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転生少女と黒狼姫 〜女神に選ばれた少女と、掟破りの狼族戦士〜  作者: 白川雫


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37/43

第37話 ちょっとだけの腕試し

 ちょっとだけ。


 ほんとうに、ちょっとだけのつもりだった。


 宴の火がぜんぶ小さくなって、里じゅうが寝息になったころ、わたしはそうっと毛布から抜けだした。


 となりで、シズちゃんが丸くなって眠っていた。刀の書を、胸に抱えたままだった。


 黒い耳が、ぺたんとたれている。寝ているときは、耳がたれる。ルナちゃんが前にそう言っていた。


 ほんとうだった。


 ……すぐ帰ってくるからね。


 声には出さないで、口の形だけで言った。


 囲いの戸の前には、槍を持った人が立っている。だから、戸は使わない。


 わたしは、囲いの丸太を見上げた。わたしの背の、2倍くらいある。


 忍者なら、こういうのはのぼらない。跳ぶ。


 ひざを曲げて、地面をけった。


 ふわっ。


 ……あれ?


 丸太のてっぺんが、足のずっと下にあった。里の屋根が、おもちゃみたいに小さく見えた。


 跳びすぎた。


 「わ、わ、わっ」


 手足をばたばたさせながら、わたしは囲いのむこう側へ落ちていった。


 草の上をごろごろ転がって、木の根っこにおでこをぶつけて、やっと止まった。


 「……いったぁ」


 でも、痛いのは一瞬だった。胸の奥がほんのりあったかくなって、そのあったかさが、おでこのほうへとろとろ流れていく。ゆっくり10を数えるあいだに、こぶはもうなくなっていた。


 わたしは、草の上で大の字になったまま、夜空を見上げた。


 星が、こぼれそうなくらいあった。


 「……いまの、すごくなかった?」


 だれも答えなかった。


 答えなくていい。今夜は、ひとりなんだから。


 ひとりなら、ひとりじめ。


 フィーナさんが、そう言った。


 わたしは、がばっと起き上がった。


   *


 森の中は、まっくらだった。


 でも、見えた。木の幹も、根っこも、ぶらさがったつるも。月の光がほんの少し落ちているだけなのに、昼間みたいにはっきり見えた。


 走ってみた。


 びゅん、と耳のそばで風が鳴った。


 木が、どんどんうしろへ飛んでいく。足の裏が地面をけるたびに、体がぐんぐん前へ出る。


 わあ。


 わあ、わあ、わあ!


 はやい。わたし、はやい。


 「あはははっ!」


 声が、勝手に出た。止まらなかった。


 足の裏が、ずっとむずむずしていたんだ。宴のあいだも、そのずっと前からも。それが、いま、ぜんぶ地面に出ていく。


 前に、大きな木があった。


 よけよう、と思った。


 思ったときには、もう木が目の前だった。


 どーん!


 顔から、まっすぐぶつかった。


 幹にはりついたまま、わたしはずるずるとすべり落ちた。根っこの上に、ぺたんとおしりがついた。


 「……はやすぎる」


 体は、すぐにあったかくなって、どこも痛くなくなった。


 でも、左の肩のところが、すうすうした。見ると、左の袖が幹の皮にひっかかって、肩からちぎれかけていた。


 ……あ。わたし、服これしか持ってない。


 まあいっか。あとで、考えよう。


 わたしは立ち上がって、こんどは少しだけゆっくり走りだした。少しだけ、のつもりだった。


   *


 がさっ。


 右の茂みが、大きく揺れた。


 わたしは足を止めた。止まりきれなくて、3歩ぶん土をすべった。


 茂みの中から、赤い目がふたつ、こっちを見ていた。


 出てきたのは、猪だった。牙が、下から上へ太く曲がっている。背中の毛が、ぜんぶ針みたいにとがって、月の光でちかちか光っていた。


 知ってる。


 「針毛猪だ!」


 シズちゃんが、前に教えてくれた名前だ。あのときシズちゃんは、すれちがいざまに、刀で1回切っただけで終わらせた。


 わたしには、刀がない。


 あるのは、この手と、この足だけだ。


 猪が、前足で土をかいた。1回、2回。


 来る。


 どっ、と地面が鳴った。猪がまっすぐ突っこんできた。


 目の奥で、線が見えた。猪が通るところが、光る線になって、わたしの胸のまんなかへのびている。


 これが、見切り。


 わたしは、その線の横へ、ひょいっと半歩ずれた。


 猪が、わたしのすぐ横をすっ飛んでいった。風で、前髪がぶわっとあおられた。


 猪は、むこうの木の手前でぐるんとふりかえった。


 背中の針が、ぶわっと逆立った。


 あ、これ。知ってる。


 前に、熊と戦った日の朝。この針が飛んできて、線が数えきれなくなった。網みたいになって、すきまがどこにもなかった。


 あのときは、シズちゃんがいた。


 いまは、いない。


 ぱしゅしゅしゅっ!


 針が、いっぺんに飛んできた。


 目の奥で、線がばあっと広がった。何十本も、何十本も。網になって、わたしの前をふさいでいく。


 ……あれ?


 すきまが、あった。


 網の下のほう、地面すれすれに、細いすきまが1本だけ。前は、見えなかったすきまだ。


 わたしは、地面におなかをすべらせるように飛びこんだ。


 頭の上を、針がひゅんひゅん抜けていった。服のすそに何本か刺さって、ぴぴっと布が裂けた。


 すべって、すべって、猪の顔の真下まで来た。


 猪が、びっくりした顔をした。猪にも、びっくりした顔ってあるんだ。


 わたしは、曲がった牙を両手でつかんだ。


 足を地面にふんばって、腰をひねった。


 「よいっ……しょおっ!」


 猪の体が、ふわっと浮いた。


 わたしの頭の上で、大きな体が半分まわって、背中から地面に落ちた。どすん、と土が跳ねた。


 猪は、足をばたばたさせて起き上がると、きゅうきゅう鳴きながら森の奥へ逃げていった。


 ぽーん、と目の前に光の四角が浮かんだ。


==========

 LV UP!

 ハルカ LV12 → LV13

==========


 「……上がった」


 わたしは、光の四角を両手ではさみこむみたいにした。すかっと通り抜けた。


 「上がったぁ!」


 1匹で、1つ。シズちゃんといっしょのときは、これが半分こだったんだ。


 ほんとうに、ひとりじめだ。


 「あと17!」


 声に出したら、また足の裏がむずむずした。


 そのとき、うしろの茂みが、がさがさがさっと鳴った。


 ふりかえると、赤い目が、ふたつずつ。ぜんぶで8つ。


 さっきの猪の仲間だった。4匹ぶんの背中で、針がいっせいに逆立った。


 ……あ。これ、もしかして、仲間を呼びに行ってたの?


 「ちょ、ちょっと待って! 4匹はずるくない!?」


 待ってくれなかった。


 4匹が、4方向からいっぺんに突っこんできた。


 線が、4本。わたしのところで、ぜんぶ重なっている。


 横には、逃げられない。うしろにも。


 じゃあ、上だ。


 わたしは、真上に跳んだ。


 また跳びすぎた。こんどは、木の枝の高さまで来ていた。


 足の下で、4匹の猪が、おたがいの顔にごつんごつんとぶつかった。


 「あっ」


 わたしは、目の前の枝をつかんだ。くるっと体をまわして、枝の上に立った。


 下で、猪たちが目をまわしていた。2匹はそのまま横になって、残りの2匹がふらふら顔を上げた。


 ここから、跳びおりて。


 1匹めの背中に、両足でとんっと着地した。針の生えていない首の上だ。そこから、となりの1匹の牙をつかんで、ぐるんと投げた。投げた猪が、最後の1匹にぶつかって、2匹いっしょに転がった。


 ぽーん。ぽーん。ぽーん。


==========

 LV UP!

 ハルカ LV13 → LV14

 LV UP!

 ハルカ LV14 → LV15

 LV UP!

 ハルカ LV15 → LV16

==========


 光の四角が、ならんで浮かんでいた。


 「わあ……」


 四角に、わたしの顔が少しうつっていた。にやにやしていた。


 体が、軽い。さっきより、もっと軽い。


 手のひらをにぎって、開いた。指の先まで、力が通っている感じがする。木の枝を軽くつかんだら、みしっと音がしてびっくりした。


 強くなってる。


 数字だけじゃない。ほんとうに、わたしの中で、なにかが太くなっている。


 「シズちゃんに見せたい……」


 言ってから、首をぶんぶん振った。


 だめだめ。見せたら、ひとりで来たのがばれる。


 朝までに帰って、なんにもなかった顔で、毛布にもどる。それで、ちょっとずつ強くなったことにする。


 うん。完ぺきな計画だ。


 わたしは、また走りだした。


   *


 それから、どれくらい走ったんだろう。


 猪をもう2匹投げて、LV18になった。


 木には、あと2回ぶつかった。


 1回めで右の袖がなくなって、2回めで背中に穴があいた。


 「……はやすぎる」


 これで、3回めの「はやすぎる」だ。


 体のほうが、どんどん先に行ってしまう。強くなるたびに、わたしの頭が、わたしの足に置いていかれる。


 わたしは、立ち止まって、まわりを見た。


 木。木。木。


 どっちを見ても、同じ木だった。


 ……あれ?


 囲いって、どっちだっけ。


 来た道をふりかえった。来た道なんて、なかった。めちゃくちゃに走って、めちゃくちゃに跳んで、めちゃくちゃにぶつかってきたんだから。


 「……うん。わたし、ぜんぜんダメだ」


 声に出したら、少しだけ笑えた。


 笑ったところで、地面が揺れた。


 ずん。


 足の裏に、重たいものが来た。


 ずん。


 もう1回。こんどは、もっと近かった。


 森が、急に静かになった。虫の声も、鳥の声も、ぴたっと止まった。


 この静かさを、わたしは知っていた。


 前にも、こうなった。来るものより先に、来るもののぶんの空気が、こっちへ来る。


 木と木のあいだから、それが出てきた。


 熊だった。


 わたしの背の、3倍くらいある。額から左右に、白くて鋭い角が2本のびている。月の光が、その角の先で光った。


 「……森角熊」


 前にも、この熊と戦った。あのときは、シズちゃんとリーンちゃんがいた。リーンちゃんの鍋が飛んできて、やっと勝てた。


 あの熊は、はじめ、わたしを見下ろして目をそらした。わたしなんか、相手にしなかった。


 この熊は、わたしを見た。


 目を、そらさなかった。


 ぐるるる、と喉が鳴った。音じゃなくて、風みたいに来た。前髪が、ふわっとうしろへあおられた。


 背中が、ひやっとした。


 ここには、シズちゃんがいない。鍋も、飛んでこない。


 ……わたし、ひとりだ。


 ひとりじめは、こういうことでもあったんだ。


 熊が、うしろ足で立ち上がった。


 大きい。空が、半分なくなった。


 右の前足が、上がった。爪が、5本。どれも、わたしの指より長い。


 線が見えた。


 ななめ上から、わたしの肩へ。


 わたしは、左へ跳んだ。


 ごうっ。


 さっきまでわたしがいたところを、爪が通った。地面がえぐれて、土と草がばらばらに飛んだ。風だけで、服のすそがびりっと裂けた。


 次の線。左の前足。横から。


 しゃがんだ。


 頭の上を、爪がうなって抜けた。うしろの若い木が、まっぷたつになって倒れた。


 ……当たったら、あれになる。


 次。また右。また左。


 わたしは跳んで、しゃがんだ。ころがって、また跳んだ。線は見える。見えるから、よけられる。


 でも、近づけない。


 熊の腕は長くて、わたしの腕は短い。牙をつかんで投げた猪とは、ぜんぜんちがう。こんなに大きいのは、つかむところがない。


 熊が、前足を地面についた。


 頭を低くした。2本の角が、こっちを向いた。


 線が、1本だけ見えた。


 太い。まっすぐ。わたしの胸のまんなかへ。


 来る。


 どどどどっ、と熊が走りだした。


 わたしは、横へ跳ぼうとした。


 そのとき、かかとが木の根っこにひっかかった。


 あ。


 体が、うしろへかたむいた。


 角が、目の前にあった。


 ……そのとき、まわりのぜんぶが、ゆっくりになった。


 熊の足が、地面からはなれるのが見えた。角の先についた土のかけらが、1つずつ落ちていくのが見えた。わたしの髪が、目の前をふわあっと流れていった。


 前の熊のときも、こうなった。毛の1本1本が、順番に倒れていくのが見えた。


 ……また、これ。


 わたしは、ゆっくりの中で、自分の手を見た。手は、ちゃんと動いた。


 熊の角に、両手をのばした。


 つかむところが、あった。


 角をつかんで、そのまま、体を上へ引き上げた。くるっとさかさまになって、熊の頭の上を、わたしの体が越えていく。


 世界が、ふっともとのはやさにもどった。


 熊は、わたしがいなくなったところを、まっすぐ突き抜けた。


 その先に、大きな木があった。


 ごしゃっ!!


 2本の角が、幹に深く刺さった。木がぐらぐら揺れて、葉っぱがざあっと降ってきた。


 熊が、首を振った。抜けない。もう1回振った。それでも抜けない。


 ……わたしと、同じことしてる。


 「はやすぎると、そうなるよね!」


 わたしは、熊の背中に着地した。


 熊が、うおおっと吠えて、体ごと大きくゆすった。わたしはふり落とされないように、毛を両手でつかんだ。


 抜けた。


 角が、木からめりめりと抜けた。熊が、うしろ足で立ち上がった。わたしは背中にしがみついたまま、空の高さまで持ち上げられた。


 熊が、自分の背中ごと、わたしを木にたたきつけようとした。


 線が見えた。


 わたしは、毛から手をはなした。


 熊の背中が、わたしのいなくなった幹にぶつかった。どーん、と森じゅうが鳴った。


 わたしは空中で体をまわして、熊の前に落ちていった。


 熊の前足が、ちょうど地面につくところだった。


 その足首を、つかんだ。


 ひっぱった。


 さっきまで、ぜんぜん動かせる気がしなかった。でも、いまの熊は木にぶつかったばかりで、足が1本しか地面についていなかった。


 「よい……しょおおおっ!!」


 熊の大きな体が、かたむいた。


 かたむいて、かたむいて、そのままごろんと横に倒れた。


 ずうううん。


 地面が、さっきの足音よりずっと大きく揺れた。


 熊は、しばらく倒れたままだった。それから、ゆっくり起き上がって、わたしをじっと見た。


 わたしも、じっと見返した。


 目は、そらさなかった。


 熊のほうが、先に目をそらした。


 前とちがって、こんどは、相手にしなかったんじゃなかった。のそのそと、森の奥へ帰っていった。うしろ姿の角に、木の皮がまだくっついていた。


 ぽーん。


 ぽーん、ぽーん、ぽーん。


 ぽーん、ぽーん。


==========

 LV UP!

 ハルカ LV18 → LV19

 LV UP!

 ハルカ LV19 → LV20

 LV UP!

 ハルカ LV20 → LV21

 LV UP!

 ハルカ LV21 → LV22

 LV UP!

 ハルカ LV22 → LV23

 LV UP!

 ハルカ LV23 → LV24

==========


 光の四角が、ぽんぽん出てきて、わたしのまわりをぐるっとかこんだ。


 まるで、光の囲いだった。


 「……やった」


 ひざが、かくんと折れた。わたしは、その場にしりもちをついた。


 「やったああああ!!」


 森じゅうに、わたしの声がひびいた。どこかで、鳥がばさばさっと飛び立った。


 たのしい。


 たのしい、たのしい、たのしい!


 こわかった。ほんとうに、こわかった。角が目の前にあったとき、背中がまっ白になった。


 なのにいまは、胸のまんなかがぽかぽかで、笑いが止まらない。


 自分の足で走って、自分の手でつかんで、自分の力で投げた。


 それが、こんなに、うれしい。


 なんでだろう。


 わかんないけど、うれしい。


 わたしは、ぼろぼろの袖のない腕で、涙が出るくらい笑った。

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