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求め行く者  作者: 祓川雄次


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11/21

1998年8月16日(日) (3)

(三)

 神奈月啓太郎は、崖っぷちに立たされていた。

 プロボクサーとしてデビュー以来、三戦三敗という成績である。もしも次の四戦目で勝ち星を得ることが出来なければ、引退勧告、実際は長期休暇という扱いであるが、それをコミッションから受けることになり得る。

 ボクシングは死をも直感させる危険なスポーツである。実際ルールがあるとはいえ、スポーツという枠組みを超えている部分があることを思わないわけにはいかない。

 そうであるからこそ管轄するコミッションとしては、連敗するような選手をずっとリングに上がらせる訳にはいかない。もしかするとそれによって大事故が起こる可能性がないわけではない。それ故に若い選手たちの希望を断ってでも「命」という物を守らなければならなかった。故の引退勧告などである。

 啓太郎自身も、今回白星を得られないようであれば、グローブを置く覚悟はできていた。だが、どうしてもプロのリングで勝利という物を味わってみたいと思う気持ちは捨てきれなかった。

 よくボクシングは麻薬と同じで、やり始めたら辞められないという人が多い。何が良いなどということは、本人たちにしかわからないであろうが、自らの力を、誰の力を借りることもなく試せる場所であることを、彼らは無意識のうちに認識しているのかもしれない。

「おい、神奈月。スパーリングだ。リングに上がれ」

 トレーナーに呼ばれ、啓太郎はリングへと上がった。相手は数ヶ月前にプロテストに受かったばかりの、まだ実践のリングに上がったことのないボクサーである。

 けれども、そのボクサーは啓太郎よりも巧さというものを備えていた。そのボクサーを相手にするとはいえ、啓太郎は負けるつもりはなかった。

 ゴングが鳴り響くと、すぐさま低い姿勢で相手の懐へと飛び込もうとする。そして必死に手を出しながら、足を前方のみに進める。

 スピードや威力がある訳ではない。ましてやフォームなどはバラバラと思えるくらいである。これで良くプロテストに受かったものだ。見る人が見れば思う事であろう。

 そんな啓太郎のパンチをかわしながら、新人はジャブ、ストレートを顔面へとヒットさせていく。しかし啓太郎は打たれてもひるまなかった。

 相手の足は速く、啓太郎のベタ足では追いつくことはなかなかできなかった。おまけに中に入ろうと思う気持ちがはやり、防御が甘いところに、何度となくカウンターのジャブをヒットされる。

「神奈月、しっかり相手のパンチを見ろ」

 そんなトレーナーの声は、必死になっている啓太郎の耳には届かなかった。そのまま展開は変わらずに、同じようにパンチを食らいながら、啓太郎は数発のパンチしか当てられずにラウンド終了のゴングが鳴った。

 自らのボクシングに苛立ちを感じるが、啓太郎はこれしかできないのである。

 二ラウンド目に入っても、啓太郎はそのボクシングを繰り返した。しかしずっと動き続ける啓太郎の動きに、新人は同じように動き、いつしか自らのペースで戦うことができなくなっていく。

 中盤になると新人は足に疲れが見え始め、距離を取ることが難しくなっていった。そうなると体力に自信がある啓太郎に、有利な材料は増えてきていた。

 足が弱まった新人相手に、無理やり中へと入り込み、肩などを巧みに使い、ロープへと新人を追い込んでいく。

 それと同時に何度となく、手を出していく。経験の少ないボクサーは、それを回避する術を身につけていない。だから嫌でもそれに付き合わなくてはならに羽目になっていた。

 スタミナと手数で、相手を自らの土俵へと引きずり込む。今度の試合でもそれができたら、勝つことができるかもしれない。少しの自信が啓太郎の気持ちを繋いでいく。

 不器用なら不器用なりに頑張ることができる。明日は自分のために必ずやってくる。それを信じて啓太郎は、パンチを繰り出していった。


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