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転生少女と黒狼姫 〜女神に選ばれた少女と、掟破りの狼族戦士〜  作者: 白川雫


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第43話 忍者に、なれた

 ギルドを出ても、フィーナさんは止まらなかった。


 大通りをまっすぐ行って、角をまがって、また角をまがった。


 「先生、道がちがいます。うちは、あっちです」


 「わかっているわ」


 わかっているのに、フィーナさんは、もう1回まがった。それから、うしろをちらっと見た。


 だれもいなかった。……たぶん。


 井戸のまわりで、女の人たちがしゃべっていた。


 「ギルドの水晶が、割れたんだって」


 「あら、また? 古いのよ、あそこのは」


 わたしは、首をすくめた。


 もう、井戸のところまで来ている。わたしたちが歩くより先に、噂のほうが走っている。


 「……ひびってことに、なってるね」


 「なってるわね」


 フィーナさんは、前を向いたまま言った。


 「ひびの噂なら、明日には消えるわ。消えないのは、虹の噂のほう」


 わたしは、自分の手のひらを見た。


 さっき、水晶をはさんだ手。いまは、なんにも光っていない。ただの、わたしの手だ。


 リーンちゃんのお店の、いちばん奥の部屋に着いた。


 フィーナさんは、戸をしめて、かんぬきをかけた。窓の板も、ぱたんとおろした。


 部屋の中が、ランプの火だけになった。


 「……ふう」


 フィーナさんが、はじめて、ちゃんと息を吐いた。


 それから、ふところから、白いハンカチの包みを出した。


 「それ、なに?」


 「さっきのかけらよ。ひとつだけ、もらってきたの」


 「いつのまに!?」


 「お代のかわりに、約束をしてきたんだもの。ひとつくらい、いいでしょう」


 「先生、それ、商人の考え方です……」


 リーンちゃんが、ちょっとだけうれしそうに言った。


 フィーナさんは、机の上で、ハンカチをそっと開いた。


 親指の先くらいの、白いかけらだった。


 見ているうちに、そのまんなかに、ちかっと光がともった。


 字だった。


 ギルドで見たのより、ずっと小さくて、ずっと弱い。でも、まだ、ゆっくりまわっていた。


 「……まだ、うごいてる」


 リーンちゃんが、帳面を抱えたまま、一歩うしろへ下がった。


 シズちゃんは、かけらに顔を近づけた。じっと見て、それから首を横に振った。


 「読めない。里の字でも、人の街の字でもないの」


 「フィーナさんは? フィーナさん、なんでも知ってるでしょ」


 フィーナさんは、長いあいだ、かけらを見ていた。


 「……読めないわ」


 小さい声だった。


 「ずいぶん長く生きてきたけれど、こんな字は、見たことがない」


 「すごく長く?」


 「……長く、よ」


 フィーナさんの耳の先が、ちょっとだけぴくっとした。でも、笑わなかった。


 「読めないものは、こわいのよ。なにが書いてあるのか、だれにもわからないんだもの」


 フィーナさんは、ハンカチをたたんで、かけらを包みなおした。


 それから、わたしとシズちゃんを、順番に見た。


 先生の目だった。でも、いつもより、ずっとこわい目だった。


 「虹色のことも、このかけらのことも」


 ランプの火が、じじっと鳴った。


 「……これは、誰にも見せてはだめよ」


 わたしは、こくんとうなずいた。


 シズちゃんも、うなずいた。


 リーンちゃんは、帳面を開きかけて、ぱたんと閉じた。


 「……書きません。これも、4人のひみつです」


 「ありがとう、リーンさん」


 フィーナさんの目が、少しだけやわらかくなった。


 それから、ふうっと、もう一度息を吐いた。


 「さて。それじゃあ、もうひとつのほうね」


 「もうひとつ?」


 「点よ」


 あ。


 わたしは、窓を出した。


 ぽう、と光の四角が浮かんだ。はしっこの数字は、昨日の夜と同じに、ぴかぴか光っていた。


 「出た! まだ光ってる!」


 「光っているでしょうね。使っていないんだもの」


 そのとき、となりで、リーンちゃんが「ひゃっ」と変な声を出した。


 リーンちゃんの目の前にも、光の四角が浮かんでいた。


 「で、でで、出ました! わたしにも、窓が出ました!」


 リーンちゃんは、光の四角に顔をくっつけるくらい近づけた。それから、はなれた。また近づけた。


 「名前、リーン。LV、1。メインジョブ、商人……ほんとうに書いてあります! わたしのことが、ぜんぶ!」


 「誓いを立てたからよ。冒険者になると、自分の窓が見えるようになるの」


 「じゃあ、ハルカちゃんとシズさんは、誓いの前から見えてたんですか!?」


 リーンちゃんが、ぱっとこっちを向いた。


 わたしとシズちゃんは、顔を見合わせた。


 「……見えてた」


 「うん。ずっと、ぴかぴかしてた」


 フィーナさんが、こめかみを指で押さえた。


 「それも、ふつうではないのよ。……でも、いまは置いておきましょう。置いておかないと、日が暮れるわ」


 フィーナさんは、椅子に座りなおした。背すじが、ぴんとのびた。


 「では、授業をはじめます」


 「はーい!」


 「……はい、あねさま」


 「はい、先生!」


 リーンちゃんが、帳面と筆をかまえた。


 「まず、水晶の色の話。色は、その人の向いている魔法の種類を表すの。赤は火、青は水、緑は風。ほかにも、いろいろあるわ」


 「白は?」


 「光よ。リーンさんの色ね。光は、けがを治したり、悪いものをはらったりする力なの。それから、みんなの力を強くするのが、いちばん得意」


 リーンちゃんの筆が、ぴたっと止まった。


 「光……」


 「北の丘の地下で、灯りをつけていたでしょう。あれは、たまたまじゃなかったのよ。あなたの才能」


 リーンちゃんは、しばらく、自分の手のひらを見ていた。


 それから、帳面に、いつもよりずっとゆっくり書いた。


 「それと、緑の風。風は、敵を打つこともできるし、けがを治すこともできる。みんなの足を、速くすることもね」


 「強くして、治して、速くして……」


 リーンちゃんは、指を折って数えた。


 「みんなを助ける色ですね!」


 「そうよ。2色も持っている人は、めったにいないわ」


 「それで、虹色は」


 フィーナさんが、わたしとシズちゃんのほうを向いた。


 「赤も、青も、緑も、金も。ぜんぶの色が出たということ。つまり、どの魔法にも向いているということよ」


 「ぜんぶ!」


 「そう。火も水も風も、ぜんぶ。言い伝えにしか出てこない、千年にひとりの才能」


 フィーナさんは、指を2本立てた。


 「それが、ふたり。同じ部屋に」


 わたしは、シズちゃんを見た。シズちゃんも、わたしを見た。


 「シズちゃん、わたしたち、すごいんだって!」


 「……すごいらしい」


 「じゃあ、魔法つかいだ!」


 「……魔法」


 シズちゃんの耳が、ちょっとだけかたむいた。


 「それから、白は光。黒は、闇よ。ハルカさんは虹のあとに白が重なって、シズさんは黒が重なった。どうしてそうなったのかは、わたしにもわからないわ。でも、虹が出たことだけは、たしかよ」


 フィーナさんは、わたしたちの窓のあたりを指さした。


 「だから、その点の使いみちは……」


 「わかった!」


 わたしは、手をぴんと上げた。


 「点を入れたら、強くなるんでしょ! 力とか、足の速さとか! ここに入れたら力が上がる、みたいなの!」


 なんでそう思ったのかは、わからない。でも、なんだか、そういうものだって知っている気がした。


 「ちがうわ」


 「えっ」


 「点はね、技を覚えるための点よ。体を強くするものじゃないの」


 フィーナさんは、指を1本立てた。


 「体が強くなるのは、レベルが上がったとき。それから、覚えた技を、何度も何度も使いこんだとき。点は、そのどちらでもないの」


 「……じゃあ、点って、なにに入れるの?」


 「職の中の、道に入れるの」


 「みち?」


 「ひとつの職の中には、道が3つあるの。どの道に点を入れるかで、覚える技が変わるのよ」


 シズちゃんが、自分の窓を見た。


 黒い耳が、ぴくっと動いた。


 「……あねさま。行が、3つ増えてる。昨日の夜は、なかったの」


 「えっ」


 わたしも、自分の窓を見た。


 いちばん下に、ぐにゃぐにゃの字の行が、3つ。並んで、うっすら光っていた。


 「わたしも! 3つ、ある!」


 「それが、道よ」


 フィーナさんは、うなずいた。


 「道はね、あなたたちにも、もともと3つずつあったの。ギルドに入っていなかったから、見えていなかっただけ」


 「ずっと、あったんだ……」


 ずっと持っていたのに、知らなかった。ポケットの中から、忘れていたお菓子が出てきたみたいな気持ちだった。


 「じゃあ、ここに点を入れればいいんだね!」


 わたしは、窓の行に、指をのばした。


 「待って!」


 フィーナさんが、わたしの手首を、ぱしっとつかんだ。


 「いまの職の道に入れるのは、もったいないわ。前の職でためた点はね、新しい職に変えても、そのまま使えるの」


 「そのまま?」


 「そう。だから、今は、そっちで使いましょう」


 「あたらしい、職……」


 「先に、職を変えるの。道を選ぶのは、そのあと」


 「転職だ!」


 「そう。それでね、あなたたちなら、魔法の技がたくさんある道を選ぶべきよ。せっかくの虹色なんだから」


 「でもね、フィーナさん」


 わたしは、首をかしげた。


 「なぐったほうが、早くない?」


 フィーナさんの口が、あいたまま止まった。


 「熊も投げられたし、猪も投げられたし。魔法って、たぶん、なんかむずかしいこと言わなきゃいけないでしょ。言ってるあいだに、投げられるよ」


 「……斬れる」


 シズちゃんが、こくんとうなずいた。


 「唱えているあいだに、3度は斬れるの」


 「ほらね!」


 「ほらね、じゃないのよ!」


 フィーナさんが、机に手をついて立ち上がった。


 「いい? あなたたちは、千年にひとりなの。言い伝えの中の人なの。その才能を、投げるとか、斬るとか……」


 「投げるのも、才能だよ!」


 「……斬るのも」


 フィーナさんは、ゆっくり椅子に座りなおした。


 それから、両手で顔をおおった。


 「……千年にひとりが……ふたりとも……」


 リーンちゃんの筆の音が、さらさらさらと止まらなかった。


 「リーンちゃん、なに書いてるの?」


 「2日め」


 リーンちゃんは、まじめな顔で読み上げた。


 「冒険者登録。水晶、2つ割る。ひびだった。えらいおじいさんと、約束する。千年にひとりの才能、ふたりとも、なぐるほうが早いと言う。先生、頭をかかえる。2回め」


 「2回めって、書かなくていいの」


 フィーナさんが、顔をおおったまま言った。


 「ぜんぶ書く約束です!」


 フィーナさんの肩が、小さくふるえていた。顔をおおったまま、声を出さないで、肩だけで笑っていた。


 「……とにかく、職を変えるのは、あなたたちだけじゃないの。わたしも、変えるわ」


 「フィーナさんも?」


 「隊で手に入る経験値はね、隊でいちばんレベルの高い人を基準に決まるの」


 フィーナさんは、自分の胸に手をあてた。


 「わたしが高いままだと、あなたたちが新しい職で魔物をいくら倒しても、ほとんど入らないのよ。うんと強い魔物と戦わないと、だめになるの」


 「えっ、そうなの!?」


 「上の職になったら、だれでも新米からやりなおし。だから、みんないっしょに変えて、みんないっしょに育てなおすのがいちばんなの」


 「わ、わたしは……」


 リーンちゃんが、そっと手を上げた。


 「リーンさんは、商人のままでいいわ。もともと、まだ新米だもの。いっしょに育てばいいの」


 「ですよね! よかったです、いっしょに育ちます!」


 リーンちゃんは、明るく笑った。


 「それで、フィーナさんは、なにになるの?」


 フィーナさんは、少しのあいだ、黙っていた。


 それから、左の袖口を、そっと右手でおさえた。


 「……賢者よ」


 「けんじゃ?」


 「血を使わないで、魔法を唱えられる職」


 部屋の中が、しんとした。


 シズちゃんの耳が、ぴんと立った。


 わたしは、フィーナさんの左の袖を見た。手首のところまで、きっちり下ろしてある袖。


 あの袖の下に、線がいっぱいあるのを、わたしは知っている。


 「……あねさま。ほんとうに?」


 シズちゃんの声が、少しだけ高くなっていた。


 「ほんとうよ。明日の朝、ギルドの奥で」


 「じゃあ、もう袖、まくらなくていいの?」


 わたしが聞くと、フィーナさんは、少しだけ笑った。


 「……まくらないで、すむようになるわ」


 のどの奥が、つんとした。


 シズちゃんの黒い尻尾が、うしろで、ゆっくり1回揺れた。


 リーンちゃんは、帳面を胸にぎゅっと抱えていた。こんどは、なにも書かなかった。


 「さあ、先に、あなたたちよ」


 フィーナさんは、こほんと咳をして、先生の声にもどった。


 それから、わたしの膝の上へ、目を落とした。


 宴の夜から、ずっと持ち歩いている、革の表紙の本。


 「……ハルカさん。その書を、まだ開いていないわね」


 「忍の書!」


 わたしは、本を両手で持ち上げた。


 「開いていいの? もう、開いていいの!?」


 「30になったんでしょう。上の職になるには、それで足りるはずよ」


 足の裏が、むずむずした。


 宴の夜から、ずっとがまんしていた。開いたら、忍者になれるかもしれない本。屋根の上を走れるようになるかもしれない本。


 「シズちゃんも、いっしょに開こう!」


 シズちゃんは、もう刀の書を膝にのせていた。表紙に、両手をそっとのせていた。


 「……うん」


 「せーの、で開くよ!」


 「せーの」


 「まだ言ってない!」


 「……言った」


 「わたしが言うの!」


 リーンちゃんが、帳面の上で、ぷっとふきだした。


 「せーのっ!」


 わたしたちは、いっしょに表紙をめくった。


 最初の頁には、大きな字が、ひとつだけ書いてあった。


 「忍」。


 表紙と同じ字だ。そのまわりに、小さな字が、ぎっしりと並んでいた。


 ほとんどは、むずかしい字だった。かくかくしていて、線がたくさんあって、読めない。


 でも、その中にところどころ、まるっこい字がまじっていた。


 ……読める。


 まるっこい字だけなら、読める。


 「この、しょを、ひらく、もの……」


 わたしは、指でなぞりながら、ゆっくり読んだ。


 「……こころ、して、すすめ」


 「ハルカちゃん、読めるんですか!?」


 「まるいとこだけ! かくかくしてるとこは、ぜんぜん!」


 そのとき、頁の字が、ふわっと光った。


 かくかくした字も、まるっこい字も、ぜんぶ。紙の上から、金色の粒になって浮かび上がった。


 粒は、わたしの顔のまわりをくるっと1周した。それから、まっすぐ、わたしの胸の中へ飛びこんできた。


 「わっ」


 あったかい。


 けがが治るときのあったかさと、少しだけ似ていた。でも、もっと、くすぐったかった。


 ぽーん。


 目の前に、光の四角が浮かんだ。


 わたしは、窓の上のほうを見た。


 いつも同じ形だった字が、ちがう形になっていた。前にシズちゃんに読んでもらった、「旅人」のところだ。


 読めない。読めないけど、変わったことだけは、はっきりわかった。


 その横に、ひとつだけ、読める字が光っていた。


 「忍」。


 「……なれた」


 声が、かすれた。


 「なれた! フィーナさん、わたし、忍者になれた! 旅人のところが、ちがう字になった! 忍って、書いてある!」


 「おめでとう、忍者さん」


 フィーナさんが、やさしい声で言った。


 「書は、里にしまわれたまま、だれも使っていなかったと聞いたわ。……世の中に、忍者はいないのよ。あなたが、いまのところ、ただひとり」


 「ただひとり!」


 わたしは、立ち上がってぴょんと跳ねようとした。


 跳ねる前に、天井の草の束が目に入った。


 ……やめた。


 「えらいです、ハルカちゃん! 学びましたね!」


 「学んだ!」


 となりで、シズちゃんが、刀の書の最初の頁をじっと見ていた。


 大きな字が、ひとつ。「侍」。


 そのまわりに、小さな字。


 シズちゃんの眉が、きゅっと寄っていた。


 「……読めない」


 「わたしが読む!」


 わたしは、シズちゃんの横にしゃがんで、頁をのぞきこんだ。


 まるっこい字を、指でなぞった。


 「この、しょを、ひらく、もの。……たちを、ぬくまえに、たちを、ぬくわけを、おもえ」


 「……刀を、抜く前に」


 「刀を、抜くわけを、思え。だって」


 シズちゃんは、少しのあいだ、黙っていた。


 黙って、自分の右手を見た。


 宴の夜にも、そうやって見ていた手だった。


 「……わかってる」


 シズちゃんが、頁に手のひらをのせた。


 字が、光った。


 こんどの粒は、金色じゃなかった。夜の空みたいな、深い色だった。粒はシズちゃんのまわりをまわらないで、まっすぐ、手のひらから腕の中へ吸いこまれていった。


 ぽーん。


 シズちゃんは、目の前の窓を見た。


 「メインジョブ」


 ひとつずつ、読み上げた。


 「……侍」


 黒い耳が、ぴんと立った。


 黒い尻尾が、うしろで、ばさっと大きく揺れた。


 1回じゃなかった。ばさ、ばさ、ばさ。椅子の脚に当たって、こつこつ鳴っていた。


 「シズちゃん、尻尾! 椅子、たたいてる!」


 「……たたいてないもん」


 こつ、こつ、こつ。


 フィーナさんが、シズちゃんの襟に手をのばした。


 直した。


 やっぱり、曲がってもいない襟だった。


 「おめでとう、シズさん」


 「……ありがとう、あねさま」


 ぽーん。


 もう一度、わたしの窓が鳴った。

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