012 街に入る
しばらく進むと町、いや街が見えて来た。
市街を堅牢な城壁でぐるりと囲んでいる。所謂城塞都市だ。
この街はどやら交通の要衝のようで、東西に走る街道と南へと向かう街道が丁字路で交わる中心に造られている。
ちなみに遥か北は俺が住んでいる森で、そっち方面への道はない。
街の北東側にはそこそこ大きな森もあり、森林資源をそこから調達しているのが伺える。
南の街道沿いには農地が広がっている。
二本の大河に挟まれた地なので井戸を掘れば水も豊富なのだろう。
風車が見られるので、それで水をくみ上げているのかもしれない。
俺はプチを抱くと、平原の草に隠れて装甲車を降りる。
装甲車はインベントリにしまって隠し、西側から街道を歩いて街へと向かうことにした。
西の城門は開かれているが、衛兵が出入りする人をチェックしては通している。
そこそこの人数が列をなして順番を待っているようだ。
俺は列に並ぶと前を並ぶ人達の様子を伺った。
異世界初会話になるのだ、きちんと言葉が通じるのか、俺の知らない常識は無いのか、こっそり確認させてもらう。
徒歩の村人と思われる女性に衛兵が質問している。
「こんにちは、身分証明書を……。街へは何が目的で?」
「買い物に」
「それなら、銅貨1枚です。はい。お通りください」
次は荷車を引いた農民の男性。
「こんにちは、身分証明書を……。街へは何が目的で?」
「野菜の納入に来ました」
農民の男性は身分証明書とともに何やら紹介状のようなものを見せている。
「オーランド商会への納品ですね。銅貨5枚になります。はい。お通りください」
随分丁寧な衛兵だな。
これなら難なく通過できそうだ。
そう思っているうちに俺の番が来た。
「こんにちは、身分証明書を……。街へは何が目的で?」
「身分証明書は無い。買い物に来た」
すると衛兵の態度が急に変わった。
完全に不審者扱いだ。
「どこから来た? なぜ身分証明書を持っていない」
衛兵は完全に詰問口調に変わっていた。
そうか、身分証明書があったから丁寧だったのか……。
まずいな。どう言い訳しようか。
そこで俺が身一つ+抱えたプチのみというのを利用することにした。
「実は魔物に馬車が襲われて身一つで歩いて来たんだ。
幸い金は少し持っているから旅の必需品を手に入れようと思って」
「身分証明書は失くしたのか?」
「ああ」
「これに手をあてろ」
衛兵がタブレット状の板を示すので俺は何も考えずに手を置いた。
衛兵はそれを見て、俺を頭からつま先までジロジロ見てから納得したのか態度を軟化させた。
「犯罪歴は無しだな。しょうがないな。保証金銀貨1枚で入れてやる」
え? 犯罪歴を調べられていたのか。
しかし、俺は金をガイア金貨と銀貨しか持っていない。
魔物の素材を持ち出すのはインベントリがどのぐらい一般的かわからないから拙い。
インベントリを隠して対応するには、せいぜいポケットから硬貨を出すふりをするぐらいしかやりようがない。
「これでもいいか?」
仕方ないので俺はガイア銀貨を出した。
すると衛兵の顔が強張った。
「ガイア銀貨じゃないか!」
何か拙いことになりそうだ。
慌てて取り繕う。
「お守りとして持っていたんだ。田舎者でわからないんだが、この国ではいけないのか?」
「いや、そうじゃない。貴重な貨幣なんで驚いたんだ」
ああ、そっちか。でもそれも悪目立ちして拙いな。
衛兵が続ける。
「とりあえず、冒険者ギルドで身分証明書さえ発行してもらえば、この銀貨は返せる。預かりを書こう」
なんだかんだ言って職務に忠実な親切な人らしい。
俺が貴重な銀貨だとわからってないことをみこして、そのまま誤魔化して懐に入れることだって出来るだろうに。
「ほら、後で身分証明書と銅貨1枚を持ってくれば返してやれる。皆に話は通しておく。無くすなよ」
「わかった。すまないな」
俺は衛兵に礼を言うと街へ入った。
「プチ、どうやら冒険者ギルドがあるらしい。そこへ向かうよ」
「わかった」
あれ? プチの言葉って他の人には何て聞こえてるんだろう?
しゃべる犬だと思われたら、誘拐されかねない。
俺は周囲の様子を伺うが、どうやらプチの言葉はわんわんとしか聞こえていないようだ。
でも、プチは可愛すぎるから誘拐の危険はあるかもしれない。
ずっと抱き続けることにしよう。
ギルドは大通りの一番良い一番目立つ場所にあった。
スイングドアを開けて中に入ると、そこに居た冒険者の視線が一斉に俺へと集まった。
お約束の展開すぎて顔がニヤける。
それを侮りと取ったのか一部冒険者の顔色が変わる。
拙い拙い。気を付けないとフラグが立ってしまう!
冒険者ギルドはラノベに良くあるように銀行の窓口に似ていた。
空いている窓口に向かうと要件を伝える。
「こんにちは、冒険者登録と魔物の素材の買い取りをお願いしたいのですが?」
俺がそう告げると受付のお姉さんが良い笑顔で応対してくれた。
「こんにちは、初登録ですか?」
ああ、異世界初の女性との会話だ! テンションが上がる。
「はい」
「素材は亜空間倉庫に?」
お姉さんが登録用紙を出しつつ尋ねる。
おお、亜空間倉庫のスキルはそんなに珍しくないのか。
これ幸いと俺は答える。
「ええ、亜空間倉庫に入っています」
「買取は登録が終わってからになります。代筆はいりますか?」
「いえ、大丈夫です」
登録用紙にさっさと書く。名前はクランドでいいか。出身地は空欄にする。
俺が記入している間に受付のお姉さんがタブレット状の装置を机の上に出した。
「それでは、そこに手を置いてください」
衛兵の時と同じだろうよ軽い気持ちで手を置く。
「はい、終わりです」
また犯罪履歴のチェックかと思ったら個人認証の登録だったらしい。
装置からカードが出て来た。
「これがクランド様の冒険者カードになります。あ、申し訳ありません。銀貨1枚です」
拙い。また金がない。
「すみません。お守りのガイア銀貨ぐらいしか持ってなくて、魔物素材を売ってからでいいですか?」
「ガイア銀貨! かまいませんよ。先に代金を伝えずに申し訳ありません」
受付のお姉さんはてへぺろっとしていた。
あざとい。人気受付嬢だと確信した。
買取で魔物の素材を受付に出す。
とりあえず塒でも使っているサーベルタイガーと白い豹の毛皮、大量にある熊の魔物の毛皮、ドラゴンの鱗ぐらいでいいかな?
あまり高額になってもいけないし。
今出した素材はインベントリに収納されている素材としては中の下ぐらいの物なのだ。
俺が毛皮と鱗を1枚ずつ出したらギルド内が騒然とした。
え? 何か拙かった? インベントリにいっぱいあるんだけど?
「サーベルタイガーに雪豹、ジェノサイドベアにグリーンドラゴンの鱗じゃないですか!」
「名前は知らないけど、そうなの?」
「どれも貴重な素材です。ジェノサイドベア以外はオークションに出すような素材ですよ?」
そうなのか。魔物の名前も強さもわからないから、そこまで貴重だとは思わなかったよ。
オークションなんて日数もかかるだろうし面倒だな。
そうだ、ガイア金貨は両替できないのかな?
「ガイア金貨もあるんだけど、両替できない?」
もうガイア銀貨を持っていることは衛兵にも受付のお姉さんにもバレちゃっているんだから、これもいいよね。
「ガイア金貨! それもオークション案件です」
「ならジェノサイドベアだけ買取して。身ぐるみ失ってるから早急にお金がいるんだよ」
俺のその言葉に受付のお姉さんの目の色が変わる。
「買取させていただきます! あ、私クレアです。ギルドマスターを呼びますのでしばらくお待ちください」
どうやら買取金額の総額で受付嬢の成績が決まり、ボーナスが出るらしい。
クレアはオークションを通さない買取でとんでもない成績を収めることになる。
「なんじゃこれは!」
ギルドマスターも口をあんぐりと開けている。
やっちゃったか。悪目立ちしないようにと思っていたのに、思った以上に貴重だったらしい。
まさかあんな魔物やこんな魔物までインベントリに入っているとは言いだせないな。
「どれも極上の状態じゃな。本当に買取で良いのかの? オークションなら5割はアップすること間違いなしじゃぞ」
「魔物に襲われて馬車を失っているので、直ぐに現金が必要なんですよ」
俺の言い訳にギルドマスターは何か思うところがあったのか、しばらく思案するとため息をついて話し始めた。
「まあ詮索はしないでおこう。全て買取となると現金が足らん。ギルドカードへのチャージなら直ぐなんだがどうする?」
「この街で買い物が出来るならそれで良いです。あ、西門に銅貨1枚を払わなければいけないので少しの現金はいただきたいです」
俺は冷や冷やしながら、ギルドマスターの申し出を受け入れた。
ギルドマスターが驚くような魔物を倒せるのに、街道で魔物に襲われたなんて明らかに嘘だとバレたのだろう。
そこを呑み込んでくれたギルドマスターに感謝だな。
「それぐらいは配慮しよう。金貨100枚と小銭ぐらいは都合しよう」
取引成立だ。
俺は現金110万Gとギルドチャージで2億7321万Gを得た。
俺はギルドを出ると西門へ向かい、身分証明書のギルドカードと預かり証を見せ、入門料銅貨1枚(100G)を払って保証金のガイア銀貨を取り戻した。
さて買い物をするかと思って街中に引き返すとプチが話かけて来た。
「ご主人、ご主人。つけられてるよ?」
うん。俺も気付いていた。
大金を手に入れたところを見られたのはまずかった。
この世界で成人(15歳で成人)したばかりの小僧が丸腰で大金を持っている。
カモだと思われても仕方ない。
ギルドの中では出来ないことも、路地裏や街の外なら構わないという連中はいるだろう。
蛇の道は蛇。自分が手を汚さなくても犯罪組織と繋がって私腹を肥やしているような不良冒険者はいるだろう。
俺はどうやってフラグを折ろうかと悩むのだった。