1998年8月20日(木) (4)
(四)
「ねぇ、本当に明日ボクシングを見に行くの」
岡橋は受話器を通して久恵に問いかけていた。
昨日、やっと松崎国松という世界タイトルマッチを行うボクサーが、自らの気持ちをさらけ出し、久恵の気持ちを受け入れたくれた。それは久恵から聞いてわかっていたが、今までボクシングというものに興味がなかった久恵が、会場に行くことが不思議で、思わず問いかけてしまった。ただ人が殴られて、それを見ているだけでも痛い気がするボクシングを、知り合いがやるというのであれば、尚更と思うのに……そんな気持ちであった。
「もちろん行くよ。私の声なんかは聞こえないだろうけれども、少しでも応援したいの。リングの上の松崎さんをしっかり見たいんだ」
支えるなどという事はもちろんできる訳ではない。それでもそばで国松を見ていたいと久恵は考えていた。
国松は計量を終えた後、福田と食事を取り、四畳半の部屋の中へと帰ってきていた。後は疲れを取るために寝るという行為だけである。そんな事を思いながら、留守番電話が入っていることに気付き、それを聞き始めた。
「明日は必ず試合を見に行きます。自分を信じて頑張ってください」
一件目は久恵からであった。短い言葉であったが、国松は嬉しかった。愛情という感情を生み出してくれた人からだからこそ、尚更そう思えた。
そして二件目は意外にも、三上恵美子からであった。
「二度目の世界戦、頑張ってね。
昨日思い出したんだけど、昔叔父さんがよく言っていたことなんだけど。自分を信じろって……そうすれば全てを掴めるって……。
願った通りの答えはでないかもしれないけれども、自分自身が納得できるような試合をするには、まず自分を信じることができないと駄目なんじゃないかって……。
澄雄も自分の力を信じて頑張って……。
旦那と一緒にテレビの前で応援しているから……」
そんな言葉に今更ながら、父親の存在を思い出した。確かに父は自らを信じて進んでいた。しかし思い通りの結果は得られなかった。それを思うと、俺は父親とは違うと、それを乗り越える事を証明したいと考えていた。
国松は壁に貼られているロッキー・マルシアノと、自らの写真を見て、強い意思を拳へと抱いた。




