怒涛の冬のイベントラッシュ(1)
覚えているだろうか。
新学期の最初に私こと上地ひかりが冥加くんにつれなくされて心の汗を流していた時に、ハンカチを差し出してくれたイケメンのことを。
金森愛斗。
綺麗に染められた金髪のツーブロックに、美しいヘーゼル色の瞳を持った美形。
耳から孕まされる――と女子どころか男子までもが噂してやまないエロボイスの持ち主で、入れ替わりの激しい曜日毎の彼女がいるとかいないとか。
彼女たちは愛斗の本命になれることを夢見ているが――結局大勢の中の一人としてしか扱って貰えないことに絶望して、離れて行く。
そんな傷心の彼女たちにつけ入るようにして、愛斗よりもランクは下がるが彼女たちを一途に想う男が告白し、カップルが成立していくものだから、男子からは金森愛斗《恋愛の神様》と崇められている。
いい匂いのしたハンカチは、金森愛斗のお言葉に甘えて日常的に使わせてもらっている。
女子に人気の彼と話す機会があればお礼を言いたいと思っていたが、今、私の前にそのイケメンがいる。
「隣の市のイルミネーションを見に行かないかい?」
同い年とは思えない無駄な色気。冥加くんほどは高くないけれど、高身長の愛斗に見下ろされると心臓が無駄に早鐘を打つ。
人通りの少ない放課後の廊下というのもいけない。
図書委員の仕事の帰り、今日の晩御飯のメニューを考えながら歩いているところを前から歩いて来ていた金森愛斗に捕まって、今に至る。
「その節は、ハンカチをどうも」
「ああ、春の。まだ覚えてたんだ。律儀だね」
「普通ですよ。でも、どうして、私なんかを誘うんですか?」
春のときは着崩されていたブレザーも流石に冬の12月ともなれば、ミルクティー色のサイズの大きなカーディガンを羽織り、首元にはボルドー色のマフラーが巻かれて鎖骨もしっかり隠されていた。
「さあ、なんでだろう。だれでもいいはずなんだけど、どうしてだか君じゃなきゃダメだと思ったんだ。上地ひかりちゃん」
ともすれば勘違いしてしまいそうな金森愛斗の台詞。
でも、不思議なことに心に響かない。
さっきまでドキドキしていた気持ちが、すぅっと冷めていくのがわかった。
彼の言葉には熱がない。冥加くんと同じで、私のことなんてなんとも思っていない。
「お断りします」
「即決かあ。つれないな」
曜日毎にいるらしいという彼女といけばいい。
金森愛斗と行くくらいなら、ダメ元で冥加くんを誘った方がマシ。
「じゃあ、こう言えば君は俺と行ってくれるかな?」
愛斗がにじり寄ってくるものだから、私は廊下の窓ガラスに背中を預ける形になる。
腕を動かすと同時に彼が身につけているらしい香水の甘い香りが鼻をくすぐり、とんっと軽い音を立ててガラスに手をついて私を閉じ込める。
「これは、”強制イベント”だ。俺と冬のイベントをこなさなきゃ」
“強制イベント”。
「なに、言ってる、の?」
ゲームみたいな発言をする愛斗の意図が読めないはずなのに。
“強制イベント”。
私の思考が何かに上書きされるみたいに塗りつぶされて。
目の前が真っ暗になった。




