第69話 よく似た二色芋と、自分で決められない倉庫番
ミハイル・グレッサは三十四歳になる人間の男性であり、レーヴェン西側の城壁近くに並ぶ共同倉庫群で、食品や日用品を預かる《第三西倉庫》の副管理人として働いていた。濃い灰色の髪は毎朝ほとんど同じ長さに整えられ、細身ながら荷箱を持ち上げるだけの筋力はあり、鼻の付け根へ載せた小さな眼鏡の奥には、帳簿の数字を一桁ずつ確かめることへ慣れた茶色い目がある。仕事着の襟や袖まで乱れることを嫌い、腰に下げた鍵束は倉庫番号ごとの順番に並べ、使った鍵を間違った輪へ戻したことは、働き始めて十五年の間に一度もなかった。
倉庫番としての能力そのものに不足はなく、どの棚へ何が入っているかを覚えることも早ければ、荷札の文字が雨で薄れていても搬入日や商会印から荷主を絞り込み、帳簿と照らし合わせて確認できる。雨の多い季節には湿気へ弱い品を上段へ移し、虫害が出やすい穀物と香りの強い香辛料を近くへ置かず、夜間当番へ引き継ぐ時には気になる荷物へ小さな印を残して、翌朝には必ず自分でも確認するため、《第三西倉庫》で帳簿と実物の数が大きく食い違うことは少なかった。
同僚からは丁寧な人間だと思われており、五十代半ばになる管理人のオルソンからも、記録仕事なら安心して任せられると言われている。三十二歳で副管理人へ昇格したのも、長年の勤務だけではなく、その几帳面さと保管知識を評価された結果だった。
それでも、役職が上がってから二年が経った現在、ミハイルには仕事を続けるほど目立つようになった欠点が一つあった。
自分だけで決めてよいことまで、誰かへ確認しなければ動けないのである。
空いた棚をどの荷物へ使うか。
予定より一日早く到着した保存食を、正式な棚が空くまでどこへ仮置きするか。
角の裂れた麻袋を、倉庫備え付けの予備袋へ詰め替えるべきか。
荷札の紐が切れた時、その場で新しい紐へ替えるか。
副管理人の権限として明確に任されている判断でも、ミハイルはまず管理人を探した。
「オルソンさん、この乾燥魚の箱ですが、棚六から棚九へ移してよろしいでしょうか」
「何で移したい」
「棚六へ明日、同じ商会の油漬け魚が入る予定です。九なら空いていますし、乾燥魚の保管条件にも問題ありません」
「なら九へ移せ」
「では、移して問題ないということで?」
「今お前が理由を全部説明しただろ」
「念のため確認を」
「その確認、今必要だったか?」
似たようなやり取りが、ほとんど毎日のようにあった。
一見すれば慎重なだけに見えるし、若い頃にはその慎重さを褒められることも多かった。しかし副管理人として他の職員へ指示を出し、管理人が不在の時間には倉庫を回さなければならない立場になっても同じ行動を続けているため、少しずつ周囲の仕事まで止めるようになっていた。
ミハイル本人も、自分が判断を先送りしやすいことには気づいている。
それでも長い間、確認してから動けば失敗を減らせるのだから、慎重すぎることはあっても悪いことではないと考えていた。
◇
ミハイルが《第三西倉庫》で働き始めたのは十九歳の時であり、父は城壁や橋の補修を行う石工、母は自宅で簡単な縫い物を請け負っていた。三人兄弟の真ん中として育ったミハイルは、幼い頃から目立って活発な子どもではなく、兄が始めた遊びの後ろへついていき、家の手伝いでも頼まれたことを最後まで丁寧にこなす方だった。
父は仕事柄、間違いに厳しい人だった。
石工の仕事では、測り間違えた一寸が壁全体の歪みへつながることもあり、重い石材を扱う現場では「大体この辺り」という判断が事故を招くことさえある。そのため父が確認を重視すること自体は当然だったが、その厳しさは仕事場だけに留まらず、家でも何かをする前に確認するよう子どもたちへ求めた。
「その板、どこへ持っていく」
「裏へ」
「誰が言った」
「母さん」
「裏のどこだ」
「物置の近く」
「母さんは近くって言ったのか」
「そこまでは……」
「なら聞いてから動け。勝手に決めて違ったら二度手間だ」
別の日、食事用の水を汲みに行こうとしたミハイルは、普段使っている桶の取っ手が割れていたため、隣に置いてあった似た大きさの桶を持ち出した。戻ってきたところを父に見つかり、それが染料を溶く時に使う桶だったと分かって強く叱られた。
「知らなかった」
「知らないなら聞け。知らないものを勝手に決めるな」
父の言っていることには、多くの場合きちんと理由があった。勝手に触れば危険な工具もあり、染料を入れた桶へ飲み水を汲むのもよくない。石材置き場では物の位置一つを変えただけで、次に働く人間が危険な目に遭う場合もある。
ただ、幼いミハイルには、何が「聞かなければ危険なこと」で、何が「自分で決めても構わないこと」なのかを区別することが難しかった。
そのため、少しでも迷ったら全部聞くようになった。
「これ使っていい?」
「ここへ置いていい?」
「今やっていい?」
「こっちで合ってる?」
尋ねてから動けば叱られにくく、たとえ結果が悪くても「言われた通りにした」と考えられる。それは子どものミハイルにとって、失敗しないための分かりやすい方法であり、成長して学校へ通うようになっても、その癖はほとんど変わらなかった。
教師から課題を出されれば、文章の長さだけでなく紙の余白まで確認する。
共同作業なら、自分がどこまで進めてよいか尋ねる。
友人から「好きな方を選べ」と二種類の菓子を差し出されても、どちらが余っているのかを先に聞いてから取る。
周囲からは真面目で気が利くと思われ、本人もそれを欠点だとは考えていなかった。
十九歳で倉庫へ入った時には、その性格がむしろ大きな長所になった。
倉庫には、勝手な判断をしてはいけないことが多い。荷主の許可なく箱を開けず、危険物を指定棚以外へ置かず、数量が合わなければ必ず上役へ報告し、保管期限や預かり条件を自分の都合で変えない。新人だったミハイルは一つ一つの規則を正確に覚え、分からないことがあれば必ず先輩へ確認した。
面倒がられることもあったが、一年目の終わりには帳簿の誤記をいくつも見つけ、二年目には傷み始めた保存豆の箱を早期に発見して損失を小さくした。
当時の管理人だった老職員は、そんな彼へよく言っていた。
「勝手に決めないのは、新人のうちは美点だ。分からないなら聞け。ただし、聞いた答えは覚えろ。次に同じことが起きたら、自分で決められるようになるために聞くんだ」
ミハイルがよく覚えていたのは、前半の「分からないなら聞け」という部分だった。
後半の意味を、本当に理解したのはずっと後になってからだった。
◇
二十五歳を過ぎる頃には保管仕事の大部分を一人で処理できるようになり、周囲からも次のまとめ役候補として見られ始めていた。
ところが二十六歳の夏、自分の判断で行った保管が失敗した。
北部から大量の乾燥薬草が運び込まれた日のことだった。
本来なら風通しのよい上段へ置く品だったが、その日は予定外に穀物の出庫が遅れ、上段が埋まったままだった。担当上司は別の荷受けへ出ており、戻るまでにはしばらくかかる。荷車の御者は次の町へ向かうため急いでおり、空には夕立の気配まであった。
待つか。
仮置きするか。
当時のミハイルには仮置き場所を選ぶ権限があった。
倉庫内を見回し、床から高さのある中央棚なら問題ないだろうと判断して、薬草をそこへ入れた。
翌朝、一部の箱に湿りが見つかった。
中央棚の裏側で、壁からごくわずかな湿気が出ていたのである。
すべてが駄目になったわけではなく、すぐに広げて乾燥し直したため損失も小さかったが、荷主は激しく怒った。
「指定棚へ入っていなかったのか」
「上段が空いていなかったので、中央棚へ仮置きしました」
「誰に確認した」
「私の判断です」
「高い薬草だぞ。勝手に決めたのか」
倉庫側の上司は、ミハイル一人へ責任を押しつけなかった。
「壁の湿気を把握できていなかったこちらの点検にも問題があるし、仮置きそのものは権限内だ。次から湿気の確認箇所を増やそう」
そう言ってくれた。
それでもミハイルの中には、「自分で決めた時に失敗した」という感覚だけが強く残った。
あの時、誰かへ聞いていれば。
上司が戻るまで待っていれば。
少なくとも自分一人で決めた失敗にはならなかった。
それ以降、確認する回数は以前より明らかに増えた。
三十歳になる頃には班のまとめ役となり、三十二歳で副管理人へ昇格したものの、判断できる範囲が広がったことは本人にとって安心ではなく、確認しなければならないことが増えたように感じられた。
現在の管理人であるオルソンは、以前の管理人とはかなり違い、細かなことへ口を出さず、部下が判断できる仕事はできるだけ任せる人だった。
それがミハイルには、かえって難しかった。
「午前の荷車、予定より二時間早く着くそうです」
「空いてる棚へ入れとけ」
「棚四と八が空いています」
「荷物は何だ」
「乾燥果実です」
「じゃあ条件見て決めろ」
「八の方が風通しはよいですが、午後に香草が入る予定です」
「そこまで分かってるなら、お前が決めろ」
「承知しました」
十分後、ミハイルはまた戻ってくる。
「確認ですが、乾燥果実は棚四へ入れ、午後の香草を棚八へ入れる形でよろしいでしょうか」
「お前は何を確認しに戻ってきたんだ」
「判断に問題がないかを」
「俺が毎回問題ないって言わないと動けないなら、副管理人を置いてる意味がないだろ」
強く叱責されるわけではない。
それでも、そのたびにミハイルは自分が期待された役割を果たしていないことを感じていた。
◇
問題がはっきり表面へ出たのは、その年の初冬だった。
山間の農村《ルーデ村》から、二種類の保存芋が大量に運び込まれたのである。
一つは《白灯芋》。
薄い黄白色の皮を持ち、切れば中身も白く、水分が少なく粉質が強い。焼いたり蒸したりするとほくほくした食感になり、乾燥気味の場所でも傷みにくいため、冬の保存食として広く扱われている。
もう一つは《淡水芋》。
外見は白灯芋と非常によく似ているが、皮へわずかな青みがあり、切った果肉にも透明感がある。水分が多いため煮込めば柔らかくなる一方、乾燥した場所へ長く置くと中が縮みやすく、低めの温度と適度な湿度を保った方が品質を維持できる。
熟したものなら慣れた農家は容易に見分ける。
ところが今回運ばれてきた芋には若採りが多く、皮の色の差も小さかった。
さらに、一台の荷車で荷札の紐が切れた。
二種類の芋が計十二箱。
箱の外からでは判別しにくいため、農業組合から添えられた紙には見分け方まで書かれていた。
『皮を爪で軽く擦り、乾いた粉が出れば白灯芋。表面へ水気がにじむものは淡水芋。ただし若い芋は判別しにくいため、迷う場合は一箱につき一個まで検査用として切断してよい。』
ミハイルは紙を二度読んだ。
内容は十分理解できた。
それでもオルソンを探した。
「荷札が外れています」
「見た」
「検査して分ける必要があります」
「そうだな」
「一個ずつ切って確認してもよろしいでしょうか」
「紙に書いてあるだろ」
「商品ですので、念のため」
「検査用一個までは認めるって、その下に書いてある」
「はい」
「ならやれ」
そこで終わるはずだった。
最初の箱を開け、皮を爪で擦る。
乾いた粉が出るようにも見えるが、切り口近くには少し水気もある気がした。
「オルソンさん」
「今度は何だ」
「この個体ですが、見た目では判別が難しいです」
「切れ」
「本当に切って問題ないでしょうか」
「お前、さっき何を確認した」
「検査方法です」
「なら、その方法を使え」
周囲の職員たちは何も言わず作業を続けていたが、ミハイル自身にも、自分が同じ確認を繰り返していることは分かっていた。
結局、十二箱の仕分けには予定の倍近い時間がかかった。
途中でオルソンが別の倉庫へ呼ばれた時には、作業そのものが止まった。
若い職員が尋ねた。
「副管理人、続けませんか?」
「オルソンさんが戻ってからにしよう」
「でも、やり方は決まってますよね」
「判別しにくいものがある」
「切ればいいんじゃないですか」
「商品だから、念のため責任者の確認を」
「副管理人も責任者じゃないんですか」
ミハイルは答えに詰まった。
「最終管理人が戻ってからにする」
結果として、夕方から予定より早く雪が降り始めた。
仕分け待ちで荷受け場所を使い続けていたため、別の荷車をすぐ中へ入れられず、まだ外にあった保存布や木箱を急いで移動することになった。大きな損失は出なかったが、倉庫全体の作業は一時間以上遅れ、夜番への引き継ぎまで増えた。
翌朝、オルソンから呼ばれた。
「昨日、何で仕分け止めた」
「判別が難しい箱があったので、確実に確認してからと思いまして」
「手順は分かってたか」
「はい」
「切っていい個数も?」
「はい」
「副管理人として、その検査を決める権限は?」
「あります」
「じゃあ、何で俺が戻るまで止めた」
ミハイルは少し黙ってから答えた。
「間違った分類をして、保管方法を誤ることを避けたかったので」
「その結果、別の荷物を雪の中で待たせかけた」
「はい」
「ミハイル、慎重に判断することと、判断そのものを止めることは違うぞ」
オルソンは怒鳴らなかった。
だからこそ、言葉がそのまま残った。
「検査して、それでも規定にない状態が出たなら俺を呼べ。規定も知識も権限も揃ってるのに、最後の一言だけ俺に言わせようとするな」
「そのつもりでは」
「自分で決めて間違うのが怖いんだろ」
図星だった。
すぐ否定できなかった。
「誰でも怖い。俺だって高い荷物を動かす時に間違えたくないし、判断の前には何度も見る。ただ、決めないことで出る損もある。昨日だって雪がもう少し早ければ、別の荷物が濡れてた」
「……はい」
「慎重に考えた結果なら、間違う時もある。その時は何を見て決めたか説明して、次を直す。何も決めなかった結果だけは、自分に責任がないと思うな」
ミハイルは、何も答えられなかった。
自分は責任を避けたかった。
少なくとも一部では、間違いなくそうだった。
誰かの許可を取れば、自分一人の決定ではなくなる。
失敗しても「確認した」と言える。
自分では慎重さだと思っていたものの中に、責任から一歩下がるための確認が混じっていた。
話が終わった後、オルソンは検査で切った白灯芋と淡水芋を一個ずつ作業台へ置いた。
「これは商品に戻せないから、欲しければ持って帰れ」
「受け取ってよろしいんですか」
「廃棄扱いの記録はつけた」
「念のため記録を確認して」
「ミハイル」
続きが言えなくなった。
オルソンが芋を指す。
「俺へ聞かないと、芋二個も持って帰れないか」
ミハイルは二つの芋を見た。
受け取ってよい条件は揃っている。
「……では、いただきます」
「それでいい」
たったそれだけの返事なのに、妙に緊張した。
◇
自宅へ戻り、二つの芋を机の上へ並べると、外見は確かによく似ていた。
切り口を見れば違いは明らかで、白灯芋は白く乾いた質感があり、淡水芋は少し透き通り、水分がにじんでいる。
どちらも食べられる。
白灯芋なら焼くのがよい。
淡水芋なら煮れば柔らかい。
仕事上の知識としては理解していた。
ところが夕食として何を作るか考え始めると、また手が止まった。
二つ一緒に使えるのか。
別々にした方がよいのか。
白灯芋を焼くなら肉を合わせるか、塩だけにするか。
淡水芋へ豆を入れるか、鳥肉にするか。
廃棄予定だった検査品なのだから、料理に失敗しても大きな損失はない。それでも、どうせ使うなら最も合う方法にしたいと思い始めると、決められなくなった。
近所に料理好きの同僚が住んでいる。
聞きに行こうか。
市場の惣菜屋へ持っていく方法もある。
そう考えたところで、自分がまた同じことをしている気がした。
一方で、料理は自分の専門ではないのだから、詳しい人間へ尋ねること自体は合理的でもある。
どこまでが必要な相談で、どこからが決めることそのものを他人へ渡しているだけなのか。
その境目さえ、自分一人では判断できないように感じた。
翌日の休憩時間、ミハイルは二つの芋を布へ包み、西区の《持ち込み食堂》へ向かった。
◇
店へ入ると、ミレイアが二つの芋を見比べた。
「同じ芋が二つ?」
「違います。こちらが《白灯芋》で、こちらが《淡水芋》です」
「本当? ほとんど同じに見える」
「若いものは特に似ています。ただ、切ればかなり違います」
悠斗も厨房から出てきた。
「切り口、本当に違いますね」
ミハイルは、白灯芋は粉質で水分が少なく、淡水芋は水分が多く煮崩れしやすいこと、倉庫で保管場所を分ける必要があることまで説明した。
「今日は何にしたいですか?」
悠斗が尋ねる。
ミハイルは反射的に答えた。
「最適な料理でお願いします」
「両方使います?」
「その方がよければ」
「味は、焼いた感じと煮た感じならどっちがいいです?」
「料理人として適切な方で」
「肉は?」
「合うものを」
「塩気は強めと薄めなら?」
「食材に合わせていただければ」
ミレイアが少し笑った。
「全部決めてもらうんだね」
ミハイルはわずかに身構えた。
「料理は私の専門ではありませんので、詳しい方へ任せるのが合理的だと思います」
「服買う時も店の人に全部決めてもらう?」
「用途を伝えて勧めてもらいます」
「夕食の店は?」
「誰かと一緒なら相手に合わせます」
「一人の時は?」
「近い店へ入ります」
「そこで何頼むかは?」
「おすすめを」
「甘いものと塩っぱいものなら?」
「その店でよく出る方を」
ミレイアは悠斗を見る。
「かなり任せるね」
「そうみたいですね」
「何か問題がありますか」
ミハイルが尋ねると、ミレイアは少し考えた。
「任せるのが悪いとは思わないけど、ミハイルさんが好きなものが全然分からないなって」
「私の好みは、料理の最適解とは関係ありません」
「食べるのはミハイルさんですよ?」
返事に困った。
悠斗が二つの芋を見ながら尋ねた。
「じゃあ、両方料理することだけは決めます?」
「できれば性質の差を見たいので、両方お願いします」
「それはミハイルさんの希望ですね」
「……はい」
「同じ料理にして違いを比べるのと、それぞれ向いた料理にするのなら、どっちが知りたい?」
また選択肢を渡された。
「どちらの方が有益でしょうか」
「何を知りたいかで変わります」
答えを戻される。
ミハイルは少し考えた。
倉庫で扱う食材として興味があるのは、性質がどれほど違うかである。
「最初は同じ加熱をして、差を見てみたいです」
「じゃあ、それにしましょう」
「その後、残りはそれぞれ向いた料理にできますか」
「できますよ」
「お願いします」
初めて、自分で手順を一つ選んだような感覚があった。
◇
悠斗は二つの芋を同じ厚さへ切り、それぞれ別の鍋で同じ時間だけ下茹でした。
白灯芋は表面がほとんど崩れず、中心にも少し硬さが残っている。
淡水芋は同じ時間でも縁が柔らかくなり、箸で押すと少し沈んだ。
「触ってみます?」
ミハイルは両方を確かめた。
「かなり違いますね」
「このまま同じ火加減で焼いてみます」
鉄板へ薄く油を引き、同じ時間だけ焼く。
白灯芋にはしっかり焼き色がつき、割れば内部はほくほくしていた。一方の淡水芋は焼き色が十分つく前に果肉が柔らかくなり、一部は鉄板へ張りついて崩れた。
同じ量の塩を振り、ミハイルが食べ比べる。
「どうです?」
「白灯芋は焼いた方がよさそうです。淡水芋も味が悪いわけではありませんが、表面が崩れて香ばしさが出にくいです」
「じゃあ、淡水芋を同じように焼くのは間違い?」
悠斗が尋ねた。
ミハイルはすぐ答えかけ、止まった。
「……目的によると思います」
「例えば?」
「形を残して香ばしく食べたいなら白灯芋の方が向いています。でも、崩れること自体を使う料理なら淡水芋でもよいかもしれません」
「そうですね」
悠斗は頷いた。
ミハイルは、自分で言った言葉が少し不思議だった。
正しい調理法が一つあるのではなく、何を求めるかによって適した方法が変わる。
仕事なら理解しているはずの考え方だった。
残った白灯芋は大きめに切り、油を薄く塗って根玉葱と燻製肉と一緒に焼く。淡水芋は小さめに切り、白い鳥肉と根玉葱、薄い出汁でゆっくり煮た。
淡水芋は途中から少しずつ崩れ、煮汁へ自然なとろみをつける。
完成した《白灯芋と燻製肉の香草焼き》と《淡水芋と白肉のとろ煮》を並べると、同じように見えた二つの芋から、見た目も食感も違う料理が出来上がっていた。
白灯芋は表面に香ばしさがあり、内部は粉質で、燻製肉の脂を受け止める。淡水芋のとろ煮は、柔らかな果肉が煮汁へ溶け込み、寒い日に食べやすい穏やかな味になっている。
「どっちが好き?」
ミレイアが尋ねた。
ミハイルはまた止まった。
「料理としては、それぞれ性質を生かしています」
「そうじゃなくて、ミハイルさんが今もう一皿食べるなら?」
「評価基準が違うので単純比較は」
「好きな方」
逃げ道を塞がれた。
ミハイルは両方をもう一口ずつ食べた。
外は寒い。
今日は朝から倉庫で立ちっぱなしだった。
温かい汁物の方が、今は身体へ馴染む。
「……今日は、とろ煮です」
「何で?」
「寒いので、温かい汁がある方が食べたいです」
答えてから、あまりにも単純な理由だと思って少し恥ずかしくなった。
しかしミレイアは笑わなかった。
「それで十分じゃないですか」
◇
食事が進むうち、ミハイルは倉庫で起きたことまで話していた。
荷札が外れた二種類の芋を仕分けるための手順を理解していたのに、管理人がいなくなった時点で作業を止めてしまったこと。
結果として他の荷受けが遅れたこと。
「間違えたくなかったんです」
ミハイルが言う。
「倉庫なら、間違えたら困りますよね」
「はい。保管方法を誤れば、荷主の財産を傷めます」
「確認することは大事?」
「当然です」
「でも確認しすぎるって言われた?」
「そうです」
悠斗が尋ねた。
「ミハイルさんが自分で決められる範囲は、決まってるんですか?」
「はい。通常の保管場所、検査、荷札の再発行など、副管理人として判断できる範囲が規則で決められています」
「知識もある?」
「十五年働いていますので、通常品ならあります」
「じゃあ、規則も知識も権限もある時でも聞く?」
「……はい」
自分で並べてみると、妙だった。
分からないから聞いているのではない。
分かっているのに、最後の決定だけを誰かへ渡している。
「昔、一度自分で判断して薬草を湿らせたことがあります」
ミハイルは、二十六歳の時の失敗を話した。
ミレイアが尋ねる。
「その時、ミハイルさんだけが悪いってなったんです?」
「いいえ。上司は倉庫の湿気を把握していなかった点も問題だと言いました」
「それでも、自分で決めたから怖くなった?」
「そうだと思います」
「誰かに聞いてから決めたことが失敗したら、少し楽ですか?」
返事をしたくなかった。
しかし答えは分かっている。
「自分一人の判断ではないと思えるので、少しは」
「責任が薄くなる感じ?」
「……そうです」
言葉にすると、慎重さではなく責任逃れのように聞こえた。
ミハイルは表情を曇らせた。
「副管理人なのに、責任を避けようとしていることになります」
悠斗が首を振った。
「確認すること全部が責任逃れではないと思いますよ」
ミハイルは顔を上げる。
「俺も、知らない食材なら持ってきた人に聞きます。今日だって白灯芋と淡水芋の性質はミハイルさんに聞いたでしょう」
「はい」
「そこは俺が知らないから聞く。でも、その後どう切るか、焼くか煮るかまで倉庫の人へ許可を取る必要はないです」
「料理人だから?」
「それもあるけど、そこは俺が見て判断できる範囲だからです。逆に、食べて安全か分からないものなら勝手に決めません」
必要な情報を得るために聞くことと、自分が決める部分まで渡すことは違う。
単純に聞けば当たり前の話だった。
「何を確認する必要があるかを、判断する必要があるということですか」
「たぶん」
ミハイルは少し考えた。
「食べられるか分からないなら聞く。規則が分からないなら確認する。自分の権限を越えるなら上へ出す。でも、情報が揃っていて、権限の中なら、自分で決める」
「間違うかもしれなくても?」
ミレイアが尋ねる。
「そこが難しいです」
悠斗は普通の調子で言った。
「間違うことはありますよ」
「料理人でも?」
「あります。焼きすぎたり、塩を強くしたり」
「客へ出す料理で?」
「出す前に気づけば直します。出してからなら謝ります。次は変えます。ただ、危険なものを適当に出すのとは違います」
ミハイルは少し笑った。
「失敗する可能性を全部なくしてから料理しているわけではないんですね」
「それを待ってたら、たぶん何も作れません」
◇
食事が終わる頃、二皿には少しずつ料理が残っていた。
ミレイアが尋ねる。
「残り、持って帰ります?」
「可能ならお願いします」
「じゃあ一つ選んで」
「一つ?」
「うん」
「両方では駄目ですか」
「今日は一つ」
「なぜでしょう」
「何となく」
明らかに練習させられている。
ミハイルは少し困った顔をした。
白灯芋の香草焼きは温め直しやすく、翌朝でも食べられる。
淡水芋のとろ煮は冷めると粘度が増すかもしれないが、今夜もう一度食べるならこちらがよい。
どちらが「正しい」かを考え始める。
目的は何か。
今日の夜に食べる。
なら。
「とろ煮にします」
「決まり?」
「はい」
「後で焼きの方を持って帰ればよかったと思うかもしれないよ」
心が揺れた。
香草焼きの方が保存しやすい。
しかし、自分は今とろ煮を選んだ。
ミハイルは一度口を閉じた後、改めて言った。
「それでも、とろ煮にします」
「じゃあ包みます」
帰宅してから温め直したとろ煮は、少し水分が減って最初より濃くなっていたが、美味しかった。
途中で、香草焼きも食べたかったと思った。
以前なら、その瞬間に「選択を間違えた」と考えただろう。
今は、少しだけ違った。
とろ煮を選んだ。
美味しかった。
香草焼きも食べたかった。
それだけのことであり、選ばなかった方にも魅力が残っているからといって、選んだ方まで間違いになるわけではなかった。
◇
翌朝、倉庫へ着くと小さな問題が起きていた。
東側の棚へ保管している乾燥茸の箱から、荷札が一枚外れて床へ落ちている。箱自体には商会の焼き印があり、帳簿を見れば同じ日に入った荷物は一種類しかないため、照合は難しくなかった。
若い職員が尋ねる。
「副管理人、これどうします?」
いつもならオルソンを探した。
今回は帳簿を開いた。
搬入日。
荷主。
箱数。
焼き印。
隣の箱へ残っている番号。
条件がすべて一致する。
「同じ荷主の七番です。荷札を再発行して、元の棚へ戻してください。再発行したことだけ帳簿へ記録を」
「オルソンさんへ確認しなくていいですか?」
反射的に「念のため」と言いかけた。
止めた。
「これは私の権限内です。照合もできていますから、そのまま進めてください」
「分かりました」
若い職員が動き出す。
胸が少し速くなる。
もし違っていたら。
しかし条件は見た。
五分後、オルソンが来たため、ミハイルは起きたことを報告した。
「乾燥茸の荷札が一枚外れていました。帳簿と焼き印、隣箱の番号を照合し、七番として再発行しました」
「そうか」
オルソンは次の帳簿へ手を伸ばした。
「確認されますか」
口に出してから、自分で気づいた。
オルソンも顔を上げた。
「必要だと思うか?」
ミハイルは一度考えた。
「いいえ。三項目で照合しています」
「なら終わりだ」
それだけだった。
大きな達成感はなかったが、いつもより仕事が一つ早く終わった。
同じ日の午後、予定外に油樽が届いた。
指定区域は二か所ある。
一方は半分埋まっており、もう一方は空いている。火気からの距離も床の強度も問題ない。
オルソンへ向かいかけ、途中で止まった。
「油樽は南側二区へ。床板を一度確認してから入れてください」
職員へ指示する。
十分後、今度は壊れた木箱が出た。
中身は陶器で、箱の角が裂れ、持ち上げれば崩れる可能性がある。
これは荷主の包装そのものへ手を加える判断になる。
ミハイルは勝手に詰め替えず、オルソンへ報告した。
「これは確認に来るんだな」
「箱の交換は荷主の所有物へ手を加えることになるため、通常保管の権限を越えます」
「そうだ」
「では荷主へ連絡します」
「それでいい」
何でも聞かないことが正解なのではない。
聞くべき場面を見分けられることが必要なのだと、少し実感できた。
◇
それでも変化は一直線ではなかった。
三日後、ミハイルは些細な棚移動についてオルソンへ確認し、話している途中で「これは自分で決める内容でした」と気づいた。
一週間後には、若い職員が誤った荷札をつけかけた場面で、必要以上に細かく指示を出し、本人が考える余地を奪ってしまった。
以前のやり方へ戻る日はある。
そのたびに「また駄目だった」と考えかけたが、全部を一度で直せなければ意味がないと考えること自体も、自分が正解を一つへ絞りたがる癖の一部なのかもしれなかった。
ミハイルは小さな帳面を一冊用意し、最初の頁を三つに分けた。
『必ず確認すること』
『自分で判断すること』
『判断した後で報告すること』
危険物の保管変更は事前確認。
通常棚の位置変更は、条件内なら自己判断。
証拠が揃った荷札再発行は自己判断と記録。
荷主の包装を変更する場合は確認。
緊急時の安全確保は先に行い、その後すぐ報告。
予定変更による仮置きは、指定条件内なら自己判断。
オルソンが帳面を見つけた。
「また確認項目を増やしてるのか」
「逆です。聞く必要のないものを分けています」
「見せろ」
ミハイルは渡しかけた。
オルソンが手を止める。
「いや、一週間使え。その後、本当に迷った項目だけ持ってこい」
「内容に間違いがあったら」
「倉庫規則は手元にあるだろ」
「あります」
「ならまず自分で照らせ」
以前なら不安になった。
「分かりました」
今回は帳面を閉じた。
◇
二週間後、ミハイルの判断が本当に必要になる出来事が起きた。
夜から続いた雨で、倉庫西側の壁の一部から水が入り、床板へ細い水染みが広がっていたのである。
近くには、小麦粉を詰めた袋が十二袋置かれている。
まだ濡れてはいない。
しかし、そのまま置けば湿気を吸う可能性が高い。
オルソンは市役所の倉庫会議へ出ており、戻るのは一時間以上先だった。
八年前の薬草の失敗が、一瞬で頭へ戻った。
あの時も、自分で保管場所を決めた。
今回も移動先を間違えたら。
胸が強く鳴る。
それでも、今回は当時と違う。
壁の湿りを実際に確認している。
移動先候補の中央棚は、朝の湿度点検で基準内だった。
小麦粉は通常保管品で、副管理人が移動を決められる。
待つ方が危険だ。
「小麦袋十二を中央棚へ移してください。床から二段上へ置いて、移動前に袋の底を一つずつ確認します。湿っているものがあれば別にしてください」
若い職員が尋ねる。
「管理人を待たなくていいですか?」
ミハイルは一度だけ条件を頭の中で確認した。
「待つ方が危険です。移します」
十二袋を移動する中で、一袋だけ底へわずかな湿りが見つかった。外袋の一部が濡れているだけかもしれないが、中まで湿っている可能性はある。
「これは他から離して保管します。外側だけ乾いた布で拭いて、状態を記録してください。勝手には開けません」
ここは荷主へ確認が必要だ。
判断を止めるのではなく、判断できるところと、越えるところを分ける。
一時間後、オルソンが戻った。
「西壁から浸水がありました。小麦十二袋を中央棚へ移動し、一袋の外袋へ湿りがあったため隔離しています。開封はしていません。壁は応急布を当て、修理担当へ連絡済みです」
「移動先の湿度は」
「今朝の測定で基準内です。移動後にも測り直しています」
「分かった」
オルソンは隔離した袋を見た。
「いい判断だ」
褒められたことより、自分で決めたという事実の方が重く感じられた。
「もし、中央棚で別の問題が出た場合は」
「その時は、何を見て決めたか確認して、必要なら次を変える」
「私の判断でも?」
「お前の判断だから見直せるんだ。理由が残ってればな」
以前なら、責任を引き受けろという怖い言葉にしか聞こえなかっただろう。
今は、判断した後にもできることがあるという意味に聞こえた。
翌日、荷主が来て隔離した一袋を開封すると、中身には問題がなかった。
「早く移してくれて助かった」
荷主が言う。
「外袋だけ交換します。保管場所は変更後の棚で問題ありません」
ミハイルが説明した。
オルソンの指示だったとは言わなかった。
自分が見た条件で、自分が判断したことだった。
◇
一度うまくいったからといって、それで判断が得意になったわけではない。
むしろミハイルは、その成功を新しい「正解の型」にしないよう気をつけた。
次も雨が降ったからと、何でも中央棚へ移せばよいわけではない。
荷物によって保管条件は違う。
必要なら聞く。
分からないなら調べる。
権限を越えるなら上へ出す。
ただし、情報が揃っているのに、責任だけを避けるため誰かの一言を待つことは減らす。
一か月ほど経った頃、オルソンが二日間の休暇を取ることになった。
その間は、副管理人のミハイルが倉庫全体の責任者代理を務める。
以前にも同じことはあったが、そのたびにオルソンの家へ細かな伝言を送り、一度など午後に呼び戻してしまったことさえある。
「今回は呼ぶなよ」
休暇前日、オルソンが言った。
「緊急時は?」
「火事、盗難、大怪我、規則に載ってない危険物。そういうのは呼べ」
「通常の荷受けは」
「お前がやれ」
「予定変更は」
「権限表を見ろ」
「在庫差異が」
「ミハイル」
そこで止まる。
「自分で判断できる範囲は、自分で処理します」
「それでいい」
二日間、何も起きなかったわけではない。
初日の午前には荷車が一台遅れ、予定していた棚を別の荷物が先に使うことになった。
午後には香辛料の箱数が帳簿より一箱少なかった。
二日目には、新人が棚番号を間違えて乾燥豆を置いた。
ミハイルは、一つずつ条件を見た。
遅れた荷車の棚変更は自分で行う。
香辛料の箱数不足は、荷主の出荷記録との照合が必要だから連絡する。
新人の棚間違いはすぐに直し、なぜ番号を読み違えたかを確認して、次からの手順を教える。
初日の夜、一度だけオルソンへ送る手紙を書き始めた。
『本日、北商会の荷車が二刻遅延し――』
途中で手を止めた。
これは明後日でよい。
紙を破りはしなかった。
報告書へ回した。
休暇から戻ったオルソンは、机へ積まれた記録を読みながら言った。
「俺に手紙一通も来なかったな」
「一度書きました」
「送らなかった?」
「帰ってから報告すればよい内容だと判断しました」
「やっと二日休めた」
オルソンは笑った。
◇
その日の帰り、ミハイルは久しぶりに《持ち込み食堂》へ寄った。
今回は食材を持っていない。
「今日は持ち込みなし?」
ミレイアが尋ねる。
「普通に食事をしたいのですが」
「もちろん。何食べる?」
献立を見る。
白肉と豆の煮込み。
香草を使った焼き魚。
肉の包み焼き。
根菜の乳煮。
以前なら、まずおすすめを聞いただろう。
ミレイアが何か言う前に、ミハイルは先に言った。
「おすすめは聞きません」
「まだ何も言ってないよ」
「先に宣言しておこうかと」
少し考える。
今日は一日歩いた。
昼には干し肉とパンを食べた。
外は寒い。
「白肉と豆の煮込みをお願いします」
「決まり?」
「はい」
「隣の包み焼き、すごくいい匂いするよ」
少しだけ見る。
「それは次にします」
「本当に?」
「今日は煮込みです」
注文した後で包み焼きの香りが漂うたび、少し気になった。
それでも煮込みが運ばれてくると、温かな汁と柔らかい豆が身体に合っていた。
食後、ミレイアが尋ねた。
「煮込みでよかった?」
「はい。ただ、包み焼きも美味しそうでした」
「じゃあ間違えた?」
「いいえ。次にまだ食べたければ、頼みます」
以前よりすぐ答えられた。
◇
春が近づく頃、《第三西倉庫》へ十八歳の新人、セイルが入った。
働き始めたばかりの彼は、何をするにもミハイルへ確認しに来た。
「この縄、どこへ戻しますか」
「壁の三番です」
「空箱は重ねていいですか」
「同じ大きさなら」
「この荷札、少し文字が薄いです。書き直しますか」
「読めなくなるほど?」
「いえ、読めます」
「なら次の点検時で構いません」
「今やらなくていいんですか」
「今必要な作業ではありません」
自分の昔を見ているようだった。
ある日、セイルが一箱の乾燥豆を前にして尋ねた。
「副管理人、これ棚七と九、どちらへ置けばいいですか」
ミハイルは二つの棚を見る。
どちらへ置いても安全上の問題はない。
「君はどちらがいいと思います?」
セイルが困った顔をした。
「分かりません」
「何を見れば決められるでしょう」
「棚七は半分埋まってます。九は全部空いてます」
「ほかには?」
「九の方が搬出口に近いです」
「この豆の出庫予定は」
帳簿を見る。
「明後日です」
「なら?」
セイルは少し考えた。
「九ですか」
「理由は?」
「すぐ出すから、搬出口へ近い方が運びやすいです」
「では九へ置いてください」
「いいんですか?」
その問いへ、ミハイルは少し懐かしいものを感じた。
「今回はそれでいいです。ただし、私が九を許可したからではなく、今見えている条件なら九が合理的だからです。次に同じ条件なら、自分で決めて構いません」
「間違ったら?」
ミハイルは、すぐには答えなかった。
以前の自分なら、「間違えないよう毎回聞け」と言ったかもしれない。
「まず、間違ったら何が起きる判断なのか考えてください。危険物や荷主の荷物そのものを変える判断なら聞く。規則が分からない時も聞いていい。でも棚七と九のどちらでも安全で、作業効率の差だけなら、条件を見て決めればいい」
「それで九へ置いた後、七の方がよかったと分かったら?」
「次に同じ条件が来た時、七を選ぶ理由が増えます」
「怒られません?」
「何も見ず適当に置いたなら注意します。でも理由を考えて決めたなら、結果を一緒に見直します」
言いながら、八年前の自分へも誰かが似た言葉をかけていたことを思い出した。
当時の老管理人も、今のオルソンも、決して「絶対間違うな」と言っていたわけではない。
自分が、そう受け取っていただけだった。
◇
初夏、ルーデ村から再び白灯芋と淡水芋が運ばれてきた。
今年は荷札もしっかり結ばれ、若採りも少ない。
農業組合の担当者が笑った。
「去年は手間取らせました」
「こちらも検査の勉強になりました」
「今年は皮の色も出てますよ」
セイルが二種類を見比べる。
「似てますね」
「去年より分かりやすいです。白灯芋は表面が乾いていて、淡水芋は少し青みと湿りがあります」
「僕、間違えそうです」
「迷う時は切ってください。検査用一個まで認められています」
「副管理人へ聞いてから?」
ミハイルは笑った。
「規定の範囲なら、自分で決めて構いません。ただし、切った理由と結果は記録してください」
「分かりました」
一年前の自分なら、同じ言葉を言えなかった。
その日の仕事帰り、農業組合から試食用として小さな白灯芋と淡水芋を一つずつもらった。
以前と同じ二種類である。
自宅へ帰り、机の上へ並べる。
今度は食堂へ持っていかなかった。
白灯芋は焼く。
淡水芋は煮る。
そこまでは迷わなかった。
白灯芋には燻製肉がある。
淡水芋には豆と根玉葱が使えそうだ。
切り方は。
以前の料理を思い出す。
しかし、同じにする必要はない。
白灯芋を少し厚く切って焼いたところ、中心へ火が通る前に外側が強く焼けた。
「厚かったか」
もう少し弱火にする。
それでも中心が少し硬い。
次は薄くすればよい。
淡水芋は反対に、小さく切りすぎて煮崩れた。
煮汁の中にはほとんど形が残らない。
見た目は予定と違った。
味を見る。
豆と混ざって、悪くない。
「次は大きく切る」
誰もいない台所で、自分へ言った。
以前なら、最初に正解を選べなかったことへ落ち込んだだろう。
今は次に変える部分が分かったことの方が大きかった。
◇
数週間後、ミハイルは自分で買った白灯芋と淡水芋を《持ち込み食堂》へ持っていった。
「また二色芋?」
ミレイアが笑う。
「今日は相談があります」
「何?」
「私が料理を決めてもいいでしょうか」
「もちろん」
悠斗も厨房から出てくる。
「何作りたいです?」
「白灯芋は前回より薄く切って、燻製肉と焼きたいです。家で厚く切ったら中心が硬かったので、今回は薄くしたい」
「いいですね」
「淡水芋は豆と根玉葱で煮込みます。ただ、家では小さく切りすぎて崩れたので、少し大きくして、入れる時間も遅らせたいです」
「分かりました」
ミハイルは少し間を置いた。
「もっと良い方法があっても、今日はまずこれで作りたいです」
悠斗はすぐ頷いた。
「じゃあ、それでやりましょう」
白灯芋を前回より薄く切る。
燻製肉から出た脂で焼くと、中心へ火が通る頃には表面にもきれいな焼き色がついた。
淡水芋は豆と根玉葱がある程度柔らかくなってから鍋へ加える。
途中で少し崩れたものの、形は十分残っている。
悠斗が味を見る。
「もう止めてもいいし、あと少し煮ればとろみが増えます。どうします?」
以前なら「どちらがおすすめですか」と返しただろう。
ミハイルも一口味を見る。
「あと少し煮たいです。豆と汁がまだ分かれている感じがするので」
「分かりました」
それで鍋を少しだけ火へ戻した。
完成した料理は、最初に店で食べたものとも、家で失敗したものとも違った。
「前とどっちが好き?」
ミレイアが尋ねる。
ミハイルは両方を食べてから答えた。
「白灯芋は今回です。表面が多く焼けて、燻製肉と合っています。淡水芋も、今日は豆が入っている方が食事として好みです」
「決まるの早くなった」
「比較したことがあるので」
「それだけ?」
ミハイルは少し笑った。
「選んだ後で、別の方にも良いところがあると思って構わないと分かったので、それほど怖くなくなりました」
◇
以前のミハイルにとって、判断とは正しい答えを当てることだった。
二つの棚があれば、より正しい一方が必ず存在する。
二つの料理があれば、自分にとってより良い方を先に当てなければならない。
一度選んだ後で別の方が良く見えれば、最初の判断が間違っていたことになる。
だから、最初から誰かに決めてもらう方が楽だった。
誰かの判断なら、自分は間違えたことにならない。
少なくとも、そう思いやすかった。
しかし実際の倉庫仕事では、情報を揃えても答えが一つにはならないことがある。棚七でも九でも安全なら、出庫予定や空き具合を見てどちらかを選び、後になって別の荷物が入り、反対側の方が便利だったと分かることもある。
その時点で見えていた条件を使って判断したなら、後から別の方法が良く見えたことだけで、最初の判断すべてが失敗になるわけではない。
必要なら、次に変える。
ただし危険な判断まで軽く扱うわけではない。
分からないことは尋ねる。
規則を越えるなら確認する。
専門知識が必要なら、持っている者へ相談する。
それでも最後に、自分の役割として決める部分まで誰かへ渡さない。
ミハイルは、その境目を以前より見つけられるようになっていた。
◇
秋、《第三西倉庫》ではオルソンが翌年末を目処に引退するという話が正式に出た。
後任候補は数人いたが、その中にミハイルの名前も入っていた。
話を聞いた瞬間、胸の奥が重くなった。
管理人になれば、副管理人より判断することが増える。
誰かへ確認できる場面は減る。
最終的に自分の名前で出す判断も増え、間違えた時には、今まで以上に説明する責任がある。
以前なら、その日のうちに断っただろう。
『私にはまだ経験が足りません』
『もっと判断の早い人がいます』
『副管理人の方が向いています』
断る理由はいくらでも浮かんだ。
それでもオルソンから意向を聞かれた時、ミハイルは即答しなかった。
「一か月、考えさせてください」
「そうしろ」
「一か月後まででよろしいですか」
「そこは確認していい。期限だからな」
オルソンが笑った。
ミハイルも少し笑った。
一か月間、仕事をしながら考えた。
管理人になりたいのか。
倉庫の仕事自体は好きだった。
荷物が正しく入り、正しく出ていく流れを整えることも、保管状態を見て問題を早く見つけることも、若い職員へ仕事を教えることも嫌いではない。
オルソンのように、すべてを即座に決められる自信はない。
そもそもオルソン自身、本当に迷わず決めているのか。
ある夕方、聞いてみた。
「管理人は、判断に迷うことありませんか」
「毎日ある」
あまりにも早い返事だった。
「そうなんですか」
「当たり前だ。俺が何でも分かってるように見えるか」
「少し」
「見せ方がうまいんだな」
「迷った時は、どうしていますか」
「調べる。聞く。急ぐ必要がなければ考える。それでも最後は決める」
「間違ったら」
「次を直す。必要なら謝る。損が出たら報告する」
持ち込み食堂で聞いた話と、ほとんど同じだった。
「怖くないですか」
「怖いぞ。怖いから見るんだ。怖くない奴の方が管理人には向かん」
その言葉で、すべての不安がなくなったわけではない。
それでも一か月後、ミハイルは答えた。
「候補として受けます」
「やると決めた?」
「正式に選ばれるかどうかは別ですが、選ばれた場合は引き受けるつもりです」
「まだ怖いか」
「かなり」
「なら何で受ける」
ミハイルは少し考えた。
「怖くなくなるまで待っていたら、たぶん私はずっと『まだ早い』と言い続けると思います。それに、倉庫の仕事を続けたい気持ちはあります。なら怖いことだけを理由に、最初から候補を外すのは違うと思いました」
オルソンは頷いた。
「それなら十分だ」
◇
その日の夕方、ミハイルは一人で《持ち込み食堂》へ向かった。
食材は持っていない。
普通に夕食を食べるだけだった。
「今日は何にします?」
ミレイアが献立を示す。
白肉の煮込み。
焼き魚。
肉の包み焼き。
豆の香草煮。
どれも食べられる。
少し迷う。
「焼き魚をお願いします」
「今日は煮込みじゃないんだ」
「昼に煮込みを食べたので」
「なるほど」
注文は、それだけで終わった。
食後、店を出る前にミレイアが尋ねる。
「焼き魚でよかった?」
ミハイルは少し考えた。
「はい。ただ、向こうの席の包み焼きも美味しそうでした」
「じゃあ間違えた?」
「いいえ。次に来た時、それでも食べたければ頼みます」
今度は迷わなかった。
店を出ると、秋の夜気が少し冷たい。
翌日の倉庫では、また何かを決めなければならないだろう。答えがほぼ一つに決まっている仕事もあれば、いくつかの方法から選ばなければならない仕事もあり、自分だけでは分からず、誰かへ聞かなければ危険な場面もこれから何度も訪れる。
ミハイルは、確認することをやめたわけではない。
慎重さを捨てたわけでもなかった。
むしろ、自分が確認する理由を以前より考えるようになった。
必要な情報を得るためなのか。
権限を越えないためなのか。
危険を避けるためなのか。
それとも、自分で決めたと言いたくないだけなのか。
最後の理由だった時だけは、一度自分へ問い直す。
それが今の彼のやり方だった。
翌朝、《第三西倉庫》へ入ると、若いセイルが予定表を持ってすぐ近づいてきた。
「今日届く塩漬け魚なんですが、棚二と五ならどっちがいいですか」
以前なら、その場で答えを与えたかもしれない。
ミハイルは帳簿を閉じ、二つの棚を見る。
「君はどちらがいいと思います?」
セイルが考える。
「棚五です。空いてるので」
「ほかに見ることは?」
「……出庫予定?」
「そうですね」
帳簿を確認する。
「明後日です」
「じゃあ五。搬出口に近いから」
「棚五の隣は何が入っています?」
「乾燥香草……あ」
「塩漬け魚は匂いがあります」
「じゃあ棚二です。少し遠いけど、隣が同じ保存魚だから」
ミハイルは頷いた。
「それでいいと思います」
「副管理人が決めたんじゃなくて?」
「私は見落としていた条件を一つ教えただけです。最後に二を選んだのは君です」
「後で五の方がよかったら?」
「その時は、なぜそう思ったか一緒に確認しましょう」
セイルは少し不安そうな顔をしながらも、荷受け場所へ向かった。
ミハイルは自分の持ち場へ戻る。
かつての自分が欲しかったのは、間違えないためにすべてを決めてくれる人だったのかもしれない。しかし今、後輩へ渡したいと思っているのは、答えそのものではなく、必要なことを確認し、自分の見た条件から判断し、その結果を次の判断へつなげられるようになるための考え方だった。
昼前には、予定より早く到着した保存果実の仮置き場所を決める必要が出た。
空いている棚を見て、午後の荷受け予定を確認し、湿度記録を見る。
条件は揃っている。
ミハイルは帳簿へ移動先を書き、自分の署名を添えた。
以前なら、その署名を書く前にオルソンを探していただろう。
今も、書いた直後にはほんの少し不安が残る。
それでも、もう一度理由を確かめれば十分だった。
よく似た二つの芋へ同じ火を入れても、出来上がりは違った。だから性質を見て扱いを変えればよく、最初から何もかも分かっている必要はなかった。
仕事の判断も、それと同じなのだとミハイルは少しずつ理解していた。
自分だけでは分からないことなら尋ねる。
確認すべきことなら何度でも確かめる。
しかし、自分に見えているものと、自分へ任された範囲が十分に揃った時には、誰かが代わりに答えを言ってくれるまで待たない。
その日の判断が後になって最善ではなかったと分かれば、理由を見直して次を変える。
それでも決めた時点の自分まで、間違いだったことにはしない。
ミハイルは署名した帳簿を閉じ、次に届いた荷車の確認へ向かった。
明日もまた迷うだろう。
迷うたびに誰かへ聞くこともあるだろう。
それでも、迷うことと決められないことは、もう彼の中では同じではなかった。
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