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転生少女と黒狼姫 〜女神に選ばれた少女と、掟破りの狼族戦士〜  作者: 白川雫


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第36話 おかえり、と、いってきます

 「ええ、元気よ」


 フィーナさんは、目のはしに残っていたぶんを、もういちど指でぬぐった。


 「……少しだけね」


 「えー、少しだけなの!? さっき、あんなに笑ってたのに!」


 フィーナさんは、それには答えなかった。耳の先が、まだ少し赤かった。


 くい、と袖を引かれた。


 振り向くと、シズちゃんだった。刀の書を片腕で胸に抱えたまま、もう片方の手で、わたしの袖の端をつまんでいた。


 井戸のところで、わたしがシズちゃんの袖を引っぱったときと、反対だった。


 「ハルカ」


 「ん? どうしたの、シズちゃん」


 シズちゃんは、すぐには続けなかった。


 黒い耳が、前を向いたり、うしろへ寝かけたりしている。


 あ、この顔、知ってる。さっき、フィーナさんの2歩手前で止まっていたときの顔だ。


 でも、こんどは目をそらさなかった。わたしのほうを、ちゃんと顔ごと見ていた。


 「さっき父上の前で、ハルカが『わたしも行く』って言ってくれたの。すごくうれしかった」


 話し方は、さっきのやわらかいままだった。ガロウさんの前では、あんなにきりっとしていたのに。


 「うん! 言った言った! ……あれ? シズちゃん、話し方、変わったね!」


 黒い耳が、ぴくっと立った。


 「わたしね、ずっと人と接するのを避けてたの。だから、壁をつくって、人を寄せつけないふりをしてきたんだ」


 「ほんとうは、受け入れてもらえないと悲しくなるから。そうなる前に、自分から距離を取ってたの」


 「……でも、もう無理しなくていいのかなって、思えたから」


 壁。


 出会ったころからのきりっとした話し方を思い出した。あれが、シズちゃんの壁だったんだ。


 「そっか! じゃあ、わたしの前ではずっとこっちでいてね。きりっとしたシズちゃんもかっこいいけど、いまのシズちゃんも大好き!」


 「それに、もしまた壁ができても、わたしがよじのぼって会いに行くから!」


 シズちゃんの口の端が、少しだけ持ち上がった。


 「……ハルカなら、ほんとうにのぼってきそう」


 「でも、父上の前のあれは、ハルカが自分から言ってくれただけなの。わたしはまだ、ハルカに頼んでない」


 「えー、そんなのいいのに!」


 「よくないの」


 シズちゃんは、首を横に振った。


 「ハルカと約束したもの。いつかは、自分の口で言うって」


 馬車の夜の、あれだ。


 「その人に言え」をやめて、ちゃんと前を向いて、自分で言う。フィーナさんには、さっき言えた。


 だから、次はわたしの番なんだ。


 シズちゃんが、袖から手を離した。離したその手を、わたしの前に出した。


 小指が、ぴんと立っていた。


 馬車の夜は、わたしから出した。こんどは、シズちゃんのほうからだった。


 「リリーを探す旅は、きっと長くなるの。あねさまが6年探しても、まだ見つからないんだもの」


 黒い耳が、少しだけ下がった。


 「それでも、ハルカにいてほしいの。ハルカがとなりにいると、わたしはちゃんと前を向けるから」


 シズちゃんは、そこで小さく息を吸った。


 「ハルカ。いっしょに来て」


 胸の奥で、なにかがぱちんとはじけた。


 頼まれた。


 わたしが勝手についていくんじゃない。シズちゃんが、シズちゃんの口で、来てって言ってくれた。


 「行く!!」


 声が、思ったよりずっと大きく出た。火のまわりで、いくつもの白い耳がいっせいにこっちを向いた。


 ……あ。また大きかった。


 でも、いいや。これは、大きくていい声だ。


 「さっきの『行く』も本気だったけど、いまのは100倍の『行く』だからね! シズちゃんが頼んでくれたから、100倍!」


 わたしは、シズちゃんの小指に、自分の小指をぐるっとからめた。


 「約束! どこまでだって、いっしょに行く! 6年かかっても、もっとかかっても!」


 「……うん」


 からんだ小指に、ぎゅっと力が入った。


 黒い尻尾が、うしろで大きく揺れた。


 いちどじゃなかった。ぱたん、ぱたん、ぱたんと止まらなかった。


 顔はまっすぐなのに、尻尾だけ正直だ。


 「シズちゃん、尻尾」


 「……揺れてないもん」


 「揺れてる!」


 「揺れてないもん」


 「……ゆれてる」


 ルナちゃんだった。里の女の人の腕の中で、毛布から顔だけ出して、それだけ言った。


 シズちゃんの耳が、ぺたんと伏せた。


 伏せたまま、小指はほどかなかった。


 リーンちゃんは、両手を胸の前で組んで、わたしたちの小指をじっと見ていた。


 旅。冒険者。忍者。


 さっきから胸をどきんとさせたものが、ぜんぶ、これからはシズちゃんといっしょなんだ。


 足の裏が、またむずむずした。


 「あの、ハルカさん」


 うしろから、声がかかった。


 白い耳の人たちが何人か、火のあかりの中に並んでいた。森で、わたしがつぎつぎに投げた人たちだ。


 いちばん前に、あの若い人がいた。うしろには、左の耳が半分欠けた大きな人もいる。あの日、斧を持っていた人だ。


 「あなた、強かったですね! あの日は俺たち14人がかりで、だれもあなたを押さえられなかったんですから」


 若い人が、頭をかきながら言った。


 「囲いの前で言ってた『れべる』ってやつ、強さの数なんですよね? あの日のあなたは、いくつだったんですか?」


 「あのときは、たしか旅人レベル2だったかな」


 火が、ぱちんと鳴った。


 若い人の口が、開いたまま止まった。


 「……2?」


 「うん、2!」


 「え? ありえないんだけど」


 声が、急にくだけていた。言ってから、若い人は自分の口を押さえた。


 「だって、あのときは森で獣を1匹たおしただけだったもん」


 「1匹?」


 横から、フィーナさんが言った。


 「その1匹のすぐあとに、この里の戦士たちと戦ったの? ……ありえないわね」


 「フィーナさんまで!?」


 「この里の戦士なら、ふつうは10前後よ。30で、ようやく歴戦と呼ばれるの」


 フィーナさんの目が、耳の欠けた大きな人のほうへ一度だけ動いた。


 「あなたはレベル2で14人を相手にして、歴戦まで投げたのよ」


 「でも、いまは12だよ! すっごく強いでしょ?」


 「12は、街の兵士より少し上くらいね。まだまだ、これからの数よ」


 「……え。12って、ふつう?」


 「ふつうよ」


 ふつう。


 その言葉が、頭の中でぐるぐる回った。


 レベルを10まで上げる。そう決めたのは、わたしだった。10まで行けば強いんだと、勝手に思いこんでいた。


 ルナちゃんにも、この若い人にも、「わたし、レベル12だから」って胸を張った。


 ……うん。わたし、ものすごくはずかしい。


 「だって、だれも教えてくれなかったんだもん!」


 「この里には、冒険者が来ないもの。自分の数を見たことがある人なんて、いないのよ」


 「俺たち、自分がいくつかなんて考えたこともなかったです」


 若い人が言うと、うしろの人たちもうなずいた。


 「生け捕りにしろ、という命だった。だから、はじめは手加減していた」


 低い声がした。耳の欠けた、大きな人だった。


 「……はじめは?」


 「途中からは、していなかった」


 戦士たちが、どっと笑った。


 わたしもいっしょに笑った。笑いながら、背中がちょっとだけひやっとした。


 途中から本気だった歴戦の人を、獣を1匹しかたおしたことのないわたしが投げた。


 それって、やっぱりおかしい。


 「じゃあ、シズちゃんは30だから、すっごく強いんだ! わたし、窓で見たもん!」


 「13歳でレベル30なんて、ふつうじゃないわ」


 戦士たちが、ざわっとした。わたしのとなりで、黒い耳だけがぴくっと動いた。


 「じゃあじゃあ、ガロウさんは!?」


 輪のむこうで、ガロウさんは黙って肉を食べていた。フィーナさんが、そっちをちらりと見た。


 「……80は、あるでしょうね」


 「80!?」


 わたしの声で、まわりがまた笑った。ガロウさんは、肉を食べる手を止めなかった。


 「それと、ハルカさん。魔物をたおしたときの経験は、いっしょに戦った人数で分けるものなの」


 「ふたりなら半分。ひとりなら、ひとりじめよ。そのかわり、だれも助けてくれないけどね」


 ひとりじめ。


 わたしは、囲いのむこうの森を見た。火のあかりが届かないところは、まっくらだった。


 足の裏が、さっきより強くむずむずした。


 「……いいなあ」


 リーンちゃんだった。両手を胸の前で組んだまま、わたしたちを見ていた。


 「あ、いえ、なんでもないです。……うそです、なんでもなくないです」


 組んでいた手をほどいて、ぱたぱた振った。


 「忍者に侍に冒険者に、リリーさんを探す旅ですよ。聞いてるだけでわくわくするに決まってるじゃないですか。わたしも行けたらいいのにって、さっきからずっと思ってたんです」


 「じゃあ、リーンちゃんもいっしょに行こうよ!」


 「リーンさん。お父さまがお仕事に戻られたら、また行商に出るんじゃないかしら。そのとき、あなたがいなくて大丈夫?」


 フィーナさんの声は、やさしかった。やさしいけれど、少しだけ厳しかった。


 リーンちゃんの手が、ぴたりと止まった。


 「……ですよね」


 笑った。でも、いつもの笑い方じゃなかった。


 「父は、やっと起きられるようになったばかりです。行商に出るなら、帳簿をつける人も値段を決める人もいります。うちでそれができるのは、わたしだけなんです。わかってます、ちゃんとわかってるんですよ」


 言葉が、どんどん速くなっていった。


 「だから、行けないんです。行けないんですけど……うらやましい……」


 最後だけ、声がしぼんだ。


 リーンちゃんは、泣かなかった。そのかわり、栗色の髪の先を指でくるくる巻いていた。


 丘の23人を運べたのは、リーンちゃんの馬車があったからだ。そのリーンちゃんだけが残るなんて、やだ。


 「わたしからも頼もうか? リーンちゃんのお父さんに、わたしが頭を下げる!」


 「だめです。父はハルカちゃんに頭を下げられたら、娘くらい丸ごと差し出しちゃいます。そしたら商いが回りません」


 「うーん……ねえ、みんな! なんとかできないかな!? リーンちゃんのお父さんが、行商に出なくてもすむ方法!」


 シズちゃんが眉を寄せて、フィーナさんがあごに指をあてた。


 「……ひとつ、ある」


 低い声が、輪のむこうから届いた。


 ガロウさんだった。肉の串は、もう置いていた。


 「外の33人には、帰る村がない。囲いの外に、村を作らせる。守りは里の者がやる。教団が来ても、手は出させん」


 輪の中が、しんとした。


 「だが、守られるだけの村は続かん。この里の薬草や毛皮を、人の街へ運ぶ者も要る」


 ガロウさんは、リーンちゃんを見た。


 「おまえの父に、その村で店を持つ気はないか。そう伝えてくれ」


 リーンちゃんの口が、ちょっとだけ開いた。


 「……行商じゃなくて、お店、ですか」


 「そうだ」


 「リーンちゃん、それっていい話?」


 わたしが聞くと、リーンちゃんがぐるんとこっちを向いた。目が、まんまるだった。


 「いい話どころじゃないです! 行商は、お店を持てない商人がやる命がけの商いなんです!」


 「それに、白狼族はこれまで、人との関わりを絶ってきましたよね。その里の薬草や毛皮を扱えるってことは、実質、白狼族と取引できるってことです」


 「間に入って白狼族と取引したい商人なんて、街にいくらでもいます。ほんとうに、いい話なんです!」


 言いきってから、リーンちゃんがぴたっと止まった。


 「……あれ? 父がお店を持ったら、行商には出ません。帳簿も値段も、お店の中なら父ひとりでできちゃいます。ってことは、わたし……」


 「行けるじゃん!!」


 わたしは、リーンちゃんに飛びついた。


 「わっ、ハルカちゃん、重いです! それに、まだ決まってません!」


 「え?」


 「お店をどこに持つかは、商人にとって一生の話です。決めるのは父なんです。わたしが勝手に返事はできません」


 そっか。


 どんなにいい話でも、決めるのはリーンちゃんのお父さんなんだ。


 「じゃあ、まずはみんなで、リーンちゃんのお父さんを説得しに行こう! こんなにいい話なんだもん、ちゃんと話せばきっと伝わるよ!」


 「……はい!」


 リーンちゃんは、わたしをそっと離した。それから、ガロウさんの前まで歩いていって、背すじをまっすぐに伸ばした。


 「ありがとうございます。帰ったら、父をきちんと説得します。その村に根づくお店を、父といっしょに作れるように」


 いつもの早口じゃなかった。


 深く、頭を下げた。ガロウさんは、「ああ」とだけ言った。


 顔を上げたリーンちゃんは、もういつもの顔だった。くるっと振り向いて、フィーナさんに両手を合わせた。


 「先生! 父を説得できたら、わたしも行きます! ごはんと薬草と、値切るのは任せてください!」


 「……値切るのは、ほどほどにね」


 「……ルナも」


 毛布の中から、声がした。里の女の人の腕の中で、ルナちゃんが両手を出していた。


 「ルナも、いく」


 「ならん」


 ガロウさんだった。短かった。でも、さっきよりずっとやわらかい声だった。


 「まず、元気になることが先だ」


 「……もう、げんき」


 ルナちゃんは、女の人の腕から降りようとした。


 足の先が、地面についた。


 ついて、それだけだった。ひざが、かくんと折れた。


 「ルナちゃん!」


 わたしが飛びだすより先に、シズちゃんの腕がルナちゃんを受け止めていた。


 ルナちゃんは、自分の足を見下ろしていた。動かそうとしているのが、わかった。


 動かなかった。


 助け出してから、ずっとこうだった。ルナちゃんは、まだいちども自分の足で歩いていない。


 「……あるける」


 「歩けていない」


 シズちゃんの声は、きりっとしていた。でも、黒い耳はぺたんと寝ていた。


 「……ルナだけ、おいていかれる」


 その声があんまり小さくて、わたしはすぐに言葉が出なかった。


 ガロウさんが歩いてきて、ルナちゃんの前で片ひざをついた。大きな体が、ルナちゃんと同じ高さになった。


 「置いていくのではない。ルナ、おまえには、おまえ自身もまだ知らない力がある」


 輪の中が、ざわっとした。


 「ちから!? どんな力!?」


 「いずれ話す」


 「父上。わたしも、聞いておりません」


 「おまえにも、いずれだ」


 ガロウさんは、ルナちゃんだけを見ていた。


 「その力を、正しく使えるように俺が導く。体が戻るまで、この里で修行しろ。旅に出るのは、それからでも遅くない」


 「……しゅぎょう」


 ルナちゃんの白い耳が、ぴくっと動いた。


 わたしは、ルナちゃんの前にしゃがんだ。


 「修行だって、かっこいい! わたしも、これから忍者の修行だよ。離れてても、いっしょだね!」


 「……いっしょ」


 「それにね、本を返しにくるって約束したでしょ。そのとき、ルナちゃんの様子もぜったい見にくるから!」


 わたしは、小指を立ててルナちゃんの前に出した。


 きょうは、小指がいそがしい。


 ルナちゃんは、細い小指をそっとからめてきた。


 「……やくそく」


 「約束!」


 「……はるか。フィーナに、ちゃんとたべさせて」


 「……ルナ」


 フィーナさんが、困った声を出した。


 「ずっといっしょにいたけど、フィーナがたべてるとこ、いっかいも見てない」


 まわりの女の人たちが、くすくす笑った。フィーナさんは、とがった耳の先をまた赤くして、目をそらした。


 「まかせて! 毎日、フィーナさんの口にごはん入れるから!」


 「……自分で食べられるわ」


 小指をほどいたとき、ふと気がついた。


 わたし、まだ言ってない。


 ルナちゃんを背負って、ここまで歩いてきた。囲いの前で槍を向けられて、北の丘へ行って、帰ってきた。そのあいだ、いちども言っていなかった。


 「ルナちゃん!」


 わたしは、すうっと息を吸った。


 「おかえり!!」


 ルナちゃんの目が、まんまるになった。


 火のまわりが、しんとした。


 ルナちゃんを抱いていた女の人が、ぽつりと言った。


 「……おかえり、ルナ」


 となりの人も言った。そのとなりの人も、そのうしろの人も。


 「おかえり」


 「よく帰ったな、ルナ」


 声が、火のまわりをぐるっと回っていった。さっきの笑い声と、同じ回り方だった。


 さっきの小さい子が走ってきて、ルナちゃんの毛布の端をつかんで「おかえり!」と叫んだ。あの若い人も、耳の欠けた大きな人も言った。


 「おかえり、ルナ」


 シズちゃんの声は、いちばん小さかった。でも、いちばん近かった。


 フィーナさんは、なにも言わないで、ルナちゃんの髪をそっとなでた。


 最後に、ガロウさんがルナちゃんの頭に大きな手をのせた。


 「……おかえり」


 ルナちゃんの肩が、ふるえた。


 「……ただいま」


 毛布の中で、ルナちゃんが声を出して笑った。


 わたしも笑った。笑ったのに、目のはしが熱くなった。


 そのとき、囲いの戸のすきまから、小さい顔がのぞいているのが見えた。


 トトだった。うしろで、ミアさんがあわててトトの肩をつかんでいた。


 里の人たちの目が、そっちへ向いた。ほんの少しだけ、また静かになった。


 さっきの小さい子が、焼けた肉の串を1本つかんで、戸のほうへ走っていった。


 だれも、引き戻さなかった。


 小さい子は、トトの前で串をぐいっと差し出した。トトは目をぱちぱちさせてから、それを受け取った。


 「……おいしい!」


 トトの声が、囲いの内まで聞こえた。ミアさんの手が、トトの肩からゆっくり離れた。


 ガロウさんは、戸のほうを見て、ほんの少しだけ目を細めた。


 ここから、はじまるんだ。


 白い耳の人たちと、トトたちの村が。


   *


 宴が終わりかけたころ、わたしたちは火のはしっこに4人で座っていた。


 シズちゃんとフィーナさんとリーンちゃんと、わたし。ルナちゃんは、ガロウさんのとなりで毛布にくるまって眠っていた。


 わたしは、宴のあいだ足もとに置いていた忍の書を拾って、膝にのせた。


 「じゃあ、これからのこと決めよう!」


 「リーンさんのお父さまを説得したら、人の街へ出るわ。ギルドで依頼を受けながら、リリーの手がかりを探すの」


 フィーナさんが、指を1本立てた。


 「教団のいちばん上の者にたどりつくには、噂を集めるしかないのよ。噂も依頼も、ギルドに集まるから」


 「父を説得できたら、わたしが帳簿つけます! 先生、お財布はわたしに預けてください!」


 「……ええ。そのほうがよさそうね」


 「わたしも、強くなりたいの」


 シズちゃんが、刀の書を膝にのせたまま言った。


 「リリーが見つかったとき、あねさまのそばで守れるように」


 フィーナさんは、なにも言わないで、シズちゃんの襟を直した。また、曲がってもいない襟だった。


 「わたしも! ねえフィーナさん、わたし、いつ忍者になれるの?」


 「上の職になるなら、少なくとも30は要るでしょうね。あなたはいま12だから、ここからゆっくり……」


 「あと18!」


 「……ゆっくり、上げていくのよ」


 フィーナさんの目が、少しだけ細くなった。わたしは、にこっと笑って返した。


 あと18。ひとりなら、ひとりじめ。


 「ねえ、リーンちゃん。煙がもくもく出る玉って、作れる?」


 「煙の玉ですか? 薬草を干して丸めれば、作れると思いますけど」


 リーンちゃんは首をかしげた。それから、はっとした顔になった。


 「え、でも煙なんか焚いたら、魔物が寄ってきちゃうじゃないですか」


 「だいじょうぶ! 魔物が来ても、どさくさにまぎれて逃げられるから!」


 「……それ、魔物に会う前提で話してません?」


 「……ひみつ!」


 「ハルカ。いま、なにを考えてるの」


 シズちゃんが、じっとこっちを見ていた。


 「なんにも!」


 シズちゃんの目が、わたしの足もとへ下りた。わたしの足は、さっきからずっと地面をとんとん叩いていた。


 「……足、揺れてる」


 「揺れてない!」


 「揺れてるもん」


 フィーナさんがため息をついて、リーンちゃんは口を押さえて肩をふるわせた。


 わたしは、足をぎゅっと止めた。止めたのに、足の裏はまだむずむずしていた。


 見上げると、火の粉が星のほうへのぼっていった。


 リリーさんを迎えに行く旅。


 ルナちゃんに、また会いにくる約束。


 忍者になって、屋根の上を走る夢。


 ぜんぶ、この先にある。


 わたしは、囲いのむこうのまっくらな森を、もういちど見た。


 森の奥で、なにかの鳴く声がした。


 ……ちょっとだけなら、いいよね?

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