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異世界持ち込み食堂~あなたの食材を料理します~  作者: シロの空


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第9話 規格外の魚と、門番の判断

 グレン・ハルトは三十一歳になる人間の門番であり、レーヴェン西門で十年以上勤務している。短く整えた茶色の髪と日に焼けた顔を持ち、派手な体格ではないものの、長時間の立哨や荷車の検査を続けてきた身体には無駄のない筋肉がついていた。


 性格は慎重で、規則に書かれていないことを自分の都合だけで通すのを嫌うため、初めて西門を利用する商人からは融通が利かないと思われることもある。しかし、常連の荷運び人たちは、グレンが相手の身分や見た目に左右されず、誰に対しても同じ基準で確認していることを知っていた。


 商人から賄賂を受け取って荷物を見逃すこともなければ、身なりの悪い旅人だからという理由だけで必要以上に止めることもない。彼が守りたいのは規則そのものではなく、門を通る人間と荷物が事故を起こさず、安全に街へ出入りできる状態だった。


          ◇


 グレンはレーヴェン西区で生まれ、父親も門番、母親は小さな食料品店を手伝っていたため、幼い頃から街へ出入りする荷車や旅人を眺めながら育った。


 父が仕事から帰るたび、「今日は羊を積んだ荷車が逃げかけた」「剣を隠して入ろうとした旅人がいた」「雨の日は車輪が滑るから門前で荷崩れが増える」といった話を聞き、それを面白がっていた少年時代の記憶が今でも残っている。


 その影響もあって十六歳で衛兵隊へ入り、基礎訓練を終えた後には自分から門務を希望した。


 最初の頃は、門番の仕事をもっと単純なものだと思っていた。怪しい者を止め、安全な者を通せばよいのだと考えていたが、実際に勤務してみると、荷物一つを確認するだけでも見るべき場所はいくつもあった。


          ◇


 剣なら鞘へ収まっているか、長い木材なら荷台の後方へ危険なほど飛び出していないか、樽なら走行中に転がらないよう固定されているかを確認する。


 家畜なら暴れた時に周囲へ被害が出ないかを見なければならず、薬品なら漏れない容器へ入っているかどうかも重要になる。


 さらに、大きさや重量が通常の範囲を超える荷物については、西門で一度止め、専用の許可を確認する決まりがあった。


 西門は人と荷車の通行量が多いため、大きすぎる荷物が門の途中で引っかかれば、その後ろの通行まで一斉に止まってしまう。鋭い部分が荷台から飛び出していれば、脇を通る人間へ当たる危険もあるため、一定以上の大きさを持つ荷物は東側の貨物門を使うか、特別な許可を取る必要があった。


 グレンはその規則を妥当なものだと思っていた。


 少なくとも、その朝までは。


          ◇


「でかすぎるだろ」


 西門前で思わずそう言ったグレンの目の前には、荷車へ載せられた巨大な魚があった。


 頭から尾までの長さは、成人男性二人が横へ並んでも足りないほどあり、青銀色の鱗が朝日に光っている。背中から伸びた鋭い鰭は刃物のように薄く、危険を避けるため先端には厚い布が巻かれていた。


 通常の《青刃魚》も決して小さな魚ではなく、西の湖でよく獲れる食用魚として知られている。一般的な個体でも大人の腕より長いのだが、目の前のものは明らかにその範囲を大きく外れていた。


「俺も湖で見た時そう思ったよ」


 荷車の横でダリオ・ロッサが答えた。


          ◇


 四十六歳になる漁師のダリオは、前日に鉄殻貝を《持ち込み食堂》へ持ち込んだばかりだった。日に焼けた顔と太い腕を持ち、二十年以上湖で漁をしているため、魚の状態を見る目には自信がある。


 その日の青刃魚は、夜明け前に仲間二人と仕掛けた大網へ入った。


 最初は大きな流木でも引っかかったのかと思ったが、網全体が一気に沈み、三人で引いてもなかなか動かない。ようやく水面へ姿を現した魚が暴れた時には網の一部が裂けかけ、三人がかりでどうにか仕留めたあと、氷石を使ってすぐに冷やし、そのまま町へ売りに来たのだった。


「新鮮だ」


 ダリオが胸を張って言う。


「見れば分かる」


 グレンは魚の目と鰓の状態を確認しながら答えた。


「なら通してくれ」


「大きさが規定を超えてる」


「魚だぞ」


「魚でもだ」


          ◇


「鰭も布で包んだ」


「それは見てる」


「綱も三本で固定した」


「それも確認した」


「じゃあ何が問題なんだ」


「問題がないか確認するために規則がある」


「確認したんだろ?」


 ダリオが荷車を指す。


「固定してある。鰭も覆った。臭いはするが毒じゃねえし、腐ってもいねえ」


「大きさが通常許可の範囲を超えてる」


「そこだけか?」


「そこだけでも止める理由にはなる」


 グレンはそう答えたものの、目の前の荷物に実際どれだけの危険が残っているのかについては、すでにかなり確認できていた。


          ◇


 青刃魚の尾は荷台から少し後ろへはみ出しているものの、横幅そのものは門を通れる範囲に収まっており、高さにも問題はない。


 しかし、規定上は大型貨物扱いになるため、西門からそのまま入れるには特別許可の確認が必要だった。


「許可取ればいいんだな」


 ダリオが尋ねる。


「そうだ」


「どこで?」


「大型貨物の担当へ」


「今いるか?」


 グレンはすぐには答えられなかった。


 その日の担当者は朝から城壁南側の点検へ出ており、戻るのは早くても昼前になる予定だった。


「いねえんだな」


「昼までには戻る」


「昼まで魚をここに置けって?」


          ◇


「氷石はあるだろ」


「あるが、鮮度は落ちる」


「すぐ腐るわけじゃない」


「腐るまで大丈夫なら鮮魚なんて商売にならねえ」


 ダリオの声が少し強くなった。


 グレンも、生鮮品にとって時間そのものが価値になることは理解している。魚であればなおさら、腐敗する前であっても鮮度が落ちれば売値に響く。


 だからといって、門番である自分が「魚だから」という理由だけで規則を無視するわけにもいかなかった。


「東の貨物門へ回れ」


 グレンが言う。


「最初からそれができるなら言えよ」


「待て」


 ダリオが荷車を動かそうとしたため、グレンはすぐに止めた。


「今度は何だよ」


「西門で止めた大型貨物を、俺の判断だけで東門へ回していいか確認が必要だ」


          ◇


 ダリオが目を見開いた。


「そこも確認か」


「大型貨物は本来、事前に使う門を指定する決まりだ」


「魚が大きくなる予定まで立てろってか?」


「そうは言ってない」


「じゃあ今どうする」


「上役に聞くから、少し待ってくれ」


「また待つのか」


「長くはかけない」


 グレンは近くにいた同僚へ門前を任せ、そのまま詰所へ走った。


 幸い門衛長はまだ中におり、事情を説明すると、相手も少し困った顔で腕を組んだ。


「規則上は止めるのが正しい」


「はい」


「だが、東門で現物確認できるなら、そちらへ回す方がいいな」


「西門から誘導してよいですか」


「今回は俺の許可で回せ」


          ◇


「次からはどうします?」


「次から毎回俺を呼ばれても困る」


「ですよね」


「今回が終わってから考えよう」


「分かりました」


 グレンは西門へ戻った。


「東門へ回せる」


 ダリオへ伝えると、相手は大きく息を吐いた。


「やっとか」


「ただし西門を通すんじゃなく、城壁外周を回って東へ行け」


「分かってる」


「鰭の布はそのままにして、綱も途中で緩んでいないか確認しろ」


「はいはい」


「返事が軽い」


「魚が重いからな」


 ダリオはそう言って荷車を動かした。


          ◇


 外周路を使えば東門まで少し時間はかかるが、昼まで西門前で待つよりはずっと早い。


 グレンは巨大な魚を積んだ荷車が遠ざかるまで見送った。


 規則通りに止め、上役へ確認し、より適した門へ誘導したのだから、判断としては間違っていないはずだった。


 それでも、何かが引っかかった。


「どうした」


 同僚が尋ねる。


「いや、何でもない」


 グレンはそう答え、西門へ入ってくる次の荷車を確認するため持ち場へ戻った。


          ◇


 午前の勤務を終える頃になっても、巨大な青刃魚のことが頭から離れなかった。


 規則は荷物を安全に通すためにある。


 そのつもりで仕事をしてきたはずなのに、今朝の自分は最初に「規則上止める」という答えを出し、それから安全に通す方法を探していた。


 本来は逆なのではないかと、グレンは考え始めた。


 どこに危険があるのかを見て、その危険を解消するために必要な規則を使う。


 そう考えれば、あの魚で問題だったのは、大きいという事実そのものではない。


 尾や鰭が周囲へ当たる可能性があり、荷崩れを起こす危険があり、西門で動けなくなれば通行を塞ぐことになる。その危険を取り除ける方法があるなら、単純に止め続けるよりも、適切な通し方を探す方が門の役割に合っているように思えた。


「難しい顔してんな」


 聞き覚えのある声がして顔を上げると、ダリオが立っていた。


          ◇


「魚は?」


「市場に置いてきた」


「東門通れたか」


「問題なく通れた」


「そうか」


「せっかく戻ってきたんだから昼食わねえか」


「どこで」


「昨日の店」


「またか」


「魚持っていく」


「全部?」


「馬鹿言うな。切り身だ」


 ダリオは布で包んだ大きな魚肉を見せた。


「市場で売る前に少し分けてきた」


「何で」


「昨日の貝がうまかったから」


「それと俺に何の関係がある」


「朝止めてくれた礼」


「嫌味か」


          ◇


「止めたおかげで鰭の包みも締め直したしな」


「最初からちゃんとやれ」


「一応やってた」


「一応じゃ足りなかった」


「だから礼だって」


 ダリオは笑った。


 グレンも昼休憩へ入る時間だったため、結局一緒に《持ち込み食堂》へ向かった。


          ◇


「いらっしゃいませ」


 ミレイアが二人を迎える。


「あ、昨日の漁師さん」


「今日は貝じゃねえぞ」


「じゃあ何?」


 ダリオが包みを開くと、厚い青銀色の皮がついた魚肉が現れた。


「今日は魚だ」


「普通の魚?」


「魚としては普通だ」


 グレンが答える。


「元の大きさが普通じゃないだけだ」


「どのくらい?」


「荷車からはみ出すくらい」


「それは見たかった」


「門で止められたけどな」


 ダリオが笑う。


「規則だから止めたんだ」


          ◇


 厨房から出てきた悠斗が魚肉を見る。


「青刃魚ですか?」


「知ってるのか」


「市場で何度か見ました」


「これは特大だ」


「切り身になると分かりにくいですね」


「普通の五倍くらいあった」


「そんなに?」


 悠斗は魚肉の匂いと表面を確認した。


「今朝のもの?」


「夜明け前に獲った」


「ずっと冷やしてた?」


「氷石でな」


「毒のある部分とかは?」


「ない。ただ鰭は危ねえ」


「皮は食べられる?」


「食える」


「普通のものより硬い?」


「厚い分、少し硬いかもしれん」


          ◇


 悠斗は皮を指で押した。


「確かに厚いですね」


「どう料理する」


「皮を焼きたいです」


「皮を?」


「脂がありそうなので、切れ目を入れてじっくり焼きます」


「身は?」


「厚いから火を入れすぎないようにします」


「付け合わせは?」


「白豆があります。粗く潰して、魚の脂で炒めた根玉葱と合わせます」


「豆と魚か」


「合うと思います」


「任せる」


 ダリオは席へ座り、グレンも向かいへ腰を下ろした。


          ◇


「それで、何で門で止めたんです?」


 ミレイアが聞く。


「大きすぎたから」


 ダリオが先に答えた。


「正確には、規定を超えてたからだ」


 グレンが訂正する。


「同じだろ」


「意味が違う」


「どう違うの?」


「大きいだけなら問題じゃない。通行を妨げたり、人へ当たる危険がある大きさなら確認が必要になる」


「今回は?」


「確認した上で、規則上は特別許可が必要だった」


「その担当がいなかった」


 ダリオが続ける。


「最初は昼まで待てと言われた」


「魚なのに?」


 ミレイアがグレンを見る。


          ◇


「魚だから通していいとはならない」


「でも傷みますよね」


「それも分かってる」


「じゃあ難しいですね」


「だから東門へ回した」


「最初から?」


「途中からだ」


 グレンは少し嫌そうに答えた。


「規則が悪いんです?」


「そうは思ってない」


「じゃあグレンさんが悪い?」


「それも違う」


 ダリオが笑う。


「珍しく自分で言うな」


「実際、規則に従った判断ではあった」


          ◇


「でも何か気になってるんですか?」


 悠斗が魚へ切れ目を入れながら尋ねた。


「少しな」


「何が?」


「俺は最初、通せる方法じゃなく、止める理由から考えた」


「門番なら止めるのも仕事じゃ?」


「必要なら止める」


「今回は必要なかった?」


「確認自体は必要だったと思う」


 グレンは答えた。


「ただ、確認した後まで止め続ける必要はなかった」


「危険じゃなかった?」


「鰭は布で覆っていたし、荷は綱で固定してあった。尾は出ていたが、人通りの少ない外周路なら問題を減らせる」


「だから東門へ?」


「向こうなら大型荷物を確認する設備もある」


          ◇


「なら、通すために確認した感じですね」


 悠斗が言う。


 グレンが少し顔を上げた。


「何て?」


「危ないかどうかを見て、大丈夫な通し方を探したんですよね」


「最後はな」


「最初は?」


「規則に合わないから止めた」


「違うんです?」


 悠斗の問いに、グレンは少し考えた。


「結果だけ見れば似ているが、仕事の向きが違う気がする」


「向き?」


「門は閉じるためにあるんじゃない」


          ◇


「通すため?」


 ミレイアが尋ねる。


「安全に通すためだ」


「じゃあ止めるのも、そのため?」


「そうだ」


「なら、危険がなくなった後まで止め続けるのは?」


「必要がなくなれば意味がない」


 グレンは自分でそう言ってから、少し黙った。


「通すために確認するんだ。確認するために止め続けるんじゃない」


 ダリオが腕を組む。


「今朝それ言ってくれりゃ、俺もあんなに文句言わなかったかもな」


「お前は何を言っても文句を言う」


「それはそうだ」


          ◇


 悠斗は青刃魚の皮へ細かな切れ目を入れ、塩を振ったうえで鉄板へ皮側から置いた。


 厚い皮から少しずつ脂が出てくるため、強すぎる火で表面だけを焦がさないよう位置を調整しながらじっくり焼いていく。


 その横では根玉葱を魚から出た脂で炒め、柔らかく茹でておいた白豆は完全な泥状にせず、豆の形が少し残る程度に粗く潰して塩と少量の油を混ぜた。


「大きい魚って、味も違うの?」


 ミレイアがダリオへ尋ねる。


「食ってみねえと分からんが、青刃魚は青刃魚だ」


「珍しいから美味しいとか?」


「そうとは限らん」


「大きいと高い?」


          ◇


「値は上がることもある」


 ダリオが答える。


「でも、全部を同じ値段で売れるわけじゃねえ」


「何で?」


「一匹丸ごと買える奴が少ないからだ」


「切って売る?」


「そうする」


「じゃあ、大きいほど必ず得ってわけでもない?」


「網も壊しかけたしな」


 ダリオは苦笑した。


「三人がかりで上げて、運ぶために荷車まで用意した。売り切れなきゃこっちが困る」


「珍しいだけじゃ駄目なんですね」


「商売ならな」


 グレンはその会話を聞きながら、朝の巨大な魚を思い出していた。


          ◇


 門の規則も似ているのかもしれない。


 「大きい」という一つの情報だけでは、実際に何が危険なのかまでは分からない。


 長い木材なら、人に当たる可能性がある。重い石材なら、荷台が壊れた時の被害が大きくなる。魚なら鰭や尾が周囲へ触れる危険がある。


 同じ「規格外」でも、見るべき場所はそれぞれ違う。


 大きいから一律で安全ということはないが、大きいから一律で同じ危険があるとも限らない。


 規則は判断の土台にはなるが、目の前の荷物を見なくてよい理由にはならないのだろう。


          ◇


「できました」


 悠斗が皿を運んできた。


 厚い青刃魚の皮には香ばしい焼き色がつき、細かな切れ目の間から余分な脂が落ちている。身は中心まできちんと火を通しながらも、乾きすぎない程度に仕上げられていた。


 横には粗く潰した白豆と、魚の脂で炒めた根玉葱が添えられている。


「《青刃魚の皮焼き》です」


「皮が主役なのか?」


 ダリオが尋ねる。


「身も食べますよ。ただ、皮が面白かったのでこの名前にしました」


 ダリオが最初に一口食べる。


          ◇


 焼き上げた皮は見た目ほど硬くなく、細かな切れ目を入れたことで噛み切りやすくなっていた。外側には香ばしさがあり、その内側には青刃魚らしい脂が残っている。


 身はかなり厚いものの、火を入れすぎていないため水分が残っており、味そのものは普段食べる青刃魚と大きく変わらなかった。


「普通に青刃魚だな」


 ダリオが言う。


「そんなに違わない?」


 悠斗が聞く。


「ああ。少し脂が強いくらいか」


「巨大だから別の味になるわけじゃないんですね」


 ミレイアが言った。


 グレンも一口食べる。


「うまい」


「珍しく普通の感想だな」


 ダリオが笑う。


          ◇


「普通にうまいなら、それでいいだろ」


「巨大なのに?」


「魚の味まで規格外になる必要はない」


 グレンがそう答え、粗く潰した白豆を合わせて食べると、魚の強い脂を豆の穏やかな味が受け止め、根玉葱の甘さもよく合っていた。


「市場ではどう売るんだ?」


 グレンが尋ねる。


「切り身で分ける」


「いつまでに?」


「できれば明日までで、遅くても明後日だな」


「全部売る?」


「頭や骨も欲しがる店がある」


「捨てるところ少ないな」


「魚屋が扱いに慣れてるからな」


 ダリオは満足そうに食事を続けた。


          ◇


「今後も、こんな大きい魚が来たら困る?」


 悠斗がグレンへ尋ねる。


「毎回来るなら困る」


「何で?」


「今の規則だと、そのたび特別許可の確認になる」


「じゃあ規則を変える?」


「俺一人では変えられない」


「提案はできます?」


「それならできる」


「どんな内容?」


 グレンは少し考えた。


「大型の生鮮品だけ、条件を満たせば東門へ直接回せる仕組みにする」


「条件?」


「何でも大型なら通すわけにはいかない」


 グレンは食卓の上で指を折りながら条件を考え始めた。


          ◇


「まず荷物が荷台へ十分に固定されていること」


「うん」


「鋭い部分や危険な箇所が覆われていること」


「魚の鰭みたいに?」


「そうだ」


「他は?」


「外周路を安全に通れること。道が塞がっている時まで無理に回せとは言えない」


「鮮度も条件にする?」


「時間で価値が落ちる荷物に限定するなら必要だ」


「魚以外は?」


 ダリオが尋ねる。


「解体した獣肉や乳製品、それに熟した果物もありそうだ」


          ◇


「薬草や薬は?」


 悠斗が尋ねる。


 グレンはすぐには答えず、少し考えた。


「種類によるだろうな。そこは薬師に聞かないと分からない」


「市場の人にも聞いた方がいい?」


「そうだな」


「魚だけ基準にすると、別の荷物で困るかもしれない?」


「たぶんそうなる」


 グレンは食事中であることを忘れかけるほど考え込んだ。


「おい、飯冷めるぞ」


 ダリオが言う。


「分かってる」


「仕事の顔になってるぞ」


「今日中に案だけ書く」


「今は休憩中だろ」


「忘れる前にまとめたい」


「お前も動いてないと落ち着かない奴みてえだな」


「誰の話だ」


「知らん」


          ◇


 食事を終えたグレンは西門へ戻ると、休憩時間の残りを使って簡単な提案書を書き始めた。


 題は《大型生鮮貨物の東貨物門への優先誘導について》。


 現在の規則では、西門で規格外の大型貨物を確認する際、特別許可の担当者が不在であれば長時間待たせる可能性がある。


 通常の木材や石材なら、その待ち時間が商品価値へ大きく影響しない場合も多い。しかし、魚、獣肉、乳製品、熟した果実などは時間経過によって品質が落ち、それが直接価値へ影響する。


 そこで、危険性を西門で最低限確認したうえで条件に該当する場合には、東門へ優先的に誘導できないかと書いた。


          ◇


 条件についても整理した。


 荷台へ十分に固定されていること、鋭利な部分や突起が適切に覆われていること、外周路を安全に通行できること、腐敗や品質低下による時間的損失が大きい貨物であること、そして東貨物門側が受け入れ可能であること。


 さらに、魚や獣肉以外にも該当する品があるか、市場組合や薬師へ意見を聞く必要があると付け加えた。


 書き終えると、そのまま門衛長のところへ持っていった。


「早いな」


 門衛長が言った。


「今朝の件があったので」


「見せろ」


          ◇


 門衛長は提案書を最初から読み、しばらくして紙の一部を指で叩いた。


「考え方は悪くない。ただし、このままでは足りない」


「どこです?」


「責任の所在が弱い」


「責任?」


「西門で最低限確認すると書いてあるが、どこまで見るつもりだ」


「固定と危険箇所です」


「魚なら分かりやすいが、薬品だったらどうする」


「そこは……」


「担当外の荷物まで、お前たち門番が安全だと判断するのか」


「できません」


「だろう」


 門衛長はさらに別の箇所を示した。


「それから、外周路が使えない場合の手順もない」


          ◇


「工事や事故で塞がっていた場合ですね」


「そうだ」


「その場合は従来通り待たせるしか……」


「本当にそれだけか?」


「一時的に保管できる場所を用意する方法もあります」


「そこまでやるなら市場組合とも話が必要だ」


「分かりました」


「案自体は捨てるな」


「はい」


「市場組合と東門の責任者へ回す。魚以外の例も調べろ」


「やります」


「それと、明日からすぐ正式運用にはできない」


「分かっています」


「ただ、今日みたいな案件がまた来た時は、俺か副長へ直接回せ」


          ◇


「東門へ誘導していいんですか?」


「条件を見て、こちらから連絡を入れた上でならな」


「試行ということですか」


「正式な規則ができるまでの仮対応だ。問題が出たら必ず記録しろ」


「はい」


 グレンは提案書を受け取った。


 完全に認められたわけではなく、むしろ足りない点をいくつも指摘された。それでも、「規則だから止める」以外の手順を作るための一歩にはなった。


          ◇


 数日後、最初の試行対象となる荷車が西門へやって来た。


 載っていたのは魚ではなく、荷車いっぱいの《蜜房瓜》だった。


 通常の瓜よりかなり大きく育つ品種で、今回運ばれてきたものは特に大きな実が重ねられており、木枠を含めると規定の高さを少し超えている。


「止めます?」


 若い門番がグレンへ尋ねる。


「まず確認する」


 グレンは荷車の周囲を一周した。


 瓜そのものに鋭い部分はなく、木枠も綱で固定されているが、一番上に積まれた二つだけが少し不安定だった。


「上の二つ、固定が弱い」


 グレンが商人へ言う。


「落ちそうか」


「大きく揺れたら危ない」


          ◇


「綱を増やせばいい?」


「固定できるなら」


 商人は予備の綱を取り出し、上の瓜を木枠へ縛り直した。


 グレンがもう一度揺れを確認する。


「これならいい」


「西門を通れる?」


「高さが規定を超えてるから、ここからは通さない」


 商人の顔が曇る。


「ただし、東門へ回せるか確認する」


「本当か」


「今連絡する」


 東門へ使いを出して受け入れを確認し、外周路が空いていることも確かめる。


「東へ回ってくれ。向こうで最終確認する」


「ここで待たなくていいのか?」


「今日はその必要はない」


          ◇


 荷車は西門前を長時間塞ぐことなく、そのまま外周路へ向かった。


 若い門番がグレンを見る。


「前なら担当待ちでしたよね」


「ああ」


「規則変わったんですか」


「まだ試してる段階だ」


「じゃあ、こういう大きい荷物は全部東へ?」


「違う」


「何でです?」


「まず何が危ないのか見ろ」


「今回は瓜が落ちること?」


「そうだ」


「固定したから、その危険は減った?」


「外周路を運ぶ分には問題ないと判断した」


 グレンは続けた。


「大きいから止めるんじゃない。大きいことで何が危なくなるかを見るんだ」


          ◇


「危険がなかったら?」


「どの門を使うのが適切か考える」


「西門の規定は?」


「消えたわけじゃない」


「じゃあ規則は守る?」


「守る」


「でも前と違う?」


「規則を使って、安全に通す方法を探す」


 若い門番は少し考えた。


「難しいですね」


「慣れろ」


「グレンさんも、今までずっとそうしてたんじゃないんですか」


「俺も最近考え直した」


「何かあったんです?」


「魚がでかかった」


 若い門番は意味が分からない顔をした。


          ◇


 さらに数日後、ダリオが西門へ現れた。


 今度の荷車には、ごく普通の大きさの魚箱しか載っていない。


「今日は普通だな」


 グレンが言う。


「何が不満だ」


「不満じゃない」


「巨大魚じゃなくて残念か」


「二度と来るなとは言わんが、毎週来たら困る」


「心配するな。俺たちも毎週網を壊したくねえ」


「前の青刃魚、売れたか」


「二日で全部売れた」


「値段は?」


「悪くなかった」


「鮮度は?」


「問題なかった」


 ダリオが笑う。


「東へ回してもらったおかげでな」


          ◇


「それならよかった」


「規則は変わったのか?」


「まだ途中だ」


「途中?」


「試行を続けてる。市場組合とも話してるところだ」


「本当にやったのか」


「何が」


「食堂で言ってたやつだよ」


「仕事だからな」


「真面目だな」


「お前も魚の状態を見る時は真面目だろ」


「俺はいつでも真面目だ」


「それは知らん」


 グレンは魚箱の蓋と固定を確認し、問題がないことを見て荷車を通した。


          ◇


 その日の午後には、長い建材を積んだ荷車が西門へ来た。


 細い木材が荷台後方からかなり飛び出しており、先端は歩行者の頭に近い高さになっている。


 以前のグレンなら、長さが規定を超えている時点で許可証を確認し、不足があれば止めることから始めていただろう。


 もちろん今回も規定は確認する。


 ただし最初に見たのは、「なぜこの荷物が危ないのか」だった。


 木材の先端が目立たず、固定も一か所しかないため、荷車が曲がった時に左右へ大きく振れる可能性がある。


「このままは通せない」


 グレンが言う。


 荷主が困った顔をした。


          ◇


「許可証はあるぞ」


「見せてくれ」


 書類を確認すると、許可そのものは正しかった。


「なら通れるだろ」


「書類は問題ない。ただ、荷の積み方が危ない」


「何が」


「後ろへ出ている木材だ。曲がった時に振れる」


「綱で縛ってる」


「一本だけでは弱い」


 グレンは木材の後端を指す。


「ここへもう一本追加して、それから先端に赤い布をつけて、人から見えるようにしてくれ」


「それでいい?」


「きちんと固定できれば」


「門は通れる?」


「幅と高さは問題ないし、許可もある」


「ならやる」


 荷主はその場で綱と赤布を追加した。


          ◇


 グレンがもう一度確認すると、木材は先ほどより明らかに動きにくくなり、後方から見ても赤布のおかげで位置が分かりやすくなった。


「これなら通っていい」


「止められるかと思った」


「危ないままなら止める」


「直したから通す?」


「そうだ」


 荷車が門を抜けていく。


 若い同僚が横で見ていた。


「さっきの荷車、書類上は規定違反じゃなかったんですよね」


「そうだ」


「でも一度止めた」


「積み方が危なかったからな」


「直したら通した」


「そういうことだ」


「規則だけ見たら最初から通せた?」


「書類だけならな」


「じゃあ、規則だけでも足りない?」


 グレンは頷いた。


          ◇


「逆も同じだ」


「逆?」


「規格外だからといって、ずっと止めればいいわけじゃない」


「魚みたいに?」


「ああ」


「まず危険を見る?」


「そうだ」


「それから規則?」


「規則も最初から見る。ただし、何のための規則なのかを忘れるな」


「何のため?」


 グレンは門の向こうへ続く街道を見た。


「ここを安全に開けておくためだ」


          ◇


 大型生鮮貨物の試行は、その後も何度か続いた。


 獣肉を積んだ荷車や、暑い日に運ばれてきた乳酪、収穫したばかりの熟した果実など、扱う品は少しずつ増えていった。


 ただし、すべてが東門へ回されたわけではない。普通に西門を通せるものはそのまま通し、危険物の疑いがあるものは従来通り詳しい確認を行った。


 薬用素材については、薬師組合から「外見だけでは保存条件を判断できない品がある」と意見が出たため、魚や果物と同じ生鮮品として一括りにはせず、別の扱いを検討することになった。


 試行中には東側の外周路が荷車の故障で塞がり、誘導そのものができなかった日もあったため、その場合に備えて市場組合の一時保管所を利用できないかという案も出た。


          ◇


 すべてがすぐに綺麗な規則へまとまったわけではない。


 むしろ、考えることは以前より増えた。


 グレン自身も、大きければ止め、許可があれば通すだけだった頃の方が簡単だったと感じる時がある。


 しかし、簡単だから正しいとは限らない。


 門番の仕事は、荷物を分類することだけではなく、人と物が街へ入り、また外へ出ていく流れを安全に保つことにある。


 止めることは、そのために必要な手段の一つに過ぎなかった。


          ◇


 ある日の昼休み、グレンは再び《持ち込み食堂》へ立ち寄った。


 今日は食材を持っていない。


「いらっしゃいませ」


 ミレイアが笑う。


「今日は硬いパン?」


「昼は柔らかい方だ」


「《麦穂亭》?」


「ああ」


「エマさんの?」


「今日はそうだ」


「気に入ったんですね」


「休憩中に食うなら食べやすい」


「巡回の日は?」


「父親の硬い方」


「ちゃんと使い分けてる」


「前にも言っただろ」


 グレンはそう答えながら席へ座った。


          ◇


「巨大魚の件、その後どうなりました?」


 悠斗が尋ねる。


「魚は売れたらしい」


「門の方です」


「まだ試行が続いてる」


「うまくいってる?」


「問題も出てる」


「じゃあ駄目?」


「問題が出たら、その理由を見て直せばいい」


「規則作るの大変ですね」


「料理も同じじゃないのか」


「食材ごとに変わりますね」


「なら似たようなもんだ」


 グレンは少し笑った。


          ◇


 昼食を終えて西門へ戻ると、午後も多くの人と荷物が待っていた。


 旅人の身分札を確認し、商人の荷台を見て、家畜を積んだ荷車では柵の留め具を確かめる。


 危険があれば止め、問題がなければ通すという基本は以前と変わらない。


 それでも、グレンが最初に見るものは少し変わっていた。


 規定の線を超えているかどうかだけではなく、その荷物がなぜ確認を必要とするのかを考えるようになった。


          ◇


 夕方近く、見慣れない形の荷車が西門へ来た。


 荷台には大きな木箱が載っており、若い門番が高さを測ってからグレンを見る。


「規定より少し高いです」


「中身は?」


「まだ聞いてません」


「なら、まず聞け」


 若い門番が荷主へ向き直る。


「何が入っていますか」


「陶器だ」


「割れ物ですか?」


「そうだ」


 グレンは木箱の固定を見る。


 綱は十分に締められ、突出部分もなく、高さは規定をわずかに超えるものの、西門そのものを通れないほどではない。


          ◇


「特別許可は?」


「ある」


 書類を受け取って確認すると、内容にも問題はなかった。


「中に危険なものは?」


「陶器だけだ。藁で固定してある」


「箱は開けられる?」


「検査なら構わん」


 中を確認すると、陶器は厚い藁の間へしっかり詰められており、他の危険物も入っていなかった。


 グレンは書類を返した。


「通っていい」


 荷主が礼を言う。


 若い門番が横から尋ねる。


「東へ回さないんですか」


「必要ない」


「規定より大きいのに?」


「今回は、大きいというだけで危険な状態ではない」


          ◇


「じゃあ何を見るんでしたっけ」


 若い門番が聞く。


「自分で考えろ」


 グレンは一度そう答えかけたものの、そこで言葉を止めた。


 判断を覚えさせたいなら、答えだけを投げるのではなく、何を見ればいいのかも伝えた方がよい。


「まず、何が危ないか考えるんだ」


 グレンは言い直した。


「今回は箱が落ちるか、門を塞ぐか、中身が危険物かを見る」


「全部問題なかった?」


「固定もできているし、許可もある」


「だから通す?」


「そうだ」


「規定より少し大きくても?」


「確認した結果、安全に通せるからな」


 若い門番は納得したように頷いた。


          ◇


 夕方の鐘が鳴り、西門を通る人の数が少しずつ減っていく。


 グレンは門の外へ伸びる街道を眺めた。


 十年以上ここで働いてきたが、これからも規則を破るつもりはなく、安全確認を甘くするつもりもない。


 危険な荷物であれば、相手が急いでいようと止めるし、本当に必要なら許可が出るまで待たせることもある。


 ただし、止めることそのものを仕事の目的にはしない。


          ◇


 確認した結果、危険を取り除けるなら直してもらう。


 別の門の方が安全ならそちらへ回す。


 今の規則では対応しにくい荷物が何度も来るなら、規則の方を見直せないか考える。


 門は、外と内を分断するためだけの壁ではなく、安全に出入りするために開けられた場所でもある。


「次、荷車一台です」


 若い門番が声をかける。


「中身は?」


「根菜です」


「積み方は?」


「今から見ます」


「一緒に確認する」


 グレンは門前へ歩き出した。


          ◇


 荷車には根菜の入った木箱が積まれていた。


 高さも幅も規定内で、綱もしっかり締められており、危険な突出物もない。


「問題ありません」


 若い門番が言う。


「なら通せ」


 門が開き、荷車が街の中へ進んでいく。


 グレンはその背中を見送ってから、次に並んでいる旅人へ視線を移した。


 今日も門の前には、人も荷物も次々とやって来る。


 その一つ一つを必要なだけ止め、必要なだけ確かめ、問題がなければ先へ進ませる。


 グレンは腰の確認札へ手を置くと、今日も門を閉じるためではなく、安全に開いておくために、次の荷物が抱えている本当の危険がどこにあるのかを見極めながら、西門の仕事を続けていった。


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