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求め行く者  作者: 祓川雄次


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17/21

1998年8月18日(火) (1)

(一)

 碑はボクサーにとって大切な基礎練習である、ロードワークをこなしていた。ここ数日とは異なり、汗が無限に出てくるような感覚に陥っていた。

 もうすぐ試合でありながらも、昨日は職場の先輩に誘われて酒を飲んでしまった。そのツケが、溢れるような汗に現れているのである。

 ホテルで働いている碑は、試合をやることを職場には内緒にしていた。流石にプロのリングへと上がった後の、腫れた顔で客前に立つことはできない。しかしながら、プロボクサーとしてライセンスを取ったからには、眩いスポットライトの下で、試合をしてみたかった。だからこそいけないと思いながらも、ホテルマンよりもボクサーを取る決断をしたのである。

「何だ碑、今日はペースが遅いじゃないか」

 前日、そんな事を知らない先輩は、碑の杯の進みの遅さを指摘した。

「今日はあまり体調が優れないからですかね。ちょっと進みません」

 元々、酒が好きな碑は、飲み会に行かないことが不自然だと思い、付き合いはしたが、ビールが喉を通りにくくなっていた。何だかんだと自重はしたつもりであった。だが、減量をしている身体は、その水分をかなり吸収していた。

 朝、体重計に乗ってみたら、先日と比べて一キログラムは増えていた。減量により眠っていた細胞が、一気に水分を吸収して蘇ったかのようであった。身体としては喜ぶべき事であろうが、減量中のボクサーとしては悲しむべきことであった。

 酒を飲むという事を甘く見ていた。碑はプロボクサーとしての自覚の無さに、情けなさを感じていた。だが、行ってしまった事は取り返しがつかない。悩むくらいならば行動するほうが早い。だからこそ夏場にもかかわらず、ウインドブレーカーを着て走り込んでいるのである。

 しかし汗が出るだけ、まだマシなほうであった。国松のように過酷な減量をしている場合には、暑い時期に汗が思い通りに出すことはできなく、一歩間違えば死に直結するかもしれない状況になることもある。そう考えると碑は、尚更自覚の無さを実感して、より身体を動かさなければと考えてしまう。

 碑は、少し動けるスペースのある場所で、シャドー・ボクシングを始めた。イメージする相手の影は、碑と同じアウトボクサーである。しかし碑は性格的にファイターも少し入っている。どちらかと言うと、ボクサーファイターである。一見クレバーなように見えて、内では燃えているタイプなのだろう。スパーリングでも、少し打たれはじめると無理にでも向かっていくようなところがあった。

 左ジャブを連続で五、六発と繰り出す。その時に左周りという、オーソドックスの基本は忘れない。

 そのジャブを避ける相手の隙をイメージして、碑は右ストレートを放った。そして素早くその拳をガードの位置へと戻す。

 素人からしたら碑のパンチは早いのであろうが、上位のボクサーからしてみればたいしたものではない。しかしデビューという点から見れば、悪いものではないものなのかもしれない。

 対戦相手との実力差があるかどうかなど、デビュー戦ではわからない。ただ自分の力を信じてやる事しかできない。

 昨日のビールを身体から出さなければならない。プロとして試合に出るためには、まずは減量をクリアしなければ話しにならない。そのためにも、碑は体を動かすことしかできなかった。それでも駄目な場合には本当に飲まず食わずという事をしなければならない。それだけの覚悟がなければやはりリングへと上がる資格がない。碑はそう感じていた。


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