1998年8月19日(水) (1)
(一)
計量は明日へと迫っていた。しかし国松の身体は、依然残り一キログラムを少し割った程度、残り八〇〇グラムが落ちていなかった。その程度が落とせないのかと一般的な感覚ではあるのだろうが、絞りに絞ったボクサーの身体とはそのようなものであった。
国松は例のごとく、いつもと同じ朝のロードワークを行っていた。走ることは慣れているはずであった。しかしここ数日の間、まともに食事をしていない。それどころか水分も最小限しか取っていない身体は、一日二日でも随分と違和感を覚えるようになっていた。
そんな身体を作った後で、リングへと上がるのだから、ボクサーとはある種まともな感覚を持った人間にはできないものなのかもしれない。修行僧のように自らを追い詰めることができなければ、そこには行き着かないのであろう。
だが走る理由に、昨日から引きずる久恵への思いが、減量という二文字以外の部分で彼を駆り立てていたことは事実であった。それを国松はしっかりと自覚していた。しかし受け入れられない自分が存在していることも理解している。その狭間で揺れている感覚であった。
減量の影響なのであろう。疲れで身体が重く感じながらも、感覚だけは研ぎ澄まされている。ほんの小さな物音にさえも反応できてしまうほどである。この感覚を保ちながら計量後に体力さえ戻れば……欲張りという感覚であったが、それができるのであればゴンザレスに勝つことができる。
そんな事を考えながら、国松は朝の主のいない公園へと向かった。
久恵はリクルートスーツと呼ばれる物に身を包み、就職活動へと出かけた。一社とはいえ内定が取れたこともあり、少しは気持ちにゆとりを持てるようになっていた。だからという訳ではないが、心に開いた空間に国松の事をはめ込んでいた。
今日こそは彼に会い、自分の存在を認めてもらいたかった。この間の国松に言われた言葉を考えれば、源が言ったような結果が得られない可能性は高いかもしれない。しかし自分の価値を決めるのは、他人であり自分ではない。自らが認めることができるのは、素直な国松への気持ちだけである。
ふと立ち止まると、久恵は国松からもらった靴を見て、受け入れてもらいたいと願望を心の中で呟いた。




