第44話 三つの道
窓のいちばん下の、ぐにゃぐにゃの3つの行が、ぜんぶちがう形に変わっていた。さっきより、ずっとぴかぴか光っていた。
「フィーナさん! 道が、変わった! 3つとも!」
「それが、忍の道よ」
「わたしのも、変わったの」
シズちゃんが、窓を見ながら読み上げた。
「剛剣。閃剣。静剣」
「ごうけん、せんけん、せいけん……かっこいい! わたしのは!?」
わたしは、窓の3つの行をにらんだ。
ぜんぶ、ぐにゃぐにゃ。読めない。
「シズちゃん、読んで!」
シズちゃんが、わたしの窓のほうへ顔を向けた。
わたしの窓は、シズちゃんにも見える。はじめて窓が出た夜から、ずっとそうだ。フィーナさんには見えないのに、シズちゃんにだけは見える。なんでかは、だれにもわからない。
「……陽忍。陰忍。影忍」
「ようにん、いんにん、えいにん……」
口の中で、ころがしてみた。
「ようにん! かっこいい!」
「ハルカさん、書の次の頁をめくってごらんなさい。きっと、道のことが書いてあるわ」
フィーナさんに言われて、めくった。
頁が、3つに分かれていた。
それぞれに、大きな字が2つずつ。その横に、小さなまるっこい字が、ちょこんとくっついていた。
「よう、にん。いん、にん。えい、にん」
読めた。窓の行と、同じ形の字だった。
わたしは、ひとつめの絵に、顔をくっつけた。
黒い服の人が、高く跳んでいた。両手に1本ずつ、短い剣を持っていた。2本の刃が、空に、きらきらの線を引いていた。
……知ってる。
ずっとむかし、どこかで見た。光る四角の中で、こんなふうに、両手の剣で戦う人。
見るたびに、胸がどきどきした。わたしも、ああなりたいって思った。
どこで見たのかは、思い出せない。でも、そのどきどきだけは、いまも胸に残っていた。
「にとうりゅうだ!!」
「にとう……りゅう?」
「両手に1本ずつ、剣を持つの! 右で斬って、左でも斬るの!」
フィーナさんが、目をぱちぱちさせた。
「……剣は、1本で振るものよ」
「2本で振るの!」
「そんなこと、聞いたこともないわ。考えたこともない」
「……手が、2本あるから?」
シズちゃんが、自分の両手を見ながら言った。
「そう! シズちゃん、わかってる!」
ほかの絵も、見た。
ふたつめのいんにんの絵は、細い針と小さなびんの絵だった。びんから、むらさき色のしずくがたれていた。
「……これ、なんか、こわい。やだ」
みっつめのえいにんの絵は、黒い服の人が影の中にすうっと溶けていた。足もとに、まるい玉がころがっていた。
「これも、いいけど……」
でも、いちばんどきどきするのは、やっぱりひとつめだった。
「ようにん! ようにんにする!」
「ハルカさん、待って。もう少し、よく考えて……」
ぴっ。
わたしの指は、もう、窓のいちばん上の行にふれていた。
はしっこのぴかぴかの数字が、ぴゅーっと、その行へ流れこんでいった。
「あ、って言うひまもなかったわね……」
頭の中で、声がした。
〈スキル【二刀流】を、習得しました〉
「……!」
わたしは、両手で口を押さえた。
「フィーナさん、聞こえた!? いま、声がした! にとうりゅう、覚えたって!」
「わたしには聞こえないの。あなたの頭の中の声だもの」
「覚えた! にとうりゅう、覚えた!!」
〈スキル【空蝉の術】を、習得しました〉
「……うつせみ?」
声は、それで終わりじゃなかった。
ぴゅーっと流れていく点のあとを追いかけるみたいに、頭の中で、つぎつぎ鳴った。火の。水の。風の。それから、まだまだ。
はやすぎて、ぜんぶは聞きとれなかった。
はしっこの数字が、止まった。
「……ねえ。いま、なんか、いっぱい覚えた」
「いっぱい?」
「火とか、水とか、いっぱい。聞きとれなかった」
フィーナさんが、長いため息をついた。
「虹色の人が道を進むと、そうなるのね……。それで、ハルカさん。陽忍って、どんな道なの?」
「にとうりゅうの道! あと、うつせみ!」
「うつせみって?」
「わかんない!」
「……選んでから、調べるのね」
わたしは、陽忍の頁を、もう1枚めくった。
黒い服の人が、大きな熊みたいな魔物の前で、両手を広げて立っていた。そのうしろに、小さな人が3人、かくれていた。
次の絵では、魔物の爪が、黒い服の人を引きさいていた。
「わっ……!」
でも、よく見たら、ちがった。
引きさかれたのは、その人とそっくりの、うすい影だった。本物は、そのすぐ横で、けろっと立っていた。影の横には、小さな丸が、3つ並べて描いてあった。
まるっこい字を、さがした。
「まえに、たち、てきを、ひきつけ、なかまを、まもる。……うつせみ。みがわり」
フィーナさんが、わたしの肩ごしに、絵をのぞきこんだ。
「……陽忍は、前に立って、敵を引きつける道なのね。仲間の盾になる役よ」
「たて!」
「それで、空蝉は、分身があなたの身代わりになる技。攻撃を受けても、あなたは傷を受けないの」
「斬られても、いたくないの!?」
「そう。この丸は、きっと、身代わりになれる回数ね。使いこんで上手になるほど、増えていくはずよ」
わたしは、絵のうしろにかくれている、小さな3人を見た。
前に立って、みんなを守る忍者。
「それ、いちばんいい! みんなを守る忍者だ!!」
となりで、シズちゃんの耳が、ぺたっと伏せた。
「……ハルカが、いちばん前に立つのか」
「うん! でも、斬られても、だいじょうぶなんだって!」
シズちゃんは、絵の中のうすい影を、じっと見ていた。
尻尾が、1回だけ、床をぱたんとたたいた。
「……なら、わたしは、ハルカのうしろにいる。ハルカに来たものは、うしろから斬る」
「あら」
フィーナさんが、くすっと笑った。
「作戦の話が、もう半分すんでしまったわね」
フィーナさんは、シズちゃんのほうを向いた。
「シズさんは、ちゃんと考えて選んでね。静剣なんて、守りの道でいいと思うわ。あなたは、受けて返すのがうまいもの」
シズちゃんは、窓の3つの行を見ていた。
それから、フィーナさんを見た。
「あねさま。どれが、いちばん、斬れる?」
「……シズさん?」
「剛剣、と書いてある。剛い剣。いちばん、斬れそうなの」
ぴっ。
「シズさあん!」
シズちゃんの耳が、ぴくっと動いた。頭の中の声を、聞いているんだ。
「……やどしがたな」
ぽつりと言った。
「やどしがたな、を覚えた、と言った」
「やどしがたな?」
シズちゃんは、刀の書の頁をめくった。めくって、手が止まった。
わたしは、横からのぞきこんだ。
頭のてっぺんで髪をまとめた人が、刀をふりぬいていた。
その刀が、燃えていた。
刃のところだけ、まっかな火につつまれて、空に赤い線を引いていた。次の頁は、刃のまわりに水がまといついていた。その次は、刃のまわりで風が鳴っていた。
シズちゃんは、ひと言もしゃべらなかった。
ただ、頁を見ていた。耳が、まっすぐ前を向いていた。
「まほうけんだ」
わたしが言うと、シズちゃんが、ゆっくり顔を上げた。
「……まほう、けん?」
「魔法の、剣! 刀に、火とか水とかをやどして、斬るの!」
「……刀に、やどす」
シズちゃんは、もう一度、燃える刀の絵を見た。
「唱えなくて、いいのか」
「たぶん、いいよ! だって、この人、口とじてるもん!」
ほんとうだった。絵の人は、口をまっすぐ結んでいた。前だけをにらんで、刀をふりぬいていた。
シズちゃんの指が、絵の刀をなぞった。
なぞって、腰の刀の柄にもどった。
「……それなら、使う」
わたしも、忍の書の次の頁をめくった。
黒い服の人が、両手の指を、ふしぎな形に組んでいた。その人の口から、大きな火が、ぶわあっと吹き出していた。
「かとんのじゅつだ!」
声が、勝手に出た。
「火遁の術! 忍者が、口から火をふくの! 知ってる! ……なんで知ってるのかは、わかんないけど、知ってる!」
次の頁は水遁。その次は風遁。わたしは、めくるたびに、どんどん前のめりになっていった。
フィーナさんが、わたしの肩ごしに、絵をのぞきこんだ。
「……ハルカさん。それ、火の魔法よね」
「ちがうよ。忍術だよ」
「口から火が出ているわ」
「忍術だもん。魔法は、なんか、むずかしいこと唱えるでしょ。忍術は、こう!」
絵のとおりに、両手の指を組んだ。
組んだつもりだった。
指が、ぜんぶからまって、ほどけなくなった。
「……こう!」
「ほどけていないわよ」
「ほどけないけど、こう!」
「……忍術なら、使うの?」
「使う!」
即答だった。自分でも、びっくりするくらい即答だった。
フィーナさんが、両手で顔をおおった。
今日、3回め。
「どうして……どうして魔法って言うといやがって、名前を変えると喜ぶの……」
「忍術だから!」
「……魔法剣だから」
リーンちゃんの筆が、また、さらさらと鳴った。
「先生、頭をかかえる。3回め」
「書かなくていいの!」
「あの、先生。わたしも、道、選んでいいですか?」
リーンちゃんが、自分の窓を見ながら言った。
「わたしのにも、3つあります。鑑商、匠商、旅商」
「好きなものを選びなさい。あなたの道よ」
リーンちゃんは、しばらく、うーんとうなっていた。
それから、ぽんと手をたたいた。
「鑑商にします! 目利きは、商人の命ですから!」
ぴっ。
リーンちゃんが、首をかしげた。頭の中の声を聞いている顔だった。
「……ひろい、じょうず」
「ひろいじょうず?」
「拾い上手、だそうです。落ちているものを、見つけるのが上手になる……みたいです」
リーンちゃんは、自分の窓をのぞきこんだ。
「それと、なんにも書いてない行が、ひとつあります。はてなが3つ、並んでるだけの」
「それは、これから覚える技よ。まだ、名前が見えないの」
「へえ……」
リーンちゃんは、窓のはてなの行を、指でちょんとつついた。なにも起きなかった。
それから、わたしとシズちゃんを見た。
「おふたりは、にとうりゅうと、まほうけんで。わたしは、拾うのが上手」
リーンちゃんは、両手で、自分のほっぺをぱちんとたたいた。
「人をうらやんでも、しかたがありません! 今できることを、全力で!!」
「おおー!」
わたしは、思わず手をたたいた。
「それに、拾うのは、お金になりますから!」
リーンちゃんは、すぐに帳面を開いて、さらさら書きはじめた。
いつもの、明るい声だった。まっすぐな声だった。
「さて。作戦の、残り半分よ」
フィーナさんが、机の上に、小石を4つ並べた。
まんなかに、木のコップをひとつ、さかさにして置いた。
「これが、魔物。それで、この4つが、わたしたち」
「作戦会議だ!」
「そうよ。冒険は、ひとりでするものじゃないの。だれが、どこに立つか。それで、勝ち負けが決まるのよ」
フィーナさんは、小石をひとつ、コップの正面に置いた。
「ハルカさんは、ここ。前に立って、魔物を引きつけるの。陽忍は、そのための道よ」
「わたし、いちばん前!」
「ただし、動き回りすぎないこと」
「えっ」
「あなたが走り回ると、魔物も走り回るの。そうしたら、だれも狙いをつけられないわ。引きつけたら、そこにとまる。位置を守るの」
「……とまる」
わたしは、自分の足を見た。
足の裏が、もう、むずむずしていた。
「……がんばる」
「シズさんは、ここ」
フィーナさんは、2つめの小石を、コップのうしろ側へ置いた。
「魔物がハルカさんを見ているあいだに、背中から斬るの」
「……さっき、わたしが言ったところ」
シズちゃんの尻尾が、ぴんと立った。ちょっとだけ、得意そうだった。
「リーンさんとわたしは、ここと、ここ」
フィーナさんは、残りの小石を、コップの横に置いた。前でも、うしろでもない。少しはなれたところ。
「横、ですか?」
「大きな魔物はね、しっぽを振りまわしたり火を吐いたりして、まわりをまとめて攻撃してくることがあるの。前とうしろは、それに巻きこまれやすい。横に、少しはなれて立てば、届かないのよ」
リーンちゃんは、横の小石をじっと見て、帳面に書いた。
「横。はなれる。……でも、はなれていたらわたし、なにで戦えばいいんでしょう」
「槍がいいわ。はなれていても、届くもの。それに、あなたには光と風があるでしょう」
「あ……!」
リーンちゃんの目が、ぱあっと明るくなった。
「横から突いて、みんなを強くして、速くします!」
「そういうこと」
「フィーナさんは? フィーナさんは、なにするの?」
フィーナさんは、自分の小石を、指でちょんとつついた。
「足りないところは、わたしが埋めるわ」
「うめる?」
「だれかがけがをしたら、治す。だれかの手が足りなければ、手を足す。でも、倒すのは、あなたたちよ。わたしが倒したら、あなたたちが育たないもの」
「先生は、なんでもできるんですか?」
リーンちゃんが聞いた。
「明日からは、賢者だもの」
「そっか! 賢者って、ぜんぶ使えるんだ!」
フィーナさんは、にこっと笑っただけだった。
「さあ、どうかしら。……それより、ハルカさん。あなたのいちばん大事なところは?」
「とまる!」
「よろしい」
「さあ、技を覚えたなら、ためしてみましょう」
フィーナさんが、立ち上がって、窓の板を少しだけ上げた。
外に、リーンちゃんのお店の裏庭が見えた。薬草を干す棚が、いくつも並んでいた。高い塀にかこまれていて、通りからは見えない。
「お店の裏なら、だれにも見られないわね」
「やる!」
「……やる」
わたしとシズちゃんは、いっしょに戸のほうへ走った。
かんぬきが、かかったままだった。
ふたりで、いっしょに戸にぶつかった。
「かんぬきは、はずしてからにして!」




