狂気のバレンタイン、前世からの運命【前編】
2月14日のバレンタインが近付いてきた今日この頃。
まことしやかに星華学園にあるうわさが流れ始めた。
「星華の2年のバレンタインデーにチョコを渡した相手に告白を承諾されたら、ふたりは永遠の恋人になれるらしいですよ!」
昼休み。
教室で、机を向い合わせにしてお昼を食べていた月子ちゃんが夢見るような口調で言う。
またそのうわさか、とわたしは呆れつつ購買で買った焼きそばパンを口に含む。
「…興味ありませんか?ひかりちゃん。藤君と急接近出来るチャンスじゃないですか!」
食いつきのよくないわたしの反応に、じれったそうにする。
女子のわたしから見てとても羨ましい桜色の瞳をきらきらと輝かせる。
月子ちゃんは意味ありげに、視線をわたしから逸らし―――あっちの席で戦人と食べている冥加くんのほうを見た。
ちなみに、月子ちゃんにはもう相手がいる。最近知ったけれど、相手はうちの担任。
いつの間に。しかも婚約を通り越して、結婚までしていた。お嬢様の行動力は怖い。
「その冥加くんから、他の男にチョコをあげるよう言われてるんだよ……」
その時の会話を思い出して、気分が一気に落ち込む。
焼きそばパンがまるで砂を噛んでるかのように味がしなくなった。
「あら、それはまあ…」
可愛らしいランチョンマットの上に敷かれた重箱をつつく手を止めて、月子ちゃんから同情の視線を貰う。
わたしは自嘲するしかなかった。
いやもう想定の範囲内だったけれど、やはり本人から直接伝えられるとダメージが大きい。
「けれど、確かに、ひかりちゃんは他の殿方に目を向けてもよろしいかもしれませんね」
「ええ?!」
「案外身近にいる方が、ひかりちゃんのことを慕っているかも知れませんもの。
―――ぞっとするくらい深く、深く、ね?」
艶やかに微笑む月子ちゃん。
「私に、そんな人いるわけないよ」
ないないと手を横に振って否定してみせる。
もしもそんな人がいるというのなら、お目にかかってみたいものだ。
なんて、軽く考えていたのに。
◆
「――やっとおれの出番だよ、姉ちゃん」
今日は図書委員会の当番だった。
夕陽でオレンジに染められたひと気のない図書室で、私は手首を掴まれ身体を壁に押し付けられていた。
どうしてこうなった?
いつものように隣のクラスの水沢鏡夜くんに軽く会釈して、隣に座って黙々と委員の仕事をこなしていたはずだった。
それが突然。「もういいよね?」なんて鏡夜くんは呟いて、え?と聞き返したわたしを拘束した。
「随分待たされた。おれ、すっごく我慢したよね?もうほんと、長い間。褒めてよ、姉ちゃん」
涼しげな蒼い瞳が接近してきた。
「……!?何するの!」
「なにって、キス?」
唇を奪われた。
そこではっと我に返って、鏡夜くんの拘束から逃げ出そうとあがくが男の人の力には敵わない。制服越しに感じる鏡夜くんの温もりに、体温が上がっていく。
鏡夜くんはどこにそんな力があるのか、びっくりするくらい強い力で私を抱きしめて離さない。
「姉ちゃんは、まだ、何も思い出さないわけ…?」
不貞腐れた声。
お姫様の呪いは王子様のキスで解けるはずなんだけどなあと鏡夜くんは不満げに呟く。
ひかりちゃん。
私の名前を確かに呼んでるはずなのに、鏡夜くんは私を通して別の誰かを見ている気がしてならない。
そもそも彼は、私の名前を呼んでいる?思い出すって、なに。
私は、何も忘れて―――…。
「今が何周目かわかってる?ひかりちゃんってば前世からドジだから。こうして、おれの番になるまでどれだけの時間を費やしたことか…。そもそも、なんでよりにもよって乙女ゲームの世界になんて転生しちゃうの?――まあ、この世界でなければ、弟だったおれと姉ちゃんは結ばれることも出来ないけどさあ」
「…え?は…??え…っ?」
私の首筋の匂いを嗅ぎながら、きつく吸いついて痕を残していく鏡夜くん。
彼の吐く言葉は意味不明で、支離滅裂、頭のおかしい人間のはずでしかない。
なのに、戸惑いは覚えつつも、私は否定するどころか、納得。いや、違う。
――――思い出してきた。
「最後におれを選んでくれるなら、おれはひかりちゃんのどんなことも許してあげる。そう、何回も言ったし、前世でも言ったよね?」
深く、キスをひとつ。
ふたりを繋ぐ透明な橋をぼんやり見つめながら、私はすべてを思い出した。
いや、理解してきた。
薄々感じていた違和感。でも気のせいだと見ないフリをしようとしていたモノ。
前世が、始まりだった。




