第95話 甘さの違う段甘瓜と、昨日の上出来を今日の最低点にする品質検査官
セリオ・ヴァルトは四十二歳になる人間の男性であり、レーヴェン南市場に隣接する《市産品検査所》で、農村や工房から持ち込まれる保存食品や加工品が、市場へ流通させるための品質基準を満たしているか調べる検査官として働いていた。淡い灰褐色の髪は耳へ掛からない長さで整え、細い縁の眼鏡を掛けており、薄茶色の制服の胸元には本人の検査番号を刻んだ金属札を留めている。腰の革袋には、長さを測る細い定規、小型の秤、封印用の紐、試料を入れる紙袋、簡易記録板などが収められ、仕事中に必要な物へ迷わず手を伸ばせるよう、何年も同じ順番で入れていた。
《市産品検査所》へ運び込まれる品は幅広く、乾燥肉や燻製魚、保存果実、乳酪、蜂蜜菓子、粉、瓶詰め野菜など、市場で日常的に売られる物のうち、ある程度の期間を保存しながら流通する商品を中心に扱っている。検査官が決めるのは、単純に美味しいかどうかではない。腐敗や異物混入がないか、表示された重量と実物が合っているか、保存期間に必要な水分量へ収まっているか、同じ商品として売るには大きすぎるばらつきがないか、生産者が申請した等級に適した状態かを、あらかじめ決められた方法で確かめるのが仕事だった。
人によって好みの変わる味とは異なり、安全や重量の基準は、相手を見て変えてよいものではない。
長く取引している工房だから甘くする。
新しく参入した農家だから厳しくする。
有名店だから多少の規格外へ目をつぶる。
そういう判断を、セリオは何より嫌っていた。
同じ規格なら同じ方法で測り、同じ範囲を外れれば同じ理由で止める。親しい生産者の品でも、知らない商人の品でも判定を変えないため、検査官としての信頼は高かった。
記録も丁寧である。
どの試料を何個調べたか。
どの項目が規格内で、何が外れたか。
再検査なら前回と何が変わったか。
別の検査官が後から記録を読んでも、判定の理由が分かるよう残していた。
だから仕事そのものは優秀だった。
問題があるとすれば、正式な合格基準を超えた後の扱いだった。
セリオは、誰かが一度だけでも非常に良い結果を出すと、その数字を次からの基準のように扱ってしまう。
乾燥肉の水分差が大きく改善したなら、
「次回もこの幅へ揃えてください」
と伝える。
乳酪の表面に一つもひびがなかった月があれば、翌月に二個だけ小さなひびが出た時、
「前回はありませんでした」
と指摘する。
保存果実の重量が非常に均一だった回の後には、
「この状態を維持しましょう」
と告げる。
本人としては、成果を否定しているつもりなどなかった。
一度できた。
なら、そこへ届く能力がある。
せっかく届いた水準を次から失うより、その地点を新しい出発点にしてさらに改善した方がよい。
品質を高め続けるためには自然な考えだと思っていた。
ところが、生産者の側から見ると違うことがあった。
前回より六つ減らした不良が、一つだけ残れば、その一つを最初に言われる。
苦労して規格外をゼロにすれば、今度は色や見栄えの話へ移る。
一度だけ最高に揃った品を作れば、それ以降は少しでも下がると、
「前はできていました」
と比較される。
そのためセリオの検査を長く受けている者の中には、
「セリオから『今回はよくできた』だけで話を終えてもらったことがない」
と言う者もいた。
本人は、それを知らない。
知ったとしても、以前の彼なら、
「改善点が残っているなら伝えるのが仕事だ」
と答えただろう。
セリオにとって、
「できたことを十分に認めること」
と、
「そこで満足して伸びるのをやめること」
は、かなり近いものに見えていた。
◇
その考えの根には、父から受けた影響があった。
セリオの父は穀物倉庫で計量を担当し、母は家で衣服の繕いや簡単な仕立て仕事を請け負っていた。暮らしに余裕がある家ではなかったものの、父は仕事の数字に関して非常に几帳面な男であり、麦袋の重さが決められた範囲から僅かに外れただけでも、そのまま出荷することを嫌った。
まだ幼かったセリオが、父の職場へ昼食を届けた日のことだった。
一袋の麦が秤へ載せられ、針が基準より少しだけ下で止まった。
父は袋を下ろし、麦を足そうとする。
「それくらいでも駄目なの?」
セリオが尋ねると、父は作業を止めずに答えた。
「少しくらいを十袋やれば、もう少しじゃなくなる」
「でも逆に重い袋もあるでしょう」
「重い袋で軽い袋を帳消しにしたら、買う人によって受け取る量が変わるだろ」
「全部同じにするの?」
「完全に同じは無理だ。麦粒一つまで同じにはならん。でも決めた幅へ入れる。それなら誰へ渡しても同じ商品だと言える」
その考え方をセリオは好んだ。
相手へ好かれているから量を増やし、嫌いだから減らすような曖昧さがない。
数字を測ればよい。
基準へ入っているかを見る。
十九歳で市場管理局へ入ると、最初は荷札と計量の補助を担当し、数年後には保存食品の検査部門へ移った。
若い頃のセリオは、現在ほど改善へ厳しくなかった。
規格へ入っていれば合格と伝え、前回より良くなった部分があれば、
「改善しています」
と普通に言った。
大きく考え方が変わったのは二十八歳の頃である。
当時、開業して二年ほどの小さな燻製魚工房を担当した。
その工房では火の回りが安定せず、炉の中心と端で乾燥の差が大きかった。保存期間を長く設定する商品であるため、水分が残った魚を同じ箱へ混ぜることはできない。
最初の検査では、三十本中八本が規格外だった。
工房主は肩を落とした。
「八本も駄目か」
セリオは記録を見せた。
「でも二十二本は入っています。炉の位置によって差が出ているので、魚の並べ方を変えれば減らせる可能性があります」
翌月。
規格外は五本へ減った。
「改善しています」
さらに次の月には三本。
その次は二本。
半年ほど経った頃、ついに三十本すべてが規格内へ入った。
工房主は検査台へ両手を置き、何度も数字を見直した。
「全部?」
「全部です」
「ようやくか」
「この状態を安定させられれば、市外へ長距離出荷する登録も狙えます」
セリオ自身も嬉しかった。
自分が改善点を伝え、それを工房が直し、結果として全品合格へ届いた。
ところが、その次の検査では二本だけ乾燥が僅かに足りなかった。
安全上すぐ危険になる程度ではないものの、申請している保存期間を表示するには基準外となる。
工房主は少し残念そうにしながらも笑った。
「二本か。最初の八本と比べれば、ずいぶん減ったけどな」
その時、セリオは反射的に言った。
「でも前回は全部通っています。一度できたなら、今回もできたはずです」
工房主の笑顔が消えた。
「ああ。そうだな」
次の月。
三十本すべて合格。
その後も良い状態が続き、数年後には市外へ販路を広げた。
結果だけを見れば成功だった。
セリオの中には、
(一度届いた水準を下げないよう求めることが、品質を安定させる)
という考えが強く残った。
前にできたなら可能である。
可能なら、次もそこへ届かせる。
そして一度安定すれば、さらにその先を見る。
ただし、その時のセリオは、
「一度偶然も含めて出た最高の結果」
と、
「条件が多少変わっても継続できる通常の水準」
をほとんど区別していなかった。
◇
現在の検査所でセリオとよく組むのは、三十三歳の女性リーネ・ソルクと、二十四歳の男性エド・マルンだった。
リーネは保存果実と蜂蜜製品を多く担当し、穏やかな話し方をするが、規格へ関して曖昧な判断はしない。見た目が良くても密閉が甘い瓶なら止め、形が少し不揃いでも安全と表示に問題がなければ規格内として扱える。
エドは検査官三年目で、数字を取る作業は丁寧だったものの、規格と品質評価をどこまで分けるかについては学んでいる途中だった。
春のある日、郊外の果実加工所《赤籠房》から乾燥林檎が持ち込まれた。
工房主は三十七歳の女性メナ・ロール。
半年前から、林檎を切る厚さを安定させるための改善を続けている。
最初の頃は、二十枚を検査すると六枚ほどが厚さの許容範囲を外れていた。薄すぎるものは乾燥後に硬くなり、厚すぎるものは水分が残りやすいため、同じ袋へ入れるにはばらつきが大きすぎたのである。
三月前の検査では規格外が三枚。
前回は一枚。
今回は、二十枚すべてが厚さの基準へ入った。
エドが定規から顔を上げる。
「全部入っています。最大と最小の差もかなり小さいです」
メナが嬉しそうに笑った。
「やっとですよ。前回の一枚が本当に悔しくて、刃の案内板を作り直したんです」
リーネが水分量も確認する。
「乾燥も全品問題ありません。前よりかなり安定していますね」
「良かった……」
メナは肩から力を抜いた。
セリオも試料を見る。
厚さ。
水分量。
重量。
いずれも問題ない。
ところが二十枚のうち数枚だけ、他より少し色が濃かった。
「厚さは揃っています」
セリオが言う。
メナが顔を上げる。
「ただ、炉の奥へ置いたものだと思いますが、ここ数枚だけ色が濃いですね。乾燥後半の火が強かった可能性があります」
メナの笑顔がわずかに薄くなる。
「ああ、それは心当たりあります。最後に薪が少し強く燃えて」
「次は色もこの範囲へ揃えられると、さらに見栄えが安定します」
横でリーネが言った。
「今回の登録規格としては、全部合格ですよ」
「それはそうです」
セリオは頷いた。
「なら、まずそこを伝えてもいいのでは?」
「合格は判定書へ出ます。口頭では次に役立つ話をした方がいいでしょう」
メナは二人のやり取りを聞き、
「では次は火を見直します」
と答えた。
検査を終え、試料を箱へ戻して帰る前、エドへ小声で言った。
「全部通った日でも、やっぱりまだ足りない感じするな」
その言葉はセリオへ届かなかった。
翌週には別の乳酪工房が検査へ来た。
前回より表面のひび割れが半分以下へ減っている。
セリオは、
「残りもなくせそうですね」
と伝えた。
蜂蜜菓子の工房が重量差を大幅に縮めた時には、
「次は包装の位置まで揃えられれば、見た目も整います」
と話した。
どれも間違った指摘ではない。
しかし誰かが一段登るたび、セリオはその段へ立てたことを確かめるより先に、次の段を指していた。
◇
ある日の昼休み、リーネがセリオへ尋ねた。
「最近、検査先に『前より良くなりました』だけで話を終えたことあります?」
「ありますよ」
「『良くなりました。だから次はここですね』ならよく聞きます」
「同じことでしょう」
「私は少し違うと思います」
セリオは持っていたパンを置いた。
「どう違います?」
「改善したことが成果として一回置かれる前に、次の不足へつながってるんです」
「次へつながる方がいいでしょう」
「いつまでも?」
「改善できる場所があるなら」
「規格以上でも?」
「無理なく上げられるなら、品質は高い方がいい」
リーネは少し考えてから聞き方を変えた。
「一回だけ、過去で一番いい数字が出たとします」
「はい」
「その次から、その数字を下回ったら悪化ですか?」
「一度できたなら可能な数字でしょう」
「可能なのと、普段から安定して出せるのは同じです?」
「目標にはできます」
「目標なら分かります。でもセリオさん、言い方が最低条件みたいになる時があります」
セリオは少し眉を寄せる。
「正式な最低条件は規格です」
「書類では」
「判定もです」
「じゃあ、規格内だけど過去最高より少し悪かった品へ、最初に何て言います?」
「前回との差を伝えます」
「『今回も合格です』より先に?」
「次の改善に必要なら」
リーネは溜息まではつかなかった。
「成果をちゃんと認めると、何か困るんですか?」
「満足して止まる可能性があります」
「誰が?」
「生産者が」
「実際に、褒めたから改善をやめた人っています?」
セリオはすぐに答えられなかった。
「逆に、何を直しても次の不足だけ言われて、疲れた人は?」
何人かの顔が浮かんだ。
それでも彼は、
「品質検査は気分を良くするための仕事ではありません」
と答えた。
リーネもそこは否定しなかった。
「そうですね。でも、相手が何を改善できたか正しく伝えることも、検査結果の説明だと思います」
「数字を見れば分かるでしょう」
「数字だけで分かるなら、口頭説明もいらなくなりますよ」
セリオは、それ以上この話を続けなかった。
しかし数日後、再び《赤籠房》のメナがやってきたことで、同じ問題へ戻ることになった。
前回の色差を減らすため、炉の奥へ薄い遮熱板を入れ、後半に火が強くなりすぎないよう調整したという。
二十枚を調べる。
厚さは全て規格内。
水分量も問題なし。
色は前回より明らかに揃っている。
エドが数値を並べた。
「色差、前回の半分近くまで減っています」
メナが笑う。
「遮熱板、効いたみたいですね」
セリオも、
「改善しています」
と言おうとした。
その時、一枚だけ端が小さく欠けていることへ気づいた。
「この一枚、端が欠けています」
口から先に出た。
メナの表情が変わる。
「乾燥棚から外す時に木べらが当たってしまって」
「最上位の見た目等級まで考えるなら、取り出し工程も見直した方がいいですね」
リーネが静かに言う。
「今回の色改善は、先に伝えませんか」
「数字は良くなっています」
「それを『良くなりました』と言えばいいと思います」
メナが苦笑した。
「数字は自分でも見れば分かるんです。でも、検査官から『ここは直った』って言われるのは、やっぱり違いますよ」
セリオは黙った。
メナは責めるような口調ではなかった。
「欠けを直さなくていいって意味じゃないですよ。次はそこも直します。ただ、厚さ直して、色直して、次は欠けで、その次も何かあるんだろうなってなると、いつまで経っても一回も『できた』日がない感じはします」
「改善点が残っているなら、伝えないわけにはいきません」
「分かります」
メナは頷いた。
「でも『今回はここまでできた。その上で次はこれ』と、『まだこれができてない』って、同じ内容でも受け取る方には違うんですよ」
セリオにとって、それは品質ではなく言葉の問題に思えた。
しかし検査説明も仕事の一部である以上、完全に無関係とも言えなかった。
◇
数日後、仕事帰りに市場へ寄ったセリオは、《段甘瓜》という大きな果実を見つけた。
楕円形で、表面には黄緑色から橙色へ移る縦縞があり、店主が半分に切った試食用の実を並べている。
「中心寄りからどうぞ」
勧められた一切れを食べる。
濃い甘味があった。
「かなり甘いですね」
「今のは中心だからね」
「外側は?」
「少し軽い」
別の一切れを渡される。
こちらも十分甘い。
ただし中心ほど濃くはなく、水分が多く、後味が軽い。
「同じ実なのに違うんですか?」
「だから段甘瓜って呼ばれてる。外から中へ甘さが段々変わるんだよ」
「育て方で全部中心くらいまで甘くできないんですか?」
店主が少し笑った。
「多少は変わるだろうけど、元々そういう実だよ」
「中心の方が品質として上では?」
「そのまま甘いのを食べるなら、中心が好きな人は多いね。でも外側は塩や肉へ合わせやすいし、中間は焼くと香りが立つ」
「甘さが低いのに?」
「食べ物って甘さの数だけで決めるものでもないでしょう」
セリオは一玉買った。
家へ持ち帰り、自分で切る。
中心部。
中間部。
外側。
順番に食べてみると、確かに甘さが変わる。
中心を食べた直後に外側へ戻ると、
(薄い)
と感じた。
そこで外側へ少量の蜜を掛ける。
当然甘くなる。
しかし瓜そのものの爽やかな香りが弱くなった。
中心と比べれば、まだ味は違う。
「ならもう少し」
蜜を足す。
今度は甘さが重くなり、一切れ食べただけで口が疲れた。
結局、中心ばかり先に食べ、外側と中間部を多く残した。
翌日になって残りを見た時、また蜜を掛けてまで中心へ近づける気にはならなかった。
そこで仕事帰りに《持ち込み食堂》へ持っていった。
悠斗は切り分けられた段甘瓜を受け取ると、それぞれの部分を少量ずつ味見した。
「中心はかなり甘いですね」
「外側は薄いでしょう」
「甘さは軽いですけど、水分があって爽やかですね」
「昨日、蜜を掛けた」
「どうでした?」
「甘くなった。でも中心とは違うし、途中でくどくなった」
「今日は、そのまま違いを使ってみます?」
「違いを?」
「同じ甘さへしないで」
悠斗は中心、中間、外側の三つへ分けた。
中心部は、ほとんど手を加えず冷たいまま残す。
中間部は薄く切って短く焼く。
外側は厚めに切り、白肉と根玉葱へ合わせる。
白肉の表面を先に焼き、肉を一度取り出した後、同じ鍋へ外側の段甘瓜と根玉葱を入れる。外側は甘すぎないため肉の脂を受けても重くなりすぎず、水分が少し抜けるにつれて穏やかな甘味が増した。
中間部は別に焼き、表面の香りを強める。
中心部は食事の最後にそのまま出した。
出来上がったのは、
《白肉と段甘瓜の軽い焼き合わせ》
と、
《段甘瓜中心部の冷やし切り》
だった。
セリオは最初に白肉と外側の瓜を一緒に食べる。
「昨日より甘くない」
「蜜を入れてないですから」
「でも肉と食べると、こっちの方が合うな」
次に焼いた中間部。
中心ほど甘くないが、香ばしさが加わっている。
最後に中心部を口へ入れると、やはり三つの中で最も甘い。
「そのままなら中心が一番美味しいですね」
セリオが言った。
悠斗は少し考える。
「俺も、そのまま食べるなら中心が好きです」
「なら中心が一番上じゃないですか」
「白肉と一緒なら外側の方が好きですけど」
「甘さが低いのに?」
「甘さの数字だけで、料理全体の良し悪しは決まらないので」
セリオは少し納得できない顔をした。
それでも、
「品質検査をしている」
と話し始めた。
規格を守ること。
工房の改善を見ること。
一度良い結果を出したなら、それを次から維持するよう伝えていること。
最近、
『いつまで経ってもできた日がない』
と言われたこと。
ミレイアが尋ねる。
「合格の基準自体は決まってるんですよね?」
「決まっています」
「そこへ入ったら合格?」
「当然です」
「過去で一番良かった時より少し下でも?」
「規格内なら合格です。ただ、改善余地は伝えます」
「その過去最高って、毎回出せるものなんですか?」
「一度は出ています」
「一度出たことと、いつでも出せることは同じですか?」
リーネにも聞かれた問いだった。
「可能だという証拠にはなるでしょう」
セリオが答える。
「目標にはできますね」
悠斗が頷いた。
「でも目標と最低条件が同じになったら、届かなかった時に全部失敗に見えません?」
「正式な最低条件は規格です」
「作ってる人にも、そう伝わってます?」
言葉が止まった。
「例えば今日のこの瓜」
悠斗は中心部と外側を一切れずつ並べる。
「中心が一番甘い。それを知ったから、外側まで『中心より甘くない失敗部分』になるわけじゃないですよね」
「元々そういう品種だからでしょう」
「工房の品も、原料や天気で多少変わります?」
「変わります」
「一度だけすごく良い条件が重なった時の結果を、次から全部の最低へしていいのかは、別の話では?」
「規格内なら不合格にはしていません」
「でも言葉では、『前はできたのに』って言うことがあるんですよね」
メナへ言ったことを思い出した。
「褒めて満足したら困るんです」
セリオが言う。
ミレイアが尋ねる。
「実際、褒めたら改善やめた人っています?」
考える。
すぐには思いつかない。
「逆に、何を直しても次の不足だけ言われて、やる気なくした人は?」
こちらは心当たりがある。
改善の途中で商品自体をやめた工房。
検査へ来るたび、
「また次か」
と疲れた顔をする人。
「……います」
「なら、できたことを認めるのも、改善を続けるためには必要かもしれませんね」
セリオは、外側の段甘瓜をもう一口食べた。
中心より甘くない。
その事実は変わらない。
しかし白肉と合わせるなら、その低さに役割がある。
「最高の部分を知るのと、全部そこへ合わせるのは違う」
悠斗が言った。
「そういうことですか?」
「料理では、ですけど」
セリオは返事をしなかった。
◇
次の《赤籠房》の検査日。
メナは木箱を開く前から説明した。
「乾燥棚から取る木べら、角を丸くしました。前回みたいに端へ当たりにくくしてあります」
二十枚を並べる。
厚さ。
全て規格内。
水分量。
問題なし。
色差。
前回と同程度に安定。
端の欠け。
なし。
エドが嬉しそうに言う。
「全部綺麗です。前回指摘された欠けもありません」
セリオも数字を見る。
合格。
その途中、一枚だけ中央部の色が他より僅かに濃いことへ気づいた。
以前なら、その一枚を最初に取って、
「ここだけ少し火が強いですね」
から話を始めただろう。
今回は口を開く前に、記録板を見直した。
「今回、前に直していた三点はすべて改善しています」
メナが顔を上げる。
「厚さは二十枚全部規格内。色差も前回の改善状態を維持しています。取り出し時の欠けも今回はゼロです」
少し間を置く。
「合格です」
メナが笑った。
「ありがとうございます」
その笑顔を見てから、セリオは色の濃い一枚を示した。
「その上で、これは一枚だけ中心が少し濃いです。ただし規格内なので、今回の合否とは関係ありません。今後さらに見た目を揃えたい場合には、炉の中央部分を確認する余地があります」
メナも品を見る。
「本当ですね」
「ただ、今すぐ作業を変える必要があるかは、工房側で決めてください」
「今回はこの工程を何回か続けたいです。せっかく安定してきたので」
「それでいいと思います」
リーネが横からセリオを見る。
検査が終わり、メナが帰った後で、
「言えましたね」
と笑った。
「何がです?」
「今回できたことと、次にできることを分ける話」
「合否としては最初から分かれていました」
「書類では前からです」
「そこ、何回言います?」
「口でも分かったようなので」
セリオは少し不満そうな顔をしたが、否定はしなかった。
その後、検査記録の書式へ小さな変更を提案した。
従来の、
『合否』
『規格外項目』
に加えて、
『前回から改善した点』
という欄を増やす。
そして改善案は、
『次回確認点』
として別にする。
上司は最初、
「欄を増やす必要あるか?」
と尋ねた。
セリオは説明した。
「改善点だけを記録していると、以前何を直したかが見えにくくなります。できたことと、次に見ることを分けた方が、生産者側にも検査側にも経過が分かりやすいです」
大きな制度変更ではなかったため、試験的に採用された。
最初はセリオ自身も、
『前回から改善した点』
へ何を書くべきか迷った。
単に、
『合格』
では変化にならない。
前回と比べる。
『乾燥肉――試料間の水分差縮小』
『乳酪――表面亀裂率六個から二個へ減少』
『乾燥林檎――厚さ規格外六枚からゼロ』
その横に、
『次回確認点』
を書く。
改善と次の課題を同じ一文へ押し込まない。
ある塩漬け肉工房では、不良が十個中三個から一個へ減った。
残った一個は規格外なので、当然出荷対象から外す。
それでもセリオは、
「前回は三個でしたが、今回は一個まで減っています。工程は改善しています」
と先に伝えた。
工房主は結果表を見ながら、
「じゃあ残り一個も原因見ます」
と言った。
セリオは、その返答を覚えた。
成果を認めても、人はそこで必ず止まるわけではない。
◇
新しい伝え方を始めた後、別の問題も見えるようになった。
蜂蜜を使った保存菓子を瓶へ詰める工房で、蓋から蜜が漏れる不良が百瓶中八瓶から二瓶まで減った。
「漏れ率は大きく改善しています」
セリオが伝える。
工房主がほっとする。
「じゃあ今回は全部通ります?」
「いいえ。漏れている二瓶は不合格です。残り九十八瓶は問題ありません」
「前よりかなり減ったんだけど、それでも二瓶は駄目か」
「そこは別です」
セリオは説明した。
「改善したことは改善として評価します。でも漏れている瓶を市場へ出してよい理由にはなりません」
工房主は少し残念そうだったが、
「それはそうだな」
と納得した。
そのやり取りから、セリオ自身も一つ整理できた。
成果を認めることは、判定を甘くすることではない。
『前より良くなった』
と、
『規格へ合格した』
は同じではない。
規格外が残っていても改善は認められる。
逆に前回より悪化していても、まだ規格内なら合格になる場合がある。
それらを一つへまとめるから、
「褒めると甘くなる」
ように感じていた。
夏の繁忙期には、若いエドもセリオの変化を真似し始めた。
保存肉工房の検査で、前回より厚さ差が半分へ減った時、エドは生産者へこう説明した。
「前回よりかなり揃っています。特に中央部分は安定しました。ただ、この端二本だけ乾燥が強いので、次回見るなら炉の端側ですね」
生産者が、
「分かりました」
と素直に頷く。
検査後、セリオが言った。
「説明を分けるようになりましたね」
「セリオさんが最近やってるので」
「何でも真似しなくていいですよ」
「前の言い方も真似してました」
セリオは少し黙った。
「どっちが説明しやすい?」
「今の方です。相手も、何が直ったか分かってから次の話を聞けるので」
「時間は?」
「ほとんど変わりません」
数十秒。
その程度の違いだった。
しかし、何か月も改善を続ける生産者にとっては、その数十秒で、
「自分が前へ進んでいるのか」
が分かる。
◇
秋に入った頃、セリオは再び段甘瓜を買いに行った。
市場の店主は彼を覚えていた。
「今日は中心だけ切る?」
「全部ください」
「外も?」
「料理に使うので」
「前は中心が一番上だって顔してたのに」
「そんな顔してました?」
「面倒な質問する客は覚えるよ」
一玉を買い、そのまま《持ち込み食堂》へ向かう。
悠斗が受け取る。
「今回は丸ごとですね」
「前みたいに、甘さの違いを残して料理してほしい」
「分かりました」
「中心が一番甘いのは、そのままで」
「そこは変えません」
外側は白肉と一緒に焼き、中間には薄い乳酪を合わせ、中心は少量だけ食後へ残す。
前回と似ているが、香草や火入れを少し変えた料理になった。
食べながらセリオは、検査所で始めた新しい記録について話した。
「一度だけ良かった数字は、今も記録します」
ミレイアが聞く。
「でも次から最低点にはしない?」
「目標にはすることがあります。ただ、それが何回も続いているか、原料や季節が変わっても維持できるかを見てから、通常管理へ入れるようにしています」
「一回だけすごかったら?」
「上出来として残します」
「その次が少し下なら?」
「規格内なら、それだけで失敗とは言いません」
悠斗が尋ねる。
「実際、一番良い状態を毎回求めて困ったことありました?」
セリオは一件の工房を思い出した。
保存果実を作っている工房で、ある月だけ非常に形の揃った商品が出た。
傷が少ない。
大きさがほぼ同じ。
色も美しい。
セリオは、
「この見栄えを維持できれば理想的です」
と伝えた。
翌月。
工房は本当に同じ見栄えへ揃えてきた。
検査台へ並んだ品は美しかった。
しかし生産者の顔が疲れている。
話を聞くと、規格上は問題のない少し小さな果実や、表面へ僅かな擦り傷があるだけの品まで大量に外し、原料の四分の一近くを二級品へ回していた。
「利益は?」
セリオが聞いた。
「かなり落ちました。でも前回と同じ見栄えにって言われたので」
そこで初めて、
「最高の状態を維持する」
ことにも費用があると実感した。
品質を一段上げるために必要な手間。
廃棄。
作業時間。
原料。
それに見合う価格で売れるならよい。
しかし規格内の商品まで大量に落とし、利益を失ってまで、毎回過去最高の見栄えへ揃える必要があるのか。
「検査官が利益まで決める仕事ではありません」
セリオは段甘瓜の外側を食べながら言った。
「でも、自分の一言が実質的な最低条件みたいに受け取られてるなら、無関係とも言えないと思うようになりました」
ミレイアが言う。
「目標って、達成するのにもお金や時間が掛かるんですね」
「当然です。そこを前はあまり見ていませんでした」
「高い品質なら何でもいいわけじゃない?」
「安全や表示は守る必要があります。でも、それ以上をどこまで上げるかは、生産者が売り方や費用も含めて考える部分があります」
セリオは、中心より甘さの軽い瓜と白肉を一緒に食べた。
この料理のために、中心と同じ甘さまで蜜を加える必要はない。
むしろ加えない方がよかった。
◇
冬前、《赤籠房》のメナが一年分の検査記録を持ってきた。
新しい包装形態で市外販売を始めるため、過去の品質推移を添えて登録申請する必要がある。
最初は、厚さ規格外が二十枚中六枚。
その後三枚。
一枚。
ゼロ。
色差の縮小。
欠けの減少。
半年以上にわたり、規格外ゼロを維持。
セリオは記録を最初から確認した。
「厚さについては、もう改善項目から外していいですね」
メナが聞く。
「どういう意味です?」
「今の工程で半年以上安定しているので、特別に『次はさらに揃える』と目標を置く段階ではありません。通常確認へ移せます」
「じゃあ次は何を改善するんです?」
その問いに、以前のセリオならすぐ何か探しただろう。
包装。
色。
歩留まり。
形。
少しでも上へ伸ばせる項目は必ずある。
しかし登録に必要な水準は満たしている。
現在の作業方法も安定している。
「今回の登録のために必要な改善はありません」
メナが本気で驚いた。
「本当に?」
「はい」
「何か一つくらい言わなくていいんですか」
「探せばあります。でも必要になってから考えればいいでしょう」
メナが笑った。
「セリオさんがそれ言うんですね」
「どういう意味です?」
「最初の頃なら絶対、『次はここ』って言ったと思って」
セリオも少しだけ笑った。
「今の状態を維持するのも品質管理です」
「じゃあしばらく、今の工程を崩さないようにします」
「その方がいいと思います。もし原料の季節が変わって数字が動いたら、その時に原因を見ましょう」
メナは検査記録を受け取った。
新しい目標を与えなくても、
「今の良い状態を維持する」
という仕事を自分で選んでいる。
成果を認めたら止まるという昔の考えは、また一つ崩れた。
◇
その後、検査所内部でも、
『合否』
『改善した点』
『次回確認点』
『長期目標』
を必要に応じて分ける方法が定着していった。
ある日、エドが乾燥豆の試料を見ながら言った。
「前回より割れが増えています」
前回は二パーセント。
今回は四パーセント。
規格は五パーセントまで。
生産者が不安そうになる。
「悪くなったってことですか?」
セリオはエドへ尋ねた。
「二パーセントは何回続いていました?」
「前回一回だけです」
「その前は?」
「三から四くらい」
「なら、二が通常水準だったとはまだ言えません」
エドが記録を見直す。
「今回は元の範囲に戻っただけ?」
「可能性はあります。ただ、次も四を超えて上がるなら原因を見た方がいい」
生産者が説明する。
「今回は雨続きで、乾燥前の豆がいつもより柔らかかったです」
「それも記録へ残しましょう」
セリオは、
「前回より悪い」
という比較一つだけで判断しなかった。
一回だけ出た非常に良い数字。
長く続く通常値。
季節要因。
正式な規格。
それぞれを分けて見る。
以前の彼なら、二パーセントを一度出した瞬間から、
「次も二以下へ」
と言った可能性が高い。
今は、
「二へ戻せるか」
を目標候補として持ちながらも、四だから失敗だとは決めない。
◇
春先のある夕方、セリオは市場で早採りの段甘瓜を見つけた。
夏や秋に出るものより色が薄く、中心までまだ橙色が弱い。
店主が説明する。
「早い時期だから、前に買ったやつほど甘くないよ」
「中心も?」
「軽いね。ただ青い香りは強い」
一つ買い、《持ち込み食堂》へ持っていく。
悠斗が少し切って味を見る。
「確かに中心も甘さは軽いですね。その代わり、香りは爽やかです」
「前に食べた完熟より甘くできます?」
そこまで言いかけて、セリオ自身が少し笑った。
「いや、今のは忘れてください」
「どうします?」
「今の実に合う料理にしてください」
悠斗は、完熟時の中心を再現するために蜜を足すのではなく、瓜全体を白肉と合わせた軽い香草焼きへした。外側も中心も火入れの差を小さくし、早採り特有の青い香りと水分を残す。
《早採り段甘瓜と白肉の香草焼き》
セリオが食べる。
「前の中心よりずっと甘くない」
「そうですね」
「でも、これはこれでいい」
自分から言った。
ミレイアが笑う。
「前なら蜜足してました?」
「多分」
「検査でも、去年の完熟と今年の早採りを比べます?」
「同じ商品規格なら必要な部分は比べます。でも季節で変わる性質まで、一番良かった時だけへ合わせることはしません」
「基準が甘くなった?」
「なってません」
即答したため、ミレイアが笑った。
「そこは譲らないんですね」
「安全基準や表示基準まで変えたら、何のための検査か分からないでしょう」
セリオも少し笑った。
「変えたのは、基準の上へあるものを全部同じ線で見ないことです」
規格へ達したなら、達したと伝える。
前回から改善したなら、それも伝える。
その上で、さらに良くできる場所があり、生産者自身もそこを目指すなら次の目標にする。
今の工程を安定させる方が大切なら、すぐ新しい課題を加えない。
それだけの違いだった。
しかし、その違いを持つようになってから、検査記録を見る時の考え方も変わった。
◇
数日後、《市産品検査所》へ新しい乾燥果実工房の試験品が持ち込まれた。
担当はエドで、セリオは最終確認役として後ろへ入る。
その工房は三回の試験を受けていた。
一回目。
規格外四個。
二回目。
二個。
三回目。
一個。
今回が四回目。
二十個の試料を調べる。
水分量。
重量。
保存状態。
すべて規格内へ入った。
工房の若い職人が、緊張した表情で検査台の向こうに立っている。
エドが数字をまとめた。
少し前の彼なら、
「次は色差を減らしましょう」
とすぐ続けただろう。
今回は記録を見てから、順番を変えた。
「今回は二十個すべて、登録に必要な規格へ入りました。前回まで一個残っていた乾燥不足もありません」
若い職人の目が大きくなる。
「本当ですか?」
「はい。今回の試験は合格です」
肩から力が抜ける。
「ありがとうございます」
エドはそこで少し間を置いてから続けた。
「それとは別に、色のばらつきはまだあります。ただし登録には問題ない範囲です。もし今後、見た目の等級を上げたいなら、そこを改善目標にできます」
職人は少し考えた。
「まずは今の乾燥方法を三月くらい続けたいです。まだ四回目なので」
エドがセリオを見る。
「それでもいいですか?」
以前なら、色もすぐ改善するよう勧めたかもしれない。
「もちろんです」
セリオが答える。
「今の工程を安定させてから次へ進んだ方が、何を変えた結果なのかも分かりやすいです」
職人が頷く。
「じゃあ三月、このまま記録を取ります」
「原料の時期が変わったら、その点も一緒に残してください」
「分かりました」
職人は合格書を両手で受け取り、何度か頭を下げて帰っていった。
その背中が扉の向こうへ消えた後、エドが言う。
「前だったら、色も今日から直させてました?」
「多分そうですね」
「今は?」
「色を良くすること自体は悪くありません。でも今すぐ全部変える理由がない」
「一個ずつ?」
「必要なら」
エドは検査記録を整理する。
『前回から改善した点』
の欄には、
『乾燥不足 一個からゼロへ改善。全試料、登録規格内』
と書かれている。
『次回確認点』
には、
『現行工程の安定性を三月確認。色差改善はその後、生産者希望と販売等級に応じ検討』
とある。
セリオは文章を読み、修正する場所がないことを確認した。
以前なら余白へ、
『色差縮小を検討』
と書き足したかもしれない。
今は何も追加しない。
今日できた仕事は、今日できたところまで正しく記録されている。
次の目標は、今ここで必ず作らなければならないものではなかった。
◇
その日の仕事が終わり、エドとリーネが先に帰った後、セリオは検査台の上に残っていた過去の記録を棚へ戻した。
何年分もの検査書には、数字が並んでいる。
最初は規格外が多かった工房。
数年かけて安定した工房。
一度だけ非常に良い結果を出し、その後通常の範囲へ戻った工房。
季節によって数字が動く農産物。
設備を変えた直後だけ大きく改善し、その後少し落ち着いた加工品。
以前のセリオは、その折れ線の中から最も良い一点を見つければ、
「ここまでできる」
と考えた。
その考え自体は間違いではない。
一度届いた地点は、将来の目標を考える材料になる。
しかし、その一点だけを見続ければ、そこへ届くまでに積み上げた改善も、その後安定して維持している水準も見えなくなる。
一度中心部の甘さを知ったからといって、段甘瓜の外側が不要になるわけではない。
一度規格外をゼロにできたからといって、次の月に一個出た瞬間、何年分もの改善が消えるわけでもない。
見るべきなのは一つの最高値だけではなく、その商品がどこから来て、今どこへ安定し、何を目指す必要が本当にあるのかという流れだった。
セリオは、その日最後に処理した若い工房の記録をもう一度開いた。
四個。
二個。
一個。
ゼロ。
そこには、分かりやすい改善が並んでいる。
次回もゼロかもしれない。
一個出るかもしれない。
原料の季節が変われば、別の問題が出る可能性もある。
その時には、その時の数字と原因を見ればよい。
今日ゼロだったという上出来を、明日から相手の首へ掛ける重りにする必要はない。
セリオは記録へ確認印を押し、書類を棚へ戻した。
明日も検査は続く。
安全に関わる基準を甘くするつもりはない。
規格外を見つければ止める。
改善が必要なら伝える。
ただし、昨日より良くできた人へは、まず良くできたと伝える。
合格へ届いた人には、届いたと伝える。
そして次の目標が本当に必要になった時には、その場所から改めて先を見ればよかった。
セリオは検査台の小秤を収納箱へ戻し、記録板を所定の棚へ差し込むと、翌日の試料がまだ届いていないことを確かめてから《市産品検査所》の灯りを消した。
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