第63話 冷静なる頭脳、四名の環
第4部 第63話:冷静なる頭脳、四名の環
「次、第二班、位置につけ!」
第一班がプールサイドへ這い上がり、濡れ鼠となって頭を垂れる脇を通り、第二班の四頭がプールサイドの縁へと進み出た。
黒田鉄平、佐藤亮太、田宮裕太、そしてボーダーコリーの宮武修二。
器材装着のわずかな時間、宮武が低い声で三頭を引き寄せた。
その双眸は、第一班の失敗を克明に分析し尽くしたように冷徹で、かつ静まり返っていた。
「いいか、落ち着いて聞いてくれ。僕たちはまだ班として組まれたばかりだ。決して一枚岩じゃない」
宮武は四頭のハーネスに結束されたガイドラインの張力を確かめながら、的確に指示を飛ばす。
「体格も泳力も違う。だからこそ、隊列を完全に固定する。まず、水流と触覚の感度に長けた僕がトップを行く。続いて中央に、圧倒的な膂力を持つ黒田と、呉で泥臭いロープワークを叩き込まれてきた佐藤のレトリバー二頭。最後に体幹の強い田宮が殿を務め、後方から全員のラインの張り具合と安全を監視しながら追従する。どんなときも冷静に行くぞ」
「了解!」
「任せろ、宮武」
佐藤が凛とした瞳で頷き、黒田と田宮が太い首を静かに縦に振る。
ピィィッ!
源統括教官の鋭いホイッスルが響いた。
ザパァァンッ!
四頭が一斉に身を躍らせ、漆黒の潜水槽へと消えていく。
水深十五メートル。完全な暗黒、二・五気圧の水底。
先頭を泳ぐボーダーコリーの宮武は、決して無謀なスピードを出さなかった。後方に続く黒田と佐藤の規則的な気泡音、そして田宮が後方で握るガイドラインの僅かな引きを感じ取りながら、水流の乱れを正確にトレースしていく。
殿の田宮は、指先の感覚だけでラインの弛みをミリ単位でコントロールしていた。
張りすぎず、緩めすぎず。弛めば水底の突起に絡まり、張りすぎれば第一班のように隊列を引きちぎる。宮武の繊細なブレーキングによって、四頭は暗黒の中で一本のしなやかな鎖となって水底を薙ぎ払っていった。
潜航開始から三分十二秒。
水底の冷たいコンクリートの感触を捉えた宮武の掌が、ダミーの衣服に触れた。
だが、宮武は決して一人でそれを動かそうとはしなかった。即座にラインを二度強く引き、合図を送る。
背後から滑り込んできた佐藤がダミーの足元の安全を確認し、黒田の強靭な腕が六十キロの重みをガッチリと抱え込む。そして最後に田宮が合流し、全員の指先がダミーと互いの身体に触れ合ったことを確認した。
(――全員、揃った。浮上開始!)
宮武のロープ信号とともに、四頭は息を完璧に合わせ、水流を乱すことなく、排気しながら規則的なシザースキックで浮上を開始した。
バシャァッ!
潜水槽の水面を割り、四頭がダミー人形を中央に抱え込んで同時に顔を出した。
誰一人として呼吸を乱さず、誰一人として取り残されていない。完全な統制のもとでの生還だった。
「タイム、五分四十五秒! 全員の呼吸・意識、異常なし!」
田中助教の報告を聞きながら、キャットウォークから見下ろす源教官の傷だらけの顔が、微かに動いた。
「……ほう、やりおる」
源教官は首元の古傷を太い掌で擦り、バインダーの用紙に小さくチェックを入れた。
個の突出した身体能力で自滅した第一班とは対照的な、チームの特性を補い合って成し遂げた完璧な救助。ボーダーコリー特有の高い知性と状況判断力を遺憾なく発揮した宮武の指揮に、百戦錬磨の鬼教官も唸らざるを得なかった。
「第二班、よし! 上がれ!」
プールサイドへ上がる宮武たちを見送りながら、大輔は両手の拳をギュッと強く握りしめた。
減点された第一班と、満点の第二班。
そして次は――自分たちの番、第三班の出番だった。
隣には、荒い鼻息を漏らすパグの大田原、八十キロを超える巨躯のニューファンドランド・谷崎、そしてラブラドールの田宮……ではなく(田宮は第二班なので)、第三班のメンバーを見渡す。大輔、大田原、谷崎、そしてもう一頭――。
最も極端な体格差と呼吸リスクを抱えた四頭を率いて、大輔はいま、冷たい漆黒の深淵を見据えていた。




