第17話 規則的な音
道の真ん中から、シズちゃんが先に歩き出した。わたしは、その半歩うしろを歩いた。
日が傾いて、家の影が道の上に長く伸びていた。わたしは、その影を数えた。10あった。
じゃり、じゃり、と足音が2つ。ほかには、なにも鳴っていなかった。
*
シズちゃんが、3軒目の前で止まった。
「シズちゃん、なんで、この家?」
シズちゃんは、隣の家を見た。
「……どれでも、いい」
「え」
「どれでも、おなじだ」
*
わたしは、両側の家を見た。おなじ屋根、おなじ壁、おなじ暗い窓が道の先まで続いていた。
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「こわいか」
「……ちょっと」
「わたしが、先だ」
*
戸は、開いていた。戸口の内側に、外の土が細く吹き込んで、筋になっていた。
その筋を、だれも掃いていなかった。
*
中は、ひと部屋だった。土間から奥の壁まで、10歩くらい。それで、ぜんぶだった。
窓の戸が半分だけ開いて、光が床に細く落ちていた。外の空気は動いている。ここの空気は、置いてあった。
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足を動かすと、ぎ、と板が鳴った。止めると、やんだ。鳴っているのは、わたしだけだった。
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土間を1段上がったところに、木の卓があった。椅子が、あった。
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1つ。2つ。3つ。4つ。
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4つとも、卓の下にまっすぐ押し込んであった。1つも、はみ出していなかった。
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1つだけ、ちがった。座るところに、木の板が2枚、くくりつけてあった。
結び目が、いくつもあった。結び直した数だけ、あるんだと思った。
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「シズちゃん、この椅子、だれの」
「……小さい人のだ」
「わたしも、そう思った」
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わたしは、その板を指でなでた。真ん中だけ、つるつるだった。まわりは、ざらざらだった。
つるつるのところは、わたしの掌より、ずっと小さかった。
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手を離した。離したところだけ、あたたかくなっていた。
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この家の中で、あたたかいのは、そこだけになった。
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卓の上に、白い焼き物の器があった。
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1つ。2つ。3つ。4つ。
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からっぽ、ではなかった。底に、なにかが乾いて貼りついていた。
4つとも、おなじ高さだった。1つも、へっていなかった。
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器の横に、木のさじが4本。柄の向きが、4本ともそろっていた。
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卓のはしの皿に、パンが切りかけで置いてあった。うっすらと、灰色の膜が浮いていた。
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わたしは、そこへ指をのばして、触らずに引いた。
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——そのとき。背中が、ぞわ、とした。うしろに、なにか、いる。
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わたしは、振り返った。なにも、なかった。開いた戸から、光が細く入っているだけだった。
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シズちゃんが、わたしを見ていた。黒い耳が、わたしの背中のほうを向いていた。
「……シズちゃん」
「……なんでもない」
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「ここの人、どこ、行ったの」
「……分からない」
「あばれた、跡は」
「ない」
「逃げた、跡は」
「ない」
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わたしは、奥の壁ぎわを見た。ベッドがあった。
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1つ。2つ。それだけだった。
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布団は、めくったままだった。片方は、端が床まで垂れていた。
わたしは、その端に指を近づけて、触らなかった。
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壁に、木の釘が4本。3本に、上着がかかっていた。1本は、からだった。
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4。4。2。
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「シズちゃん、……4つ」
「うん」
「……2つ」
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シズちゃんは、なにも言わなかった。黒い耳が、ゆっくりうしろへ倒れた。戻らなかった。
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わたしたちは、その家を出た。シズちゃんは、戸を閉めなかった。
どこかの軒下で干したままの子どもの服が、ぱた、ぱた、と鳴っていた。
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段を下りて、土の道に足を置いた。シズちゃんが、止まった。
黒い耳が、下を向いていた。
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「……しずかに。音がする」
「音?」
「うん」
*
わたしは、耳を澄ませた。ひゅう、と風が耳のふちを通った。それだけだった。
シズちゃんが、しゃがんだ。わたしも、しゃがんだ。
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しゃがんだら、風が、耳から消えた。消えたところに、なにかが、あった。
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聞こえた。とても、小さかった。小さいのに、遠くなかった。
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とん、と1つ鳴って、消えた。少ししてから、また、とん。
わたしは、数えた。1。2。3。4。5。6。あいだが、ぜんぶ、おなじだった。
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どく、どく、と心臓が耳の奥で鳴っていた。わたしの心臓のほうが、速かった。
数えているうちに、もっと速くなった。
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音は、速くならなかった。
*
わたしが、どうなろうと。
*
「これ、なに」
「……分からない」
「……止まらないの」
「……止まっていない」
*
止まらない、ではなくて。止まって、いない。
*
「獣?」
「ちがう。獣は、こう鳴らない」
「……こうって」
「間が、ずれる」
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わたしは、もういちど数えた。1つも、ずれなかった。
*
「どこから」
シズちゃんは、答えるかわりに、地面を見た。
「……した」
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「シズちゃん、これ、いつから聞こえてたの」
シズちゃんは、答えなかった。
「……ゆうべ、ずっと?」
「うん」
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朝、目を覚ましたら、シズちゃんは灰の前に座っていた。背中が、まっすぐだった。
あの背中は、ひと晩ずっと、これを聞いていた。わたしの寝息の、そばで。
*
わたしは、立ち上がった。音が遠くなった。でも、消えなかった。
かわりに、足の裏に来た。下からなにかが当たって、はなれて、また当たった。
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耳で数えた間と、おなじだった。
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……下から、来てる。
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昨日、わたしは道の真ん中で、毛布にくるまって寝た。その、上で。
わたしは、足をどけたくなった。でも、どけたところも、土だった。
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どこへ行っても、上だった。
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「シズちゃん、……ここ、上?」
「うん」
「……なにの」
シズちゃんは、答えなかった。
*
シズちゃんが、わたしの手をとった。いつもより、強かった。
「シズちゃん、痛い」
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ゆるめなかった。あやまりも、しなかった。わたしは、なにも言わないことにした。
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シズちゃんが、北の端を見た。
道の突き当たりに、家が1軒あった。ほかの家より、屋根が少しだけ広かった。
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「ハルカ、戸を、見て」
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わたしは、道の両側の戸を見た。
開いている。開いている。外れて、柱に寄りかかっている。開いている。開いている。
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わたしは、数えた。9。
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突き当たりの家だけ、閉まっていた。1。
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9と、1。
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わたしたちは、そっちへ歩いた。じゃり、じゃり。
その下から、あの音がついてきた。おなじ間で。
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その家の戸だけ、すきまがなかった。風の入るところが、なかった。
シズちゃんが肩を入れて押すと、ごとり、と鳴って戸が内側へ開いた。
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中は、ほかの家とちがった。土間がなくて、入ってすぐが板の間だった。卓も椅子もベッドも、なかった。
広かった。
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高いところに窓が2つあって、そこから光が2本、床に落ちていた。そのなかを、ほこりがゆっくり降りていた。
村の10軒の人がぜんぶ入っても、まだ余る広さだった。
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わたしは、部屋のなかを見まわした。
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……人、いないかな。
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いなかった。
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壁ぎわに、なにかが並んでいた。わたしは、そちらへ寄った。
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靴だった。
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いちばん端から、向こうの暗いところまで、途切れずに並んでいた。
ぜんぶ、つま先を壁のほうへ向けて、置いてあった。1つも、転がっていなかった。
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いちばん手前は、大人の革の靴だった。底の外側が、斜めにすり減っていた。
その隣も、大人の革だった。減っているのは、内側だった。
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おなじ形なのに、減り方が、逆だった。
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その隣は、草を編んだ平たいので、真ん中が切れて足の形にへこんでいた。
その隣は、布だった。継ぎが3枚あたっていて、3枚とも色がちがった。
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おなじ靴は、1つもなかった。
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おなじ足が、1つもなかったからだと思う。
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光は、2本しかなかった。当たっているところまでしか、見えなかった。
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列は、その外まで、続いていた。
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光のなかに、小さいのが1つあった。木をくり抜いたもので、わたしの掌2つぶんもなかった。
内側が足の形に浅くくぼんで、つま先だけ、木の目が消えてつるつるだった。
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わたしは、さっきの家の椅子を思い出した。真ん中だけ、つるつるだった。
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わたしは、しゃがんで、手をのばした。のばしたところで、止まった。
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わたしの掌は、熱かった。その靴は、たぶん、冷たかった。
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触ったら、あたたかくしてしまう。
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わたしは、手を引いた。
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わたしは、列を目でなぞった。大人の革が2つ。草を編んだのが2つ。布のが2つ。小さい木のも、2つ。
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どこを見ても、2つずつだった。1つだけのものが、なかった。
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片方だけの靴が、1つもなかった。
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わたしは、自分の足を見た。
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わたしの靴は、2つとも、わたしの足にあった。
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「これ、だれが、そろえたの」
「……分からない」
「……乱れていない」
「うん」
「1つも」
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この村に入った日も、かたづいているのが、いちばんこわかった。
ここも、かたづいていた。でも、ここのほうが、こわかった。
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かたづいているんじゃ、なかった。
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そろえて、あった。




