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転生少女と黒狼姫 〜女神に選ばれた少女と、掟破りの狼族戦士〜  作者: 白川雫


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第18話 そろえられた靴

 ——そのとき、列の向こうの端で。


   *


 ことり、と鳴った。なにかが、倒れた音だった。


   *


 わたしは、そっちを見た。光は、2本しかない。鳴ったのは、その外だった。


   *


 シズちゃんが、わたしの前に出た。


「……シズちゃん」


「……いい」


   *


 わたしたちは、見に行かなかった。


   *


 立ち上がったら、ひざがしびれていた。


 シズちゃんは、板の間の奥でしゃがんで、床を見ていた。


   *


 床板の1枚に、鉄の輪が埋まっていた。指が3本かかるくらいの、黒い輪だった。


 輪がなければ、気がつかなかったと思う。


   *


 その輪のまわりだけ、木の色が明るかった。ほかの床板は、黒ずんでいた。


   *


 何度も、開けられた跡だった。


   *


 部屋の隅の棚に、ランプがあった。油が、まだ半分あった。


 シズちゃんが火打ち石を出した。かち。かち。2回目で、芯に火が移った。


   *


 わたしは、その灯りを、壁のほうへ向けなかった。


   *


 向けたら、列の端まで、見えてしまう。


   *


「ハルカ、下がっていろ」


「……うん」


   *


 シズちゃんが、輪に指をかけて、引いた。ぎ、と鳴って、床板が持ち上がった。


 軽かった。隙間から、砂がぱらぱらと落ちた。


   *


 ひゅう、と板の下から風が来た。地面の下から来たのに、外の風より冷たかった。


 わたしの前髪が、下から持ち上がった。


   *


 匂いがした。昨日、土の下から上がってきたのと、おなじ。ずっと、濃かった。


   *


 四角い穴があった。わたしの肩幅より、少し広いくらい。下へ、段が続いていた。


   *


 石だった。


   *


 この村は、ぜんぶ木でできていた。屋根も、壁も、門も。石だったのは、井戸のふちだけだった。


   *


 なのに、この段は、石だった。


   *


 わたしは、灯りを穴のなかへ差し入れた。段が3つ見えて、4つめから先には届かなかった。


 3つとも、真ん中がへこんでいた。


   *


 人が、踏んだへこみだった。


   *


 石がこんなにへこむのに、何年かかるんだろう。10年でも、たぶん、たりない。


   *


「シズちゃん、この村、いつからあるの」


 シズちゃんは、しばらく答えなかった。


「……わたしが生まれる前から、とだけ聞いた」


「うん」


「……この段は、村より古い」


   *


 そのとき、音が来た。足の裏じゃなかった。耳に、じかに来た。


   *


 板の間に上がってから、聞こえていなかった。穴を開けたからだった。


   *


 間は、おなじだった。でも、ずっと近かった。


   *


 近くなると、音の形が分かった。たたく音じゃ、なかった。


   *


 当たる音だった。なにか重いものに、なにかが、ぶつかって止まる音。


   *


「シズちゃん、……下りる?」


   *


 シズちゃんは、答えなかった。それから、高いところの窓を見た。


 光の柱が、さっきより傾いて、白から赤に寄っていた。


   *


「……下りない。今日は、下りない」


「……なんで」


「暗くなる。灯りは、1つだ」


「うん」


「下りるなら、明るいうちだ」


   *


 わたしは、うなずいた。うなずいてから、ほっとしている自分に気がついた。


   *


 シズちゃんが、床板を下ろした。ことん、と鳴って、穴が閉まった。


 音は、消えなかった。


   *


 閉めても、戻らなかった。


   *


 外へ出たら、空が赤かった。


 わたしは、道の戸を見た。ぜんぶ、開いていた。


   *


 さっきは、9と1だった。いまは、10だった。


   *


 わたしは、靴のひもに触った。ほどけて、いなかった。


 それでも、きつく結び直した。


   *


 朝、目が覚めた。わたしは、いちばんに耳を澄ませた。


 あった。足の裏にも、あった。昨日のままだった。


   *


 シズちゃんは、もう起きていた。荷物が、道の真ん中に2つ、並べてあった。


「シズちゃん、荷物」


「……置いていく」


「なんで」


「……両手が、いる」


   *


 わたしは、なにも言わなかった。


   *


 シズちゃんが干し肉を出した。わたしは半分に割って、半分をシズちゃんの手に置いた。


 シズちゃんは、しばらく見ていた。それから、口に入れた。


   *


 シズちゃんは、ランプの芯を小刀で切った。切ったぶんだけ、長くもつ。


 それを、2回した。1回で、よかったと思う。


   *


 火打ち石。かち。かち。かち。3回目で、芯に火が移った。


   *


 昨日は、2回だった。


   *


「わたしが、持つ。ハルカは、うしろだ」


「うん」


   *


 シズちゃんが、先に足を入れた。1段。それから、わたしを見た。わたしも、足を入れた。


 こつ。


   *


 靴の底が、段の真ん中に、ぴったり入った。


   *


 わたしの足でへこんだ段じゃないのに、はまった。


 たぶん、だれの足でも、はまる。


   *


 手を横にのばすと、のばしきる前に、両方の壁に届いた。


   *


 両手を、広げられなかった。


   *


 壁は石だった。つるつるでは、なかった。刃物で削った跡が、細かく残っていた。


   *


 だれかが、掘ったんだ。


   *


 わたしは立ったまま下りられた。シズちゃんは、少しかがんでいた。


 石は、指がすぐ冷たくなった。


   *


 灯りは、下を向いていた。わたしの足元と、シズちゃんの足元。それだけが、明るかった。


「シズちゃん、前、見えないよ」


「……足元を、見て」


   *


 少し下りたところで、上を見た。


 開けたままの四角い明るいところが、壁の陰で、半分になっていた。


   *


 こつ。こつ。


   *


 どこかで、水が垂れていた。ぽつ。……ぴちゃ。


   *


 足音はそろっていて、水は、そろっていなかった。


   *


 石段は、まっすぐじゃなかった。右へ、ゆるく曲がっていた。


 もう少し下りたら、見えなくなった。


   *


 曲がったから、消えたんだった。


   *


 壁に手をついて下りていたら、指の先が、なにかに引っかかった。


 止まった。そこだけ、へこんでいた。


   *


 線だった。


   *


 わたしは、指でなぞった。まっすぐでは、なかった。ゆるく曲がって、また戻っていた。


 1本じゃなかった。何本かが、寄り合っていた。


   *


 指を4本、あててみた。ぜんぶ、溝に入った。深かった。


   *


 底は、丸かった。


   *


 刃物なら、角が残る。まわりの削り跡は、ぜんぶそうだった。ここだけ、丸かった。


   *


 彫った、というより。


   *


 なでて、へこんだ、みたいだった。


   *


 わたしは、線の先を追った。右へ。下へ。そこで、なくなっていた。


   *


 終わりの形じゃ、なかった。途中だった。


   *


 掌が、熱くなった。


   *


 昨日の夕方も熱かった。それより、ずっと上だった。


   *


 わたしは、手を離した。熱は、引かなかった。


 もういちど、壁に手を近づけた。触る前に、分かった。


   *


 さっき触ったところだけ、あたたかい。まわりは、冷たかった。


   *


 袖で、そこをこすった。しゅ、しゅ。こすってから、また近づけた。


 あたたかいままだった。


   *


 こするほど、あたたかくなった。


   *


 昨日は、小さい靴に触らなかった。あたたかくしてしまうと思ったから。


 今日は、触った。もう、冷たくならない。


   *


 わたしは、自分の掌を見た。なんにも、なかった。


   *


 熱いだけだった。


   *


「シズちゃん」


「うん」


「……なんでも、ない」


   *


 言いかけて、やめた。言ったら、シズちゃんは、この壁を触る。


 シズちゃんは、聞かなかった。


   *


 聞かれないほうが、こわかった。


   *


 曲がりが終わって、石段の先が、まっすぐになった。


 その先に、四角い口があった。まわりに、石の枠。段は、その手前で終わっていた。


   *


 口の中は、黒かった。


   *


 いちばん下の段に、なにか置いてあった。わたしは、しゃがんだ。


   *


 靴だった。大人の、革の靴だった。2つ、あった。そろえて、あった。


   *


 昨日の家のと、おなじ置き方だった。1つだけ、ちがった。


   *


 つま先の向きだった。


   *


 昨日のは、ぜんぶ、壁のほうを向いていた。これは、口のほうを向いていた。


   *


 中を、向いていた。


   *


「ハルカ、……手を」


   *


 わたしは、手を出した。シズちゃんが、握った。昨日より、強かった。


   *


 わたしたちは、その向きに、入っていった。


   *


 枠をくぐるとき、頭の上を見た。石が、1枚だった。継ぎ目が、なかった。


 これだけの石を、だれかが、ここまで運んだ。


   *


 中は、まだ段だった。3段。下りきったところで、足の裏が平らになった。


   *


 床だった。


   *


 天井が低かった。手をのばしたら、届きそうだった。のばさなかった。


 灯りの丸の外は、ぜんぶ黒かった。


   *


 シズちゃんが、灯りをゆっくり横へ動かした。床の上を、明るいところがすべっていった。


   *


 止まった。


   *


 白いものが、あった。


   *


 2つ。

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