初めての一太刀-05
「ノアーーーーッ!!」
森中に響くほどの叫びだった。
その声に続き、何人もの足音が近づいてくる。
藪をかき分け、最初に飛び込んできたのは一人の男だった。
「ノア!」
迷うことなく駆け寄り、小さな身体を強く抱き上げる。
ノアの父――ガレスだった。
肩で息をしながら、何度も何度も息子の顔を確かめる。
「……生きてる。」
震える声で呟く。
額には汗が滲み、普段は崩さない表情も今は必死だった。
ノアはうっすらと目を開ける。
「……父さん。」
「ノア!」
ガレスは息子を抱きしめる腕に力を込めた。
「無茶をしおって……!」
叱るような声だった。
けれど、その声は震えていた。
ノアは弱々しく笑う。
「……リリア。」
「リリアは?」
その一言で、ガレスは少しだけ目を見開く。
振り返ると、村人たちがリリアを優しく抱き起こしていた。
「大丈夫です!」
「足を痛めているだけです!」
その言葉を聞いた瞬間、ノアはほっと息を吐く。
「……よかった。」
その笑顔を見て、ガレスは胸が締めつけられた。
自分の命より先に、友達を心配した。
それが息子らしいと思う一方で、あまりにも危うくも感じる。
「父さん……。」
「ん?」
「僕……。」
ノアはゆっくりと右手を持ち上げようとした。
しかし。
「あれ……?」
腕が、思うように上がらない。
木剣を何千回も振ってきたはずの腕。
それが、まるで重りを付けられたように動かなかった。
ガレスは怪我を疑い、慌てて腕や肩を調べる。
「骨は折れていない……。」
「傷も浅い。」
「なら、どうして……。」
ノアも分からなかった。
ただ、身体の奥から力が抜け落ちているような感覚だけがあった。
立とうとしても膝に力が入らない。
魔力を巡らせようとしても、胸の奥は静まり返っている。
何もない。
空っぽだった。
そのとき、左手首がかすかに熱を帯びた。
ノアだけが気づく、小さな違和感。
袖の下に隠れた手首には何も見えない。
それでも、あの白い世界で刻まれた感覚だけは消えていなかった。
――神枷。
胸の奥で、その名が静かに響く。
ガレスはそんなことを知る由もない。
ただ、息子を安心させるように微笑んだ。
「大丈夫だ。」
「今日はゆっくり休め。」
「きっと疲れただけだ。」
ノアは小さく頷いた。
「……うん。」
その返事とは裏腹に、胸の奥では言いようのない不安が広がっていた。
自分の身体に、何かが起きている。
それだけは、幼いノアにもはっきりと分かっていた。
夕日に染まる森を背に、ガレスはノアを抱き上げたまま村への道を歩き出す。
その腕の中で、ノアは一度だけリリアの方を見る。
リリアもまた、村人に支えられながらこちらを見ていた。
二人の視線が重なる。
リリアは涙を浮かべながら、それでも精いっぱい微笑んだ。
ノアも微笑み返す。
――約束は、守れた。
その安堵とともに、ノアは静かに目を閉じるのだった。




