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転生少女と黒狼姫 〜女神に選ばれた少女と、掟破りの狼族戦士〜  作者: 白川雫


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第8話 はじめての、二人

「きゃあああ——っ!!!」


 女の子の声だった。


 シズちゃんがわたしの襟をつかんで、街道の脇の茂みへ引きこんだ。二人で、しゃがんだ。


 葉の隙間から、のぞいた。


 荷馬車が一台、道をふさぐように止まっていた。荷台に、乾いた草の束が高く積んである。


 車輪のそばに、年をとった男の人が倒れていた。額から血が一筋、頬まで流れている。指も、足も、動かない。


 その人を囲むように、汚れた革の外套の男たちが立っていた。


 数えて、七人。


 まんなかに、女の子が一人いた。栗色の髪をうしろで束ねた、わたしより少し年上に見える子だった。両腕を、うしろから羽交い絞めにされていた。


「よお、なかなかいい体してるじゃねえか」


「人買いに、いい値で売れる」


 わたしは、息を止めた。


   *


 その子は、暴れなかった。


 かわりに、顔を上げた。


「荷は、全部差し上げます」


 思ったよりずっと、はっきりした声だった。


「馬も。売り先の名前は、わたしが書きます。買い手の決まっていない草は、三日で値がつかなくなるので」


 男たちが、顔を見合わせた。


「おい、こいつ、商談はじめやがった」


 下卑た笑いが、いくつも重なった。


 いちばん奥にいた一人が、そこでゆっくり顔を上げた。


 その人だけ、ほかの男たちと違って見えた。外套は同じように汚れているのに、腰の剣だけが上等だった。立っている重心が、低い。目のなかに、ほかの人たちみたいな濁った光がなかった。かわりに、数をかぞえているみたいな、乾いたものがあった。


「口が回るな」


 静かな声だった。


「だが、お前も売り物だ」


 女の子の喉が、こくりと動いた。


 それから、倒れているお父さんのほうへ、まっすぐ目を向けた。


「……父を」


 細い声だった。


「殺さないでください」


 声が、震えた。震えたのに、途中で折れなかった。


「わたしは、どうなっても、構いません」


 わたしの胸のまんなかが、ぎゅっと縮んだ。


「父、だけは……」


   *


 隣で、シズちゃんが息を深く整えた。


「ハルカ。あの二人を——」


 言い終わる前に、シズちゃんが消えた。


 ちゃんと目で追ったのに、途中がなかった。


 羽交い絞めの男が振り向くより先に、刀の峰がその腕をはらっていた。固い音がした。骨の折れる音では、なかった。


 男が呻いて、腕がほどけた。傾いだ女の子の身体を、シズちゃんが片腕で受けた。二歩で、倒れているお父さんの脇まで運ぶ。膝を、そっと落とさせた。


「動くな」


 戦うときの声だった。


 シズちゃんは、そこから動かなかった。……動けない。うしろに、二人いるからだ。


 わたしは、茂みから出た。


 草を踏む音で、七つの顔が、いっせいにこちらを向いた。


「……頭領。こいつら、鑑定してみようぜ」


「おう」


「【鑑定】——」


 男の口が、開いたまま止まった。


「げ! 獣人の女……LV30!」


「白狼族の、戦士だ! やべえぞこれ!」


 男たちが、いっせいに身をこわばらせた。


「ちっ。それで動きが速えのか」


 頭領が、舌を打った。それでも、退がらなかった。腰の剣に、そっと手を添えただけだった。


「なら、脇の小娘は」


「【鑑定】——旅人だ。LV2!」


「なんだよ、そんな弱いくせに、いきってんじゃねえ」


「売りに出そうぜ。傷ものは値が下がるから、気をつけろよ」


   *


 ——売りに、出そう。


 その一言で、耳の奥が、しん、と鳴った。


 まわりの音が、遠くなった。


 わたしは、あの子の襟を見た。引き裂かれかけて、それでも破れなかった布を。


 倒れているお父さんを見た。額の血は、もう乾きかけていた。ずいぶん前から、あそこに倒れている。


 あの子はさっき、自分のことを一度も守らなかった。どうなっても構いません、と言った。父だけは、と言った。


 ……なんで。


 なんで、この人たちは、あの子に、そんなことを言わせたんだろう。


 お腹の底のあたりで、なにかが、ぼっ、と燃えた。


 燃えたものが胸を通って、喉のところまで上がってきた。熱くて、苦しくて、うまく息が吸えない。


 指の先だけが、逆に、つめたくなっていた。


 ……わたしのこと、じゃない。


 わたしは、なにも取られていない。


 なのに、こんなに、熱い。


 シズちゃんが、刀を抜こうとした。


 わたしは、振り向いた。


「シズちゃん」


 自分でも、変な声だと思った。


 いつものわたしの声ではなかった。もっと低くて、震えていて、その震えは、こわいのじゃないほうの震えだった。


「そこ、まもってて」


「……ハルカ」


「わたしが、いく」


 シズちゃんの目が、大きくなった。


 わたしは、前へ出た。


 七人。ぜんぶ、こっちを見ている。


 息を吸った。吸って、吸って、もう入らないところまで吸った。


「私」


 言葉が、喉のところで一度つかえた。


 つかえたところを、そのまま押した。


「おこってるんだからね!!!」


 叫んだ。


 絶叫だった。


 あの人たち、わるい。あの子、こわがってる。お父さん、けが、してる。


 わるい。ぜったいに、わるい。


 出てきた言葉は、そのくらいだった。あとはぜんぶ、喉のところで熱にとけてしまった。


 男たちが、一瞬あっけに取られた。


 でも、それは本当に一瞬だった。


「ちっ、こっちも子どもか」


 頭領が、鼻で笑った。


「獣人は面倒だ。その娘だけ、先に潰せ」


   *


 六人が、いっせいに来た。


 拳。短刀。膝。


 三方から、いっぺんに覆いかぶさってくる。


 ——そのときだった。


 男たちの動きに、うすい線が見えた。


 拳が、これから通る道。短刀が、これから届く高さ。膝が、跳ね上がる先。ぜんぶが細い線になって、身体より先に、空気のなかへ引かれていた。


 線の、ないところ。


 そこへ、身体が勝手に落ちていった。


 最初の拳が、耳の横を抜けた。


 次の短刀が、髪をかすめた。かすめただけで、一筋も切れなかった。


 三人目の膝が上がるより先に、わたしの掌の付け根が、その人の胸のまんなかに沈んでいた。


 どすん。


 身体がうしろへ飛んで、地面に落ちて、そのまま動かなくなった。


「な、なんだこいつ!」


「読んでやがる!」


「LV2じゃねえ!」


 声が、上ずっていた。


 答えなかった。答えるより、次のほうが早かった。


 肘が、あばらを打った。膝が、内股を打った。掌の付け根が、顎の下をすくい上げた。


 ばきり。どさり。


 拳は、使わなかった。


 使ったら、たぶん、折れてしまう。人の骨は、思っているよりずっと薄い。


 ……どうしてそれを知っているのかは、分からない。


 分からないのに、身体のほうが、ぜんぶ知っていた。


 二人が、左右から同時に来た。


 線が、二本。ちょうどわたしのいるところで、交わっていた。


 ……ここに、いなければ、いい。


 わたしは、しゃがんだ。


 ごつん。


 頭と頭が、まんなかでぶつかった。二人とも、そのまま、どさりと落ちた。


 ……あ。ごめん。


 五人。


 わたしは、なにもしていなかった。


 線が引かれる。線のないところが空く。そこへ、勝手に落ちる。それだけだった。


 ……こわい。


 勝っているのに、そう思った。


 背中で、草が鳴った。


 線が、なかった。


 振り向いたときには、短刀がもう肩の高さまで来ていた。


 ずざっ。


 地面を蹴って、身体をひねった。刃の先が、髪を一房、持っていった。


 切れた髪が、目の前をゆっくり落ちていく。


 ……見えない線も、ある。


 背中は、見えない。


 だったら、と思った。


 わたしは、下がるのをやめた。かわりに、その人の懐へ、まっすぐ入った。


 短刀を持った腕の、内側。線のいちばん細いところ。


 肘を、脇の下へ。


 ぎり、と骨が鳴った。折れては、いない。


 男の指から短刀が落ちた。その柄を、わたしは爪先で蹴り上げる。柄頭が、その人の額に、こつん、と当たった。


 どさり。


 六人。


 地面に、うめき声だけが転がっていた。


「く、くそ……頭領!」


 いちばん端で腹を押さえていた男が、そう叫んだ。


「頭領はLV30だ! やっちまってくれ!」


 ……さんじゅう。


 わたしは、その音を口のなかで転がした。


 シズちゃんと、おなじだった。


   *


 頭領が、剣を抜いた。


 構えが、ちがった。


 重心が、さっきよりもっと低く沈んでいる。目のなかの乾いたものが、消えていた。かわりに、研がれたみたいな冷たい光があった。


「……鑑定を、騙してやがるのか」


 掠れた声だった。


 地を、蹴った。


 線が、来た。


 ——細い。


 下段。脛。


 脚を、ふわりと浮かせた。刃が、靴の底の下を抜けた。


 上段。落ちてくる。


 上体を、うしろへ倒した。刃が、鼻先のすぐ上を通った。


 突き。


 半歩、横へ流れた。刃が、脇を抜けた。


 三つとも、ほんの一寸しか、よけられなかった。


 この人の線は、細い。細くて、見えるのが遅い。


 ほかの人の線は、引かれて、わたしが見て、それから身体が動いた。


 この人の線は、見えたときには、もう届いている。


 四つ目は、こちらから出した。


 掌を、胸へ。


 届かなかった。頭領が、半歩下がった。掌は、外套の胸をかすめただけだった。


 肘を、続けて飛ばした。剣の腹が、それを受けた。ばきん、と鳴った。折れなかった。


「ちっ、素早え……!」


 打ち合いが、続いた。


 掌が飛ぶ。剣がはらう。膝が跳ねる。脚が引く。


 一拍。二拍。三拍。


 ……この人、下がってる。


 気づいたのは、三拍目だった。


 よけるたびに、頭領の足が半歩ずつ、うしろへずれている。わたしが押しているんじゃない。この人が、じぶんで、下がる場所を選んでいる。


 どこへ、と思って、顔を上げた。


 太陽が、目に入った。


 ……あ。


 傾きかけた日が、ちょうどこの人の肩のうしろにあった。三拍かけて、そこまで回りこまれていた。


 白い光で、線が一本、消えた。


 消えたところから、刃が来た。


 頬に、熱い筋が走った。


 遅れて、ぬるいものが顎まで垂れた。


「ようやく、当たったな」


 頭領が、はじめて笑った。


 わたしは、下がらなかった。


 下がったら、この人はまた、場所を選ぶ。


 かわりに、目を閉じた。


 ……えっ。


 閉じたのに、線は、まだあった。


 まっくらな内側に、うすい線が、はっきりと引かれていた。


 ……目で、見てたんじゃ、なかった。


 わたしは、目を閉じたまま、一歩、前へ出た。


「……なに、を」


 剣が来た。線の外側へ、身体が落ちた。


 もう一度、来た。落ちた。


 三度目は、線がぶれた。


 ……息が、あがってる。


 頭領の呼吸が、はじめて音になっていた。


 わたしは、目を開けた。


 構えの重心が、少しだけ崩れていた。


 崩れたところへ、上から、太い線が一本、落ちてきた。


「ぐ、こいつ……!」


 最後の力を集めた、大振りの一撃だった。


 太い線は、よけやすい。


 わたしは、身をぐっと沈めた。地面に、両手をついた。


 背中が、うしろへしなった。


 空が、ぐるりと回った。


 回った脚の先が、頭領の顎の下を、鋭く蹴り上げた。


 どすん。


 身体が、ふわりと宙に浮いて、それから、落ちた。


 どさり。


 動かなくなった。


 しばらく、音がなかった。


 わたしは、地面に立っていた。胸が、大きく上下していた。拳を、まだ握ったままだった。熱いものが、まだ喉のところに残っていた。


「どうだ!!」


 叫んだ。


 叫んでから、自分でびっくりした。


 声に、まだ怒りが乗っていた。


   *


 目のまえで、光の粒がふるえた。


 粒がふわりと集まって、まぼろしの窓が灯った。それから、次の窓が灯った。次の、次の窓も、灯った。


==========

 LV UP!

 ハルカ LV2 → LV3

 LV UP!

 ハルカ LV3 → LV4

 LV UP!

 ハルカ LV4 → LV5

 LV UP!

 ハルカ LV5 → LV6

 LV UP!

 ハルカ LV6 → LV7

==========


「わっ」


「シズちゃん、たくさん、あがったよ!」


 振り向いた。


 シズちゃんが、目を大きく見開いて、そこに立っていた。


「……遥香」


 いつもの「ハルカ」では、なかった。


「あの頭領は、LV30だ」


「うん。きいた」


「……わたしと、同じだ」


 シズちゃんの声のほうが、震えていた。


「LV2が、勝てる相手では、ない」


 しばらく、間があった。


 黒い尻尾が、うしろで、ふわりと大きく揺れた。


「……すごく、かっこよかった」


 わたしは、目をまん丸にした。


「え」


「……」


「シズちゃん、いま」


「……言っていない」


「いった」


「言って、いない」


「いった〜」


 言っていないと言いながら、シズちゃんは、こっちを見たままだった。


 ……かんそう、だ。


 シズちゃんが、かんそうを、いった。


 喉に残っていた熱が、すうっと、ほどけた。


   *


 わたしは、あの子のところへ駆けていった。


「もう、だいじょうぶ」


 言いながら、膝をついた。


 その子は、わたしの顔をしばらく見て——それから、わたしの頬を指さした。


「……先に、そっちです」


「え」


「血が、出ています」


 その子は、縄の跡がまだ赤く残る手で、荷台の束から草を一本引き抜いた。葉を噛んで、丸めて、わたしの頬にぺたりと貼った。


 つめたくて、それから、じんわりあたたかくなった。


「これ、なに」


「薬草です。うちは、これを売る家なので」


 その子が、はじめて笑った。


 笑ってから、目のふちに涙が盛り上がって、ぽろぽろこぼれた。


 笑ったまま泣く人を、わたしは初めて見た。


「……申し遅れました。リーンと申します」


 深く、頭を下げた。


「リーン」


 わたしは、その音を口のなかでなぞった。


「ハルカ」


「ハルカさま」


「……さま」


「はい、ハルカさま」


 リーンちゃんは、それから立ち上がって、シズちゃんのほうへ向き直った。


 半歩ぶん、間を空けて立った。わたしのときみたいには、顔を近づけなかった。


「シズさま。助けていただいて、ありがとうございました」


 シズちゃんが、小さくうなずいた。


 ……あれ。


 わたしと、シズちゃんとで、ちがう。


 どこがどう違うのかは、うまく言えなかった。ただ、リーンちゃんはシズちゃんの前でも、ちゃんと明るかった。明るいまま、半歩だけ、下がっていた。


「あの、ご迷惑でなければ」


 リーンちゃんが、両手を胸の前で組んだ。組んだ指が、まだ震えていた。


「街まで、道中の護衛をお願いできませんか。この人たちの引き渡しも」


「父を、街の治療師に見せなければなりません。わたし一人では、また襲われます」


 それから、少しだけ声を落とした。


「わたし、草のことしか分からないので」


 軽い言い方だった。軽いのに、なぜか耳に残った。


 シズちゃんは、その震える指をしばらく見ていた。


「……引き受ける、よ」


 あ。


 わたしは、シズちゃんの横顔を見上げた。


 真顔じゃなかった。言い直しも、しなかった。


 するっと、出た。


 わたしは、リーンちゃんの腕をつかんだ。


「いまの」


「は、はい」


「おしえたの、わたし」


「……え?」


「きのう、おしえた。〜よ、って」


 黒い耳が、ぱたっと伏せた。


「……ハルカ」


「ほら、みみ」


「……行くぞ」


 リーンちゃんが、シズちゃんの耳とわたしの顔を見比べて、口もとを押さえた。


   *


 シズちゃんが、腰の縄で七人の手をうしろに縛った。だれも、抗わなかった。


 最後が、頭領だった。


 シズちゃんの手が、そこで止まった。


「……この者は」


 シズちゃんは、頭領の腰から外した剣を、日にかざした。


「街道の、山賊では、ない」


 わたしも、のぞきこんだ。


 剣は、ほかの人たちのより、ずっときれいだった。柄の巻きが、丁寧に締めてある。刃こぼれが、一つもない。


 それから、縛られた手首が目に入った。


 内側に、まるい痕があった。焼き印みたいな、古い痕だった。


「これ、なに」


「……分からん」


 シズちゃんは、その手首を、そっと荷台へ戻した。


 リーンちゃんが御者台のほうから戻ってきて、頭領の顔をのぞきこんだ。しばらく、動かなかった。


「……街の、自警団に預けましょう」


 声が、少し硬かった。


「団長さまなら、この顔を、知っているかもしれません」


 七人を荷台のうしろへ並べ、お父さんを御者台の隣に寝かせた。リーンちゃんが、自分の外套を丁寧に下へ敷いた。


 夕日が、馬の毛並みを赤く染めていた。


   *


 馬車が動き出した。草の束は、揺れるたびに青いにおいを立てた。わたしはその上に寝ころんで、流れていく空を見ていた。


 ……はこばれるの、はじめてだ。


 日が落ちて、街道から少し外れた木立の陰に、馬車を止めた。


 シズちゃんが、ひうちいしを二度打った。乾いた枝が、ぱちり、と燃えた。


 リーンちゃんが、火にかけた小さな鍋に草をひとつかみ入れた。


 しばらくして、あまいにおいが立った。薬のにおいだと思ったのに、あまかった。


「これ、のむの?」


「はい、父に。……ハルカさまも、飲みますか」


「のむ」


「熱いですよ」


「ふうふうする」


「ふうふうしても、熱いです」


「する」


 リーンちゃんが、笑った。それから、わたしのすぐ隣に、すとん、と座った。


「シズさまも、いかがですか」


 シズちゃんのほうへは、木の椀を両手で差し出して、それから一歩だけ引いた。


「……もらう」


 やっぱり、ちがった。


 でも、いやな感じは、しなかった。


   *


 シズちゃんが、椀を右手で受け取ろうとして、持ちかえた。


 わたしは、その手を見た。


 ゆうべ、わたしが巻いた布だった。


 結び目が、まだ指の付け根にあった。いちばん、動くところ。


「……むすびめ、そのまま」


「……ああ」


「にぎれない、って、いってた」


「……言った」


「まきなおす?」


 シズちゃんは、しばらく答えなかった。


 火の音が、ぱちり、と鳴った。


「……いい」


「え」


「このままで、いい」


 わたしは、それ以上は訊かなかった。


 なんだか、訊いちゃいけない気がした。


   *


 と、リーンちゃんが、遠くを指さした。


「あそこ、うちの街です。ヴェルデ」


「べるで」


「ヴェルデ、です」


「ヴェルデ」


 夜の闇の、ずっと向こう。小さな灯りが、まばらに集まって光っていた。ぽつり、ぽつりと、地面に星が落ちたみたいだった。


「灯り、いっぱい」


 わたしは、目を細めた。


「はじめて、見た」


   *


 リーンちゃんは、お父さんの脇に戻って、その肩に頭を寄せた。長い一日を閉じるみたいに、目を閉じた。


 火の音だけが残って、シズちゃんと二人きりの静けさが、戻ってきた。


「シズちゃん、シズちゃん」


「……なんだ」


「10まで、いっしょに、あげよ」


「……きのうも、した」


「した」


「……」


「もういっかい、する」


 わたしは、小指をぴん、と伸ばした。


 シズちゃんが、そっと自分の指を伸ばした。左手だった。


「きょうも、ひだり」


「……右は、握れん」


「むすんだの、わたしだ」


「……ああ」


 指の先が、ちょん、と触れた。


「約束」


「……ああ。約束、だ、よ」


 夜風が、ひとつ抜けた。


 ……あした、あの灯りへ。


 シズちゃんと、リーンちゃんと、いっしょに。


 と、そのとき。


 遠くの灯りの、いちばん端が、ふっと、消えた。

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