第68話 焦げた蜜胡桃と、謝る日を延ばし続ける馬具職人
ローディ・ベルクは四十一歳になる人間の男性であり、レーヴェン南門からほど近い職人街で、鞍や手綱、胸懸け、荷馬車用の革帯などを作る馬具工房《赤鐙工房》を営んでいた。赤みのある焦げ茶色の髪を短く刈り、日に焼けた顔には鼻の横から口元へ深い皺が伸びており、革を押さえながら太い針を引き抜く仕事を二十年以上続けてきた両手の指は太く、右手の親指には針が滑った時についた古い傷痕が白く残っている。
馬具職人としての評価は高く、見た目の華やかさより、馬にも乗り手にも負担の少ない作りを優先する職人だった。鞍を注文された時には乗り手の体格だけでなく、使う馬の背幅や肩の動き、長距離を走った後にどこへ汗が溜まりやすいかまで確かめ、荷役用の革帯なら一度の重量へ耐えればよいとは考えず、雨や泥に濡れた状態で何度も締め直した時、どの縫い目から擦れ始めるかまで想定して補強する。そのため街道を長く走る運送業者や騎馬巡回を行う兵士からの信頼も厚く、工房には二人の職人と一人の若い見習いが働き、注文帳には常に数件先まで仕事が書き込まれていた。
暮らしに困っているわけでも、大きな病気を抱えているわけでもない。仕事を終えれば自分で夕食を作り、休日には市場を歩き、酒場へ誘われれば付き合うこともあるため、傍から見れば四十一歳の独身職人として、それなりに落ち着いた生活を送っているように見えるだろう。
それでもローディには、この三年間どうしても片づけられないことが一つあった。
工房から北へ十五分ほど歩けば会える相手のところへ、自分から行くことができないのである。
相手の名は、カレン・ベルク。
ローディより四歳年下の妹であり、同じレーヴェンで夫と茶店を営んでいる。
兄妹は別の国にいるわけでもなければ、険しい山や海によって隔てられているわけでもない。急げば十五分、ゆっくり歩いても二十分ほどで着く距離に住みながら、三年前の冬を最後にまともな会話を一度もしていなかった。
正確には、カレンの方が兄を見るなり追い返すわけではない。
市場で出会えば会釈をする。
親戚の祝い事で同席すれば、必要な言葉くらいは交わす。
母親の命日に墓地で顔を合わせても、無視まではしない。
それでもローディは、妹の店へ自分から入っていくことだけができなかった。
謝らなければならないことがあると、本人が誰よりよく分かっていたからだった。
◇
ローディとカレンは、南区で馬具や革袋を作っていた父と、小さな食堂を手伝っていた母の間に生まれた。
兄が八歳の時に妹が生まれたため、幼い頃のローディにとってカレンは遊び相手というより、家の中を勝手に歩き回って危ないものへ手を伸ばす、小さな子どもだった。母が夕食の支度で手を離せなければ妹へ食事を運び、市場へ出れば手を引き、カレンが六歳の時に人混みではぐれた際には、父より先に通りを走り回って探し出したこともある。
十代になってからも関係は悪くなかった。
ローディは十四歳で父の工房へ入り、最初は掃除と革の切れ端の整理をしながら、少しずつ裁断や穴開けを覚えた。カレンは母に似て食べ物を扱うことへ興味を持ち、十二歳頃から食堂の仕込みを手伝い、十五歳になると市場の乾物屋でも働いて、木の実や乾燥果実、香辛料、茶葉の見分け方を覚えていった。
兄と妹で進む道は違っていたが、その違いを互いに問題だと思ったことはなかった。
「兄さん、これ硬い」
「何だ」
「胡桃の殻」
「割れって?」
「お願い」
「仕事中だぞ」
「一個だけ」
「お前の一個は、一個で終わったことないだろ」
「今日は三個」
「最初から増えてるじゃないか」
そんなやり取りをしながらも、ローディは結局胡桃を割ってやった。
殻から取り出した実へ、カレンは薄い蜜を絡め、ほんの少し塩を振って鉄鍋で焼いた。家では《蜜胡桃》と呼んでいたが、高級な菓子でも特別な祝い料理でもなく、胡桃と蜜さえあれば作れる、ごく素朴な食べ物である。ただし蜜を焦がしやすく、火から外す時機を誤れば後味に苦味が残るため、母はいつも「匂いが変わる前に止めるんだよ」と言っていた。
父が亡くなった後、ローディは三十歳になる前に工房を引き継ぎ、カレンは市場の乾物屋を辞め、夫のダリオと小さな茶店《麦灯り》を始めた。茶と焼き菓子、それに簡単な昼食を出す店であり、市場帰りの商人や近くで働く職人が一息つく場所として、派手ではないながら客は安定していた。
兄妹が忙しくなってからも、月に一度か二度は顔を合わせた。
カレンが焼き菓子の余りを工房へ持ってきて、職人たちと一緒に食べることもあれば、ローディが閉店前の《麦灯り》へ寄り、売れ残った軽食を食べて帰ることもあった。互いの仕事へ必要以上に口は出さなかったが、店の椅子の革が裂ければローディが直し、工房で使う茶が切れればカレンの店から分けてもらう程度には、生活の端々で自然に行き来していた。
三年前までは、それが当たり前だった。
関係が壊れたきっかけは、父の工房跡に残っていた古い倉庫だった。
《赤鐙工房》を広げるため、ローディは裏手にある倉庫を壊し、新しい作業場へ建て替えようとしていた。屋根は傷み、壁も一部傾き、雨が降れば床の端へ水が入り込む状態だったため、職人として見れば修理に金をかけて残すより、建て替えた方が合理的だった。
ただ、その倉庫には、父が使っていた古い道具や、母が食堂を手伝っていた頃の木箱、使わなくなった鍋や瓶なども残っていた。
カレンは解体の話を聞いた時、一度だけ中を確認したいと言った。
「母さんの料理帳とか、残ってないか見たい」
「そんなの家を片づけた時に全部分けただろ」
「全部じゃないかもしれない」
「倉庫の中なんか、革の切れ端と壊れた道具ばっかりだぞ」
「でも一回見たいの」
「好きにしろ。解体は来月だから、その前に来ればいい」
そこまでは普通の会話だった。
ところが一週間後、大雨が三日続き、倉庫の外壁の一部が大きく崩れた。隣の建物側へ倒れれば人へ怪我をさせる危険があったため、ローディは予定を前倒しし、その日のうちに職人仲間へ頼んで中身を運び出した。
古い革。
折れた棚。
錆びた金具。
刃の欠けた道具。
底が腐った木箱。
とにかく崩れる前に建物を空にする必要があり、まだ使えそうなものや、父の道具として残す価値がありそうなものだけ工房へ移し、それ以外は廃材と一緒に処分した。
その中に、蓋の端が黒く焦げた小さな木箱があった。
幼い頃のカレンが火鉢の近くへ置きすぎ、母から叱られた箱だったことをローディも覚えていたが、持ち上げると軽く、蓋を開けても何も見えなかった。底板は湿気で歪み、留め金も錆びていたため、何年も前から空のまま放置されているのだろうと判断し、そのまま処分へ回した。
二日後、カレンが工房へ来た。
「倉庫、もう壊したの?」
「ああ。壁が崩れたから早めた」
「私、中見てない」
「危なかったんだ。待てる状態じゃなかった」
「焦げた蓋の、小さい木箱は?」
ローディはすぐ思い出した。
「捨てた」
その時のカレンの顔を、三年経った今でも覚えている。
「中、見た?」
「見た。空だったぞ」
「ちゃんと底まで?」
「何が入ってたんだ」
「母さんの料理帳」
そこで初めて、話の意味を理解した。
カレンによれば、その木箱は底が二重になっており、薄い板を外すと下へ小さな紙束を入れられるようになっていたという。母は字を書くことが得意ではなかったため、料理名、材料、火加減の目安、失敗した時の注意などを小さな紙片へ書き、それを糸でまとめていた。
家を片づけた時には見つからなかった。
だからカレンは、倉庫の木箱へ入れたままだったのではないかと、ずっと気にしていたのである。
「何で料理帳があるって言わなかった」
ローディはそう言った。
後になって何度思い返しても、それが最初に口にするべき言葉ではなかった。
謝るより先に、相手にも責任がある形へしたかったのだと思う。
「見たいって言ったでしょう」
「料理帳があるなんて聞いてない」
「私も確信なかったから、見て確かめたかったの」
「なら俺に分かるわけないだろ」
「だから解体する前に見るって言ったの!」
「壁が崩れたんだぞ! 待てる状況じゃなかった!」
「倉庫を壊すななんて言ってない! 捨てる前に箱の中をちゃんと見るくらいできたでしょう!」
「何十個あったと思ってるんだ。全部分解して確認してる暇なんかなかった!」
「兄さんにとっては、母さんの物も全部ただのゴミだったんだね」
その言葉に、ローディは腹を立てた。
本当は、自分が捨てたものの大きさを認めるのが怖かったのかもしれない。それでも当時は、自分が不当に責められていることにしか意識が向かなかった。
「壊れかけた箱だぞ。料理帳だって本当に入ってたか分からないだろ」
言った瞬間、カレンの表情が変わった。
「もういい」
「何が」
「兄さんには分からない」
「勝手なこと言うな」
「勝手なのはどっちよ」
カレンは、そのまま工房を出ていった。
◇
その日のうちに、ローディは廃材を運び込んだ処分場まで行った。
雨で濡れた木片や革の切れ端を一つずつ確認し、焦げ跡のある木箱の一部らしい板も見つけたが、中にあったはずの紙は見つからなかった。濡れて崩れたのか、別の廃棄物へ混ざったのか、そもそも本当に料理帳が入っていなかったのか、今となっては確かめようがない。
翌日、ローディは《麦灯り》まで行った。
工房を出た時には、謝るつもりだった。
ところが店へ入ってカレンの顔を見ると、口から出てきたのは別の言葉だった。
「昨日、処分場探した」
カレンは帳場にいた。
「そう」
「箱の板はあった。でも紙は見つからなかった」
「分かった」
「雨も降ってたから、もし入ってても駄目になってたかもしれない」
「分かったって」
「俺もわざと捨てたわけじゃない」
カレンは顔を上げた。
「兄さん、何しに来たの?」
「探したって言いに」
「それだけ?」
「他に何を言えって」
カレンはしばらく兄を見た。
「もういい」
前日と同じ言葉だった。
ローディはまた腹を立てた。
「何なんだよ。探しただろ」
「だから?」
「俺にどうしろって言うんだ」
「何もしなくていい」
「じゃあ、いつまで怒ってるんだよ」
「帰って」
その日以来、兄妹はまともに話さなくなった。
最初の数か月、ローディは自分にも言い分があると思っていた。
倉庫の壁は本当に危険だった。
予定を早めたこと自体は間違っていない。
木箱も一度は開けた。
料理帳の存在も知らなかった。
事故だったし、わざとでもない。
そう考えれば、自分だけが全面的に悪いわけではないと思えた。
ところが時間が経つほど、問題が別のところにあったことへ気づいていった。
カレンが怒った時、自分は一度も「悪かった」と言っていない。
最初に言ったのは「何で言わなかった」。
次には「俺に分かるわけない」。
その翌日には「わざとじゃない」。
最後には「どうしろって言うんだ」。
どれも、自分が責められなくて済むための言葉だった。
カレンが失ったかもしれないものについて、自分がしたことを認める言葉ではなかった。
そのことに気づいたのは半年ほど経ってからだった。
半年なら、まだ謝れたはずだった。
しかし今度は、「半年も黙っていたのに、今さら何を言うのか」という恥ずかしさが生まれた。
次に会った時に言おう。
もう少し落ち着いたら。
母の命日に会ったら。
何か自然なきっかけができたら。
そうやって理由を作っているうちに、一年が過ぎ、二年が過ぎ、三年目へ入った。
三年の間に、二人が完全に顔を見なくなったわけではない。
母の命日には同じ墓地へ行き、親戚の祝い事へ呼ばれれば同席することもあり、市場で偶然見かけることもある。カレンは兄を見れば会釈くらいし、ローディも返す。
一度、親戚の家で二人きりになったことがあった。
今なら言える。
そう思った。
「カレン」
「何」
「……店、忙しいか」
「普通」
「そうか」
それで終わった。
帰り道、自分が情けなくて仕方がなかった。
別の年の母の命日には、蜜胡桃を持っていこうと考えた。
母が作っていた味なら、話を始めるきっかけになるかもしれない。
胡桃を買い、蜜まで用意した。
ところが作り始める直前になって、「食べ物で機嫌を取ろうとしているように見える」と考え、結局やめた。
翌年は何も持っていかなかった。
言葉だけが残った。
謝らなければならないと分かっているのに、その言葉を口にした後、相手がどんな顔をするのかが怖かった。
◇
その年の晩秋、《赤鐙工房》へカレンの夫であるダリオが来た。
店で使う小型荷車の革帯が裂れかけているため、修理してほしいという仕事だった。兄妹が話さなくなった後も、ダリオまでローディを避けているわけではなく、必要な仕事があれば普通に頼みに来る。ただし、カレンについて自分から話すことはほとんどなかった。
「ここなら縫い直せばまだ使える」
革帯を裏返しながら、ローディが言う。
「新しくしなくていい?」
「革自体はまだ生きてる。端が擦れてるだけだから、そこを切って当て革入れる」
「頼む」
その後もしばらく、店の荷車や冬前の客足について普通に話した。
帰る前になって、ダリオが何気ない調子で言った。
「カレン、来月で三十七だ」
ローディの手が止まった。
「知ってる」
「そうか」
「何だ」
「別に」
「言いたいことあるなら言え」
ダリオは少し考えた。
「謝るなら、誕生日まで待たなくていいと思うぞ」
ローディは顔を上げた。
「誰が謝るって」
「三年経って、その言い方するなら俺は知らん」
「カレンが何か言ったのか」
「言ってない」
「じゃあ何で」
「横で見てる俺が面倒だからだよ。お前もカレンも、互いの話になると急に会話短くなるし」
「余計なことするな」
「別に伝言しに来たんじゃない。待つ理由に誕生日使うなって言っただけだ」
ダリオはそれ以上何も言わず、工房を出ていった。
その晩、ローディは久しぶりに蜜胡桃を作った。
カレンの誕生日へ持っていくつもりだったのか、それとも母の味を思い出しただけなのか、自分でもはっきりしていない。母が昔使っていた鉄鍋を火へかけ、殻を剥いた胡桃を乾煎りし、薄い蜜を回しかける。
本来なら蜜が全体へ絡み、甘い香りが少し深くなったところで火から外せばよい。
ところがローディは、妹へ何と言うかを考えていた。
「三年前は悪かった」
短すぎる気がする。
「料理帳のこと、ずっと気になってた」
自分が気にしていた話をしてどうする。
「わざと捨てたわけじゃなかったけど――」
そこまで考え、すぐ駄目だと分かった。
また「わざとじゃない」から始めようとしている。
もっと良い言い方があるはずだ。
もっとカレンが怒らない言い方。
もっと、今さらだと思われない言い方。
もっと、すぐに許してもらえるような言い方。
考えているうち、鍋から立つ甘い香りが変わった。
焦げ臭い。
「しまった」
慌てて火から外した時には、蜜の一部が黒くなっていた。
胡桃の中まで完全に焦げたわけではないものの、一粒食べれば最初に甘さが来た後、舌の奥へはっきりした苦味が残る。
母の蜜胡桃とはまったく違った。
ローディは鍋ごと捨てようとした。
しかし手が止まった。
食べられないほどではない。
ただ、菓子として失敗している。
この焦げた蜜胡桃を見ていると、三年間の自分の謝罪に似ているような気がして、余計に腹が立った。
直そうとして考えるほど、元から離れていく。
完璧な言葉を探すほど、何も言えなくなる。
翌日、布袋へ入れて工房へ持っていき、自分で少しずつ食べることにした。
昼食の後、若い見習いが一粒欲しがった。
「やめとけ。焦がした」
「それでもいいです」
「苦いぞ」
「親方が料理失敗するの珍しいから」
「そこを楽しむな」
一粒渡すと、見習いは噛みながら少し顔をしかめた。
「本当に苦いですね。でも最初は甘い」
「だから余計気になるんだ」
「肉か何かと食べたら、ちょうどよくならないですか?」
その一言で、《持ち込み食堂》のことを思い出した。
工房の客から何度か聞いたことがある。
客が持ってきた食材を料理する店。
焦がした菓子まで扱えるかは知らなかったが、その日の夕方、ローディは残った蜜胡桃を持って西区へ向かった。
◇
《持ち込み食堂》へ入ったのは、夕食時にはまだ少し早い時間だった。
「いらっしゃいませ」
ミレイアが迎える。
「食材、持ってきた」
「はい。何でしょう?」
ローディが布袋を開く。
「胡桃?」
「蜜を絡めて焼いた。焦がした」
悠斗も厨房から出てきた。
「見てもいいですか?」
「頼む」
一粒を割ると、外側の蜜はところどころ濃い茶色から黒に近くなっているが、胡桃の中までは焦げていなかった。悠斗は何粒かを分けて、焦げの強さを確かめる。
「苦味はありますね。全部同じくらい焦げました?」
「こっちはまだましだ。鍋の端がひどい」
「完全に黒くなってるところは無理に使わない方がいいですけど、軽い焦げなら、甘い菓子へ戻そうとするより、苦味が少しある前提で料理へ使う方が合いそうです」
「蜜足して甘くすれば消えないか」
「たぶん甘さが重くなって、焦げも後から残ります」
「元には戻らんか」
「焦げる前には戻せないですね」
あまりにも当然の答えだった。
「何か作ります?」
「ああ。食えるなら頼む」
悠斗は焦げの弱い蜜胡桃だけを選び、包丁で粗く砕いた。根菜と挽いた肉を炒め、塩と香草で味を整えた後、最後に胡桃を少量ずつ加えて味を見る。
「全部入れないのか」
「苦味が強いので、ちょうどいいところで止めます」
「残ったのは?」
「別の料理にもできますけど、まず一皿食べてもらってからですね」
香ばしい肉の匂いへ、蜜胡桃の焦げた香りが混ざっていく。菓子として食べた時には失敗としか思えなかった匂いが、肉や焼いた根菜と一緒になると、少し深い香ばしさに変わった。
悠斗はそれを薄い生地で包み、鉄板で両面を焼いた。
完成した《焦がし蜜胡桃と肉の包み焼き》を前に、ローディは少し不思議そうにした。
「菓子じゃないんだな」
「甘い方に無理やり戻すより、こっちの方が使いやすそうだったので」
一口食べる。
最初に肉の旨味と根菜の甘さがあり、その後で胡桃の香ばしさと、ほんの少しの苦味が残る。失敗した蜜胡桃の味そのものが消えたわけではないが、菓子としてそのまま食べた時より気にならなかった。
「悪くない」
「焦げ、分かります?」
「分かる」
「嫌です?」
「これなら嫌じゃない」
ローディはもう一口食べた。
ミレイアが尋ねる。
「何で蜜胡桃作ったんです?」
「何となく」
「久しぶり?」
「何で分かる」
「普段から作ってたら、そんなに悔しそうに焦げたって言わないかなって」
「俺は何を失敗しても悔しい」
「それは何となく分かります」
「どういう意味だ」
少し笑ったところで、悠斗が残っている蜜胡桃を見ながら尋ねた。
「昔から家で作ってた料理なんです?」
「母親がよく作ってた。妹も作ってた」
「今も?」
ローディは少し黙った。
「知らん」
「妹さんと会ってない?」
ミレイアが尋ねる。
「三年、まともには話してない」
「喧嘩?」
「俺が悪い」
言った後、自分で驚いた。
三年前にはどうしても認められなかった言葉が、知らない二人の前では意外なほど簡単に出た。
そこからローディは、古い倉庫と木箱のこと、母の料理帳が入っていたかもしれないこと、その後に自分が何を言ったかを、途切れ途切れに話した。
ミレイアは途中で口を挟まず、最後まで聞いてから尋ねた。
「わざと捨てたわけじゃなかったんですよね」
「ああ」
ローディはすぐ答えたが、少し間を置いて続けた。
「でも、今思えばそこはカレンが一番怒ってたところじゃなかった」
「何に怒ってた?」
「見たいって言ってたのに待たなかったことと、なくなったかもしれないって分かった後も、俺が自分の言い分しか言わなかったことだと思う」
「謝ったんです?」
「まだ」
ミレイアが目を丸くした。
「三年?」
「分かってる」
「何でです?」
「何て言えばいいか分からん」
「悪かった、じゃ駄目?」
「三年経ってからそれだけ言って、どうなる」
口にした瞬間、ローディ自身がその言葉へ引っかかった。
「どうなってほしいんです?」
悠斗が尋ねる。
「元に戻ればいい」
「前みたいな兄妹に?」
「ああ」
「謝ったら戻ると思います?」
「分からん」
「戻らなかったら?」
ローディは答えなかった。
それが怖かった。
自分が謝り、カレンが「今さら遅い」と拒み、以前より距離が遠くなればどうするのか。今はまだ市場で会えば会釈くらいするし、母の命日には同じ墓地へ行ける。
謝って、それすらなくなったら。
「謝ったのに許されなかったら、今より悪くなる」
ようやく言った。
ミレイアが少し首を傾げる。
「妹さんは、謝られたら許さないといけないんですか?」
「そんなことは言ってない」
「でも、許してくれる日じゃないと謝えない感じになってません?」
ローディは黙った。
かなり痛いところだった。
「俺は許してほしい」
「それは普通だと思います」
「でも、それは向こうが決めることか」
「たぶん」
「面倒だな」
「人の気持ちなので」
「本当に面倒だ」
ローディは包み焼きの残りを食べた。
しばらくしてから、誰に聞くでもなく言った。
「謝るって、何のためなんだ」
悠斗は少し考えてから答えた。
「自分が悪かったと思ってることを、相手へ伝えるためじゃないですか」
「許してもらうためじゃなく?」
「許してもらえたら嬉しいですけど、それを条件にしたら、相手がどんな返事をしそうかで謝るか決めることになりそうです」
「難しいこと言うな」
「すみません」
「今謝るな」
ミレイアが笑い、ローディも少し笑った。
その後、残っていた蜜胡桃のうち焦げの弱いものは小袋へ分けてもらった。
「これ、どうします?」
「持って帰る」
「妹さんに持ってく?」
ローディは首を振った。
「今日はやめる」
「何で?」
「食い物で誤魔化したくない。これ渡して、俺が何も言わなくても分かってくれってやったら、三年前と同じだからな」
蜜胡桃を持っていくこと自体が悪いわけではない。
それを謝罪の代わりへするのが違う。
まず言葉を伝える。
その後で、食べ物を一緒に食べられる日が来るなら、その時に考えればよかった。
◇
店を出たローディは、そのまま《麦灯り》へ向かおうとした。
三分ほど歩き、止まった。
今日は遅い。
店が忙しいかもしれない。
明日の方が落ち着いている。
いや、来月はカレンの誕生日だから、その日に。
そこまで考えたところで、自分がまた同じことをしていると気づいた。
謝る日を探しているのではない。
謝らなくてもよい理由を探している。
「またか」
道端で声に出した。
それでも営業時間中に店へ押しかけるのは迷惑だろうという判断だけは間違っていないと思い、一度工房へ戻った。仕事をいつもより少し早く終え、職人へ戸締まりを任せ、《麦灯り》が閉まる頃を見計らって再び歩き出した。
店の明かりはまだついていた。
客が一人出てくる。
ローディは道の反対側で待った。
さらに十分ほどして、ダリオが表の看板を片づけ始めた。
兄を見つける。
何も言わなかった。
ただ、少しだけ顎を動かして店の中を示した。
ローディは入った。
カレンは奥で卓を拭いていた。
兄を見る。
「何」
三年前と同じ、短い問いだった。
ローディは逃げたくなった。
「話がある」
「今?」
「嫌なら帰る」
カレンは少し黙った。
「何の話」
ここで店の椅子や天気の話をしたら、もう自分でも呆れると思った。
「三年前の倉庫のこと」
カレンの手が止まった。
「……今?」
「ああ」
「何で今なの」
「今まで言えなかった」
「三年も?」
「そうだ」
カレンはしばらく兄の顔を見た後、椅子へ座った。
「言いたいなら言えば」
ローディも向かいへ座る。
何十種類も考えてきた言葉は、どれも使えなかった。
結局、一番短いものから始めた。
「木箱を捨てたこと、悪かった」
カレンは何も返さない。
「壁が危なかったのは本当だ。でも、お前が中を見たいって言ってたのも本当だった。俺は急いでたから、箱を一度開けて空だと思って、そのまま捨てた」
まだ返事はない。
「料理帳が本当に入ってたかは今も分からない。でも、入ってなかったって断言したのも悪かった。俺は底まで確かめてなかった」
言葉は、思ったより続いた。
「処分場を探したから、それで俺はできることやったみたいな顔したのも悪かった。わざとじゃないとか、知らなかったとか、自分が悪くない理由ばっかり言ってた」
カレンの目が少し動いた。
「……そうだね」
初めて返事があった。
「お前が大事にしてたものを、俺がなくしたかもしれない。それでお前が怒った時に、一度も悪かったって言わなかった。そこも悪かった」
ローディは息を吐いた。
「本当に悪かった」
カレンは黙っている。
「今さらだと思う」
「今さらだよ」
「ああ」
「三年前に言ってほしかった」
「分かってる」
「分かってなかったでしょう」
「その時は分かってなかった」
「半年後は?」
ローディは黙った。
「その頃には分かってた」
「じゃあ何で来なかったの」
「今さらだと思った」
「一年後は?」
「もっと今さらだと思った」
「二年後は?」
「さらに言いづらくなった」
カレンは、呆れたように息を吐いた。
「馬鹿じゃないの」
「ああ」
「そこは否定しないんだ」
「できん」
少しだけ、空気が変わった。
それでもカレンの表情がすぐ柔らかくなったわけではなかった。
「私、料理帳のことだけで怒ってたんじゃないよ」
ローディは顔を上げた。
「何で」
「母さんが死んだ後、兄さんは工房の物をほとんど全部自分で決めたでしょう」
「親父の工房だったから」
「分かってる。だから私は口出ししなかった。でも倉庫には母さんの物もあった」
「……ああ」
「料理帳が見つかるかもしれないと思ったから、一回だけ自分で見たかった。それなのに、なくなってて、兄さんに聞いたら『何で言わなかった』って言われた」
カレンの声は大きくなかった。
だからこそ、ローディは言い返せなかった。
「私が悪いみたいだった」
「悪くない」
「今言うの?」
「今しか言えない」
「遅いよ」
「ああ」
以前のローディなら、そこで「でも壁は危なかった」と言っただろう。
今も、その事実自体は変わらない。
それでも、カレンが怒っている話を聞いている最中に出す必要はなかった。
「兄さん、私が何で三年間連絡しなかったか分かる?」
「怒ってたから」
「それもある。でも、一回くらい謝る気があるなら来ると思ってた」
ローディは言葉を失った。
「最初の一年は待ってた」
「……そうか」
「母さんの命日も、親戚の家で会った時も、何か言うかなって思ってた。でも兄さん、店忙しいかとかしか言わないし」
「あれは……」
「知ってる。何か言おうとしてたんでしょう」
「分かったのか」
「兄妹何年やってると思ってるの」
カレンは視線を落とした。
「二年目からは、もう来ないんだと思った」
「悪かった」
「同じ言葉ばっかり」
「他にない」
しばらく沈黙した。
店の奥で、ダリオが食器を片づける音だけが聞こえる。
ローディは次に何を言えばよいか分からなくなったが、今度は沈黙を埋めるための言い訳をしなかった。
カレンが先に口を開いた。
「料理帳は、もう戻らない」
「ああ」
「箱に本当に入ってたかどうかも分からない」
「ああ」
「もし入ってなかったとしても、私は兄さんの言い方に怒ってる。それと、三年放っておいたことにも」
「分かってる」
「だから今日謝られたからって、明日から前みたいには無理」
胸が重くなった。
予想していた言葉でも、実際に聞けば痛かった。
「分かった」
「怒らないの?」
「何に」
「せっかく謝ったのにって」
ローディは少し考えた。
「前なら怒ったと思う」
「今は?」
「俺が謝るのと、お前が許すのは別だろ」
カレンが兄を見た。
長い沈黙の後、ほんの少しだけ口元が動いた。
「誰に教わったの、それ」
「食堂」
「何?」
「胡桃焦がした」
「もっと分からない」
三年ぶりに、カレンが兄の話へ少しだけ興味を示した。
ローディは《持ち込み食堂》へ焦げた蜜胡桃を持っていき、肉と一緒に包み焼きへされたことを説明した。
「それで私に謝ろうと思ったの?」
「謝ろうとは前から思ってた」
「思ってただけで三年」
「そこは言うな」
「言うよ。まだ怒ってるから」
「分かった」
「その返事も腹立つ」
「じゃあ何て言えばいい」
「知らない」
二人とも、少しだけ笑った。
カレンの声にはまだ棘があり、三年前の出来事が消えたわけではない。
それでも会話は続いていた。
「蜜胡桃、まだあるの?」
「焦げたのなら」
「いらない」
「持ってきてない」
「珍しく正解」
「食い物で誤魔化すなと思った」
「それは正解」
ローディは頷いた。
「今日は帰る」
「もう?」
「謝るだけに来た」
「話したいこと、他にないの?」
「ある。でも今全部やったら、俺が早く元通りにしたいだけになる気がする」
カレンは少し驚いた顔をした。
「本当に何があったの」
「だから胡桃焦がした」
「胡桃一回焦がしたくらいで、人間そんなに変わらないでしょう」
「俺もそう思う」
ローディは立ち上がった。
「じゃあな」
「兄さん」
呼び止められ、振り返る。
カレンは少し迷ってから言った。
「……今日は来てくれてよかった」
それだけだった。
許したとは言わなかった。
前みたいにしようとも言わない。
それでもローディには、その日はそれで十分だった。
◇
翌朝になると、ローディはすぐ《麦灯り》へ行きたくなった。
昨日のカレンが、今はどう思っているのか知りたい。
怒りは減ったのか。
少し許してくれたのか。
次はいつ話せるのか。
しかし、工房の戸を開けながら思い直した。
謝罪した翌日に返事を確かめに行けば、結局は自分が安心したいだけになる。
一週間、何もなかった。
市場ですれ違うこともなければ、カレンから連絡もない。
ローディは何度か不安になったが、仕事を続けた。
十日目、ダリオが修理に出していた革帯を取りに来た。
「直ったぞ」
「助かる」
代金を払い、それだけで帰ると思ったところで、ダリオが言った。
「話したらしいな」
「ああ」
「カレン、昨日お前の悪口言ってたぞ」
「何て」
「三年遅いって」
「その通りだ」
「あと、昔から肝心な時に言葉足りないって」
「それも知ってる」
「それだけ言えるなら大丈夫だろ」
「何が大丈夫なんだ」
「知らん。俺は伝言係じゃない」
ダリオは笑って帰った。
二週間後、《麦灯り》から椅子の修理依頼が来た。
店で使っている革張りの座面が裂れたため、張り替えてほしいという。
使いの少年が持ってきた。
「店主さんからです」
「ダリオか」
「カレンさん」
ローディは少し驚いた。
「他の工房でもいいだろ」
「僕に言われても困ります」
「そうだな」
仕事は仕事である。
翌日には修理を終え、自分で届けることにした。
昼過ぎの《麦灯り》には客が二人だけだった。
カレンが帳場にいる。
「椅子」
「早いね」
「裂れたところだけじゃなく、裏の帯も弱ってたから替えた」
「追加いくら?」
「この値段」
「兄妹割引は?」
「しない」
「昔はしてた」
「仕事だから」
「そう」
カレンは普通に代金を払った。
ローディは椅子を置き、帰ろうとした。
「お茶飲んでいけば」
足が止まった。
「いいのか」
「客として」
「金取る?」
「当たり前」
「兄妹割引は」
「しない」
少しだけ、昔の会話に似ていた。
ローディは窓際の席へ座り、出された茶を飲んだ。
「菓子は?」
「頼んでないでしょう」
「昔は余りくれた」
「三年空けた客に、いきなり常連扱い求めないで」
「厳しいな」
「嫌なら帰れば」
「茶はうまい」
「なら飲んで」
そこで会話が一度切れた。
ローディは無理に昔の調子へ戻そうとせず、茶を飲んだ。
しばらくしてから尋ねる。
「母さんの料理帳、覚えてる料理あるか」
カレンの表情が少し変わった。
「何で」
「俺、母さんの料理あんまり見てなかったから」
「蜜胡桃くらい?」
「あれは知ってる」
「魚の香草蒸しとか、根菜の塩煮とか」
「覚えてるのか」
「全部じゃないよ」
「書いたら?」
カレンは黙った。
「料理帳の代わりにはならんけど、今覚えてるものまで忘れる前に」
「分かってる」
「俺が覚えてることも言う」
「兄さん、何覚えてるの」
「根菜煮る時、母さん最初から塩入れるなって言ってた」
「それだけ?」
「今思い出した」
「少ない」
「だからお前が書け」
「命令しないで」
「……悪い」
すぐ言い直した。
カレンが少し笑う。
「前より謝るの早くなったね」
「練習中だ」
その日は、それ以上料理帳の話をしなかった。
兄妹の関係は、そこからも急に元通りにはならなかった。
ローディが毎週《麦灯り》へ通うようになったわけではなく、カレンが昔のように工房へ菓子を持ってくるようになったわけでもない。ただ、仕事があれば互いに頼み、市場で会えば会釈だけではなく二、三言話すようになり、母の命日には墓地へ行く時間を事前に相談した。
小さな変化だった。
ローディは、それを急がせないようにした。
謝ったのだから早く前へ進みたいと思うのも、結局は自分の都合だからだった。
春先、カレンから一枚の紙を渡された。
「何だ」
「覚えてる料理、書いた」
紙には、母がよく作っていた料理の名前が十ほど並んでいた。分量まではほとんどなく、《蜜胡桃》の横には「蜜は少なめ、焦げる前に火を止める」と書かれている。
「嫌味か」
「事実」
「俺が焦がしたの知ってるから書いたな」
「聞いたから」
ほかには《鳥肉と黄根の酢煮》《白豆の香草潰し》《夏魚の塩葉包み》など、ローディにも名前だけなら覚えがある料理が並んでいた。
「これだけ?」
「今はね。思い出したら増やす」
「俺も思い出したら言う」
「変なこと足さないでよ」
「母さんがやってたことだけ言う」
「本当に?」
「たぶん」
「信用ない」
その言い方には、昔の調子が少しだけ戻っていた。
初夏になると、ローディはもう一度蜜胡桃を作った。
今度は火から目を離さず、胡桃を乾煎りしてから薄い蜜を絡め、香りが変わる直前で鍋を外す。塩をほんの少し振り、一粒食べると焦げの苦味はなかった。
母の味と同じかどうかは分からない。
カレンが昔作っていたものとも、少し違う気がする。
それでも十分に美味しかった。
布袋へ入れ、《麦灯り》まで持っていく。
「何」
カレンが袋を見る。
「蜜胡桃」
「謝罪の続き?」
「違う」
「本当に?」
「ただ作った。食いたきゃ食え」
「偉そう」
「嫌なら持って帰る」
「一個食べる」
カレンが口へ入れた。
「どうだ」
「蜜多い」
「少ないだろ」
「母さんのはもっと少なかった」
「本当か?」
「たぶん」
「じゃあ次減らす」
「焦げてないのは偉い」
「子ども扱いするな」
そのまま袋を店へ置いていき、翌週来た時には空になっていた。
◇
夏になる頃には、カレンが母の料理をいくつか試し始めた。
失われたかもしれない料理帳を完全に再現することはできないため、自分が覚えている匂いや味、兄が思い出した断片、古い親戚の記憶を少しずつ集めながら作る。
一度目は酸味が弱い。
二度目は塩が強い。
三度目で少し近づく。
ローディも時々呼ばれた。
「これ覚えてる?」
根菜と鳥肉を煮た皿を出される。
「もっと酸っぱかった気がする」
「私もそう思う」
「母さん、最後に酸味入れてた」
「何使ってた?」
「知らん」
「役に立たない」
「覚えてるだけ言っただろ」
「じゃあ次、梅実酢で試す」
完全な再現にはならない。
それでも、母の料理を巡って話すこと自体が、兄妹の間に新しい時間を作っていた。
ある日、カレンが鍋を見ながら言った。
「料理帳、本当にあの箱に入ってたか、最近ちょっと自信なくなってきた」
ローディは驚いた。
「何だそれ」
「記憶って曖昧だから。別の箱だったかもしれない」
「じゃあ俺――」
そこまで言って止まる。
カレンが兄を見る。
「今、俺悪くなかったって言おうとした?」
「昔なら言ってた」
「絶対言ってた」
「今は違う。箱に入ってたかどうかで、俺があの時言ったことが変わるわけじゃない」
「そういうこと」
「成長したな、俺」
「自分で言う?」
「三年かかった」
「遅い」
「それも知ってる」
二人で笑った。
秋の初め、ローディは再び《持ち込み食堂》へ行った。
今度の袋に入っている蜜胡桃は、焦げていない。
「いらっしゃいませ」
ミレイアが袋を見る。
「また胡桃?」
「ああ」
「焦げた?」
「焦げてない」
「すごい」
「お前まで子ども扱いするな」
悠斗も出てくる。
「今日は普通に食べるんです?」
「そのままじゃつまらん。何か作ってくれ」
「妹さんには謝れました?」
ローディは少し黙った後、頷いた。
「謝った」
「仲直りしました?」
「そこは分からん」
「分からない?」
「前より話す。でも前と同じじゃない」
ミレイアが尋ねる。
「それ、嫌です?」
「最初は早く元に戻したかった。でも今は、同じじゃなくてもいいと思ってる」
「何で?」
「三年話してなかったんだから、その三年がなかったことになるわけじゃない。俺が謝るの遅かったのも消えない。でも今は話せる」
悠斗は蜜胡桃を使い、香ばしく焼いた根菜と薄切り肉の温かな和え物を作った。今回は焦げの苦味がないため、胡桃そのものの甘さと蜜の香りを生かし、少量の塩と酸味を加えて全体を軽くまとめる。
ローディは一口食べた。
「前の焦げたやつよりうまい」
「それはよかったです」
「でも前の料理も嫌いじゃなかった」
「失敗した食材だったのに?」
「失敗したからって、その後全部駄目になるわけじゃないって分かったからな」
その年の冬、母の命日に、ローディとカレンは二人で墓地へ向かった。
ダリオは店番をしている。
兄妹だけで長く歩くのは、何年ぶりか分からなかった。
墓へ花を置き、枯れ葉を払い、石についた汚れを落とす。
掃除が終わると、カレンが小さな紙包みを出した。
「何だ」
「蜜胡桃」
ローディも布袋を取り出した。
「俺も持ってきた」
二人とも止まる。
「何で兄さんまで」
「母さん好きだっただろ」
「かぶった」
「昔もあったな」
少量だけ墓前へ供え、残りは帰り道で食べることになった。
「どっちがうまい?」
ローディが尋ねる。
「自分で聞く?」
「比べろ」
「私の」
「即答か」
「兄さんの、まだ蜜多い」
「前より減らした」
「それでも多い」
「母さんの分量分からんだろ」
「舌で覚えてる」
「俺も覚えてる」
「じゃあ違う舌なんじゃない」
「それなら答え出ないな」
「出さなくていいでしょう」
カレンが何でもないように言った。
ローディは少し笑った。
三年前なら、一つの正しい答えを決めようとしたかもしれない。
料理帳が本当に木箱へ入っていたのか。
誰の記憶が正しいのか。
自分はどこまで悪かったのか。
謝れば許されるべきなのか。
兄妹は昔と同じ距離まで戻れたのか。
今は、そのすべてに一つの答えを出す必要はないと思える。
失った料理帳は戻らず、三年間ほとんど話さなかった事実も消えない。カレンがその間に何を感じていたかを、ローディが後から全部埋め合わせることもできない。
それでも、そこで関係を終わらせなければならないわけではなかった。
ローディは長い間、謝罪を「壊れた関係を元通りにするための言葉」だと思っていた。だからこそ元通りにならない可能性が怖く、相手が怒らない言い方を探し、許してくれそうな日を待ち、完璧な機会が来ないまま三年を過ごした。
実際に必要だったのは、相手の返事を先回りして決めることではなく、自分が悪かったと思っていることを、自分の責任として伝えることだった。
許すかどうかはカレンが決める。
どれだけ時間が必要かも、昔と同じ距離まで戻るかどうかも、兄だけでは決められない。
焦げた蜜胡桃を、焦げる前の甘い菓子へ戻せなかったのと同じように、一度起きた出来事まで消すことはできない。それでも、苦味の残った胡桃から別の料理を作れたように、変わってしまった関係にも、その時点からできることは残っている。
冬の冷たい風が南門の方から細い通りへ吹き抜ける中、ローディは隣を歩く妹から「次の蜜胡桃は本当に蜜を減らして」と念を押され、今度こそ母の味に近づけると言い返した。カレンは「それ、毎回言ってる」と笑ったが、ローディはもう、その笑い方が三年前と同じかどうかを確かめようとは思わなかった。
同じでなくても、今ここで妹が自分と歩きながら笑っていることには変わりがない。
怒っている時には、その怒りを聞けばよい。
距離を置きたいと言われた時には、待てばよい。
言うべきことがあるなら、相手が望んだ返事をしてくれる日まで延ばすのではなく、自分がその言葉の責任を持てる日に伝えればよい。
墓地から続く道の途中で、カレンは次に試したい母の料理として《白豆の香草潰し》を挙げ、ローディは《夏魚の塩葉包み》を先にした方がいいと言った。意見は最後まで一致しなかったため、それぞれ一つずつ作ることになり、どちらが先だったかは覚えていないから決めなくていいという結論になった。
兄妹は、失われた三年間を取り戻しているわけではなかった。
取り戻せない時間まで含めた今の二人として、次に話すことや、次に一緒に食べるものを少しずつ増やしているだけだった。
ローディは、それで十分だと思えるようになっていた。
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