第96話 節ごとに味の違う継ぎ節葱と、最後まで自分で直さなければ気が済まない道具整備師
ラウル・ケインズは四十六歳になる人間の男性であり、レーヴェン北西区の職人街に店を構える《巡り輪整備店》で、荷車や手押し車、井戸の巻き上げ器、荷上げ用の滑車、農具、商店用の運搬台など、日々使われる道具や機構の点検と修理を請け負う整備師として働いていた。黒に近い焦げ茶色の髪には、こめかみの辺りから灰色が少しずつ混じり始めており、左眉の上には、若い頃に外れた金具で切った細い傷跡が残っている。節の太い指と傷の多い掌はいかにも職人らしいものの、壊れた道具へ触れる時の動きは意外なほど静かで、車輪を一度回し、木軸へ手を添え、金具へ耳を近づけるだけで、どこから余計な振動が出ているのかを見つけることもできた。
《巡り輪整備店》という店名から、大型の荷車だけを扱う店だと思われることもあるが、実際の仕事はもっと雑多だった。
宿屋で料理を運ぶ配膳台の車輪が引っ掛かる。
酒場の樽運び台が片側だけ沈む。
農家の種まき器から一定間隔で種が落ちなくなる。
染物工房の布巻き器が途中から急に重くなる。
商店の荷上げ滑車で綱の片側だけが異様に早く削れる。
そうした、完全には壊れていないものの、このまま使い続ければいずれ作業を止めるか、最悪の場合には人を傷つけかねない道具を預かり、原因を探して、必要な箇所を直す。それがラウルたちの仕事だった。
ただし、一つの道具へ使われている材料は一種類とは限らない。
荷車なら木材、鉄、革が組み合わさる。
巻き上げ器なら木軸、金具、綱、留め具がある。
農具でも、刃は鍛冶師が得意とする領域であり、長く使う革帯なら厚革を専門とする革職人へ頼んだ方が確実だった。
ラウルにも、そのことは分かっている。
他人から相談だけを受けた時には、むしろ判断は早かった。
「その鉄輪は曲がっただけに見えるが、内側まで薄くなってる。叩き戻すより鍛冶屋で新しくした方がいい」
「この革帯は縫えば一応つながる。でも毎日回すなら継ぎ直しじゃ持たない。革屋で一本物を作ってもらえ」
「木枠の腐りがここまで入ってるなら、軸だけ直してもすぐ別の場所が割れる。木工に回した方がいい」
そう言える。
ところが、
「ラウルさんの店にお願いします」
と正式に依頼を受けた瞬間、考え方が変わった。
自分が預かった以上、自分の手で最後まで仕上げなければならない。
途中で別の職人へ渡せば、それは、
「自分にはできなかった」
ことと同じなのではないか。
客から修理代を受け取るのに、肝心の部品を他人に作らせてよいのか。
そんな思いが、依頼を抱えるたびに浮かんだ。
だから金属部品が必要になれば、店にある小さな炉を使って自分で作ろうとする。
革帯が裂れていれば、専門外でも革を薄く削って縫い合わせる。
複雑な木枠へ傷みがあれば、普段はほとんど使わない木工道具まで引っ張り出す。
長年整備をしてきたため、まったくできないわけではない。
それが、かえって厄介だった。
下手ではない。
しかし専門家ほど速くも正確でもない。
半日で済むはずの金具に一日掛かり、その間ほかの修理が止まることもある。
丈夫な一枚革を頼めば翌日届くのに、手元の革を継いで何時間も費やすこともあった。
それでもラウルは、
(人へ渡して完成を待つだけなら、それは整備師じゃなく仲介屋だ)
と考えていた。
◇
もともと、ラウルはそんな考え方をする人間ではなかった。
父は町外れの粉挽き小屋で水車の管理をしており、母は市場近くの食堂で働いていた。三人兄弟の長男だったラウルは、幼い頃から父に連れられて水車小屋へ行くことが多く、流れ込む水を受けて巨大な木輪が回り、その動きが軸を通して石臼へ伝わっていく仕組みを見るのが好きだった。
十二歳の頃、水車からいつもとは違う音が出たことがある。
父はすぐ水を止めて木輪を止め、歯車と軸を順番に調べていった。
「歯が割れたの?」
ラウルが尋ねると、父は金具の付いた軸受けへ手を当てながら首を振った。
「歯だけじゃない。軸が少しずれてる。このまま回したら、歯の片側ばかり削れる」
「父さんが直す?」
「木の受けは俺が見る。でも、この金具は鍛冶屋を呼ぶ」
「自分じゃできないの?」
「軽く曲がったくらいなら直すけど、これは毎日水車の重さを受けるところだ。俺が中途半端に直すより、鉄を分かってる奴へ任せた方がいい」
翌日、鍛冶師がやってきた。
父と一緒に金具を外し、工房へ持ち帰る。
二日後には新しく補強された部品が戻り、父が軸受けを調整しながら取り付けた。
水を流し、水車が再び回り始めた時、幼いラウルは尋ねた。
「これ、父さんが直したの?」
父は笑った。
「みんなで直したんだよ」
「金具は鍛冶屋さんだろ?」
「金具はな。でも、どこが悪いか見つけて、水車を止めて、必要な部品を頼んで、戻ってきたものを合わせて、最後にちゃんと回るか見る。それをまとめて俺がやってる」
その言葉を、当時のラウルは素直に受け入れていた。
十五歳になると、父の知り合いだった荷車整備師バルドのもとへ弟子入りした。バルドは木、革、金属のどれも一通り触れる職人だったが、何でも一人でやることを自慢する人物ではなかった。
ある日、荷車の鉄留めを見た若いラウルが、
「これくらいなら俺でも叩き直せます」
と言った。
バルドは鉄留めを裏返し、薄く伸びた部分を見せる。
「形だけなら戻せる」
「じゃあやります」
「駄目だ」
「何で?」
「ここ、一回曲がって伸びてるだろ。このまま叩き戻せば見た目は直る。でも荷を載せたら、薄いところから割れる」
「じゃあどうするんです?」
「鍛冶屋へ新しいのを頼む」
「整備店なのに?」
「整備店だからだ」
バルドは若いラウルへ、かなり長く残る言葉を言った。
「全部できるふりをする職人ほど危ないぞ。客は、お前が何回槌を振ったかじゃなく、荷車がちゃんと走るかを見てる」
二十五歳で独立して《巡り輪整備店》を開いた後も、しばらくはその教えを守っていた。
木工が必要なら木工職人へ頼む。
鍛冶仕事は鍛冶師へ。
革帯は革職人へ。
そして客には、
「ここはうちで直す。こっちは鍛冶屋へ出すから、全部戻るのは四日後」
と説明する。
それで大きな問題はなかった。
考え方を変えるきっかけになったのは、独立して七年目の頃だった。
長距離を移動する荷運び商人から、小型の荷車を一台預かった。
右車輪から異音がするという。
調べてみると、木軸に摩耗があり、外側の鉄輪にも細い割れが入っていた。
木軸はラウルが直せる。
鉄輪は、普段から頼んでいる鍛冶師へ渡すことにした。
「二日で戻せる」
鍛冶師はそう言った。
ラウルは客へ、
「三日後には返せる」
と伝えた。
ところが翌日、鍛冶工房の煙道が壊れて炉を使えなくなった。
鉄輪が作れない。
二日目になっても戻らない。
ラウルは客へ謝った。
「あと二日ほしい。鍛冶屋の炉が止まった」
商人は困った顔をした。
「明後日の隊商に入る予定だったんだ」
「すまない。別の鍛冶へ回す手もあるけど、今からだと――」
「俺にはそっちの事情は分からないよ」
商人は怒鳴らなかった。
だからこそ、その次の言葉が強く残った。
「俺は鍛冶屋じゃなく、ラウルの店に頼んだんだ」
結局、商人は別の荷車を借り、予定していた荷を一部減らして出発した。
修理した荷車そのものは、その数日後にきちんと完成した。
新しい鉄輪は丈夫だった。
木軸も調整され、以前より走りは良くなっている。
しかし受け取りに来た商人は、
「直ったのはありがたい。でも次は、予定が読めるところへ頼むよ」
と言った。
ラウルは、
(客は俺へ頼んだ)
という一言を何度も思い返した。
本来なら、そこから学ぶべきことは、
「外へ頼むなら余裕を持った納期を出す」
「途中の進行も確認する」
「一つの職人へ何かあっても対応できるよう予備を取る」
だったのかもしれない。
ところが当時のラウルは、もっと単純な答えへ寄っていった。
(最初から外へ出さなければ、他人の都合で遅れない)
しばらくすると、
(全部自分の店でやれば、責任がどこにあるか曖昧にならない)
へ変わる。
さらに、
(最後まで自分が手を動かしてこそ、自分の仕事だ)
とまで思うようになった。
客への責任を強く意識した結果だった。
ただ、その意識がいつの間にか、
「責任を持つこと」
と、
「全部一人でやること」
を同じものにしていた。
◇
現在の《巡り輪整備店》には、ラウルのほかに二人の職人がいた。
三十四歳の女性イーサ・ベルは九年前から働いており、細かな金具や小型機構の分解を得意としている。宿屋の配膳台や商店の戸車、薬房の粉砕器など、小さい部品が複数組み合わさる道具になると、ラウルより慎重に状態を記録しながら分解することさえあった。
二十二歳の男性ネイト・ロムは三年目で、力があり、大きな車輪や木軸を扱う作業は早い。ただし勢いで外す前に構造を見るよう、今もラウルやイーサから何度も注意されている。
ある朝、染物工房から布巻き器が持ち込まれた。
二本の長い木軸へ染め上がった布を渡し、片側の取っ手を回すことで均等に巻き取る道具であり、
「最近、右側だけ妙に重い」
という。
ラウルが軸を外して調べると、木材そのものには大きな歪みがなく、問題は軸受けに使われている金属環だった。内側が長年の摩擦で偏って削れ、片側だけ薄くなっている。
イーサも手に取って確認した。
「これ、新しくした方がいいですね」
「ああ」
「ボルグさんのところへ寸法出します?」
職人街には金具を作れる鍛冶師が複数いるが、ボルグは特に小さな輪金具の精度が高い。
ラウルは金属環を指で回した。
「いや。うちで作る」
「この薄さを均一に出すなら、うちの炉だと時間掛かりますよ」
「できないわけじゃない」
「できるかじゃなくて、今日の仕事の量です。ボルグさんなら今渡せば明日の昼には作れるかもしれません」
「外へ出して遅れたらどうする」
「まず空いてるか聞けばいいでしょう」
「こっちでやる」
それで決まった。
ラウルは予定していた別の修理を一度止め、鉄材を切り出して小型炉へ火を入れた。加熱した鉄を叩き、冷まして径を測り、再び熱して形を整えるが、一度目は内径が僅かに狭く、削って合わせると今度は片側だけ薄くなった。
やり直す。
さらに時間が掛かる。
午後になっても終わらない。
その間、宿屋から預かっていた配膳台二台はイーサが一人で見ることになり、ネイトは農家の手押し車と小型滑車を担当した。
夕方近くになり、ようやく納得できる金属環ができる。
「入った」
ラウルが軸へ合わせる。
イーサも回してみる。
「精度は大丈夫です」
「だろ」
「でも一日ほとんどこれですよ」
「明日返せる」
「配膳台の二台目は明日へ回りました」
「そっちは納期が明後日だ。問題ない」
実際、翌日には布巻き器を無事返すことができた。
染物工房の職人も、
「前より軽い」
と満足して帰った。
だからラウルの中には、
(やっぱり自分でやれば確実だ)
という感覚だけが残った。
その十日ほど後、今度は近郊農家から種まき用の小型押し車が持ち込まれた。
車輪を転がすと内部の穴開き板が動き、一定間隔で種を土へ落とす仕組みになっている。
「落ちる間隔がばらばらになった」
農家が言う。
ラウルが分解すると、車輪の回転を内部へ伝える革帯が伸びていた。
イーサが革を指で引く。
「交換ですね」
「在庫の厚革で作る」
「この幅だと一枚物の厚さが足りません」
「二枚重ねればいい」
「継ぎ目が滑車を通りますよ」
「端を薄くして重ねる」
「革屋なら一本で作れます」
「何日?」
「前に頼んだ時は翌日」
「春蒔き始まってるんだ。今日作れば夕方返せる」
ラウルは店にあった二枚の革を削り、厚みの差が出ないよう重ね、丈夫な糸で縫い合わせた。継ぎ目を柔らかく馴染ませ、何度も滑車へ通して調整する。
かなり時間は掛かったものの、一応問題なく回った。
種の落下間隔も測る。
許容範囲へ入っている。
「これで返せる」
ネイトが革帯を見ながら少し迷った。
「革屋の一本物の方が、滑らかじゃないですか」
「そりゃそうだ。でも今のでも基準には入ってる」
「農家の人、しばらく毎日使うって言ってましたよね」
「だから今日返すんだ」
その日の夕方、押し車は農家へ戻った。
三日後。
再び同じ押し車が店へ来た。
「また間隔が狂ってきた」
農家は怒ってはいなかった。
ただ春蒔きの途中で機械が戻ってきたため、疲れた顔をしている。
「昨日までは良かったんだ。今朝から急にずれて」
ラウルはすぐ革帯を外した。
二枚を重ねた継ぎ目が連続使用で少しずつ伸び、縫い目にも偏った力が掛かっている。
切れてはいない。
しかし今後も使い続ければ、さらにずれる。
「やり直します」
ラウルが言う。
農家が尋ねる。
「明日には?」
一瞬、答えられなかった。
「二日ください」
「種蒔き、もう始まってるんだけどな」
「予備の車は?」
「一台しかない」
結局、その日のうちに革職人へ走った。
寸法を渡し、事情を説明する。
「急ぎなら明日の夕方」
と言われた。
厚さの揃った一枚革の帯が翌日届く。
取り付けて調整し、今度は長めの連続試験まで行った。
農家へ返す。
追加の革代は、ラウル自身が負担した。
農家は押し車を何度か動かし、
「今度は大丈夫そうだ」
と帰っていった。
イーサが古い継ぎ革を片づけながら言う。
「最初から革屋へ頼んでたら、昨日には返せましたね」
「分かってる」
「ラウルさんが革を扱えないって言ってるんじゃないです」
「分かってる」
「なら、どうして毎回そこまで自分でやるんです?」
ラウルはすぐ答えなかった。
「うちは整備店です」
イーサは続ける。
「壊れた場所を探す。必要な寸法を出す。部品が戻ってきたら全体へ合わせる。最後に安全を確認する。それじゃ仕事したことにならないんですか?」
「客はうちに頼んでる」
「だから、最後までうちが責任を持てばいいでしょう」
「途中で鍛冶屋や革屋が遅れたら?」
「納期を聞いて、余裕を取って、必要なら途中で確認する。それも私たちの仕事じゃないですか」
ラウルの頭へ、ずっと昔に父が言った言葉が浮かんだ。
『金具は鍛冶屋。でも水車全体を見るのは俺の仕事だ』
それでも、
「昔、それで客に迷惑を掛けた」
という記憶の方が強かった。
彼は、
「今日はもう終わりだ」
とだけ言い、話を切り上げた。
◇
数日後、近郊農村から修理品を持ってきた老人が、帰り際に長い葱のような植物を二本置いていった。
「これ、持って帰れ」
「何だ?」
「《継ぎ節葱》。今年は太くできた」
太い茎がいくつかの節に分かれ、根元に近いほど白く肉厚で、上へ行くほど細く濃い緑色になっている。
「普通の葱と違うのか?」
「節ごとに味が違う」
老人は下から順番に指した。
「一番下の白い節は甘いから煮込み向き。真ん中は香りが強くて焼くと旨い。上の細い節は辛いから薬味にいい」
「全部同じ植物だろ」
「植物は同じでも、場所が違えば味も違う」
「全部鍋へ入れても食える?」
「食えるよ。ただ、それならわざわざ継ぎ節葱を食う意味は薄いな」
「面倒な野菜だ」
「一本につながってるからって、全部同じ扱いしろなんて誰も言ってないだろ」
老人は笑いながら帰っていった。
その夜、ラウルは一本を家へ持ち帰った。
妻を数年前に病で亡くしてからは一人暮らしであり、料理も必要最低限しかしていない。
肉を焼く。
芋を煮る。
残り物をパンへ挟む。
その程度である。
老人の説明は覚えていた。
根元は煮込み。
中央は焼く。
上は薬味。
ただ、仕事から帰った後に三つの料理を考えるのが面倒だった。
「一本なんだから、一つの鍋でいいだろ」
根元から先端まで全部輪切りにし、塩漬け肉と根玉葱を煮ていた鍋へ入れた。
最初は葱らしい強い香りが立つ。
火を入れ続ける。
根元が柔らかくなる頃には、中央の青い香りは汁へ溶け、上の辛味もほとんど消えていた。
食べられる。
むしろ根元は甘く、煮込みとしては悪くない。
ただし老人が、
「節ごとに違う」
と自慢していた意味は、まったく分からなくなった。
翌朝、残っていたもう一本を見る。
同じ鍋へ入れる気にはならなかった。
そこで仕事の帰りに、《持ち込み食堂》へ持っていった。
悠斗は継ぎ節葱を受け取ると、節の境目を一つずつ確かめた。
「下は甘くて、真ん中が香り、上が辛いんですね」
「昨日は全部煮た」
「どうでした?」
「普通の葱になった」
ミレイアが笑う。
「せっかく三つ味あるのに」
「食えればいいと思ったんだ」
「今日は分けてみます?」
悠斗が尋ねる。
「一本なのに?」
「一本でも、部分ごとに性質が違うんですよね」
悠斗は継ぎ節葱を節に沿って三つへ切り分けた。
根元側は白く、肉厚で、断面から穏やかな甘い香りがする。
中央は少し繊維が強く、包丁を入れた瞬間に青い香りが立った。
先端は細いが、刻んだ途端に鼻へ刺さるような辛味が出る。
「本当に別物みたいですね」
ミレイアが覗き込む。
「同じ一本なのに」
悠斗は白い根元節を大きめに切り、白肉と根玉葱と一緒にゆっくり煮ることにした。肉の表面へ焼き色をつけてから出汁を加え、甘い根元節が崩れない程度まで火を通していく。
中央の香りが強い節は縦割りにし、別の鉄板で短く焼く。表面へ焦げ目がつくと、青い香りの奥から僅かな甘さが出た。
先端は火へ入れず、ごく細く刻む。
皿へ煮込んだ白肉と根元節を盛り、焼いた中央節を添え、最後に先端の細切りを少量だけ散らした。
《白肉と継ぎ節葱の三節仕立て》
ラウルはまず根元を食べた。
「昨日よりずっと甘い」
「長く火を入れたので」
次に中央。
昨日の鍋では消えていた香りが、焼いたことで強く残っている。
最後に辛い先端を白肉と一緒に食べると、脂の重さがすっと切れた。
「全部違うな」
「そうですね」
「一つの葱なのに」
「一つの皿ですけど、全部同じ処理にはしませんでした」
その言い方が、妙に引っかかった。
「でも料理としては、悠斗が作った一皿だろ」
「はい」
「三つ別に処理しても?」
「最後にどう合わせるかまで含めて一皿ですから」
ラウルは少し黙った。
悠斗が、
「道具の修理をしてるんでしたっけ」
と尋ねたため、自然に自分の仕事の話へ移った。
荷車や農具を直していること。
木も鉄も革もある程度は触れること。
しかし一度預かった仕事は、なるべく全部自分の店で直そうとしていること。
その結果、先日革帯を自分で継ぎ、数日後にやり直しになったこと。
「最初から革屋へ頼んだ方が良かった?」
悠斗が尋ねる。
「結果だけならな」
「でも嫌だった」
「ああ」
「どうして?」
「客は俺の店に頼んでるから」
ミレイアが少し首を傾けた。
「お客さんは、全部ラウルさん自身が作ると思って頼んでるんですか?」
「少なくとも俺は、そういうつもりで受けてる」
「お客さんに聞いたことあります?」
「そこまで聞くものじゃないだろ」
悠斗は継ぎ節葱の皿へ視線を落とした。
「この料理も、根元と真ん中と先を別々に扱いましたけど、一つの料理ではあります」
「全部悠斗がやったからだろ」
「今日はそうですね。でも、もし厨房に葱を焼くのが俺より上手い人がいて、その人に真ん中だけ任せても、料理全体を考えて俺が出すなら、俺が何もしてないことにはならないと思います」
「でも、その部分はそいつの仕事になる」
「その部分は、です」
悠斗は否定しなかった。
「だから、料理全体が俺一人だけの手柄だとは言えないです。でも店として一皿を出す責任は残ります」
「修理とは違う」
「そうですね」
無理に同じだと言われなかったことが、逆にラウルを少し考えさせた。
「修理だと、鍛冶屋へ部品作らせたら、その部品は鍛冶屋が作ったことになる」
「はい」
「なら俺が直したって言えるのか?」
「壊れてる場所を見つけるのはラウルさんですよね」
「ああ」
「必要な寸法を決める」
「そうだ」
「どの職人へ頼むか選んで、戻ってきた部品を合わせて、最後に全体が安全に動くか確認する」
「そこまでは俺の仕事だ」
「だったら、『全部の部品を自分で作った』とは言えなくても、『修理を担当した』とは言えそうですけど」
ラウルは答えなかった。
ミレイアが尋ねる。
「人に頼むと遅れるのが嫌なんですか?」
「昔、それで客に迷惑を掛けた」
独立して間もない頃の荷車の話をした。
鉄輪を鍛冶師へ頼んだこと。
二日で戻ると言われたこと。
炉の故障。
納期遅れ。
そして客から、
『俺はラウルの店に頼んだ』
と言われたこと。
悠斗は最後まで聞いてから尋ねた。
「その時、鍛冶屋へ出したこと自体が問題だったんでしょうか」
「結果として遅れた」
「でも、今ラウルさんが自分で全部やって、予定より遅れることは?」
ラウルは布巻き器の金具を思い出した。
「ある」
「先日の革帯は?」
「やり直したから、最初から頼むより遅れた」
「その昔の時、鍛冶屋の進み具合は途中で確認しました?」
「してない」
「客へ伝えた三日は、余裕ありました?」
「ほとんどなかった」
「なら、『人に頼んだから失敗した』だけではなかったのかもしれませんね」
ラウルも薄々分かっていた。
外へ頼むなら納期を聞く。
予定に余裕を持つ。
遅れそうなら早めに客へ伝える。
戻ってきた部品を確認する。
つまり人へ頼んだ後も、自分の仕事は残る。
「責任を渡すのが嫌だったんじゃなくて、責任がどこにあるか曖昧になるのが嫌だったのかもな」
ラウルが言った。
「なら、部品の仕事だけ渡して、客への責任はラウルさんの店に残せるんじゃないですか?」
継ぎ節葱は根から先まで一本につながっている。
しかし全部を同じ鍋へ入れなくても、一つの皿としてまとまっている。
「全部を同じ手でやることと、一つの仕事にまとめることは別か」
「料理ではそうですね」
「修理でも試してみるか」
答えが出たわけではない。
ただ翌朝、店へ行ってから試せることはあった。
◇
次の日、《巡り輪整備店》へ入ったラウルは、イーサとネイトが作業を始める前に言った。
「しばらく、外へ部品を頼む仕事を増やす」
イーサが真顔でラウルを見る。
「熱あります?」
「ない」
「昨日何食べました?」
「葱」
「葱ってすごいですね」
「そこじゃない」
ネイトが笑っている。
最初の試しに選んだのは、酒場から預かった樽運び台だった。
四つの小型車輪で大樽を動かす台で、片側の鉄軸が長年の使用で深く削れている。今の軸を削り直せば細くなりすぎるため、新しく作り直すのが妥当だった。
以前なら店の炉へ火を入れていただろう。
今回は寸法を正確に測った。
「ボルグへ持っていく」
イーサが確認する。
「納期は?」
「今から直接聞く」
鍛冶工房へ行く。
現物と寸法を見せる。
「これなら明日の昼」
ボルグが言う。
「確実?」
「午前に急ぎが入らなければ昼。入ったら夕方だな」
「なら客には明後日の午前で伝える」
「それなら十分」
店へ戻り、酒場の主人へ説明した。
「鉄軸は作り直す。鍛冶屋へ頼むから、戻りは早くて明日の昼、遅ければ夕方。その後うちで組んで荷重試験するから、明後日の午前に返す」
「分かった」
翌日、鉄軸は夕方ではなく昼に届いた。
取り付ける。
左右の高さを揃える。
空の状態で転がす。
次に小さな樽。
最後に実際の大樽に近い重さを載せる。
問題ない。
予定より早く完成した。
ネイトが、
「今日の夕方に返します?」
と尋ねた。
ラウルは少し考える。
「客は明日の午前で聞いてる。急ぎじゃないなら予定通りでいい。今夜もう一度重さ掛けて、明日の朝確認してから持っていく」
翌朝。
酒場へ返却する。
主人が樽を載せて動かす。
「軽くなったな」
「軸を新しくした」
「ラウルが作ったのか?」
以前なら、そこで胸の奥へ僅かな抵抗が出ただろう。
今回はそのまま答えた。
「軸はボルグ鍛冶工房。寸法出しと組み付け、全体の調整はうち」
「そうか。丈夫なら問題ないよ」
主人はそれ以上何も聞かなかった。
「ありがとう」
ラウルは店へ戻る途中、
(客は俺が鉄を叩いたかなんて気にしてない)
と考えた。
次に来た依頼は、旅宿で使われている手動昇降器だった。
天井の滑車へ綱を通し、壁際の巻き上げ器を回して旅行箱や食料箱を二階へ上げる設備で、
「途中から急に重くなる」
という。
ラウルとネイトが現地へ行き、綱、滑車、巻き上げ器を確認する。
綱は一部が毛羽立っている。
滑車の金属軸も僅かに振れる。
木製滑車輪の溝は片側だけ深く削れていた。
店へ持ち帰り、イーサも状態を見る。
「軸は新造。綱も交換ですね」
「滑車輪は削れば使えるか?」
「削ると直径がかなり変わる。作り直した方がいいと思います」
「なら木工へ出す」
ネイトが驚いた。
「三つ外ですか?」
「軸はボルグ。滑車輪はハレス木工。綱は赤縄店」
「うちでやるのは?」
「全体の寸法、巻き上げ器の点検、戻ってきた後の組み付け、試運転」
イーサが笑う。
「整備屋っぽくなりましたね」
「前から整備屋だ」
三つの店へそれぞれ納期を確認する。
鍛冶は一日。
綱は在庫品なら当日。
木工は二日。
最も遅い木工を基準にして、宿へは四日後の返却予定を伝えた。
三日目の朝。
ハレス木工から連絡が来る。
「使う木の乾きが思ったより甘い。半日伸ばしたい」
昔なら、
(ほら、外へ出すから)
と苛立ったかもしれない。
今回はすぐ旅宿へ向かった。
「木製滑車輪が予定より半日遅れる。返却は予定日の夕方になる可能性がある。ただし部品を急いで組んで荷重試験を削るつもりはない」
主人が尋ねる。
「翌日に商隊来るんだけど、それまでには?」
「間に合わせる。もし明日の昼まで部品が来なければ、もう一度連絡する」
「それならいい」
部品は翌朝届いた。
軸を滑車輪へ合わせると、穴が僅かにきつい。
ラウルが調整し、綱を通し、昇降器へ取り付ける。
軽い荷から始める。
次に旅行箱程度。
最後に規定上限へ近い重さを載せる。
問題なし。
予定日の夕方に宿へ返した。
主人が巻き上げ器を回し、
「前より軽い」
と笑う。
「滑車輪と軸と綱、全部交換した」
「ずいぶん大仕事だったな」
「木輪はハレス、軸はボルグ、綱は赤縄店。全体調整とうち」
主人は当然のように言った。
「俺がそれぞれ三軒へ持ち込まなくて済むのが助かるんだよ。どの部品を誰に頼めばいいかなんて分からないから、整備屋に頼んでるんだ」
ラウルは、その言葉を何度か頭の中で繰り返した。
客が整備店へ求めていたものを、自分が勝手に、
「全部自分の手で作ること」
へ狭めていた。
故障の原因を見つける。
必要な部品を決める。
適した職人へ依頼する。
戻った部品を一つの道具へ合わせる。
最後に安全を確認し、客へ返す。
その全部をまとめて頼まれていたのである。
◇
とはいえ、ラウルは何でも外へ出すようになったわけではなかった。
汚れで動きの悪くなった戸車なら、店で分解して清掃し、軸を磨けばよい。
農具の柄が緩んでいる程度なら、ネイトが木栓を作り直せる。
井戸巻き上げ器の軸が僅かに削れているだけなら、ラウル自身が調整した方が早い。
外へ頼むか、自分たちで直すか。
その判断を何となく行わないため、イーサが作業台の横へ板を一枚置いた。
『店内修理』
『外部部品』
『要相談』
ラウルは見た瞬間、嫌そうな顔をした。
「こんな板いるか?」
「ラウルさん、昨日まで『俺がやる』の基準が気分だったので」
「気分じゃない」
「では説明できますね」
三人で基準を話し合った。
店にある設備で十分な精度が出るか。
安全へ直接関わる部品か。
毎日繰り返し荷重を受ける場所か。
専門職へ依頼した場合と比べ、時間と費用がどう変わるか。
店内で一つの部品を作るため、他の依頼を大きく止めないか。
すべてを固定した規則にはしない。
それでも、
(自分でできそうだから)
という理由だけで抱え込むことは減った。
癖がなくなったわけではない。
ある日、商店の大型戸車へ特殊な金具が必要になった。
ラウルが現物を見ながら、
「これくらいなら俺が半日で――」
と言いかける。
イーサが無言で板を見る。
「何だ」
「何も言ってません」
ネイトまで板を見る。
「お前も見るな」
ラウルは金具をもう一度確認した。
大型の戸を一日に何十回も動かす。
小さな金具だが荷重は大きい。
鍛冶師なら翌日。
自分が半日使えば、その間別の修理が止まる。
「……ボルグへ持っていけ」
「はい」
「嬉しそうにするな」
少しずつではあるが、店全体の流れが変わっていった。
ラウルが一つの専門外作業へ付ききりにならないため、イーサとネイトの相談へ応じる時間が増えた。
依頼全体の納期を見られる。
客へ早めに連絡できる。
部品の戻りを確認できる。
ただし、外部へ頼むことが増えれば、新しい仕事も発生する。
寸法を正確に出す。
職人ごとの納期を把握する。
戻ってきた部品が本当に依頼通りか確認する。
外部の予定変更があれば客へ説明する。
以前とは違う種類の手間だった。
「人に頼めば楽になると思ってました?」
イーサが聞く。
「少しは」
「なりました?」
「手は空く。頭は使う」
「それが監督する側じゃないですか」
「お前、最近言うようになったな」
「前からです」
春先になると、最初に革帯を修理した農家が再び店へやってきた。
今度は故障ではない。
「去年の種まき車、今年も調子いいよ」
「革帯は?」
「問題なし。毎日使った」
「そうか」
農家は袋から継ぎ節葱を数本出した。
「叔父がラウルにやったって聞いたから、今年は俺から」
「またこれか」
「嫌なら持って帰るぞ」
「もらう」
ラウルは一本ずつイーサとネイトへ渡した。
「持って帰れ」
ネイトが尋ねる。
「全部煮ればいいんです?」
「下は煮る。真ん中は焼け。上は生で少し使え」
「詳しいですね」
「一回全部煮て失敗した」
イーサが笑う。
「料理も外注します?」
「そこまで人に回さない」
ラウルも笑った。
残り一本は仕事帰りに《持ち込み食堂》へ持っていった。
悠斗が見て、
「久しぶりですね」
と言う。
「前と違う料理にできるか?」
「できます」
「でも節の違いは残してくれ」
今回は根元の甘い節を細かく刻み、白肉の挽き肉へ混ぜて小さな肉団子にする。中央節は斜めに厚く切り、肉団子を焼いた後の鍋で香ばしく焼く。先端の辛い節は細切りにし、仕上げの香草と一緒に散らした。
《継ぎ節葱と白肉団子の焼き煮》
前とは別の料理でも、三つの節が同じ扱いに押し込められてはいない。
「外へ回す仕事、増やした」
ラウルが言った。
悠斗が尋ねる。
「どうでした?」
「前より簡単にはなってない」
ミレイアが笑う。
「人に頼む方が楽そうなのに」
「頼む相手の予定を聞く。寸法を出す。部品が遅れたら客へ連絡する。戻ったら確認する。合わなきゃ調整する。見ることは増えた」
「じゃあ前より大変?」
「違う仕事が増えた」
ラウルは肉団子を一つ食べる。
「前は、自分の仕事を人に渡すと思ってた」
「今は?」
「一つの仕事の中から、その人の方が上手い部分を頼んでる感じだな」
「客への責任は?」
「最後までうちだ」
そこは迷わなかった。
「鍛冶屋が遅れたら俺が説明する。部品が違えば俺が止める。組んだ後に動かなければ返さない」
「かなり整備店の仕事ですね」
悠斗が言う。
「そうだろ」
得意そうに答えた後、
「最初は逆のこと言ってたけどな」
と自分で笑った。
◇
その考えを本当に自分のものとして使えるか試される仕事は、初夏にやってきた。
北門近くの共同倉庫で使われている、大型の荷上げ機が故障したのである。
地上から二階の保管床へ穀物袋を引き上げる設備で、二本の太い綱、複数の滑車、大きな巻き上げ軸を組み合わせている。これがあるおかげで、本来四人必要だった袋上げを二人で行うことができ、倉庫へ出入りする複数の農家や商人が日常的に利用していた。
「最近、荷を上げると右へ傾く」
管理人が言う。
十年以上使っている。
ラウル、イーサ、ネイトの三人で現地へ行き、まず空の荷台を動かした。
確かに右へ寄る。
荷を載せると傾きが大きくなる。
綱の長さだけの問題ではない。
上部滑車の一つは溝が偏って削れ、金属軸にも摩耗がある。
左右を支える木枠には長年の圧力で僅かな変形が生じ、巻き上げ軸の留め金具には細いひびまで入っていた。
ネイトが上を見ながら言う。
「これ、店だけでは無理ですね」
以前なら、その言葉へ、
「無理じゃない」
と反射的に言ったかもしれない。
今回は違った。
「店だけでやる理由がない」
ラウルは管理人へ説明した。
「上の滑車二つは交換。木枠は一部を新しくした方がいい。巻き上げ軸の金具も作り直し。それと綱は左右一緒に交換したい」
「何日止まる?」
「部品さえ揃えば、組み付けに二日。ただ部品作りが三日から四日掛かる。全部で五日は見てほしい」
「誰が作る?」
「木枠はハレス木工。金具と軸はボルグ鍛冶。綱は赤縄店へ頼む。全体の寸法と組み付け、試験はうち」
管理人は少し考える。
「ラウルが全部見てくれる?」
「ああ。完成して動かすところまでうちで見る」
「なら頼む」
その日のうちに全ての寸法を取った。
部品ごとに依頼内容を分ける。
ラウルは以前の荷車でやらなかったことを、一つずつ行った。
鍛冶工房へは、単に、
「これを作ってくれ」
ではなく、使用荷重と取り付け位置を説明する。
木工には、古い梁へ合わせる必要があることを伝える。
綱屋には、現在より僅かに摩耗へ強い編み方があるか相談する。
戻り予定を一覧にして、管理人へも伝えた。
二日目。
鍛冶工房から連絡が来る。
「割れてる金具、片側だけ交換する予定だったけど、対になる方も内部へひびがある。両方変えた方がいい」
ラウルは現物を見に行った。
確かに外からは分かりにくい細いひびがある。
片側だけ新しくしても、古い方がすぐ壊れれば意味がない。
「両方頼む」
「追加で半日」
「分かった」
その足で共同倉庫へ行く。
「金具を左右両方交換することにした。予定より半日から一日延びる可能性がある」
管理人が顔を曇らせる。
「六日目の朝に市外商隊が来る」
「そこまでには使えるようにする。今の予定なら五日目の夕方。ただ、もし組み付けで問題が出たら六日目の朝になるかもしれない」
「朝何時まで?」
「日の出から試験して、遅くとも二刻までには判断する」
「なら間に合う」
五日目。
木枠。
滑車。
金具。
綱。
必要な部品が揃った。
三人で組み始める。
新しい木枠を取り付け、金属軸を合わせ、滑車へ綱を通す。
無荷重では滑らかに動く。
次に軽い袋。
問題なし。
中量。
僅かに右へ寄る。
ネイトが言う。
「右綱、少し短いですか?」
ラウルは綱の長さを測った。
「長さは合ってる」
上部へ上がる。
新しい木枠自体には歪みがない。
しかし取り付け先となる古い梁が、十年以上の荷重で僅かに沈んでいる。
「原因こっちだ」
ちょうど現場に残っていたハレス木工の職人も確認する。
「薄い当て板入れて高さ合わせよう。今なら作れる」
ラウルは一瞬、
(自分で削る)
と言いそうになった。
だが必要なのは、
「自分が削った板」
ではない。
正しい厚さで、荷重に耐える板だった。
「頼む」
ハレスが現場で木を選び、薄い当て板を削る。
ラウルはその間に滑車軸と綱の位置をもう一度確認した。
当て板を入れる。
再度組む。
中量。
水平。
最大に近い荷を載せる。
荷台がゆっくり上がる。
傾かない。
六日目の朝。
最終確認として、実際の穀物袋を複数載せて何度か上下させた。
異音なし。
金具のずれなし。
綱の偏りもない。
管理人が巻き上げ器を回し、
「間に合ったな」
と笑う。
「ああ」
「結局、一番大変だったの何だった?」
以前のラウルなら、
「金具を直すこと」
や、
「木枠を作ること」
のように、自分の手作業を答えようとしたかもしれない。
今回は少し考えた。
「全部がちゃんと合うところまで戻すことだな」
管理人が笑う。
「それが整備屋だろ」
ラウルも笑った。
「最近ようやく、そう思い出した」
◇
共同倉庫の仕事が終わった後、《巡り輪整備店》の入口には小さな札が一枚追加された。
『修理内容により、専門職人へ部品製作を依頼する場合があります。全体の修理管理、最終確認、返却責任は当店が行います』
文章を考えたのはイーサだった。
ラウルは最初、
「ここまで書くのか」
と言った。
「客が全部ラウルさん一人で作ると思ってたら、後で話違うってなるでしょう」
昔の商人を思い出す。
『俺はラウルの店に頼んだ』
今なら、その言葉を違う意味で受け取れる。
ラウルの店へ頼んだ。
だからラウルの店が、修理全体を引き受ける。
それは、
「すべての部品をラウル一人が作る」
ことではなかった。
夏の終わりには、ネイトが一人で担当した農具修理で、金具を鍛冶師へ回す判断をした。
「この金具、店で叩き戻すより新造した方がいいと思います」
ラウルが現物を見る。
「理由は?」
「曲がったところが薄くなってます。戻してもまた同じ場所へ力が掛かる。新しくした方が長く持つ」
「納期は?」
「ボルグさんに聞いたら明日の昼」
「客には?」
「明後日の夕方で説明してます」
「戻った後の試験は?」
「半日取れます」
「なら、その判断でいい」
ネイトが少し驚いた顔をした。
「ラウルさんが『俺が作る』って言わないんですね」
「お前までそれ言うのか」
イーサが横で笑う。
金具は翌日戻った。
ネイトが取り付け、農具全体を調整する。
最後にラウルが荷重を見て、
「問題なし」
と判断した。
その仕事はネイトの修理だった。
ボルグの金具が入っている。
ラウルも最終確認へ加わった。
それでも誰か一人の仕事ではなくなったから、価値が薄れるわけではなかった。
店全体として、正しく直った。
それで十分だった。
◇
秋のある夕方、共同倉庫の管理人が店へ寄り、礼代わりに一本の継ぎ節葱を置いていった。
「またこれか」
ラウルが笑う。
「嫌いか?」
「今は好きだ」
仕事が終わる頃、ネイトが尋ねた。
「今日どう食べるんです?」
ラウルは葱を持ち上げた。
「根元は今日のスープに入れる。真ん中は明日の昼に焼く。先は卵へ入れる」
イーサが言う。
「一日で全部使わないんですね」
「一本だからって、全部同じ日に同じ料理へ入れる必要ないだろ」
ネイトが笑う。
「それ、修理でも同じこと言えるようになりましたね」
「余計なことは覚えるな」
三人で戸締まりを始めたところで、店の前へ一人の女性が小さな手押し車を押してきた。
「すみません。まだ見てもらえますか?」
ラウルが外へ出る。
「今日は受付だけなら」
片側の車輪を見る。
木枠に割れがある。
金属輪も少し外れ、軸の周囲には擦れた跡があった。
「これ、木枠だけじゃないな」
女性が不安そうに尋ねる。
「ここでは直せませんか?」
以前なら、
「直せる」
と言い切るため、自分で木工まで抱えたかもしれない。
今は、見えている範囲をそのまま説明した。
「うちで修理は受けられます。ただ、この木枠は専門の木工へ作り直しを頼む可能性が高い。金属輪も外して状態を見る。全部こっちでまとめて、最後に走るところまで確認します」
「じゃあ、ここへ置いていけばいい?」
「ああ」
「いつ返せそうです?」
昔のラウルなら、
「三日」
と経験だけで答えた可能性がある。
今回は違う。
「明日の朝、全部分解して木工屋の予定も確認する。その上で昼までに連絡します。急ぎなら、その時に相談しましょう」
「分かりました。お願いします」
女性は手押し車を預けて帰った。
ネイトが店内へ運び、イーサが受付札へ故障箇所を書き込む。
ラウルは継ぎ節葱を片手に持ったまま、車輪を一度だけ回した。
どこを自分たちで直すか。
何を木工へ頼むか。
金属輪は再利用できるか。
今はまだ全部決めなくてよい。
明日の朝に分解して、状態を見る。
必要な専門家へ相談する。
納期を確かめる。
戻った部品を合わせる。
最後に荷を載せて走らせる。
その途中で何人の手を通っても、修理の仕事そのものが途切れるわけではなかった。
責任とは、すべてを自分の手から離さないことではなく、預かったものが正しい状態で客の手へ戻るところまで、自分が目を離さないことなのだと、今なら思える。
作業台の上では、白い根元から濃い緑の先端まで、継ぎ節葱が一本につながっている。甘い節には長い火を入れ、香りの強い節は焼き、辛い先端は生かして使う。その違いを無理に消さなくても、一つの植物であることは変わらず、むしろ違う性質をそれぞれに合う場所へ使った方が、一本を無駄なく活かすことができた。
ラウルは受付札の端へ、
『朝一番で木枠確認。ハレス木工へ相談後、昼までに客へ納期連絡』
と書き足した。
それから工具棚と炉の火を確認し、イーサとネイトが先に出た後で店の鍵を閉めると、継ぎ節葱を肩へ担ぐように持って家路へついた。
明日の手押し車を、最初から最後まで自分一人で直すことは、おそらくない。
それでも完成まで責任を持って見届ける仕事は、間違いなく《巡り輪整備店》の仕事だった。
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