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狂気のバレンタイン、前世からの運命【後編】

 土橋先輩に読み聞かせした『花になる病』に登場した兄妹は、私と水沢鏡夜の幾度となく生まれ変わった前世のひとつ。

何度となく生まれ変わり、そのたびに私と水沢鏡夜の関係性は血の繋がったきょうだいだった。

同性のときも、異性のときもあった。私が水沢鏡夜を愛することはほぼ稀で、対照的に水沢鏡夜は毎回執拗に私を愛していた。


 前世――はじまりは、私たちは普通の兄妹だったように思う。

争いの絶えない貧しい時代に生まれた。両親をすぐに亡くし、私たちは支え合って生きていた。

でも、妹《私》が酷い目に遭って、兄《鏡夜》はおかしくなった。

もともと素養があったのだとしても、そのことがきっかけで彼はおかしくなった。


 大いなる存在として私たちを見守ってくれていた神のような存在に、兄は願った。

ずっと生きたい。何度生まれ変わってもそばにいたい、愛したい。

たとえどんな手段を使っても。

自分のものにならず、意のままにならない私だったら躊躇いなく殺してしまえばいい。

だって、何度も何度も私たちは最初のねじれた因果のままに出会うから―――。


「前回…珍しく、ひかりちゃんがおれの姉さんに生まれたときにね」


 こんなところで奪うものもね、という鏡夜の言葉で、私たちは誰もいない保健室のベッドの上でシーツに包まれていた。

鏡夜に腕を組まれて廊下を移動したが、誰にも出会わなかった。

窓の外、グラウンドで部活動をしている生徒の声がやけに遠くに聞こえた。

養護教諭はやっぱりというか不在で、彼は中に入るとすぐに内側から鍵をかけた。


 制服はベッドの下に脱ぎ散らかしている。


 鏡夜は私を腕枕したまま、嬉しそうに笑っていた。

不思議なことに、たいてい私が先に死ぬ(というより鏡夜に殺される)のに、私は鏡夜よりも後に生まれていた。だから、前回は珍しかった。

前回、鏡夜は酷いシスコンだった。幼い頃は可愛らしく思っていたけれど、年を経るごとにひどくなり、そしてやっぱり私を。


「縁結びの神に出会えたんだ」


 おれらを何度も転生させるように願った神の役立たずさに、痺れを切らせたらしい。

いつも私を殺してすぐに後追いをする鏡夜。何をどうやったのかは聞きたくないが、またもや彼の手に神が堕ちたようだった。


「絶対にひかりちゃんと結ばれるように血の繋がりという関係性も破棄して、失敗しても安全にやり直せる世界に転生させてもらったんだ」


 それが、このとある乙女ゲームをベースにした世界。

私が前世でプレイしていたものだ。鏡夜にプレイしている場面を発見され、次の日にはゲーム機が水没していた。牛乳を零したてしまったと彼は申し訳なさそうにしていたが、今なら分かる。鏡夜は、わざと壊した。


「前世からの因果のせいか、なかなかうまくいかなくて、何度かループしたけど…。もうここまでいけば、もうおれのエンディングだ。チョコレートも、おれが用意していたよ。逆チョコエンディング。ひかりちゃんはプレイ出来なかったら覚えてないかもだけどね、このゲームはバレンタインに異性にチョコを受け取ってもらえることでエンディングを迎えるんだ」


 そうして場面はホワイトデーすらすっ飛ばして、一気に数年経つ。

時系列は不明だが、恋人あるいは夫婦となった主人公と攻略対象の幸せな日常を描いたスチルで終了。


 ズボンに忍ばせていた手作りトリュフを、腕枕をしていないほうの手でつまみ、自分の口に含んだ。


「ふぉら、あーん」


「………」


 口を、開けたくない。

けれど鏡夜との激しいスキンシップのせいで、私はもう全身ぐったりとしていた。

抵抗するのも無意味だと、全てを思い出した今なら分かる。


(冥加、くん)


 この世界が鏡夜の望んだ世界で、乙女ゲームをベースにしたものだとしても。

いや、だからこそ、冥加くんへの私の恋心は本物だったはずだった。

ベッドの上で鏡夜に責め立てられたから、間違いない。

冥加くんに恋する私は予想外で、厄介だったと。


 私は観念して、口を少し開いた。


「ひぃーこ」


 鏡夜が嬉しそうに目を細める。


 そうして、口移しで私にトリュフを与えた。


「ン…っ」

「は…む……んんっ」


 ぬちゃぬちゃと音を立てながら、チョコと混ざりあった唾液を味わう。


 涙が、つーっと頬を伝っていく。


「やっとおれのものになった。愛し続けるよ、ひかりちゃん」


 病めるときも、健やかなるときも―――。

死でさえも、私たちを別つことはできない。

永遠の蜜月が始まる。


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