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求め行く者  作者: 祓川雄次


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第7ラウンド

(第七ラウンド)

「ゴンザレスは未だにサイドの動きが多い、ボディーを打って足を止めていきたいな」

 コーナーへと帰ってきた国松に対して福田は言った。確かにボディーへのパンチは足を止めることができる。それでもそれはしっかりと急所に入っていくものだけである。ただ表面を叩くだけのパンチであれば意識を下に向ける程度である。だが国松のパンチがしっかりと腹を捕らえることができるのであれば、ゴンザレスは足だけでなく、手数をも減ってくることが予測できた。


「松崎の手数が増えてきているな」

 カーキはアウトボクシングのままで好戦的になってきている国松の印象を述べた。

「そうですね。だがあのくらいならばまだ何とかできますよ」

 ゴンザレスはまだ自分が主導権を取っていると思っていた。採点でも自分の優位には変わりがないはずであるし、この後もそれは変わることをさせないと考えていた。

「ならばパンチの打ち終わりを狙ってカウンターを打てるか」

「できると思います」

 そんなやりとりの後、ゴングが鳴らされラウンドがはじまると、ゴンザレスはカーキに対して応えた言葉どおりに、国松のコンビネーションの終わり際を狙い、右ストレートや左の返しのパンチなどを使い出した。しかしそれに臆することなく、国松は手数を更に増やしていく。

 それにしても今日の国松は左ジャブが多い。橘はずっと国松を追いかけてきたが、教科書通りのジャブを、何度となく繰り出す国松を今まで見たことはなかった。そして更に出すだけではなくヒット数も多いのである。その闘い方は本来ゴンザレスの土俵なのであるが、ゴンザレスはそのジャブを少なくしてカウンター攻撃に転じているのである。

 国松の速射砲のようなジャブの連打と、その後に続く右ストレートなどを嫌がったからなのだろう。しかもパンチ力を考えると、ちょっとした相打ちでも国松のほうが有利になってしまう事を考えてカーキはカウンター戦法を選んだのだ。

 避けながらカウンターを打つゴンザレスを国松は簡単に捕まえることができなかった。それでも無理に追い込むような事はしなかった。クラウチングスタイルではなく、アップスタイルのまま追い込んで、バランスを崩すような事があったとしたら、ゴンザレスは容赦なくその隙をついてくるに違いない。それを避けるためであった。

 だがパンチを当てなければ勝ちは見えてこない。国松は左ジャブを顔面だけではなく、ボディーへと組み込んで、真っ直ぐに突いた。福田に言われた通り、そのパンチで足を止めることができればと考えていた。だがそれほどの期待を持ってではない。あくまでもバランスを崩さずに前に出ることが課題だと国松は考えていた。

 ゴンザレスは国松の左フックを、大きくバックステップで避けた。国松は思惑通りにゴンザレスを追うように肩でプレッシャーをかけながら前に出た。ゴンザレスが再び側後方へと動いた時であった。その背中には白いニュートラルコーナーが存在を露わになった。

 しめた。

 ゴンザレスとの間に距離を感じながらも国松は適時だと思い、ロングの右ストレートを放った。しっかりと右足から力がのったパンチが放たれる。身体のどこにも抵抗を感じる事なく右ストレートが伸びた。その際に左の膝に体重がしっかりと残っていた。これにより後続打を打つ時に、しっかりとしたパンチを打つ土台が出来上がっていた。

 飛んでくる右ストレートに対して、ゴンザレスの動きは、国松を誘い込んだと思えるような物であった。後ろ足に乗っていた体重はすでに前方へと移っていた。そしてパンチを避けるためか、体重の乗った左足は、真っ直ぐではなく、左前へと出たために右の肩が国松の顔面に近い位置へときていた。

 自分たちの空間位置を見た時に、国松はやられたと思ったが、伸びきった右の拳を止めることはできなかった。その腕にクロスするようにゴンザレスのパンチが、国松の顎先を捕らえた。タイミングだけではない。十分に力の乗ったパンチであった。

 一瞬目の前が暗くなった。それと共に首がゴンザレスの渾身の拳の力を感じた。会場に悲痛な歓声が上がる。それと共に国松は前のめりに倒れた。

「国松」

 思わず福田がコーナーへ上がる階段の途中から、乗り出すようにして声をあげた。

久恵はその光景に思わず眼を逸らした。しかしながらちゃんとこの試合を見よう、国松の存在を確認しようと思い直し、カウントが数えはじめられた直後に視線をリングへと向けた。

 上体を起こし、ダメージを身体に聞くようにして、国松は冷静に立ち上がった。今まで何度となくダウンをしてきたが、その中でも強烈なダウンである。それは認識できた。さてここからどのように戦うべきか……。

 残り時間は三〇秒……ゴンザレスは逃さずに攻撃に来ることは間違いないと思われた。

 一瞬よろけそうになる国松を見て、久恵は思わず大きな声を出した。

「松崎さん」

 名前を叫ぶ以外、その後に言葉は続かなかった。しかし国松は思わずその声に振り返った。コーナーを見た先に、声の主の姿は存在していた。

 この試合にアウトボクシングで臨もうと考えたのは、彼女に出会ったからである。しかもそれは試合を捨てたとか、そんなことではない。今までにない境地が自分の中に芽生えたように感じ、それによって勝機が見えたと感じたからであった。その勝利の女神を会場で見つけることができた。それだけで国松の気持ちは落ち着いた。

 カウントを数えながら近づいてくるレフリーに対して国松は、できるという素振りをアピールする。それを実際の身体で確認しようとレフリーは国松が正常に歩くことができるか、数歩前に出るように即した。国松は臆せずに前に出た。特にフラつきは感じられない。レフリーは認識した。

「ファイト」

 続行が許され、二人のボクサーの間でレフリーが仕切りなおした時、ゴンザレスが素早く左ジャブからストレートを打ってきた。国松はガードを固めながらそれを受け止めて、頭の位置を変えるために身体を振った。

 ゴンザレスは押し切ろうと左右を真っ直ぐに連打してくる。国松に数発のパンチが当たり、反撃の目がなければ、レフリーが試合を止めるかもしれない。そんな思いであった。そのゴンザレスの気持ちをそらすかのようにウィービングで国松は避けるが、パンチは収まる気配がない。そんな暴風雨のような連打の中で、国松はしっかりと発射台である足を作っていった。

 そしてゴンザレスのパンチを、頭を振って避けた反動を使い、思い切り左フックを放った。そのパンチが反撃を予想していなかったゴンザレスの顔面を捕らえた。

 強烈なパンチにゴンザレスの連打が止まった。それを逃さずに国松の左フックが今一度繰り出された。正面にいたゴンザレスがパンチに押されるようにして、左になびいた。

 大歓声が思わず会場に巻き起こった。負けるのかもしれないという絶望からの復活打なだけに余計にその声はホール内に反響した。

 もう一発、国松が左膝に体重をかけようとした時であった。レフリーが七ラウンド終了の合図と共に、二人の間へと割って入った。


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