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求め行く者  作者: 祓川雄次


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26/31

1998年8月20日(木) (1)

(一)

 国松は万年床を抜け出した。多少喉が渇いていたが、今日を乗り越えれば水が飲めるという事もあり、我慢という言葉は今までとは異なり特に感じられなかった。

 ここ数日の間、国松の中にあった迷いはもう微塵もなかった。愛という感情を受け入れた国松は、他人を愛することで自らが更に強くなった事を実感していた。

 ジムに入った頃とは比べ物にならないくらいに強くなった。それは昨日のスパーリングで更に感じたことであった。プロの試合でダウンをしたことのない平野を相手に、四階級も上の選手をダウンさせたのだから、尚更感じることができた。

 何年かに一度あるかないかというほどの、清々しい朝がそこにはあった。曇りではあるが、国松は晴れやかな気持ちでいっぱいだった。

 自宅にある簡易的な体重計に乗ると、確実にリミットを下回っていた。それを考えると、一口だけ、冷蔵庫にあるミネラルウォーターの水分を摂取した。その水分は身体に染み渡り、眠っていた細胞を活性化させるようであった。

計量が終わればこの乾いた身体に水分のみならず食料も補給でき、もっと戻すことができる。更に強くなった自分を実感した時の試合が、国松には待ち通しかった。


 碑は走り続けていた。体重が落ちていないとかではない。明日が試合ということで興奮する気持ちを抑え切れなかったからである。

 信号で立ち止まると、思わずシャドー・ボクシングをはじめる。何発となく繰り返し出すパンチは、何とも言えないくらいに気分が良いものであった。計量の時に対戦相手を見ることができるかはわからない。しかしその相手がどんな相手であれ、自分の力が最大限に出せるのではないか、そんな事を考えていた。

 信号が青へと変わると、勢いよく碑は飛び出した。行く先はきまっていた。昔自分を育ててくれたスイミングクラブであった。

 子供の頃から筋肉質であったが、泣き虫で身体の弱かった碑が、兄の通うスイミングクラブへと入り、随分と変わったのである。

 肉体的にもさることながら、精神的にも随分と大人にさせてもらった。それは自分の力だけでは到底叶わないことであり、長年に渡り育ててくれたコーチたちも感じていることであった。そしてその当時に出来た友達の中で、今でも親しく付き合ってくれている石田誠も、彼の成長を見てきた一人であった。

 碑はそんな思い出のつまったスイミングクラブへと着くと、懐かしそうに建物を見上げた。同級生たちとの差を見せ付けられ、なりふり構わずに、がむしゃらに這い上がってきた。その全てが現在の自分を作り上げるための出発点であった。

 努力とは、勝ち負けや記録にだけ残るものではない。自分の中に確固たる歴史として残るものである。どんな形であれ、自らが良かったと頷けるような方向へと持っていく、最大限の力の源であった。それがたとえ自らが望んだ結果にならなくても、努力なくしては納得のいくことはなかった。

 碑は軽くパンチを数発出すと、抑えきれない気持ちが胸を爆発させそうになることを感じていた。

 明日、明日。

 待っていても、いなくても明日は来てしまう。その明日を楽しみにして、碑は再び走り出していた。


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