第65話 固くなった蜜梨と、畑を継がせたくない果樹農家
オルベン・クラウスは五十二歳になる人間の男性であり、レーヴェンから西へ馬車で一日半ほど進んだ果樹村で、蜜梨を中心に複数の果樹を育てる農家として三十年以上働いてきた。日に焼けた顔には目尻から頬へ向かって深い皺が刻まれ、短く刈った焦げ茶色の髪にはかなり白いものが混じっている。若い頃に比べれば背中は少し丸くなったものの、枝へ梯子を掛け、木箱を荷車へ積み、朝から果樹園全体を見回れる程度の体力はまだ十分に残っており、村では今でも「クラウスの親父」と呼ばれて頼られることが多かった。
果樹農家としての腕にも不足はなく、春先に枝の芽を見れば、その年にどこへ実が集中しそうかを予想し、花が多すぎれば早めに間引き、夏になれば日当たりを確保するため不要な枝を落とす。雨が続いた後には根元の状態を確認し、熟す直前に強い風が来そうなら落果しやすい木から先に収穫するなど、一年の収穫量だけではなく、その木が翌年も実をつけられるかどうかまで考えて手を入れる農家だった。
その考え方は、父から受け継いだものでもある。
果樹は麦や豆とは違い、今年植えて今年収穫するものではない。一本の木が十分な実をつけるまでには何年もかかり、無理に実らせすぎればその年は豊作に見えても翌年に弱ることがある一方、今年少し実を減らして木を休ませれば、その先で長く収穫を続けられる。
だからこそ、目の前の利益だけで木を使い切ってはいけない。
オルベンは、その考え方を誰より理解しているつもりだった。
それなのに、自分の一人息子についてだけは、まったく逆のことをしようとしていた。
息子には、この果樹園を継がせたくない。
それが、ここ数年のオルベンが誰にもはっきり言い切れずに抱えていた考えだった。
◇
ハーゼル村は、小高い丘が幾重にも続く土地にあり、斜面の多くが果樹園として使われていた。春には白や薄桃色の花が丘を覆い、夏には葉の間へ小さな実が増え、秋になると収穫した果実を積んだ荷車が村の道を忙しく行き来する。蜜梨、赤実林檎、黄桃、酸味の強い小粒の柑橘など、育てているものは家ごとに違うが、村全体として最も有名なのは《蜜梨》だった。
蜜梨は、大人の拳ほどの大きさになる淡黄色の果実であり、熟した直後には果肉が柔らかく、噛むと蜜のような甘い果汁が口いっぱいへ広がる。普通の梨より香りが強く、レーヴェンでは贈答用にも使われるため、外見と味の揃ったものならかなりの高値で売れる。
その一方で、扱いの難しい果実でもあった。
熟す前に収穫すれば固く、香りも弱いが、木の上で熟させすぎれば少しの衝撃で傷み、運搬中に形が崩れることもある。そのためハーゼル村では、まだ少し固さが残る時期に収穫し、倉庫で数日置いて追熟させてから出荷するのが一般的だった。
オルベンの家では、祖父の代から蜜梨を作っていた。
現在の果樹園には、大小合わせておよそ百二十本ほどの木があり、そのうち七十本近くが蜜梨で、残りが赤実林檎や黄桃である。オルベンは十六歳から本格的に父の仕事を手伝い始め、二十三歳で結婚し、二十六歳の時に父から果樹園の大半を任された。
若い頃のオルベンは、今よりずっと気が短かった。
実が小さければ肥料を増やし、枝が弱ければすぐに切り、収穫量が落ちた年には何が何でも翌年に取り返そうとする。そのたびに、父から同じようなことを言われた。
「木はお前の都合で育たん」
「でも今年売らないと金にならないだろ」
「今年だけ見てどうする」
「来年も作るよ」
「来年も作りたいなら、今年全部取るな」
当時は、慎重すぎる父を古いと思っていた。
ところが自分が果樹園を任され、数年、十年、二十年と同じ木を見続けるうちに、その言葉の意味が嫌でも分かるようになった。
果樹は、急がせても思い通りにはならない。
待つべき時には待ち、切るべき枝は切り、残すべき枝は残し、今年の利益だけで木を使い切らない。それが、長く果樹園を続けるためには必要だった。
◇
オルベンには、一人息子がいた。
名前はユアン・クラウス。
二十四歳になる青年で、母親であるサリアに似て父より少し背が高く、明るい栗色の髪を持っている。幼い頃から果樹園の中で育ち、十歳になる前には落ちた果実を拾い、十四歳頃には収穫箱を運ぶようになり、十八歳になる頃には剪定鋏も扱えるようになって、どの枝を残すかについて父と意見を交わすほどになっていた。
周囲から見れば、当然のように跡継ぎだった。
本人も、果樹園を嫌ってはいなかった。
むしろ好きだった。
それが、オルベンにとっては困ることだった。
「ユアン、来年から南の商会へ行け」
最初にそう言ったのは、息子が二十歳の時だった。
冬の剪定が一段落した夕食後、何の前触れもなく父から言われたユアンは、しばらく意味を理解できない顔をしていた。
「商会?」
「レーヴェンの南市場に、俺が付き合ってる果実商がいる。あそこなら雇ってもらえる」
「何で?」
「何でって、仕事だ」
「ここに仕事あるけど」
「外を見ろ」
「見たくないとは言ってないけど、急に何の話?」
オルベンは、その時うまく説明できなかった。
実際には、かなり前から考えていた。
自分の父が亡くなった頃からかもしれないし、それよりもっと前から、果樹園を続ける中で少しずつ積み重なっていた考えだった。
「果樹農家は、儲かる年と儲からない年の差が大きい」
「知ってる」
「霜が一回来れば花が駄目になる。雹が降れば実が傷む。病気が入れば何年も立て直せない」
「それも知ってる」
「商会なら、少なくとも毎月給金が出る」
「父さんは農家でしょう」
「だから言ってる」
「意味分からないよ」
その夜は、そこで話が止まった。
◇
オルベンが息子へ果樹園を継がせたくないと思うようになった理由には、いくつもの出来事が重なっていた。
最も大きかったのは、十年前の遅霜だった。
春に入ってから急に冷え込み、蜜梨の花が咲いた直後に強い霜が降った。丘の上側はまだ被害が少なかったが、冷気が溜まる低い場所では花の半分近くが駄目になり、その年の収穫は例年の六割にも届かなかった。
借金をするほどではなかったものの、予定していた倉庫の修理を一年延ばし、家計もかなり切り詰めた。
翌年にはある程度回復した。
しかし、その三年後には夏に激しい雹が降った。
実り始めていた蜜梨の表面へ無数の傷がつき、味に問題はなくても贈答用としては売れなくなった。加工用として安く買われたものも多く、再び収入は大きく落ちた。
さらに二年前には、隣村で果樹病が出た。
幸いハーゼル村までは広がらなかったが、もし感染していれば、長年育ててきた木を何十本も伐採する必要があった。
果樹園とは、そういう仕事である。
真面目に働けば必ず報われるわけではなく、何年も手を入れて育てた木が、一晩の天候や一度の病気で傷むことがある。
それを、オルベンは身をもって知っていた。
息子には、その苦労を背負わせたくない。
そう思う気持ちは、父親として間違っていないはずだった。
少なくとも、本人は長い間そう考えていた。
◇
問題は、ユアン本人が果樹園を続けたいと思っていることだった。
「俺、ここでやりたい」
二十一歳の春、ユアンははっきりそう言った。
「何でだ」
「何でって、好きだから」
「好きだけで食っていけない」
「今食っていけてるじゃん」
「今年はな」
「去年も」
「十年前は違った」
「俺、その時十四だったけど覚えてるよ」
「だったら分かるだろ」
「分かるよ。だから、何も知らないで言ってるわけじゃない」
オルベンは黙った。
ユアンは続けた。
「霜もあるし、雹もある。病気もある。でも商会なら絶対安全なの?」
「農家よりはましだ」
「商会が潰れたら?」
「そんな話をしてるんじゃない」
「父さんが言ってるの、結局『俺が苦労したからお前はやるな』ってことでしょ」
その言い方に、オルベンは腹を立てた。
「苦労を知らないからそんなこと言えるんだ」
「知ってるって言ってるだろ!」
それからしばらく、親子の間では果樹園の将来について話すことを避けるようになった。
仕事は一緒にする。
剪定もする。
収穫もする。
ただ、「継ぐ」という言葉だけは出さない。
ユアンも無理に迫らず、オルベンも結論を出さないまま、その状態が三年以上続いていた。
◇
妻のサリアは、その間に何度も夫へ言った。
「ユアンとちゃんと話した方がいいよ」
「話してる」
「話してないでしょう。言い合って終わってるだけ」
「危ない仕事だって説明してる」
「そんなの、あの子は子どもの頃から見てるよ」
「見てるのと背負うのは違う」
「だから背負うかどうか決めるのはユアンでしょう」
「親が止めるのも仕事だ」
「止めるのと、決めるのは同じじゃないよ」
オルベンは、そのたびに聞き流した。
自分には経験がある。
息子にはない。
だから、経験のある側が危険を判断する。
それが親として当然だと思っていた。
しかし内心では、一つだけ認めたくないことがあった。
ユアンの方が、自分より新しい考えを持っている部分もあったのである。
ユアンは、果実をそのまま売るだけではなく、傷のあるものを加工して売ることに興味を持っていた。
雹で傷ついた蜜梨、熟しすぎた果実、形が悪く贈答用にならないものでも、煮たり、乾燥させたり、菓子へ使ったりすれば、安値で加工業者へまとめて売るより利益を出せる可能性があると考えていた。
「小さい加工小屋作れないかな」
息子が初めて言い出した時、オルベンはすぐ反対した。
「誰が作る」
「俺たちで」
「果樹園だけで手一杯だ」
「秋の収穫期以外なら、時間ある時期もある」
「設備に金がかかる」
「最初は小さくやればいい」
「売れなかったらどうする」
「試さないと分からない」
「分からないことに金を出せるか」
話はそれで終わった。
別の時には、ユアンが村の若い農家数人と共同で、レーヴェンへ直接販売する話を持ち出したが、それもオルベンは反対した。
「商人に任せればいい」
「でも直接売れば、状態のいいものはもっと値段つくかもしれない」
「運ぶ手間が増える」
「交代でやればいい」
「果樹園を空けるのか」
「毎日じゃない」
「昔から今のやり方で回ってる」
「だからって、ずっと同じでいいとは限らないでしょ」
その言葉にも腹が立った。
自分が長年守ってきたものを否定されたように感じたからである。
ただ、後になって考えれば、息子は果樹園を嫌っているのではなく、続けるための方法を増やそうとしていた。
それでもオルベンは、「続けさせたくない」という前提があるため、息子の提案をまともに聞けなくなっていた。
◇
その年の秋、蜜梨は豊作だった。
春の花付きがよく、夏に大きな嵐もなく、実も十分に育った。
ところが、収穫後の倉庫で別の問題が起きた。
追熟させていた一部の蜜梨が、思ったように柔らかくならなかったのである。
外見は悪くなく、腐ってもおらず、香りも多少は出ているが、果肉が固く、普通に食べるには明らかに質が落ちる。
原因は、収穫時期が早すぎた区画だった。
大型の雨雲が近づいているという知らせを受け、落果を恐れて一部を予定より二日早く収穫したものの、結果として嵐は村を逸れた。木から早く外した蜜梨は、その後いくら置いても、理想的な柔らかさまで追熟しなかった。
「この箱、どうする?」
倉庫でユアンが尋ねた。
十箱以上ある。
「加工屋へ回す」
「また安く?」
「仕方ない」
「煮たら使えると思う」
「家で食う分ならな」
「だから、こういう時の加工をやりたいんだよ」
オルベンは眉を寄せた。
「またその話か」
「今しないでいつするんだよ。実物あるんだから」
「失敗品で商売始める気か」
「失敗品だから使い道考えるんだろ」
「簡単に言うな」
「簡単じゃないから試したいんだよ」
親子の声は少しずつ大きくなった。
「お前は農業を甘く見てる」
「またそれ?」
「加工までやるなら、今以上に仕事が増える」
「だから小さく試すって言ってる」
「売れなかったら全部無駄だ」
「果実を安く売るのは無駄じゃないの?」
「少なくても金にはなる」
「何でも危ないからやめろって言うなら、果樹園だってやめればいいだろ!」
その言葉で、倉庫の空気が止まった。
ユアンも言いすぎたと思ったらしいが、もう引っ込めなかった。
「父さん、自分は続けてるくせに、俺にはやるなって言う。それで、続けるための案を出したら全部危ないって止める。じゃあ俺に何をしてほしいんだよ」
「外で安定した仕事をしろ」
「俺はそれを望んでない」
「今はな」
「いつまで子ども扱いするんだ」
「子どもだから言ってるんじゃない!」
「じゃあ何で俺が決めちゃ駄目なんだ!」
オルベンは、その問いへ答えられなかった。
結局、ユアンは倉庫を出ていった。
◇
その晩、夫婦だけになった後で、サリアが言った。
「あなた、怖いんでしょう」
「何が」
「ユアンが失敗するのが」
「当たり前だ」
「違うよ。自分と同じ苦労をするのを見るのが怖いんでしょう」
オルベンは黙った。
「十年前の霜の年、あなたずっと自分を責めてたものね」
「俺のせいじゃない」
「分かってる。でも、もっとできたんじゃないかって何度も言ってた」
「農家なら考える」
「雹の年もそうだった」
「何が言いたい」
「ユアンがこの仕事を継いだら、いつか同じようにどうにもできない年が来る。それを見るのが嫌なんじゃない?」
図星だった。
だからこそ、認めたくなかった。
「親なら、苦労させたくないのは普通だろ」
「普通だと思う。でも、苦労しない人生をあなたが選んであげることはできないよ」
「商会なら今より安定する」
「ユアンがそこで幸せかどうかは?」
オルベンは答えられなかった。
「それも、あなたには決められないでしょう」
その夜、オルベンはほとんど眠れなかった。
◇
翌朝、固い蜜梨の箱を前にして、しばらく動けなかった。
加工屋へそのまま渡せば話は早い。
味に問題がなければ、煮込み用の果肉や酒の材料として使われる。
金額は低いが、売れないわけではない。
それでも、ユアンの言った「煮たら使える」という言葉が残っていた。
何か別の使い道があるかもしれない。
本当なら、息子に試させればよい。
そう思う一方で、今すぐ本人へ頼むのは、昨夜の言い争いの後では素直にできなかった。
午前中、レーヴェンへ出荷する便があった。
オルベンは、その荷車へ固い蜜梨を五個だけ積んだ。
「それ、売り物?」
サリアが尋ねる。
「違う」
「どこへ持っていくの」
「料理してもらう」
「誰に?」
「レーヴェンの店」
サリアは少し驚いた顔をした。
「ユアンとやればいいのに」
「まず俺が食ってみる」
「頑固だね」
「知ってる」
それ以上は言われなかった。
◇
レーヴェンへ着いたオルベンは、出荷を済ませた後、西区へ向かった。
《持ち込み食堂》については、村へ来た商人から聞いたことがあった。客が持ってきた食材を料理し、珍しいものや扱いに困るものでも、食べられる状態なら相談に乗ってくれるという。
店へ入ると、ミレイアが迎えた。
「いらっしゃいませ」
「食材持ってきた」
「はい。見てもいいですか?」
オルベンは布袋から蜜梨を出した。
「蜜梨ですね」
「知ってるか」
「食べたことあります。甘いやつですよね」
「本来はな」
悠斗も厨房から出てきた。
「どうしました?」
「固い」
一つ渡すと、悠斗は指で押して状態を確かめた。
「確かにかなり固いですね」
「早く収穫しすぎた。置いても柔らかくならなかった」
「味は?」
「甘さは多少ある。香りも弱いが、腐ってはいない」
「切って見ても?」
「そのために持ってきた」
悠斗が蜜梨を切ると、果肉は普通の蜜梨より白く、包丁を入れた時の感触もかなり硬かった。
一切れを薄く切って味を見る。
「甘味はありますね」
「でも生じゃ売れん」
「歯ごたえかなりあります」
「蜜梨として期待して食べたら外れだ」
オルベン自身も一切れ食べた。
酸っぱくはなく、不味いわけでもないが、蜜梨の名前から想像する柔らかさも果汁も足りない。
「加工する予定ですか?」
悠斗が尋ねる。
「普段なら加工屋へ安く売る」
「今日は?」
「別の使い方があるか見たい」
「自分で何か試しました?」
「息子が煮ろと言ってる」
「息子さん?」
オルベンは少し嫌そうな顔をした。
「果樹園を手伝ってる」
「料理する人?」
「そこまでじゃない。ただ、加工やりたがってる」
「なら、この梨を使いたいんですか?」
「たぶんな」
「一緒に来なかったんですね」
「喧嘩した」
ミレイアが少しだけ目を丸くした。
◇
オルベンは、本来なら家の話をするつもりはなかった。
ただ、蜜梨を切っている悠斗を見ているうちに、昨日の言い争いが頭から離れなくなった。
「息子に果樹園継がせたくない」
自分から言った。
ミレイアが尋ねる。
「息子さんは継ぎたい?」
「そう言ってる」
「じゃあ何で?」
「この仕事は危ない」
「危ないって、怪我?」
「それもある。だが一番は収入だ。天候で全部変わる」
十年前の霜のこと、雹のこと、病気の危険や、一年かけて育てても収穫前に駄目になることがあるという現実を、オルベンは順番に話した。
「だから外で働いてほしい?」
「商会なら毎月給金が出る」
「息子さんはそれが嫌?」
「果樹園をやりたいらしい」
「何歳です?」
「二十四」
ミレイアは少し考えた。
「大人ですね」
「分かってる」
「でも決めさせたくない?」
「失敗するのが分かってる道を、親が黙って見てるのか」
「失敗するって決まってるんですか?」
オルベンは眉を寄せた。
「農業は失敗する年がある」
「毎年?」
「毎年じゃない」
「じゃあ、失敗するかもしれない?」
「同じことだ」
「かなり違うと思いますけど」
ミレイアは普通に言った。
オルベンは少し腹が立った。
「若い奴は簡単に言う」
「私、果樹農家じゃないので、仕事の大変さは分かりません」
「なら」
「でも、息子さんも知らないんですか?」
その問いで止まった。
「子どもの頃から手伝ってるんですよね?」
「ああ」
「霜の年も?」
「十四だった」
「雹の年も?」
「いた」
「じゃあ、何も知らないで言ってるわけじゃない?」
昨日、ユアン本人にも同じことを言われた。
オルベンは黙った。
◇
悠斗は、固い蜜梨を二つの大きさへ切り分け始めた。
一つは薄切り。
もう一つは少し大きめの角切り。
「何する」
「二通り試します。固いなら、その硬さを少し残す方と、柔らかくする方です」
「柔らかくなるか?」
「煮ればたぶん。ただ、どこまで崩れるか分からないので少量ずつやります」
薄切りの蜜梨には少量の油を絡め、鉄板へ並べる。
「果物焼くのか」
「甘味が弱いなら、焼いて水分を少し飛ばしたら香りが出るかと思って」
「焦げやすいぞ」
「気をつけます」
角切りの方は鍋へ入れ、少量の水と蜜、酸味のある果汁を加える。
「甘く煮るのか?」
「一つはそうします。でも甘いだけじゃなくて、あとで別のものと合わせたいです」
オルベンは調理を見ながら、自然と果実の状態ばかり確認していた。
「焼くなら薄すぎると崩れる」
「このくらい?」
「もう少し厚くてもいい」
「じゃあ変えます」
自分が育てた果実がどう扱われるのか気になるのは、農家として当然だった。
「息子さんも、こういうの考えるんですか?」
悠斗が尋ねた。
「加工小屋を作りたいって言ってる」
「何を作る予定?」
「煮た果実とか、乾燥したやつとか。傷物も使いたいらしい」
「今回みたいな梨も?」
「だから昨日、煮れば使えるって言ってた」
「いい考えだと思います?」
オルベンは少し迷った。
「理屈ではな」
「でも反対?」
「金がかかる」
「それは確かに」
「売れる保証もない」
「それもそうですね」
「人手も必要だ」
「そうですね」
全部そのまま認められたので、逆に言葉が止まった。
「何だ」
「いや、反対する理由はちゃんとあるなと思って」
「当たり前だ」
「なら、その理由を息子さんと一緒に確認したらいいんじゃないですか?」
「確認?」
「設備にいくらかかるか、何個売れば回収できるか、誰が作業するかとか」
「そんなの最初から無理だと」
「計算したんですか?」
オルベンは答えなかった。
計算はしていない。
危ないと思った時点で、詳しく聞かなかったからである。
「息子さんは大きい加工場を最初から作りたいんです?」
「小さく試すと言ってる」
「どれくらい?」
「知らん」
「聞かなかった?」
「……聞いてない」
ミレイアが横から言った。
「それ、息子さんの案に反対したというより、案を全部聞く前に反対した感じです?」
「危ないのは分かる」
「分かる部分と、まだ聞いてない部分があるんじゃないですか?」
オルベンは、何も返せなかった。
自分では経験から判断したつもりだった。
しかし実際には、「加工」という言葉を聞いた瞬間に、設備費、失敗、借金という悪い結果まで一気に考え、息子がどの程度から始めたいのかを確かめていない。
直接販売の話も同じだった。
毎日レーヴェンへ行く必要があると思い込んで反対したが、ユアンは最初から「交代で」と言っていた。
自分は危険を教えているのではなく、危険があるものを全部選択肢から消そうとしていたのかもしれなかった。
◇
鉄板の上では、蜜梨の表面が少しずつ色づいていた。
焼くことで水分が抜け、もともと弱かった香りが少し強くなっている。
悠斗はそこへ少量の塩と、香りの穏やかな乳酪を合わせた。
「甘い果物に塩?」
「甘さが弱いので、少しだけ輪郭を出したくて」
「乳酪は?」
「塩気と脂を足します」
焼き上がった蜜梨を一切れ、オルベンが食べる。
生より柔らかいが、まだ少し歯ごたえが残っている。表面には焼いた香ばしさがあり、蜜梨の弱い甘味と乳酪の塩気が合っていた。
「これなら食える」
「生よりいい?」
「かなりいい」
「硬さが完全になくならなくても、料理としてなら使えそうですね」
「ああ」
一方、鍋の角切り蜜梨はさらに柔らかくなっていた。
悠斗は一部を潰し、煮汁と馴染ませる。
「こっちは何になる」
「肉と合わせます」
「果物と肉?」
「甘味と酸味があるので、煮込みのソースにします」
薄切りの豚に似た肉を焼き、余分な脂を落とした後、そこへ煮た蜜梨を少量加え、果汁と肉汁を絡める。仕上げには胡椒に似た香辛料を少しだけ使った。
皿へ盛られた《蜜梨と焼き肉の果実煮絡め》を見て、オルベンは少し疑った。
「甘くないか」
「食べてみてください」
一口食べる。
蜜梨だけなら少し甘いが、肉の脂と合わさると、その甘さが重さを和らげ、酸味も後味を軽くしていた。
「……悪くない」
「嫌そうな顔してましたね」
「肉に梨って言われたらな」
「でも使える?」
「使える」
もう一口食べる。
売り物にならない固い蜜梨が、普通の蜜梨とは違う形で料理になっている。
傷んでいるわけではない。
ただ、生食用として求められる状態ではなかった。
それだけだった。
◇
「これ、息子さんと試したらよかったですね」
ミレイアが言った。
オルベンはすぐには返さなかった。
「喧嘩したからな」
「今日帰ったら?」
「何を言う」
「分からないです。そこは親子で考えてください」
「そこまで言ったなら最後まで言え」
「私がお父さんじゃないので」
ミレイアは笑った。
悠斗が、残った煮蜜梨を小さな器へ入れる。
「持って帰ります?」
「いいのか」
「作った分なので。息子さんにも食べてもらったら」
オルベンは器を見た。
「これ持って帰って、加工しろって言ったら勝手すぎるな」
「やりたいって言ってるなら、喜ぶかもしれませんよ」
「昨日まで反対してたんだぞ」
「じゃあ、反対した理由も言えばいいんじゃないですか」
「苦労させたくないって?」
「それも」
オルベンは長く息を吐いた。
「俺は、あいつが農家になったら、いつか必ず嫌な年を見ると思ってる。霜で花が死ぬ年もあるし、雹で全部傷になることもある。病気が来たら、何十年育てた木を切ることだってある」
「はい」
「俺はそれを知ってる。だから、あいつが同じ目に遭うのが嫌なんだ」
「息子さんが別の仕事で苦労したら?」
オルベンは顔を上げた。
「それは」
「商会だって大変なことありますよね」
「あるだろうな」
「その時もやめさせる?」
オルベンは答えられなかった。
「苦労しないところを選ぶのは、たぶん難しいと思います」
ミレイアの言葉は穏やかだった。
「なら、自分で選んだ苦労の方が、まだ耐えられる人もいるんじゃないですか?」
オルベンは、すぐには認められなかった。
ただ、否定もできなかった。
◇
自分も若い頃、果樹農家を嫌々続けたわけではない。
父から継いだ仕事ではある。
それでも、二十代半ばには自分で続けると決めていた。
霜の年に苦しんでも、雹で収入が落ちても、果樹園を全部手放して別の仕事へ移ろうとは思わなかった。
苦しいことがあると知っていても、自分が選んだ仕事だった。
息子にも、その権利があるのではないか。
そう考えると、今までの自分の言い分が少しずつ違って見えた。
「親が危険を教えるのは間違ってないよな」
オルベンが言う。
「間違ってないと思います」
「止めるのも?」
「危ないと思ったら言うのはいいんじゃないですか」
「じゃあ何が違う」
悠斗が答えた。
「最後に決めるところまで取るかどうか、じゃないですか」
その言い方は、オルベンにも分かりやすかった。
自分は息子へ霜の危険を教えてよい。
収入が安定しないことも教えてよい。
加工小屋へ金を出すなら、費用を計算しろと言ってよいし、売り先を決めろと言ってもよい。
ただ、その条件を考えたうえで「それでもやる」と息子が決めるところまで、自分が奪ってよいわけではない。
果樹農家としての経験を渡すことと、息子の結論まで決めることを、同じにしていた。
「面倒だな」
オルベンが言った。
「何がです?」
「話し合うのが」
ミレイアが笑う。
「決めちゃう方が早いですからね」
「そうなんだよ」
「でも息子さん二十四歳なら、ずっと決め続けるのは無理じゃないですか」
「分かってる」
今度は、さっきより素直に言えた。
◇
食事を終えた後、オルベンは残った固い蜜梨と、悠斗が作った煮蜜梨を持って店を出た。
帰路では、ずっと息子へ何を言うか考えた。
謝るだけでは足りない。
全部好きにしろと言うのも違う。
自分は、加工の危険が消えたと思ったわけではない。
設備費も必要で、加工品を売るなら保存方法も考えなければならず、果樹園の仕事との両立も必要になる。
ただ、それらを「だからやるな」で終わらせるのではなく、本当に問題になるか一つずつ見ればよい。
それが、今の自分にできることなのかもしれなかった。
ハーゼル村へ戻ったのは翌日の昼だった。
ユアンは果樹園で、収穫後の木を見ながら傷んだ枝を確認していた。
オルベンはしばらく離れたところから、その仕事ぶりを見ていた。
息子の手つきは丁寧で、勢いだけで枝を切らず、葉の状態を見て、来年の芽まで確かめている。
自分が教えたことを、ちゃんと覚えている。
「ユアン」
呼ぶと、振り向いた。
「帰ったんだ」
「ああ」
「出荷どうだった」
「問題ない」
昨夜の喧嘩が残っているせいで、少し気まずい。
「ちょっと来い」
「何?」
「食わせたいものがある」
ユアンは不審そうな顔をした。
◇
家の台所で、オルベンは持ち帰った煮蜜梨を出した。
「何これ」
「固い蜜梨を煮た」
「父さんが?」
「料理したのはレーヴェンの店だ」
「何で?」
「食ってみろ」
ユアンは匙ですくって口へ入れた。
「普通にうまい」
「肉にも合わせてた」
「だから言っただろ。煮たら使えるって」
「分かってる」
オルベンは、そこで一度言葉を止めた。
息子も黙る。
「昨日は悪かった」
ユアンの顔が少し変わった。
「急にどうしたの」
「俺は、お前に農家を継がせたくないと思ってた」
「知ってるよ」
「理由も分かってるだろ」
「危ないから?」
「ああ。でも、それだけじゃない」
オルベンは、自分でも整理しながら話した。
「俺は、お前が霜の年みたいな思いをするのが嫌なんだ。雹で一年の仕事が安くなるのも、病気で木を切ることになるのも見たくない」
「俺だって見たくないよ」
「分かってる。でも、俺は経験したから、お前には経験させない方がいいと思ってた」
ユアンは何も言わず聞いている。
「ただ、別の仕事なら苦労しないって保証もないし、お前が何をやるかまで俺が決めるのも違う」
「今さら?」
「今さらだ」
「三年くらいかかったけど」
「うるさい」
少しだけ空気が緩んだ。
「だから好きにしろってこと?」
ユアンが尋ねる。
「それも違う」
「何で?」
「加工小屋の話、ちゃんと聞く」
息子の表情が変わった。
「本当に?」
「ただし、金の話もする。人手も、保存も、売り先もだ」
「それは最初からするつもりだったよ」
「俺が聞かなかった」
「そうだよ」
「何回も言うな」
◇
その日の午後、二人は初めて加工の話を最後までした。
ユアンが考えていたのは、オルベンが想像していたような大きな加工場ではなかった。
最初に欲しいのは、小鍋を複数置ける作業台と、大きめの竈、それに瓶を煮沸できる設備程度だった。
「建物は?」
「古い物置を直せば使えると思う」
「床が木だぞ」
「竈の周りだけ石にする」
「水は?」
「井戸から運ぶ」
「量増えたら無理だ」
「最初はそんなに増やさない」
「どれくらい作る」
「今年の固い蜜梨なら、まず二箱分だけ試したい」
オルベンは驚いた。
「二箱?」
「最初から全部やるわけないだろ」
「それなら大して売れんぞ」
「売れるかを見るんだよ」
オルベンは息子の顔を見た。
「父さん、俺が何百瓶も作ると思ってた?」
「もう少し大きく考えてた」
「だから聞けって言ったんだよ」
言い返せなかった。
売り先についても、ユアンなりに考えていた。
レーヴェンの小さな菓子屋へ煮蜜梨を試しに持っていき、宿場町の二軒の宿にも朝食用や肉料理用に使えないか聞く。直接客へ瓶で売るのはその後にして、保存期間が分からないうちは長期保存品としては売らない。
「誰に教わった」
「去年から調べてた」
「俺に隠れて?」
「言うたび反対されたから」
胸が痛かった。
息子は思いつきで言っていたわけではない。
自分が聞かなかっただけだった。
「費用は?」
ユアンが帳面を出した。
竈の修理、石床、鍋、瓶、蓋、木箱など、必要になりそうなものが思っていたより具体的に書かれている。
「全部自分で払うつもりか」
「貯めてる金がある」
「足りないだろ」
「だから最初は瓶少なくする」
オルベンは帳面をじっくり見た。
危ないところはある。
楽観的な計算もある。
しかし、笑って捨てるほどではない。
◇
「ここ、瓶代が足りない」
オルベンが指を差した。
「何で?」
「割れる分を入れてない」
「そんなに割れる?」
「運ぶ時に必ず出る。二十本なら二本くらい余裕見ろ」
「分かった」
「あと薪代」
「家の薪使えば」
「家のものだから無料って考えるな。増えたら買う必要がある」
「なるほど」
「それと、作業時間」
「時間?」
「お前が加工してる間、畑の仕事を誰がやる」
「父さん」
オルベンは顔を上げた。
「当然みたいに言うな」
「いるじゃん」
「俺は無料の人手か」
「家族でしょう」
「だからって計算から消すな」
ユアンが笑った。
「分かった。作業時間も書く」
話しているうちに、オルベン自身も少し楽しくなってきた。
危険を一つずつ見つける。
無理なところを減らす。
それでも残るなら試す。
果樹の育て方と、それほど違わない。
三日後、古い物置の一角を片づけた。
まだ加工小屋と呼べるものではなく、竈も古く、作業台も仮のものだったが、そこで最初の蜜梨を煮た。
ユアンが切り、オルベンが果実の状態を見て、サリアも途中から参加した。
「甘味どれくらい入れる?」
ユアンが尋ねる。
「梨自体に少し甘さあるから、最初は少なめでいい」
「父さん、料理したことあるみたいに言うね」
「レーヴェンで見てきた」
「一回だけで偉そう」
「果実は三十年以上見てる」
「料理は?」
「黙って切れ」
サリアが笑った。
最初の鍋は、少し煮すぎた。
蜜梨の形がほとんどなくなった。
「これは瓶向きじゃないな」
「ソースなら使える」
「じゃあ肉用にする?」
「捨てるなよ」
「捨てないよ」
予定していた形にはならなかったが、食べられないわけではない。
次の使い道へ回せる。
二鍋目は火を弱くした。
今度は形が残ったものの、味が少し薄かった。
三鍋目では蜜の量を少し増やし、酸味のある果汁も加えた。
ユアンが味を見る。
「これいい」
オルベンも食べる。
「少し甘い」
「菓子に使うならこれくらい」
「肉なら前の方がいい」
「じゃあ二種類?」
「最初から増やすな」
「分かってる。まず一つにする」
結局、最初に外へ持っていくのは、甘さを控えめにした煮蜜梨へ決めた。
菓子にも肉料理にも使えるよう、味を強くしすぎない。
レーヴェンで悠斗が作ったものに近い考え方だった。
◇
最初の売り先は、レーヴェンではなく、ハーゼル村から半日ほどの宿場にある小さな宿だった。
ユアンが以前から知っている料理人へ試作品を一瓶持っていくことになり、オルベンも同行した。
「父さんも来るの?」
「売り物になるか見る」
「信用してない?」
「そうじゃない。俺も知りたい」
宿の料理人は、煮蜜梨を少量味見した。
「悪くない」
「何か使えそう?」
ユアンが尋ねる。
「焼いた豚肉には合いそうだな。朝の粥に入れるには甘すぎる」
「いくらなら買う?」
「まず二瓶なら」
そこから値段交渉が始まった。
ユアンは少し高めに言い、料理人は下げる。
オルベンは途中で口を出しかけたが、一度待った。
最後には、双方が納得できる価格へ落ち着いた。
「じゃあ来週二瓶」
「分かった」
店を出た後、オルベンが言った。
「最初の値段、高すぎる」
「分かってる。でも下げる前提で言った」
「どこで覚えた」
「父さん見てた」
少しだけ嬉しかった。
次に、レーヴェンの菓子屋へ持っていった。
そこでは逆に、「もう少し甘く煮た方が使いやすい」と言われた。
その帰り、ユアンが尋ねる。
「二種類作る?」
「まだ早い」
「でも用途違う」
「まず誰がどれだけ買うか見ろ」
「父さん、やる気になってるね」
「失敗させたくないだけだ」
「前と同じじゃん」
オルベンは一瞬止まった。
息子が笑う。
「でも今は、やるなじゃなくて、失敗減らそうとしてる」
「……悪いか」
「いや」
その違いを、オルベン自身も感じていた。
◇
最初の一か月で、加工した蜜梨は三箱分だった。
大量ではなく、売上も果樹園全体から見れば小さいものだったが、加工屋へ安く出すより一箱あたりの利益は高かった。
もちろん、手間もかかる。
瓶代も薪代も必要で、作業時間まで含めると、思っていたほど大きな利益ではない。
「これだけ?」
ユアンが帳面を見て言う。
「だから言っただろ」
「でも赤字じゃない」
「ああ」
「じゃあ続けられる」
「今の量ならな」
「増やす?」
「すぐ増やすな」
「何で?」
「売り先が増えてからだ」
ユアンは少し考えた後、頷いた。
「分かった」
以前なら、そこでまた言い争いになったかもしれない。
今は、理由を聞けば話せる。
冬へ入る前には、物置の一角を本格的に加工用へ直す計画も立て始めた。
ただし、まだ建て替えはしない。
竈の周囲だけ石へ変え、棚を一本増やし、水を運びやすくするため大きな桶を置く程度に留める。
「もっとやった方が効率いい」
ユアンが言う。
「今年の売上で足りる分だけにしろ」
「貯金ある」
「それは来年霜が来た時にも使える金だ」
ユアンが黙る。
「全部使うな。残せ」
言ってから、オルベン自身が少し笑った。
「何?」
「父さんに同じこと言われた」
「祖父ちゃん?」
「今年全部取るなってな」
「果実の話?」
「金も同じだ」
ユアンも笑った。
◇
ただし、親子の考えがすべて同じになったわけではない。
ユアンはもっと早く直接販売を増やしたがり、オルベンは商人との関係を急に減らすことへ反対した。
「直接売った方が高い」
「全部売れればな」
「市場なら人いる」
「天気悪ければ客減る」
「だから少量で」
「その少量運ぶ時間もある」
二人で何度も話した。
最終的には、月に二回だけ村の若い農家と合同でレーヴェンへ持っていくことになった。
商人への出荷は続ける。
直接販売も試す。
どちらか一方へ全部変えない。
オルベンにとって、それなら受け入れられた。
春になり、果樹園へ新しい花がつく頃には、ユアンが今後もハーゼル村に残ることを、家族の中で改めて確認した。
「本当にいいのか」
オルベンが尋ねた。
「何が?」
「今ならまだ商会へ行ける」
「まだ言う?」
「確認だ」
「行きたくなったら行く」
「いつでも?」
「ああ。果樹園やめちゃ駄目って決まりもないだろ」
オルベンは少し意外だった。
自分は、「継ぐ」と決めたら一生続けなければならないように考えていた。
ユアンは、そこまで重く考えていなかった。
「途中でやめるかもしれないのか」
「絶対やめないって言ったら安心する?」
「少しは」
「でも分からないものは分からないよ。今はやりたい」
オルベンはしばらく息子を見た。
「それでいいのかもな」
「何が?」
「今決めるのは、今の分だけで」
木も、毎年状態が変わる。
人間だけが、二十四歳で一生分を決める必要はない。
◇
初夏のある日、オルベンは再び《持ち込み食堂》を訪れた。
今回は、一人ではなかった。
ユアンも一緒だった。
二人は、小さな瓶を一つ持っていた。
「いらっしゃいませ」
ミレイアが気づく。
「あ、蜜梨のおじさん」
「もっと別の呼び方ないのか」
「今日は息子さん?」
「そうだ」
ユアンが軽く頭を下げる。
「ユアンです。父が世話になったそうで」
「かなり喧嘩してたって聞きました」
「そこまで話したの?」
ユアンが父を見る。
「必要だった」
「何で」
「知らん」
ミレイアが笑った。
「今日は何を持ってきたんです?」
悠斗が尋ねる。
ユアンが瓶を出した。
「固かった蜜梨を煮たものです」
「作ったんですね」
「はい。今は宿と菓子屋に少しだけ売ってます」
「食べてもいい?」
「そのために持ってきました」
悠斗が味を見る。
「前に作ったのより少し酸味ありますね」
「肉にも使えるように」
オルベンが答えた。
「父さんがそこ決めたんですよ」
ユアンが言う。
「お前も賛成しただろ」
「そうだけど」
「売れてます?」
「少しな」
オルベンは答えた。
「まだ小さいが、赤字にはなってない」
「じゃあ加工小屋は?」
「小屋ってほどじゃない。物置直しただけだ」
「十分だろ」
ユアンが笑った。
悠斗は、その煮蜜梨を使って簡単な肉料理を作った。
今回はオルベンも黙って見ていた。
ユアンの方が途中で口を出す。
「それ、蜜梨もう少し少なくてもいいかも」
「何で?」
「うちの、前より味強くしたので」
「じゃあ減らします」
オルベンは横で聞いていた。
「何?」
ユアンが尋ねる。
「別に」
「言いたそう」
「お前も口出すんだな」
「父さんと同じ?」
「少しな」
「嫌だな」
二人で笑った。
◇
食べながら、ミレイアが尋ねた。
「結局、果樹園は継ぐんですか?」
ユアンが答える。
「今はそのつもりです」
「今は?」
「やってみて、どうしても無理なら別のことするかもしれないです」
オルベンは以前なら、その答えへ不満を感じただろう。
今は何も言わなかった。
「お父さんは?」
「やるなら、危ないことは全部言う」
「止めない?」
「止める時もある」
ユアンが横から言う。
「今も結構止めますよ」
「理由ある時だけだ」
「本人はそう言ってます」
ミレイアが笑った。
「でも、最後は?」
悠斗が尋ねた。
オルベンは少し考えた。
「最後は、こいつが決める」
以前なら簡単には言えなかった言葉だった。
「それで失敗したら?」
ユアンが聞く。
「一緒に直せるものなら直す」
「直せない時は?」
「その時考える」
「父さん、それ昔一番嫌いだった答えじゃない?」
「何でも先に決められると思うな」
「誰の影響?」
「うるさい」
オルベンは煮蜜梨の肉料理を食べた。
◇
その年の秋、ハーゼル村にはまた蜜梨が実った。
前年ほどの豊作ではなかったが、質はよかった。
オルベンとユアンは、収穫時期を一緒に見て回った。
「下の区画、あと二日待つ?」
ユアンが尋ねる。
「天気は?」
「明後日の夜に雨」
「風は強くない」
「なら待つ?」
オルベンは実を一つ手に取った。
「待とう」
「去年なら早く取ってた?」
「去年は嵐予報だったからな」
「結果外れたけど」
「結果見てからなら何でも言える」
ユアンが笑う。
「じゃあ今年は?」
「今年の条件で決める」
それが農業だった。
経験は未来を決めるためではなく、判断する材料を増やすためにある。
ようやく、息子についても同じように考えられるようになっていた。
収穫後、今年も少量だけ固い蜜梨が出た。
完全になくなるわけではない。
同じ畑でも木によって熟し方が違い、予定通りにいかないものは必ずある。
「これ、加工へ回す?」
ユアンが尋ねる。
「生で売れないやつはな」
「去年より量少ない」
「いいことだろ」
「加工分減る」
「そっち心配するようになったか」
「だって売り先増えたから」
「じゃあ加工用にわざと早採りするか?」
ユアンは少し考え、首を振った。
「それは違うな」
「何で」
「生で一番高く売れるものを、わざわざ質落として加工するのはもったいない」
「なら足りない分は?」
「他の農家の傷物買う」
オルベンは息子を見る。
「そこまで考えてたか」
「今思いついた」
「おい」
「でもありじゃない?」
確かに、ありかもしれなかった。
翌週、村の若い農家を集めて話をした。
傷のある蜜梨、熟しすぎたもの、出荷規格に合わない形のものを、一定の条件でユアンが買い取る。
ただし腐敗しているものは使わず、味が落ちすぎたものも除き、量が多すぎても全部は買わない。
最初から大きく広げず、小さく試す。
オルベンは、その話を聞きながら口を出した。
「値段は先に決めろ」
「分かってる」
「状態ごとの基準も」
「作る」
「後で揉めるぞ」
「父さん、それ担当する?」
「お前がやれ」
「手伝って」
「最初だけな」
周囲の若い農家が笑い、オルベンも笑った。
◇
果樹園を継がせるという話は、以前のオルベンにとって、息子へ自分と同じ人生を渡すことのように感じられていた。
だから怖かった。
自分が苦労した年も、後悔した判断も、眠れなかった夜も、すべて息子が同じように繰り返す気がしていた。
しかし実際には、ユアンはオルベンと同じ農家にはならなかった。
果樹を育てながら加工を始め、直接販売も少しずつ試し、他の農家から規格外品を買い取る話まで考えている。
同じ果樹園を受け継いでも、同じ道を歩くわけではない。
受け継ぐとは、前の人間と同じ苦労まで繰り返すことではないのだと、オルベンは少しずつ理解していた。
冬の初め、父子は加工小屋でその年最後の蜜梨を煮ていた。
ユアンが鍋を見る。
「もう少し火入れる?」
「入れすぎると崩れる」
「前より固いよ」
「今年のは水分少ない」
「じゃあ少しだけ」
「自分で決めろ」
「責任逃げた?」
「違う。見て覚えろ」
「それ、祖父ちゃんみたい」
オルベンは顔をしかめた。
「嫌なこと言うな」
「父さんが言ったんじゃん」
ユアンが笑いながら火を少し弱めた。
その判断は悪くなかった。
オルベンはもう一度だけ鍋を見て、それ以上口を出さなかった。
少し煮すぎるかもしれず、逆に早く上げすぎることもあるだろうが、客へ出す前なら直せることも多く、直せない失敗なら次に覚えればよい。いつまでも自分が先に答えを出していれば、息子は自分で判断できるようにはならない。
煮上がった蜜梨は、少しだけ形を残し、去年より香りが強かった。
ユアンが味見する。
「どう?」
「悪くない」
「それ、褒めてる?」
「十分だ」
「もっと言い方あるだろ」
「売れたら褒める」
「厳しいな」
「商売だからな」
二人で笑った。
◇
外では、冬の冷たい風が果樹園の枝を揺らしていた。
今は葉も実もないが、来年の春になれば再び花が咲く。
その春に霜が来るかもしれず、夏には嵐が来るかもしれない一方で、何事もなく豊作になる可能性もある。そのどれになるかは、今の時点では誰にも分からない。
だから農家は、分からない未来を全部避けるのではなく、起こりうることを考え、備えながら木を育てる。
息子の未来についても、同じだった。
オルベンは加工小屋の窓から冬の果樹園を眺めた後、翌年の剪定についてユアンと話し始めた。どの枝を切るかについて意見が食い違えば理由を聞き、危ないと思う判断には自分の経験を伝え、それでも最後には実際に木を見る息子自身にも決めさせるつもりだった。
自分が守ってきた果樹園を渡すことは、苦労まで同じ形で背負わせることでも、父親が用意した一本の道だけを歩かせることでもない。失敗する可能性も含めて選べるだけの知識と場所を残し、自分が知っている危険を伝えたうえで、その先をどう育てるかは次に立つ者へ任せることなのだと、ようやく理解できたからである。
そして翌春、蜜梨の枝へ新しい蕾が膨らみ始めた朝、オルベンは梯子の上で剪定するユアンを少し離れた場所から見守っていた。危ない枝を残そうとした時だけ理由を添えて声をかけ、それ以外の枝まで自分の手で決めようとはしない。木が長く育つためには、その年に伸びるすべての枝を思い通りに整えるのではなく、次の季節を支える枝を選んで残さなければならないことを三十年以上知っていた果樹農家は、ようやく息子の人生についても同じように考えられるようになり、自分が答えを決めるためではなく、息子が自分で判断できるようにするための経験を、これから渡していこうと決めていた。
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