第71話 想定外の焦熱、即応の突入線
第4部 第71話:想定外の焦熱、即応の突入線
ドォォォンッ!!
腹の底を殴りつけるような轟音とともに、模擬機関室の分厚い耐火ハッチから、紅蓮の火柱と真っ黒な爆煙が吐き出された。
内部の空気圧が一気に跳ね上がり、キャットウォークの鋼鉄の手すりがビリビリと激しい共鳴音を立てて震える。
『――ッ! ゴハッ……!』
無線機のスピーカーから漏れ出す、第一小隊の断末魔のような呻き。
言葉すら発せられない激突音。そして、フレンチブルドッグ・神尾の呼吸器の面体が衝撃でずれたのか、「シューッ」というエアーの異常噴出音と、引き攣れた呼気だけが混信した電波に乗って訓練場に響き渡った。
「第一小隊が呑まれた……!」
ハッチの外で待機していた第二小隊の面々が、その圧倒的な熱量と絶望に後退りかけた。
その時だった。
カチャリ、と硬質な金属音が乾いた空気を切り裂いた。
間大輔だった。
大輔は一切の躊躇なく、すでに背負っていた陽圧式空気呼吸器(SCBA)のハーネスを両腕で力強く引き絞り、突入の態勢を固めていた。
「……間! まだ第二小隊の進入合図は――」
安全管理員の助教が制止しようとした言葉を、横から鋭く割り込んだビーグル・明の怒声が上書きする。
「未燃焼ガスへの引火だ! 室内の温度が発火点を超えようとしている! 爆弾処理の現場と同じだ、このままじゃ数十秒でフラッシュオーバー(爆発的延焼)が起きて、第一小隊が全員蒸し焼きになるぞ!」
大輔は助教の言葉など初めから聞こえていないかのように、キャットウォークの上で見下ろす源統括教官と真っ直ぐに視線を交錯させた。
ビーグルの琥珀色の双眸に宿る、狂気にも似た決意。
教官は『第二小隊は要救助者の救出を行え』と命令した。中にいる仲間が要救助者になったのなら、突入のタイミングは「今」しかない。
源教官は緊急停止スイッチの上に手を乗せたまま、微動だにせず大輔を見下ろしている。
その傷だらけの顔に感情の揺らぎはなかった。だが、鋭い牙の隙間に、わずかに獰猛な笑みが刻み込まれる。
(仲間が倒れた瞬間、理屈を捨てて地獄へ飛び込めるか。……その覚悟、炎の中で証明してみせろ)
「第二小隊、進入ッ!!」
源の冷徹な怒号が響き渡った。
すでに俊平が大輔の横に並び、二番ホースのラインを引き寄せている。その姿に、パグの大田原、ニューファンドランドの谷崎、黄ラブラドールの佐藤、そして元海防EODの明も一切の迷いを捨て、一斉に装備のバンドを引き絞った。
前日の訓練で恐怖に足をすくわれ、限界の淵を覗いた第二小隊が、いま一つの生き物のように即応の陣形を組み上げる。
「俺が先頭でノズル(筒先)を持つ!」
大輔が冷静かつ鋭く陣形を指示する。
「谷崎、俊平! 俺の後ろに入り、お前たちの体格で水圧の反動をねじ伏せろ! 佐藤と明はホースのキンク(折れ)取りと退路の確保、大田原は後方から全員の異常と残圧を監視しろ!」
「「「了解ッ!」」」
大輔たち六頭は、一斉に空気呼吸器の面体をマズルに圧着させた。
シュコー……シュコー……。
犬としての生命線である体温調節を自ら完全に塞ぎ、分厚い耐火服の中で己の肉体を焼き切りながら、限られた空気の残圧だけで焦熱の迷宮へ挑む。
それは、生物としての本能を捨て、救難士としての狂気を受け入れた覚悟の音だった。
大輔を先頭にした六つの影が、猛火逆巻く漆黒のハッチへと雪崩れ込んだ。




