第90話 殻を残すほど火の遠い重殻瓜と、予備を積みすぎる隊商補給係
サイラス・ベルドは四十六歳になる人間の男性であり、レーヴェンを拠点に北部や西部の町を往復する中規模隊商《黄輪隊》で、食料、水、飼料、修理用品、野営道具などをまとめて管理する補給係を務めていた。灰色の混じり始めた黒髪は短く整え、遠征中には砂や雨が耳へ入りにくい革帽子を被る。背丈は平均より少し低いものの、荷袋や小樽を持ち上げる仕事を長く続けてきたため身体は頑丈で、腰には筆記板、小型の秤、荷札用の紐、在庫を数えるための木札をいつも下げていた。
隊商の補給係という仕事は、足りなくなった物を旅の途中で配るだけでは成り立たない。出発前に何日分の食料を積むか計算し、どの宿場で水や飼料を補充できるか調べ、荷曳き獣一頭ごとの負担まで見ながら、必要な道具を荷車へ割り振らなければならない。野営用の油、火口、予備縄、車輪や車軸の修理用品、馬具用の革、雨具、毛布、薬、虫除け、調理器具まで含めれば、備えておきたい物はいくらでも増えていく。
少なければ不足する。
不足すれば、食べられない、飲めない、進めない、直せないという問題が起こる。
一方、多く積めば荷車が重くなる。
荷車が重くなれば、荷曳き獣の疲労が増え、坂道では速度が落ちる。予定していた宿場へ到着できなければ野営が一泊増え、その分の食料や水、飼料まで余計に必要になるため、
「多く積めば積むほど安全になる」
という単純な話でもなかった。
補給係に求められるのは、足りない危険だけでなく、持つ負担も含めて量を決めることである。
サイラス自身、それを知識としては理解していた。
若い補給係へ説明するなら、
「積載量も補給計画の一部だ」
と教えることができる。
それでも自分が最後の数字を決める段階になると、
(足りなかったらどうする)
という考えが必ず出てきた。
七日間の旅で水樽を八つと計算する。
天候が崩れて一日遅れる可能性を考え、九つにする。
そこから、
(もし二日遅れたら)
と考え、小さな水樽をさらに二つ足す。
車輪固定金具についても、過去の使用回数から二本あれば十分だと分かっていても、
(三台目も壊れたら)
という可能性が頭をよぎる。
予備縄を二巻と決めた後で、
(岩場で何本か同時に傷めるかもしれない)
と一巻増やし、隊員全員が火打石を持っているのに、補給車へ火口箱を何個も積む。
雨具も、鍋も、馬具革も、保存食も同じだった。
一種類を極端に増やすわけではない。
それぞれへ、
「念のため、もう一つ」
を加える。
そのため一つ一つを見ると大した重量には思えないが、二十種類、三十種類と積み重なれば、補給車一台へかなりの負担が乗る。
サイラスは長い間、
「使わなければ、そのまま持ち帰ればいい」
と思っていた。
余った物は失われない。
また次に使える。
だから損ではない。
しかし荷曳き獣にとっては、使わなかった物も、使った物も、旅の間ずっと同じ重さだった。
◇
サイラスがここまで予備を重く考えるようになった理由は、二十五年前に経験した一度の旅へ遡る。
父はレーヴェン北側の穀物倉庫で働き、母は乾燥豆や粉を扱う小さな店を営んでいたため、サイラスは子どもの頃から袋の重さを量り、在庫数を数えることには慣れていた。しかし倉庫の中だけで一生働くより外へ出たいと思い、十八歳で隊商の荷役係へ入った。
最初の数年は、補給計画へ意見を出す立場ではなかった。
指示された袋を積み、宿場へ着けば水樽を満たし、飼料を分け、野営地では焚き火用の荷を下ろす。
補給計算へ関わるようになったのは二十一歳頃で、当時の補給係だったハーマンという五十代の男性から、少しずつ旅程の読み方を教わった。
「六日間の旅だから、六日分積めばいいわけじゃないぞ」
ある日の荷造りで、ハーマンはそう言った。
「途中で何が買えるか、井戸があるか、道が荒れてるか、それを先に見る」
「だったら、全部少し多めに積めば安全じゃないですか?」
若いサイラスが尋ねると、ハーマンは補給車を顎で示した。
「安全を積むなら、重さも一緒に積んでると思え」
「余ったら持って帰れます」
「荷曳き獣は、余る予定の物も目的地まで引くんだ」
その言葉は覚えていた。
しかし、その同じ年の冬に起きた出来事が、別の意味でサイラスへ強く残った。
レーヴェンから北西の宿場町へ向かう五日間の隊商で、車輪を固定する鉄金具の予備を一本だけ積んで出発した。
過去の同路線では、それで問題なかった。
金具そのものが壊れることは多くない。
重量も小さいとはいえ、何でも増やせば積載量は上がるため、当時の計画では一本を予備とすることになった。
三日目。
寒さの厳しい街道で、一台の荷車から異音が出た。
止めて確認すると、車輪固定金具が折れている。
予備を使う。
交換後、再出発する。
ところがその日の午後、別の荷車でも同じ金具が折れた。
偶然、古い金具が二本とも同じ旅で限界を迎えたのである。
もう予備はない。
近くに集落も鍛冶場もなかった。
応急的に使える鉄片を探したものの、車輪を安全に固定できるほどの物は見つからない。
結局、その荷車の積み荷を他の車へ分散し、壊れた一台を街道脇へ残すことになった。荷車を無人にするわけにもいかず、護衛二人が一緒に残り、隊商本隊だけが宿場町へ向かった。
翌日、鍛冶職人へ金具を作ってもらい、さらに一日かけて戻る。
その間、街道へ残された二人は冬の野営を続けた。
大きな怪我はなかった。
それでも一人が足先へ軽い凍傷を負った。
二十一歳のサイラスには、
「金具をもう一本積んでいれば起きなかった」
という事実だけが強く残った。
重量にすれば小さい。
補給車へ積んでも、ほとんど違いの出ない一本である。
それを持っていなかったために、荷車を残し、人を残し、二日を使い、護衛一人に怪我までさせた。
旅から帰った後、サイラスはハーマンへ謝った。
「俺が一本でいいって言ったから」
「一本でいいって決めたのは俺だ」
「でも俺も賛成した」
「予備量ってのは、結果を見て調整するものだ。今回二本必要になった。なら次から増やせばいい」
ハーマンは責めなかった。
その言葉通り、次の旅から車輪固定金具は二本になった。
そこまでは合理的な改善だった。
ところがサイラスの中では、
『必要になる可能性が低くても、起きた時に大きく困るなら持っておくべきだ』
という考えが強くなった。
(車輪固定金具が二本同時に壊れた。なら車軸だって二本折れるかもしれない)
予備車軸材を増やす。
(雪で二日足止めされれば、食料が足りなくなるかもしれない)
保存食を増やす。
(その二日の間に薪が濡れたら)
火口と油を増やす。
(綱も複数切れたら)
予備縄を増やす。
すべて、起きれば困ることである。
しかも絶対に起きないとは言い切れない。
だから一つずつ増やした。
二十八歳で正式な補給係になった頃には、
「サイラスの隊商なら、何か壊れても大体出てくる」
と言われるようになっていた。
その評価は嬉しかった。
実際、予備が役立ったことも何度もある。
予定外の雨で一泊増えた時、保存食が余っていた。
荷縄が連続して傷んだ時も交換できた。
途中で出会った旅人へ薬を渡せたこともあった。
そういう、
「持っていたから助かった」
出来事は記憶へ残りやすい。
一方、
「使わなかった予備を七日間運んだせいで、荷曳き獣が少し余計に疲れた」
という負担は、何か明確な事故が起きない限り記憶へ残りにくかった。
その差によって、サイラスの補給車は少しずつ重くなっていった。
◇
現在の《黄輪隊》は、荷車八台、荷曳き獣十四頭を中心に、御者、護衛、商人、補給係などを合わせて二十人前後で動く隊商だった。
隊長は五十一歳の女性ミーナ・グレイで、短い銀髪と低い声が特徴の人物である。若い頃は御者として長く街道を走っており、現在は複数の商人から荷を預かり、旅程や宿場を決める側へ回っていた。
怒鳴ることは少ない。
しかし数字の合わない話は嫌う。
ある旅の出発前日、レーヴェンから西方の町まで七日を予定する荷造りで、ミーナが補給車の積載表を見て手を止めた。
「また増えてるな」
サイラスが横から表を見る。
「雨季だから二日分余裕を見た」
「前回の同じ路線より百二十斤重い」
「水と飼料が八十斤。残りは修理用品と予備だ」
「何を増やした?」
サイラスは一つずつ説明した。
予備縄を一巻追加。
車軸材を一本追加。
天幕布を二枚追加。
雨具を三着。
小型調理鍋を一つ。
火口箱を二箱追加。
馬具用の革紐。
予備蹄鉄。
保存食。
小型水樽。
一つずつ聞けば、どれも旅に使う可能性のある物だった。
ミーナは途中で遮らず最後まで聞いた。
「この路線、二日目と四日目に宿場があるな」
「ある」
「二日目に鍛冶屋は?」
「ある」
「四日目に縄は買える?」
「買える」
「水は?」
「毎日補給できる。ただ、雨で街道が止まったら」
「全部の補給地点へ一度も着けず、二日遅れる想定か?」
「可能性はある」
「その可能性のために百二十斤増やす?」
サイラスは少し苛立った。
「何か起きてから足りないと言っても遅い」
「何も起きなければ、百二十斤を七日間余計に引かせる」
「使わなければ持って帰れる」
「荷曳き獣は帰るまでずっと引くんだ」
若い頃にハーマンから聞いたのと同じ言葉だった。
サイラスはそれでも譲らなかった。
「街道へ人を残したことがある」
ミーナも、その話は知っている。
「あの時は金具一本が足りなかった」
「一本でも、人が危険になった」
「だから今は金具を二本積んでる。それを減らせとは言ってない」
「同じことが別の物で起きるかもしれない」
「だから、何が起きやすくて、何が途中で補えるかを見るのがお前の仕事だろ」
ミーナは積載表を指した。
「起こり得る事故全部へ、それぞれ二重三重に備えたら、荷車が何台あっても足りない」
サイラスには、その言い方が、
「事故が起きても仕方ない」
と言われているように聞こえた。
実際には違う。
それでも不安が先に立つ。
「三十斤は落としてくれ」
ミーナは最後にそう言った。
サイラスはその夜、補給倉庫へ残った。
予備鍋を外す。
(鍋が割れたら?)
戻したくなる。
天幕布を一枚減らす。
(強風で二枚裂けたら?)
気になる。
水の小樽を一つ減らす。
(宿場の井戸が使えなかったら?)
また不安になる。
結局、二十一斤しか減らせなかった。
翌朝、ミーナが数字を見る。
「あと九斤」
「これ以上は危ない」
「何が必要になる?」
「分からない。でも何かあった時に」
ミーナはしばらくサイラスを見た。
「分からない危険へ全部荷を積んだら、それは補給計画じゃなくて倉庫ごと運んでるのと同じだ」
出発時刻が迫っていたため、最終的にはそのまま出た。
サイラスは、
(これで何かあっても対応できる)
と思った。
その安心が、二日目に別の形で崩れた。
◇
二日目の朝から雨が降り、街道の一部が泥濘になった。
八台の荷車すべてが速度を落とす。
しかし補給車だけは、坂へ入るたび車輪が深く沈み、二頭の荷曳き獣が何度も足を踏み直さなければならなかった。
御者のハルクが手綱を調整しながら言った。
「こいつだけ沈み方が違う」
「雨だからだ」
「雨なのは全部同じだ。積みすぎなんだよ」
「必要な物だ」
「必要でも重いものは重い」
荷車を止めて積み替えることも考えた。
しかし雨の中で商人の荷へ補給品を混ぜれば、濡れや管理の問題が増える。
そのまま進む。
昼の時点で予定より半刻以上遅れた。
午後にはさらに速度が落ち、二日目の宿場へ着いた頃、補給車を引いていた一頭の荷曳き獣は呼吸がかなり荒くなっていた。
脚に傷はない。
蹄にも大きな異常はない。
純粋な疲労だった。
翌朝は別の獣と入れ替えて引かせることになった。
ミーナは何も言わなかった。
その沈黙の方が、サイラスには重かった。
宿場へ到着した以上、水は補充できる。
鍛冶屋もある。
縄も売られている。
調理鍋が壊れれば、宿から借りることもできる。
そこでサイラスは、補給車の荷を一度すべて確認することになった。
予備蹄鉄。
馬具革。
縄三巻。
火口箱四つ。
予備鍋。
天幕布。
水。
保存食。
どれも、
「何かあれば役立つ」
物だった。
しかしこの宿場を通るまでの二日間に必要だったかと問われれば、そうではない物も多い。
ハルクが縄を持ち上げた。
「三巻全部、今日までに必要だった?」
「一本傷むことはある」
「三本同時に?」
「可能性はある」
「この宿で買えるのに?」
サイラスは答えない。
次に火口箱。
「これ何箱?」
「四つ」
「隊員の火打石、全員分あるよな」
「濡れた時の予備だ」
「四箱全部濡れない場所へ積んでるんだろ?」
「念のためだ」
ハルクはそれ以上言わなかった。
結局、宿で買える物のうち、重量の大きい予備鍋と縄一巻、天幕布一枚などを宿へ一時的に預け、帰路に回収することにした。
翌朝。
まだ街道は濡れている。
しかし荷を軽くした補給車は、前日より明らかに楽に坂を上がった。
御者の腕が急に上がったわけではない。
荷曳き獣の体調が一晩で別物になったわけでもない。
重さが減ったからだった。
サイラスにも、それは分かった。
それでも胸の奥には、
(今何か起きたら、宿へ置いた物は使えない)
という不安が残った。
旅は七日目に予定通りオルネへ到着した。
大きな故障はない。
実際に使った予備は、馬具用革紐一本と火口を少量だけだった。
帰路も大きな事故は起きず、宿へ預けた品をそのまま回収してレーヴェンへ戻った。
往復十四日に近い旅の中で、ほとんどの予備は一度も使われなかった。
サイラスは、
「今回は使わなかっただけだ」
と考えた。
ミーナは、
「今回は使わなかった物を十四日運ぶところだった」
と考えた。
その二つの考えは、どちらも完全に間違いとは言い切れない。
だからこそ、サイラスは長く自分の考えを変えられなかった。
◇
レーヴェンへ戻って数日後、サイラスは市場で《重殻瓜》という大きな瓜を見つけた。
人の頭ほどの大きさがあり、表面は濃い灰緑色の硬い殻へ覆われている。指の節で叩くと、普通の瓜よりずっと低く、硬い音が返ってきた。
店主が言う。
「山間部から運んできた瓜だよ。殻が厚いから、荷車で何日揺らしても中が傷みにくい」
「保存も利く?」
「切らなきゃかなり持つ」
隊商の補給係としては、そういう食材に興味が湧く。
「食べる時は?」
「殻をしっかり落とす。外の硬い殻だけじゃなく、その下の白っぽい硬皮も取った方がいい」
「全部?」
「食べられないところまでな」
「少し残した方が形崩れしにくくないか?」
店主が不思議そうな顔をした。
「運ぶ時は殻が中を守るよ。でも鍋へ入れてから、何から守るんだい」
その言い方が気になった。
サイラスは一つ買った。
家へ持ち帰り、切る。
外殻はかなり硬く、普通の包丁だけでは扱いにくいほどだった。丈夫な刃物で外側を割るように落とすと、その下へ白っぽい硬皮が現れる。
店主は、
「そこも取れ」
と言っていた。
しかしサイラスは、
(全部落とせば柔らかい身だけになる。煮た時に崩れやすくなるんじゃないか)
と考え、硬皮をかなり残した。
大きめに切り、根玉葱と塩漬け肉と一緒に煮始める。
しばらくすると根玉葱が柔らかくなり、塩漬け肉から旨味が出る。
重殻瓜も表面は柔らかそうに見える。
串を刺す。
途中で止まる。
まだ内部へ十分火が入っていない。
さらに煮る。
根玉葱の形が崩れ始める。
肉も少し締まる。
もう一度瓜へ串を入れると、中心の果肉は柔らかくなっていたものの、残した硬皮の周辺だけは強い抵抗が残った。
食べてみる。
果肉そのものには甘味がある。
しかし柔らかい身の中へ噛み切りにくい筋のような部分が残り、食感が悪い。
「もっと長く煮ればよかったか」
翌日、残りの一部をもっと小さく切って試した。
硬皮はやはり残す。
前日より火は入りやすい。
それでも食べると、柔らかい果肉の中へ硬さが残る。
小さくした分だけ食べやすくはなったが、
「うまく料理できた」
という感じではなかった。
そこで初めて、
(殻を残して守ること自体が、火を通す邪魔になってるのか)
という考えが出た。
まだ半分ほど残っている。
自分一人で同じことを続けるより、別の扱い方を見てみたいと思い、《持ち込み食堂》へ持っていった。
◇
悠斗は重殻瓜の断面を確認し、外側へ指を当てた。
「かなり厚いですね」
「山から運ぶためらしい。家ではこの白い硬皮を少し残して煮た」
「どうでした?」
「火が入りにくかった。長く煮たら肉と根玉葱の方が先に崩れた」
「じゃあ今日は、硬皮まで取ってみます」
悠斗は丈夫な刃物で外殻を落とした後、白っぽい硬皮も、柔らかな果肉を大きく削りすぎない程度に取り除いていく。
サイラスには、少し心許なく見えた。
「そこまで取ったら、煮崩れないか?」
「煮方の方で崩れにくくします」
「殻を残す方が簡単だろ」
「でも、その殻で火が入りにくかったんですよね」
「そうだけど」
「なら今日は別の方法を試します」
悠斗は重殻瓜を大きめの角切りにし、最初から肉と一緒に長時間煮込むことはしなかった。白肉と根玉葱を薄い出汁で煮て、肉へ十分火が入ったところで一度取り出し、その後に重殻瓜を加える。
サイラスが見ている。
「肉を途中で出すのか」
「瓜へ必要な時間と、肉へ必要な時間が違うので」
「一緒に煮ない?」
「最後は戻します」
瓜を入れた後も、激しく沸騰させない。鍋の中で果肉同士がぶつかって崩れない程度の火加減を保ち、時々鍋そのものを軽く動かして出汁を回す。
串を刺す。
今度は硬皮がないため、中心まで比較的素直に入る。
完全に崩れるほど柔らかくなる一歩手前で肉を戻し、最後に塩を整え、少量の乳を加えた。
出来上がった《重殻瓜と白肉の乳煮》は、サイラスが家で作ったものとはまったく違っていた。
瓜は大きな形を残している。
匙を当てれば簡単に切れる。
口へ入れると、硬い筋はどこにも残っていない。
白肉の出汁と乳を吸い、柔らかな甘味が出ている。
「殻なくても崩れてないな」
「殻以外の方法で崩れにくくしたので」
「でも山から運ぶ時は、殻あった方がいいだろ」
「それは必要でしょうね」
悠斗はすぐ認めた。
「じゃあ殻そのものが悪いわけじゃない」
「はい。運ぶ間は中を守ってくれる。でも食べる段階では、もう役目が変わってるのかもしれません」
「役目が終わった?」
「そういう感じです」
サイラスは皿の瓜を見た。
外殻がなければ、レーヴェンまで無事に届かなかったかもしれない。
だから殻は必要だった。
しかし、届いた後まで残し続ければ、今度は火の邪魔をする。
必要だったものが、そのまま永遠に必要とは限らない。
その言葉を聞いて、サイラスは補給車の荷を思い出した。
ミレイアが気づいた。
「何か思い当たりました?」
「隊商の補給やってる」
そこから、自分の仕事の話を始めた。
◇
二十一歳の冬に、車輪固定金具が二本続けて壊れたこと。
予備が一本しかなく、荷車と護衛を街道へ残したこと。
その後から、足りないことが怖くなったこと。
今では水、縄、火口、鍋、馬具革、雨具、保存食など、ほとんど全てへ少しずつ余分を積み、その合計が補給車を重くしていること。
「車輪の金具は今何本?」
悠斗が尋ねた。
「二本」
「使います?」
「一本使うことはある。二本同時は、あの時だけ」
「じゃあ二本にしたのは、過去の経験から決めたんですね」
「そう」
「他の物も、それくらい使った記録から増やしてます?」
サイラスは少し止まった。
「全部じゃない」
「どうやって増やしました?」
「必要になるかもしれないから」
「どれくらいの頻度で?」
「物による」
「途中で買えるかどうかは?」
「それも物による」
悠斗は聞いた。
「でも積む時には、全部まとめて『予備』って考えてます?」
「予備は予備だろ」
「同じ予備でも、なくなった時の困り方とか、途中で代わりを手に入れられるかは違いますよね」
サイラスには分かっている。
だから腹が立つ。
「それは隊長にも言われてる」
「減らせって?」
「全部を同じ『念のため』で積むなって言われた」
「サイラスさんは、何で減らせないんです?」
その質問には答えがあった。
「減らした物が必要になったら、俺が積まなかったせいで誰かが困る」
声が少し低くなる。
「水がなければ飲めない。金具がなければ荷車は止まる。雨具がなければ濡れる。予備がないせいで隊商が止まったら、俺が積まなかった責任になる」
ミレイアが静かに尋ねた。
「たくさん積んだせいで困ることは?」
「荷が重くなる」
「その重さで誰か困ります?」
雨の日の補給車。
荒い呼吸をしていた荷曳き獣。
予定より遅れた一日。
サイラスは答える。
「獣が疲れる。速度も落ちる」
「それも補給の判断なんですよね?」
否定できない。
「ある」
サイラスは初めて、
『積まない判断だけに責任があるわけではない』
と正面から考えた。
多く積む。
その結果、荷曳き獣へ毎日負担を掛ける。
速度が落ちる。
到着が遅れ、野営が増えれば、かえって食料や水を使う。
それも補給係の判断である。
「でも何を減らすんだ」
サイラスが言う。
「全部、必要になる可能性はある」
悠斗は少し考えた。
「必要か不要かだけで分けると難しいなら、別の条件を並べたらどうです?」
「別?」
「起きる頻度。起きた時の困り方。途中で補充できるか。別の物で代用できるか。それと、その予備自体の重さとか」
サイラスは黙って聞いた。
「たとえば軽い金具がなくて荷車が止まるなら、二本持つ負担は小さい。でも重い鍋が壊れることは滅多になくて、他の鍋でも代用できて、宿場でも借りられるなら、同じ『予備』でも数は違ってよさそうです」
「鍋が割れたら野営で困る」
「他の鍋は?」
「ある」
「完全に料理できなくなる?」
「ならない」
「じゃあ、車輪金具と同じ困り方ではないんですね」
当たり前のことだった。
それでもサイラスは、長い間そこを同じ箱へ入れていた。
『足りないと困るもの』
という一つの箱へ。
実際には、
『なくなれば隊商が止まる』
ものもあれば、
『少し不便だが代用できる』
ものもある。
『途中で買えない』
ものもあれば、
『毎日通る宿場で補充できる』
ものもある。
『毎回使う』
ものと、
『五年に一度しか使わない』
ものまで同じ予備として増やしていた。
サイラスは重殻瓜を一口食べた。
「この殻も、山から運ぶ時には必要だった」
「そうですね」
「でも食う段階で残したら邪魔になった」
「隊商の荷と同じとは言いませんけど」
悠斗がそう言ったので、サイラスは少し笑った。
「そこは先に言うんだな」
「食材と人の仕事は違うので」
「でも考えるきっかけにはなる」
皿の瓜を見ながら、サイラスはそう言った。
◇
翌日、サイラスは《黄輪隊》の補給倉庫へ入り、過去三年分の記録を机へ積み上げた。
これまで在庫数の管理には使っていた。
何を何個積み、何を使い、何を持ち帰ったか。
宿場で買った物。
壊れた道具。
予定より遅れた日数。
記録自体は細かく残っている。
しかし、
「予備量を減らすためではなく、適量を決めるため」
に見返したことはなかった。
ミーナが倉庫へ来た。
「何してる?」
「三年分の予備使用数見てる」
「誰かに頭打ったか?」
「帰れ」
ミーナは笑わず、隣の椅子へ座った。
最初に車輪固定金具を見る。
三年間で四回使用。
同じ旅で二本必要になった記録はない。
ただし一本使うこと自体は珍しくない。
重量も小さい。
「これは二本のまま」
サイラスが言う。
ミーナは何も言わない。
次に縄。
三年間で、一巻をほぼ使い切るほど傷んだ旅は二回。
通常は一巻の一部を切って使う程度。
現在三巻を積んでいる。
しかも多くの路線で、二日から三日ごとに宿場で購入できる。
「二巻でいい路線が多い」
火口箱。
補給車の予備を本格的に使った記録は三年で一度。
しかも隊員個人の火打石が濡れ、乾くまで一時的に使っただけだった。
現在四箱。
サイラスはしばらく表を見た。
「多いな」
ミーナが言う。
「記録に書いといてくれ。サイラスが自分で言った」
「黙れ」
調理鍋。
破損記録は六年前に一回。
その時は残りの鍋へ料理を分け、完全に調理不能にはならなかった。
予備鍋は重量が大きい。
「宿場が長くない路線では外す」
「全部?」
「宿場の少ない長距離なら積む」
雨具は単純ではなかった。
破損や紛失は毎年ある。
しかも豪雨時に雨具がないことは、単なる不便ではなく体温低下へつながる。
重量は比較的小さい。
「雨季なら三。乾季は一か二。路線による」
ミーナがようやく口を挟んだ。
「同じ品でも季節で数を変える?」
「当たり前だろ」
「前まで一年中同じ数だった」
サイラスは無視した。
最も難しいのは水だった。
不足時の影響は大きい。
しかし非常に重い。
しかも途中で補給できる路線が多い。
サイラスは地図を広げ、井戸、川、宿場、水場を一つずつ確認した。
冬に凍る井戸。
大雨で濁りやすい川。
夏に水量が落ちる場所。
補給地点へ毎日寄れる路線なら、最初から二日分の余剰水を積む必要はない。
反対に、宿場間が長い区間では十分持つ。
これまでの、
「不安だから二日余分」
ではなく、
「この路線、この時期なら、ここまで」
と決める。
調査は一日では終わらなかった。
三日かけて、主要な予備品を四つの観点から見直した。
『不足した場合の重大さ』
『実際の使用頻度』
『道中での補充や代替のしやすさ』
『積載した場合の重量負担』
ミーナは最後に完成した表を眺めた。
「これなら相談できる」
「今までも相談してた」
「今までは何を聞いても『必要になるかもしれない』で終わってた」
サイラスは反論しなかった。
◇
新しい積載方法を最初に試したのは、レーヴェンから南西の交易町へ向かう五日間の旅だった。
宿場は三か所。
街道は比較的整備されている。
季節は初夏で、雨はあるが冬のような危険は少ない。
サイラスは記録表を使って荷を決めた。
車輪固定金具は二本。
車軸材は一本。
予備縄は三巻から二巻へ減らす。
火口箱は四つから一つ。
予備雨具は二着。
調理鍋は積まない。
水は、初日に必要な量と一日分の安全余裕を積み、二日目の宿場で補充する。
保存食も一日分の余裕を基本とし、道が悪化する予報が出た時だけ追加することにした。
荷重を計算する。
前回の同規模旅より九十斤近く軽い。
数字を見た瞬間、サイラスの腹の奥へ不安が湧いた。
「軽すぎないか」
ミーナが表を見る。
「必要な物を抜いた?」
「表では入ってる」
「なら一回行ってみる」
「一回で判断するなよ」
「それを言うなら、お前も一回何か足りなかっただけで全部増やすな」
言い返せなかった。
旅が始まる。
初日の午後、補給車を引く獣の動きが以前より軽い。
坂でも速度が大きく落ちない。
御者ハルクが言った。
「楽そうだな」
「今日は道が乾いてる」
「前も乾いてた旅あるだろ」
宿場へ予定より少し早く着く。
サイラスはすぐ水量を確認し、予定通り補充した。
以前なら、
(出発時に全部積んでおけば、ここで補充する手間がなかった)
と思った。
今は、その補充そのものを計画へ入れている。
二日目。
荷車の綱が岩へ擦れ、一部が大きく毛羽立った。
予備縄を使う。
残り一巻。
サイラスは不安になった。
(以前ならあと二巻あった)
しかし三日目の宿場で縄は買える。
傷んだ縄の残りも、短い結束には使える。
新品一巻を全て消費したわけでもない。
サイラスは使用量を記録し、
『第三宿場にて一巻補充』
と書いた。
その夜には強い雨が降り、隊員一人の雨具が裂けた。
予備を一着使う。
残り一着。
(もう一人破れたら)
と思う。
翌朝、雨は弱くなった。
三日目の宿場で防水布を買い、裂けた雨具そのものも補修できた。
四日目。
調理鍋の木取っ手が緩んだ。
以前なら、
「やはり予備鍋を積むべきだった」
と考えたかもしれない。
しかし鍋本体には問題がない。
補修用の小金具と革紐を使い、その場で取っ手を固定する。
十分使える。
ハルクが笑った。
「鍋なくても何とかなったな」
「割れたら別だ」
「今日は割れてない」
「分かってる」
五日目、予定通り交易町へ到着した。
持っていなくて困った物はない。
予備として使ったのは縄の一部、雨具一着、補修用の革紐と小金具だった。
サイラスは積載表へ細かく記録した。
「今回は大丈夫だっただけだ」
ミーナへ言う。
「そうだな」
「次も同じとは限らない」
「だから記録する」
その返事に、サイラスは思っていた以上に安心した。
ミーナは、
「これで予備は減らしていい」
と決めつけてはいない。
必要なら増やす。
不足したら調整する。
余り続けるなら減らす。
その判断を記録で更新すればよい。
それなら、
「一度減らしたら、今後ずっと少ないまま耐えなければならない」
わけではない。
◇
その理解を試す出来事は、次の北東路線で起きた。
六日間の旅。
坂道と石の多い街道で、馬具へ負担の掛かる道である。
サイラスは前回まで二組積んでいた予備の馬具革を、一組へ減らした。
過去数回では一組で足りていた。
三日目。
一頭の荷曳き獣が使っていた胸当ての革が大きく裂けた。
予備一組を使って交換する。
翌日。
別の馬具の古い縫い目が裂けた。
もう新品の予備はない。
その瞬間、サイラスの胃が冷えた。
(やっぱり減らすべきじゃなかった)
過去の考えへ一気に戻りそうになる。
しかし、まず傷み方を確認した。
一つ目の破損は完全交換が必要だった。
二つ目は裂けが小さく、荷重が直接掛かる中央部分ではない。残った革端と予備縄を使えば、次の宿場まで応急的に持たせられる可能性がある。
御者と一緒に補強する。
歩かせて確認する。
ずれない。
そのまま速度を少し落として進み、二日後の町で馬具革を購入した。
隊商そのものは止まらなかった。
レーヴェンへ戻った後、サイラスは過去記録をもう一度見た。
北東路線では、他路線より馬具補修の回数が明らかに多い。
坂道。
石。
湿った路面。
荷曳き獣の身体へ掛かる負担が大きい。
「この路線は二組へ戻す」
ミーナも異論を出さなかった。
「理由は?」
「使用頻度が他より高い。途中補充まで距離がある。重量もそれほど大きくない」
「なら二組」
サイラスが少し驚く。
「減らせって言わないんだな」
「減らすことが目的じゃない」
ミーナは呆れたように言った。
「お前が何でも同じ『念のため』で増やしてたから、理由を持てと言ったんだ」
その時、サイラスはようやくはっきり理解した。
軽い荷車を作ることが正解なのではない。
予備を少なくすることも目的ではない。
必要な予備は積む。
必要性が低い予備は積まない。
そして路線が変われば、その答えも変えてよい。
一つ減らして足りなかったからといって、
「やはり全部多めが正しかった」
へ戻る必要もなかった。
◇
数月後、サイラスは再び市場で重殻瓜を見つけた。
前と同じ店だった。
店主も顔を覚えている。
「今度は硬い皮まで取ったかい?」
「取った」
「食えた?」
「ちゃんと食えた」
「なら良かった」
サイラスは一つ持ち上げ、外殻を見た。
「この殻があるから、山から運んでも傷まないんだよな」
「そう。荷車で何日も揺られるからね」
「店へ着いてからも、切るまでは役に立つ」
「そりゃそうだ」
「切った後は?」
店主が笑った。
「食べられない殻を、食べる時まで守ってどうするんだい」
「前も同じこと言われたな」
「一回で聞け」
サイラスも少し笑い、一つ買った。
そのまま《持ち込み食堂》へ向かう。
ミレイアが瓜を見て気づいた。
「前の硬い瓜ですね」
「今度は皮を残さない」
悠斗が尋ねる。
「今日は何か希望あります?」
「煮るんじゃなくて、焼ける?」
「やってみます」
今回は外殻と硬皮をしっかり落とし、果肉を厚めの輪切りへした。いきなり強火へ置けば外側だけ焦げて中心が硬くなるため、最初は少量の出汁と一緒に蓋をして蒸し焼きにし、中心へ熱が入ったところで蓋を外す。その後、水分を飛ばしながら表面へ焼き色をつけた。
別の鍋では白肉と茸を炒め、最後に焼いた重殻瓜を加えて香草と塩で整える。
出来上がった《重殻瓜と白肉の香草焼き》は、前に食べた乳煮とはまったく違う食感だった。表面には香ばしい焼き目があり、中は柔らかく、瓜そのものの甘味も強く感じられる。
「殻を全部取っても形残るな」
「前は煮物、今日は焼きなので、守り方が違いますね」
「殻だけが、形を守る方法じゃない」
「そうですね」
サイラスは最近の補給計画について話した。
予備品を、使用頻度、重大さ、代替や補給のしやすさ、重量で見るようになったこと。
南西路線では九十斤近く軽くできたこと。
北東路線では馬具革を減らしすぎ、次から二組へ戻したこと。
ミレイアが尋ねる。
「減らして失敗したのに、全部元に戻さなかったんですね」
「足りなかったのは馬具革だから」
「他は?」
「足りてた」
「前だったら?」
サイラスは考える。
「多分、『やっぱり予備は減らすべきじゃない』って、火口も縄も全部増やしてた」
自分で言って、少し笑った。
「一つの失敗を、全部の答えにしてたんだな」
「今は違います?」
「どれが足りなかったかを見る。その路線で何で足りなかったかも見る。それで必要ならそこだけ直す」
悠斗が言う。
「備えって難しいですね。足りなければ困るし、多すぎても負担になる」
「だから補給係がいるんだろうな」
サイラスは答えた。
以前なら、その難しさが嫌だった。
全部多めにしておけば、
「足りない」
という判断失敗だけは避けられるような気がしたからである。
しかし補給係の仕事は、判断を避けることではなかった。
難しいからこそ、何をどれだけ積むかを決める役目がある。
◇
秋の長距離隊商では、サイラスの積載表そのものが以前とはかなり変わっていた。
単純に、
『水樽十』
『予備縄三』
『火口四』
と固定数を書くのではなく、季節や路線によって数を変える。
水は補給地点、天候、井戸の状態から決める。
縄は岩場や崖道が多ければ増やす。
馬具革は北東路線なら二組、西側の平坦な街道なら一組。
車輪固定金具は軽く、不足時の影響が大きいため二本。
予備鍋は宿場の少ない長距離のみ。
雨具は雨季なら増やし、乾季には減らす。
補給助手として働き始めた二十三歳の青年テオが、その表を見て尋ねた。
「前は、どの旅も予備の数かなり似てましたよね」
「似てた」
「何で変えたんです?」
「同じ旅じゃないのに、同じ数にしてたから」
「少なくするの怖くないですか?」
「怖い」
サイラスはあっさり認めた。
「じゃあ多めに積んだ方が安心じゃないです?」
「安心はする」
「なら?」
「その安心を、荷曳き獣が毎日引くことになる」
テオは少し考えた。
「数ってどうやって決めるんです?」
サイラスは記録表を渡した。
「まず、なくなったら何が止まるか。どれくらい使うか。途中で買えるか。別の物で代用できるか。それと重さ」
「全部見る?」
「全部完璧には見られない。でも『念のため』だけでは増やさない」
「初めて通る道なら記録ないですよね」
「似た路線を参考にする。情報が少ない分は少し安全側へ取る。帰ったら何を使ったか記録して次へ直す」
「最初から正解は分からない?」
「分からない」
昔なら、その言葉を弱さのように感じたかもしれない。
今は違う。
「だから記録して考えるのが仕事なんだ」
テオは頷いた。
冬の初めには、サイラスが二十一歳の時に金具不足を経験した北西方面へ、八日間の隊商を組むことになった。
出発前、補給車の積載を確認する。
車輪固定金具は二本。
車軸材は一本。
予備縄は岩場を考えて二巻半相当。
馬具革は二組。
水は宿場の少ない区間へ入る前だけ余裕を増やす。
保存食は一日半分の追加。
三日目に雪の予報があるため、防寒布は通常より少し多めにした。
何もかも少ないわけではない。
必要なところは増えている。
出発前夜、サイラスは補給車の周囲を一周した。
(もし金具が三本必要になったら)
頭へ浮かぶ。
(宿場の井戸が凍っていたら)
別の不安も出る。
以前なら、そこで追加した。
今は積載表へ戻る。
金具が二本同時に壊れた後に、さらに三本目まで必要になる可能性。
壊れた荷車から流用できる部品。
次の鍛冶場までの距離。
水についても、井戸だけでなく川と浄化布がある。
何も備えていないわけではない。
一つの問題へ、必ず一つ専用の予備を持つ必要もない。
サイラスは三本目の金具を追加せず、そのまま出発した。
旅の四日目。
本当に車輪固定金具が一本折れた。
一瞬、二十一歳の冬がそのまま戻ってきたように身体が強張る。
予備を出し、交換する。
残り一本。
その日の夕方、別の荷車から軋む音が出た。
サイラスはすぐ車輪へ向かった。
金具を確認する。
壊れていない。
木部が乾燥し、少し緩んでいるだけだった。
補修用の木片を打ち込み、締め直す。
予備金具は使わない。
翌日も問題なく走る。
六日目には雪が降り、追加した防寒布を一枚使った。
こちらは積んで正解だった。
七日目の宿場には鍛冶屋があり、使った金具を一つ購入する。
再び予備二本になる。
八日目、目的地へ到着した。
サイラスは記録へ、
『車輪固定金具一使用。第七宿場で補充可能。現行二本で継続』
と書いた。
二十一歳の失敗を忘れたわけではない。
あの経験があるから、今も金具は二本積んでいる。
ただ、その一度の恐怖を、鍋にも縄にも火口にも水にも同じように広げることをやめただけだった。
◇
レーヴェンへ戻った翌朝、テオが次の短距離便の積載表を持ってサイラスのところへ来た。
「三日間の便です。火口箱、予備二つにしました」
サイラスが表を見る。
「宿場は?」
「毎日あります」
「隊員の火打石は?」
「全員持ってます」
「雨予報は?」
「なしです」
「二箱目は何のため?」
テオが少し困った顔をした。
「一箱濡れたら」
「補給車の一箱が濡れる状況で、隊員全員の火打石も全部使えなくなる?」
「多分、そこまでは」
「じゃあ一箱で困る場面を考えて、それでも二箱必要なら積んでいい」
サイラスは命令で減らさなかった。
テオはしばらく考え、二箱目へ線を引いた。
「一箱にします」
「分かった」
次に水量を見る。
今度は逆に少ない。
「ここは一樽追加」
テオが驚く。
「毎日宿場ありますよ」
「二日目の井戸、冬は朝凍って使えないことがある。去年も午後まで汲めなかった」
「じゃあ水は増やす?」
「この季節はな」
テオが笑う。
「減らすだけじゃないんですね」
「当たり前だ」
サイラスも笑った。
予備を減らすことが上手な補給ではない。
多く持つことが上手な補給でもない。
必要なものへ理由をつけて積み、必要の薄いものを理由なく増やさない。
言葉にすれば簡単である。
実際には天気も道も壊れ方も毎回違うため、完璧な数字などない。
だから記録し、次へ直す。
その難しさを避けずに引き受けることが、補給係の仕事だった。
◇
その日の仕事を終えたサイラスは、自宅へ戻り、市場で買っておいた小ぶりの重殻瓜を台所へ出した。
濃い灰緑色の外殻は硬い。
この殻があったから、山間部から何日も荷車へ揺られながらレーヴェンまで無事に運ばれてきた。
だから殻は不要ではない。
必要だった。
サイラスは硬い外殻へ刃を入れ、その下にある白っぽい硬皮まで丁寧に落としていった。
以前なら、
(少し残した方が崩れない)
と考えた。
今は残さない。
もう長い街道を運ぶ必要はなく、これから必要なのは中まで火を通すことだからである。
柔らかな果肉を厚めに切り、少量の油を引いた鍋へ並べると、最初は蓋をして弱い火で中心まで熱を入れた。果肉が柔らかくなったところで蓋を外し、余計な水分を飛ばしながら表面へ焼き色をつけていく。
途中で一枚が少し崩れそうになった。
以前なら、
(形を守るために、やはり硬皮を少し残すべきだった)
と考えたかもしれない。
今は無理に何度も裏返さず、火加減を落として、そのまま片面を焼いた。
塩と香草を少し加える。
それだけで夕食の一皿になった。
食卓へ運び、一切れを口へ入れる。
硬い筋はない。
果肉の甘味と焼けた香りがある。
明日の補給倉庫にも、次の隊商へ積まないと決めた道具がいくつも残っている。
倉庫へ残すことは、捨てることではない。
別の路線なら必要になる。
季節が変われば積むこともある。
持っているからといって、毎回全部を運ぶ必要がないだけだった。
同じように、想像できる危険を全部荷車へ積み込むこともできない。
何が起きやすいか。
起きた時にどれだけ困るか。
途中で補えるか。
代わりになる方法があるか。
そして、その備えを持つことで毎日どれだけの負担を掛けるか。
そこまで考えて、それでも必要なら積む。
外す。
間違える。
足りなかったなら戻す。
多すぎたなら減らす。
その繰り返しでよかった。
サイラスは皿へ残った重殻瓜をもう一切れ食べた。
切り落とした殻は台所の端へまとめてある。
山道では、中身を守るために確かに必要だったもの。
今はもう、その役割を終えたもの。
必要だったことと、今も必要であることは同じではない。
食事を終えた後、サイラスは机の上に置いてある翌日の積載表へ手を伸ばしかけた。
今夜のうちに、
「念のため」
という理由で何かを増やしておけば、少し安心できる気がする。
しかし明朝にはテオと路線、天候、宿場の状態を確認し、その条件へ合わせて荷を決める予定になっている。
今夜の不安だけで数を変える理由はない。
サイラスは積載表を閉じたままにし、台所へ残った重殻を片づけてから灯りを落とした。
明日荷車へ積むものは、倉庫にある物すべてでも、想像できる危険すべてへの答えでもない。その旅に必要だと判断できる理由を持ち、その理由と一緒に荷台へ載せられる備えだけでよかった。
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