそう言って木剣を肩へ担ぐ。
「私はまだ、お前の師だ。」
ノアは素直に頷いた。
「はい。」
悔しさはある。
だが、不満はない。
負けた理由が分かるからだ。
あと一歩。
あと半歩。
その積み重ねが勝敗を分けることを、ノアはこの十年で学んでいた。
ガレスは息子の構えを改めて見つめる。
剣先はぶれない。
足運びも滑らかだ。
何より、無駄な力が抜けている。
――ここまで来たか。
胸の奥で、小さく息をつく。
自分が十年以上かけて身につけたものを、息子は十年でここまで吸収した。
もう教えるべき基本は、ほとんど残っていない。
あとは実戦。
経験だけが、この先のノアを育てる。
だが、その考えを口にすることはなかった。
褒めれば、この子はきっと照れてしまう。
だからいつも通りに言う。
「もう一本……と言いたいところだが。」
ガレスは空を見上げる。
朝日が森を明るく照らし始めていた。
「今日は旅立ちの日だ。」
「母さんが朝食を待っている。」
ノアは「あっ」と声を漏らす。
「急がないと、また母さんに怒られますね。」
「その通りだ。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
親子で並んで森を歩き始める。
その背中を、朝日が優しく照らしていた。
ガレスは隣を歩く息子を横目で見つめる。
心の中でだけ、そっと呟く。
――ノア。
――お前はもう、私が誇れる剣士だ。
その言葉だけは、胸の奥へ静かにしまい込んだ。




