第63話 割れた香実と、弟子を取れない香辛料商
ハロルド・セインは四十六歳になる人間の男性であり、レーヴェン中央市場の南寄りに店を構える香辛料商《セイン香料店》の主人として、乾燥香草、香実、樹皮、種子、塩漬け果皮、薬味に使われる根などを扱っていた。細身ながら長年荷箱を持ち運んできたため腕にはしっかり筋肉がついており、黒に近い焦げ茶色の髪にはこめかみの辺りから白いものが混じり始め、少し尖った鼻と深い灰色の目には、客より先に香りの変化へ気づく商人らしい鋭さがあった。
店へ入った客が「肉に合うものを」と言えば、その肉が脂の多いものなのか、煮込むのか焼くのかまで聞いてから商品を選び、「魚の臭みを消したい」と言われれば、魚種や保存状態を尋ね、香りを隠すより先に食材そのものが悪くなっていないかを確認する。香辛料は強い香りを持つからこそ、何にでも多く入れればよいものではないという考えを持っており、売上のために高価な品を勧めるより、客の料理に必要な量だけを量って渡すことで信用を積み上げてきた。
市場の料理人や宿屋からの信頼も厚く、中央街の料理店で使われる香辛料の中には、セイン香料店を経由したものが少なくなかった。
店そのものも安定していた。
仕入れ先との関係も長い。
借金もない。
常連も十分にいる。
それなのに、ここ一年ほどのハロルドは、店の帳場に座っている時より、閉店後に棚を見上げている時の方が気持ちを重くすることが増えていた。
理由は単純だった。
自分が倒れた時、この店を誰が続けるのか分からなかったのである。
妻は帳場を手伝える。
娘も息子もいる。
雇っている若者もいる。
それでもハロルドは、誰にも「この店を継いでほしい」と言えずにいた。
自分が父親から言われた言葉を、まだ忘れられなかったからである。
◇
セイン香料店は、ハロルドが一代で作った店ではない。
始めたのは彼の父であるグレゴール・セインだった。
グレゴールはもともと行商人で、若い頃には南方の港町から乾燥香草を仕入れ、北の町へ運んで売っていた。今のように香辛料だけを扱っていたわけではなく、塩、干し魚、布、木油なども積み、その中で少しずつ香辛料の扱いが増えていったという。
理由は、香辛料だけが「同じ物でも扱う者によって価値が変わる」と気づいたからだった。
乾かし方が悪ければ香りが飛ぶ。
保存袋へ湿気が入れば黴びる。
挽く時期が早すぎれば弱くなる。
香りが強いからと大量に入れれば、食材そのものの味が消える。
グレゴールは、単に仕入れて売るだけではなく、自分で香りを確かめ、保存方法を変え、料理人へ使い方まで説明するようになった。
やがて四十歳を過ぎた頃、レーヴェン中央市場の端に小さな店を借りた。
それがセイン香料店の始まりだった。
ハロルドは、その店の二階で育った。
幼い頃から、朝になれば階下から乾いた香草の匂いが上がってくる。食卓にも香辛料の話が出ることが多く、父が仕入れから戻れば、家族が夕食を食べている横で新しい香実を割り、香りを確かめていることもあった。
七歳の頃には棚へ小袋を並べる手伝いをし、十歳になると量りの使い方を覚えた。
父は厳しかった。
しかし、怒鳴る人間ではなかった。
「名前を覚えるだけなら誰でもできる。香りを覚えろ」
「同じ香実でも、今年と去年じゃ違う」
「高いから良いわけじゃない。使う料理に合うかどうかを見ろ」
それが口癖だった。
ハロルドも父を尊敬していた。
自分も将来、この店を継ぐのだろうと思っていた。
少なくとも、十五歳までは。
◇
十五歳の春、ハロルドは初めて父へ「別の仕事を見てみたい」と言った。
きっかけは、市場へ出入りしていた染料商だった。
香辛料と同じように、染料も産地や乾燥状態で色が変わり、複数を混ぜることで別の色を作る。ハロルドはその仕事に興味を持ち、数か月だけでも手伝いに行きたいと考えた。
父へ相談した夜のことを、今でも覚えている。
「染料商のところで働いてみたい」
父は帳面から顔を上げた。
「何のために」
「面白そうだから」
「香辛料より?」
「比べたことないから分からない」
その答えが、父には気に入らなかった。
「お前は店を継ぐんだぞ」
「分かってる」
「なら余計なことに時間を使うな」
「数か月だけだよ」
「その数か月で何を覚える」
「だから行ってみないと」
「香辛料のことだって、まだ半分も分かってないだろ」
会話はそこで終わった。
父は、行くなと言った。
ハロルドも、それ以上逆らえなかった。
当時は店の手伝いを続けた。
しかし、そのやり取りは心の中へ残った。
自分は父の店を継ぐために育てられている。
他の道を見てから選ぶのではなく、最初から決められている。
それを初めて窮屈だと思った。
◇
二十歳の頃には、店の仕事を十分こなせるようになっていた。
香辛料の違いも分かる。
客の用途も聞ける。
仕入れ先の名前も覚えた。
それでも、父から「もう任せられる」と言われるたびに、自分の中では別の感情が膨らんだ。
任せられるのではなく、逃げられなくなっている。
そんな受け取り方をするようになっていた。
父との関係が決定的に悪くなったのは、二十二歳の時だった。
南方の商人から、港町で香辛料の卸を学ばないかと誘われた。
一年だけ。
そこで香料の保存や海上輸送を学び、戻れば店にも役立つ。
ハロルドはそう考え、今度こそ父へ行かせてほしいと頼んだ。
しかしグレゴールは、また反対した。
「一年も店を空けるのか」
「戻ってくる」
「戻る保証はない」
「それは俺が決めることだろ」
「店はどうする」
「父さんがいる」
「いつまでもいると思うな」
「だからって、俺の人生を全部先に決めるなよ」
初めて強く言い返した。
父も黙らなかった。
「誰のおかげで商売を覚えた」
「それと、俺が何をするかは別だ」
「この店を捨てるのか」
「捨てるなんて言ってない!」
結局、その夜は大喧嘩になった。
ハロルドは翌月、父の反対を押し切って港町へ向かった。
◇
港町での一年は、ハロルドにとって大きかった。
父の店では扱わなかった香辛料を知った。
船で運ぶ際の湿気対策を覚えた。
木箱へ香りの強い品と弱い品を一緒に入れてはいけないことも、実際に失敗を見ながら学んだ。
そして何より、自分が香辛料の仕事そのものを嫌いだったわけではないと気づいた。
嫌だったのは、最初から決められていることだった。
香辛料を選び、香りを比べ、料理人と話すことは好きだった。
一年後、自分の意思でレーヴェンへ戻った。
父は、帰ってきた息子へ謝らなかった。
ハロルドも謝らなかった。
ただ、次の日から普通に店へ立った。
数年かけて、少しずつ関係は戻った。
港で覚えた保存方法を店へ取り入れると、父は最初こそ文句を言ったが、実際に香りが長持ちすることが分かると何も言わなくなった。
その後、父が体調を崩し、三十歳になったハロルドが正式に店を継いだ。
父は引退から三年後に亡くなった。
最後まで、あの喧嘩について話すことはなかった。
ただ一度だけ、病床で父が言ったことがある。
「戻ってきたのは、お前が決めたんだな」
「そうだよ」
「ならいい」
それだけだった。
ハロルドは、その言葉を何度も思い返した。
◇
自分が父のようになりたくないという思いは、子どもが生まれてからさらに強くなった。
妻のマレナとの間には、二人の子どもがいる。
長女のアリサは現在二十一歳で、数字に強く、帳場仕事も早い。ただし興味があるのは香辛料そのものより、商売全体の仕組みであり、数年前から市政庁の商業記録や倉庫管理の仕事にも関心を持っていた。
長男のフィンは十八歳で、姉より香りに敏感だった。新しい香草を嗅げば産地までは分からなくても乾燥の良し悪しを当てることがあり、ハロルド自身も、その感覚には向いているものを感じていた。
しかしフィンが好きなのは、香辛料商ではなく料理だった。
市場の食堂へ手伝いに行くことが増え、休みの日には料理人へ火の入れ方を教わっている。
ハロルドは、どちらにも店を継げとは言わなかった。
自分が言われて嫌だったからである。
むしろ、好きなことを選べと言ってきた。
「店のことは気にするな」
「自分でやりたいことを決めろ」
それは、良い父親としての言葉だと思っていた。
問題は、その結果として誰も店を継ぐ話をしなくなったことだった。
◇
店にはもう一人、二十四歳になる若い従業員がいた。
名前はトーマ・レイク。
北区の小さな雑貨屋の家に生まれ、十七歳の頃からセイン香料店で働いている。
最初は配達と掃除だけだった。
しかし香りを覚えるのが早く、客の話もよく聞く。高価な商品を勧めるより必要なものを選ぶという店の考え方も理解しており、今ではハロルドが不在でも日常的な接客なら任せられる。
妻のマレナからは、何度も言われていた。
「トーマにもっと任せたら?」
「任せてる」
「そういう意味じゃなくて」
「何だ」
「跡を継ぐ可能性も含めて話してみたらってこと」
「まだ若い」
「七年いるのよ」
「店を継ぎたいって本人が言ったわけじゃない」
「あなたも聞いてないでしょう」
その通りだった。
ハロルドは聞けなかった。
もし「継いでほしい」と言えば、それは父が自分にしたことと同じになる気がした。
子どもにも言えない。
従業員にも言えない。
誰かへ期待を向けること自体が、相手の自由を奪うように感じていた。
だから何も言わない。
店の将来についても、「まだ自分が働ける」と先延ばしにした。
しかし四十六歳になり、以前より疲れが残る日も増えた。
先月には、重い木箱を持った時に腰を痛め、二日ほど店へ出られなかった。
その二日間、店は回った。
トーマと妻が接客し、アリサが帳面を手伝い、フィンも配達をした。
何も問題はなかった。
むしろ、その事実がハロルドを不安にさせた。
店は自分がいなくても回る。
なら、その先を決める話をしなければならない。
それでも口にできなかった。
◇
そんな時に入ってきたのが、《裂香実》だった。
南西の乾燥地帯で採れる、親指ほどの硬い香実である。
表面は赤茶色で、殻を割ると中に黒い小さな種が詰まっており、その種を軽く煎って挽くと、柑橘に似た爽やかな香りと、舌の奥に残る穏やかな辛味が出る。
肉料理にも魚料理にも使えるため、セイン香料店では比較的人気がある。
ただし、今年届いた一箱には問題があった。
輸送中の乾燥が強すぎたのか、三割近くの殻が自然に割れていたのである。
殻が割れただけなら中身を確認すれば使える。
しかし香りが抜けやすく、長期保存には向かない。
「これ、どうします?」
トーマが箱を覗き込んだ。
「割れた分は別にしろ」
「廃棄?」
「まだ決めてない。匂い見てから」
二人で確認した。
腐敗はない。
虫もいない。
香りも残っている。
ただし、通常品として棚へ置き、何週間も売るのは難しい。
「料理店へ安く流します?」
「それもある」
「先に使うなら問題なさそうです」
「そうだな」
トーマは、割れた香実を一つ取った。
「これ、煎ったらかなり香り出ますよね」
「出る」
「だったら粉にして、少量ずつ売るとか」
「挽いたらもっと香りが飛ぶ」
「すぐ売り切る前提なら?」
ハロルドは少し考えた。
「管理が面倒だ」
「でも三割捨てるよりは」
「まだ捨てるとは言ってない」
言い方が少し強くなった。
トーマは黙った。
◇
その日の閉店後、妻のマレナが言った。
「トーマに当たった?」
「当たってない」
「声、聞こえてた」
「提案が雑だっただけだ」
「なら、どう雑だったか教えればいいでしょう」
「本人が考えることだ」
「七年働いて、まだ全部自分で考えろって言うの?」
「そういう意味じゃない」
「じゃあどういう意味?」
ハロルドは答えられなかった。
トーマの提案は完全に間違っていたわけではない。
割れた裂香実を早く粉にし、用途を限定して売る方法はある。
ただし湿気管理や販売期間、量り売りの方法まで考える必要がある。
そこを教えればいい。
それでも、教えることにためらいがあった。
深く教えれば、期待していることが伝わる。
期待が伝われば、店を継がせたいと思っているように受け取られるかもしれない。
自分でも、考えすぎだと分かっていた。
◇
翌日、トーマはいつも通り働いていた。
ただ、裂香実の話はしなかった。
ハロルドも何も言えなかった。
昼過ぎ、料理店の主人が香辛料を買いに来た。
「裂香実ある?」
「あります」
「少し多めに欲しい」
「何に使う?」
「羊肉。煮込みじゃなく焼き」
「なら挽かずに種のまま渡す」
「こっちで煎ればいい?」
「ああ。使う直前に」
そのやり取りを横で聞いていたトーマが、割れた箱へ視線を向けた。
ハロルドも気づいた。
割れた品なら、むしろ早く使う料理店には向いている。
それでも、今までと違う売り方をするなら説明が必要だ。
ハロルドは少し迷い、割れた裂香実を一つ取った。
「こっちは殻が割れてる。香りは問題ないが、保存には向かない」
「今日使うなら?」
「使える」
「安くなる?」
「少しなら」
料理人は匂いを確かめ、割れた方を買った。
結果だけ見れば、トーマの考えに近かった。
それでもハロルドは、その場では何も言わなかった。
◇
数日後、裂香実の割れた分はまだかなり残っていた。
料理店へ少しずつ流すだけでは間に合わない。
香りが落ちる前に使い切る必要がある。
ハロルドは自宅へ少量持ち帰り、妻へ料理に使ってみてくれと頼んだ。
「あなたが料理すれば?」
「俺は香辛料売る方だ」
「使い方分かってるんでしょう」
「分かるのと作れるのは別だ」
妻は笑った。
その時、フィンが横から口を出した。
「俺、使っていい?」
「何作る」
「まだ決めてない」
「なら駄目だ」
「何で?」
「裂香実は火を入れすぎると苦味出る」
「だから試すんだよ」
その言葉に、ハロルドは一瞬だけ父の顔を思い出した。
自分が染料商の仕事を見てみたいと言った時、「何を覚える」と聞かれた。
今、自分は息子へ似たような返し方をしている。
「……少量だけ使え」
言い直した。
「焦がすなよ」
「分かってる」
フィンは嬉しそうに持っていった。
ハロルドは、その背中を見ながら、自分が何を恐れているのか分からなくなった。
◇
翌朝、フィンが作った料理は悪くなかった。
薄切りの豚肉に塩をし、表面を焼いた後、火を止める直前に煎って潰した裂香実を少量振っていた。香りは十分残り、脂の重さも少し軽く感じられる。
「どう?」
「入れるの少し早い」
「味は?」
「悪くない」
「じゃあ次遅くする」
フィンは素直だった。
ハロルドは少し迷ってから続けた。
「煎る時、殻ごとやるな。種だけ出せ」
「何で?」
「殻が焦げると苦味が混じる」
「分かった」
「あと肉の脂が多いなら、裂香実だけじゃなく酸味も少しあった方がいい」
「果実酢?」
「そうだな」
そこまで教えてから、ハロルドは口を閉じた。
フィンが笑っている。
「何だ」
「父さん、教えるじゃん」
「聞かれたからだ」
「店のこともそれくらい教えればいいのに」
ハロルドの顔から表情が消えた。
「何の話だ」
「トーマさん」
「お前に関係ない」
「あるよ。店で働いてるし」
「料理をやりたいんじゃなかったのか」
「それと店を手伝うのは別」
また、その言葉だった。
どちらか一つではなく、両方。
最近、似た話ばかり聞く気がした。
◇
その日の午後、ハロルドは割れた裂香実を一袋だけ持って店を出た。
妻へは、料理店へ相談に行くと言った。
本当は、自分でも何を相談したいのか分かっていなかった。
中央市場の料理人へ持っていってもよかった。
しかし、以前客から聞いた《持ち込み食堂》のことを思い出した。
客が食材を持ち込み、料理してもらいながら話す店。
自分には似合わない気もした。
それでも、売り方ではなく、食材そのものを別の料理人がどう見るのか知りたかった。
西区へ向かった。
◇
《持ち込み食堂》へ入ると、昼を少し過ぎた時間で、店内は比較的静かだった。
「いらっしゃいませ」
ミレイアが迎える。
「持ち込みを頼みたい」
「はい。何ですか?」
ハロルドは袋を開いた。
「《裂香実》だ。殻が割れてる」
悠斗も厨房から出てきた。
「香辛料ですか?」
「種を使う」
「見てもいいですか?」
「構わない」
悠斗は一つ取り、殻を開いた。
「かなり香りありますね」
「ただ、割れてから時間が経つと落ちる」
「これはいつ届いたんです?」
「五日前」
「保存は?」
「乾燥箱。割れた分だけ別にしてる」
「腐ってる感じはないですね」
「ない」
「今日は料理して食べたい?」
「それもある」
「他にも?」
ハロルドは少し眉を寄せた。
「何でそう思う」
「袋にこれだけ持ってくるなら、使い方を知りたいのかなと」
「香辛料屋だ。使い方くらい知ってる」
「じゃあ、別の使い方?」
「……売り物として扱いに困ってる」
悠斗は頷いた。
◇
ハロルドは、輸送中に三割ほど割れたことを説明した。
通常品として長く保存するには向かない。
ただし中身に問題はない。
料理店へ早めに売る方法もある。
粉にして短期間で売る案も出た。
「誰の案です?」
ミレイアが尋ねる。
「店の若い奴だ」
「いい案?」
「悪くはない」
「じゃあやる?」
「管理が増える」
「それだけ?」
ハロルドは答えなかった。
ミレイアは少し首を傾げた。
「その人の案だから嫌なんですか?」
「違う」
「じゃあ、任せるのが嫌?」
「任せてないわけじゃない」
「何年働いてるんです?」
「七年」
ミレイアが目を丸くした。
「長いですね」
「そうか?」
「私なら七年いたら、かなり店の人って感じします」
ハロルドは何も言わなかった。
◇
悠斗は裂香実の種を少量取り出し、乾いた鍋で短く煎った。
「これ、香り強いですね」
「焦がすな」
「分かりました」
「火を止めてから余熱でも十分だ」
「はい」
思わず口を出していた。
悠斗が少し笑う。
「詳しいですね」
「仕事だからな」
「何年?」
「三十年以上触ってる」
「じゃあ、教えるのも上手そう」
「何でそうなる」
「今、俺が間違えそうなところすぐ言ったので」
「商品を無駄にされたくないだけだ」
「それでも、どこが駄目か分かってる人じゃないと言えないですよ」
ハロルドは少し黙った。
◇
悠斗は煎った裂香実を粗く潰した。
肉料理だけではなく、今日は野菜と合わせるらしい。
黄芋を厚めに切り、火を通した後に表面を焼く。
根玉葱も薄切りにして焼き、最後に少量の乳酪を加える。
「裂香実、いつ入れる」
ハロルドが尋ねる。
「最後です」
「正解だ」
「ちょっと緊張しますね」
「香りを飛ばしたくないなら火を止めてからでもいい」
「じゃあ半分は火を止めてから」
「やりすぎるな。一人分ならそれくらいでいい」
ハロルドが指で量を示す。
悠斗はその通りにした。
完成したのは、《黄芋と根玉葱の裂香実焼き》だった。
表面を香ばしく焼いた黄芋へ、根玉葱の甘味と乳酪の塩気が重なり、最後に裂香実の爽やかな香りが抜ける。
ハロルドは一口食べた。
「少し多い」
「裂香実?」
「ああ。半分でもいい」
「強すぎます?」
「食べ始めはいい。でも二口目から芋の甘さが消える」
悠斗も食べる。
「確かに」
「香辛料は効かせたことが分かるくらい入れると、多すぎる時がある」
「なるほど」
「香りが強いものほど、足りないくらいから始めろ」
ハロルドは普通に説明していた。
ミレイアがそれを聞きながら言った。
「やっぱり教えるの上手ですね」
「今のは料理の話だ」
「店の人にはしないんです?」
ハロルドの手が止まった。
◇
「してる」
「同じくらい?」
「必要なことは教えてる」
「じゃあ、店を継いでもらいたいって話は?」
「してない」
「継いでほしい?」
その問いに、すぐ答えられなかった。
「分からん」
「子どもがいるんですよね?」
「二人」
「その人たちには?」
「好きなことをやれと言ってる」
「店を継いでほしいとは?」
「言ってない」
「何で?」
ハロルドは皿を見た。
自分でも、ここまで話すつもりはなかった。
「俺は父親に、継げって言われ続けた」
それから、十五歳の頃の話をした。
染料商へ行きたかったこと。
二十二歳で港町へ行く時に喧嘩したこと。
父の店を継ぐこと自体が嫌だったわけではなく、最初から選べないことが嫌だったこと。
「だから子どもには言わない?」
「同じことをしたくない」
「店の人にも?」
「誰かに期待したら、重荷になる」
ミレイアは少し考えた。
「期待することと、決めることって同じですか?」
ハロルドは顔を上げた。
◇
「どう違う」
「お父さんは、ハロルドさんが継ぐって決めてたんですよね」
「ああ」
「ハロルドさんは、誰かに『継いでほしいと思ってる』って言うだけでも同じになると思ってる?」
「相手は断りづらくなる」
「それはあるかもしれないです」
ミレイアは否定しなかった。
「でも何も言わなかったら、相手は選ぶこともできないんじゃないですか?」
「選べるだろ。継ぎたければ言えばいい」
「店を渡す気があるか分からないのに?」
ハロルドは言葉を失った。
「若い人から、主人に『あなたの店を継ぎたい』って言うの、かなり勇気いりません?」
確かにそうだった。
トーマが自分の店を継ぎたいと思っていたとしても、今のハロルドがそれを歓迎するかどうかは、本人には分からない。
子どもたちも同じだ。
父が「好きなことをしろ」と言い続ければ、店を継ぐという選択肢そのものを、自分が望んでいないと思うかもしれない。
自由を与えるつもりで、選択肢の一つを隠していた可能性がある。
◇
「でも、期待したら苦しくなる」
ハロルドが言う。
「誰が?」
「相手が」
「断っていいって言えば?」
「そんな簡単じゃない」
「簡単じゃないと思います」
悠斗が口を挟んだ。
「でも、何も言わないのも相手のためって決めつけてるなら、それも一方的かもしれません」
ハロルドが悠斗を見る。
「お前まで言うか」
「店のことは分からないですけど」
「なら黙ってろ」
「すみません」
悠斗は素直に引いた。
その反応が、逆に腹立たしくなかった。
ハロルドは少し息を吐いた。
「店を継いでほしいって言ったら、父親と同じになると思ってた」
「お父さんと同じにしたくないんですよね」
「当然だ」
「なら、同じ言い方をしなければいいのでは?」
ミレイアが言った。
「どういう意味だ」
「『お前が継ぐんだ』と、『継ぎたいなら選べるようにしたい』は、違う気がします」
その違いを、ハロルドは今まで考えたことがなかった。
◇
悠斗は、裂香実をもう一度少量だけ煎った。
「さっき多かったので、今度は半分でやってみます」
黄芋を一切れだけ使い、簡単に味を比べる。
今度は香りが強く出すぎず、芋の甘さも残った。
「こっちの方がいい」
ハロルドが言う。
「最初からこの量にすればよかったですね」
「食べなきゃ分からん」
「ハロルドさんでも?」
「香辛料だけ嗅いで料理の全部が分かるわけじゃない」
「じゃあ、試すんですね」
「当然だ」
「弟子にも?」
「何だ?」
「失敗しながら試させます?」
ハロルドは眉を寄せた。
「客へ出す前ならな」
「それなら、継ぐかどうかも、まず話してみてもいいのかもしれませんね」
「料理と一緒にするな」
「すみません」
また引いた。
ハロルドは少し笑いそうになった。
◇
食べ終わる頃には、最初に持ってきた裂香実の扱い方も少し見えていた。
割れたものは長期保存品として売らない。
早く使う料理店へ事情を説明したうえで安く出す。
さらに一部は、店で少量ずつ煎り方や使い方を説明しながら販売してもよい。
粉にするなら、その日のうちに売れる量だけ。
トーマの案を完全に採用するわけではない。
ただ、検討する価値は十分にある。
「その若い人に、これ任せたらどうです?」
悠斗が尋ねる。
「裂香実?」
「はい。条件だけ決めて、売り方を考えてもらう」
「失敗したらどうする」
「客へ危ないもの出すわけじゃないなら、止められる範囲で試すとか」
ハロルドは黙った。
トーマは七年働いている。
日常の接客は任せられる。
それでも、自分は重要な判断をほとんど渡していなかった。
教えれば期待になると思い、期待すれば縛ると思い、結果として何も深く任せていない。
それは相手の自由を守ることではなく、単に自分が怖がっていただけかもしれなかった。
◇
店へ戻ったのは夕方前だった。
トーマは棚の整理をしていた。
「主人、お帰りなさい」
「裂香実、まだあるな」
「あります」
「明日から、割れた分だけ別売りする」
トーマが顔を上げた。
「どう売ります?」
「それをお前が考えろ」
「俺が?」
「条件はある。長期保存用とは言わない。割れていることを説明する。挽くならその日売れる量だけ。値引き幅は俺と相談して決める」
「料理店向け?」
「それも含めて考えろ」
トーマは少し黙った。
「分かりました」
ハロルドは、そこで話を終えかけた。
しかし、今までならそれで終わっていた。
「あと」
トーマがこちらを見る。
「分からないことがあったら聞け」
「今までも聞いてます」
「そうじゃない」
ハロルドは言葉を探した。
「俺が答えを持ってることまで、お前一人で考えろとは言わん」
トーマが少し驚いた顔をした。
「どうしたんです?」
「何でもない」
「何かありました?」
「うるさい。仕事しろ」
結局、そこまでしか言えなかった。
◇
翌日から、トーマは割れた裂香実の売り方を考え始めた。
最初に行ったのは、常連料理店への聞き取りだった。
「今日中に使うなら、割れてても気にしないところ多いです」
「何軒聞いた」
「六軒」
「ちゃんと用途まで聞いたか?」
「焼き肉二軒、魚一軒、煮込み二軒、あと菓子屋です」
「菓子?」
「甘い焼き菓子に少し使ってるらしいです」
ハロルドは知らなかった。
「どこの店だ」
トーマが名前を答える。
「今度聞いてみる」
「主人も知らない使い方あるんですね」
「当たり前だ。全部知ってる奴なんかいない」
そう言うと、トーマが少し笑った。
◇
二日目には、割れた裂香実を小袋へ分け、通常品より少し安く売る案が出た。
袋には「早期使用推奨」と分かる印をつける。
ハロルドは、最初に見た時よりよい案だと思った。
「湿気対策は?」
「小袋へ乾燥葉を一枚入れます」
「香り移るぞ」
「あ……」
「乾燥葉の種類変えろ。無香のやつが倉庫にある」
「分かりました」
以前なら、そこで「そんなことも分からないのか」と思ったかもしれない。
今は、教えれば次に覚えると考えた。
三日目、トーマが試しに小袋を作った。
四日目には料理店へ出した。
一週間で、割れた裂香実の大半が売れた。
廃棄はごく少量で済んだ。
帳面を確認しながら、ハロルドは言った。
「悪くない」
トーマが笑う。
「それ、主人の褒め言葉ですよね」
「普通の評価だ」
「七年いるんで分かります」
ハロルドは返事をしなかった。
◇
その日の閉店後、ハロルドは妻と子どもたち、トーマを店へ残した。
「話がある」
四人が揃うと、言い出した本人が一番落ち着かなかった。
「店のことだ」
妻のマレナは、何となく察した顔をした。
アリサは帳面を閉じる。
フィンも椅子へ座った。
トーマだけが少し緊張している。
「俺は、まだすぐ引退するつもりはない」
「なら何の話?」
アリサが尋ねる。
「最後まで聞け」
「はいはい」
「ただ、いつまでも俺一人が全部決めるつもりもない」
そこで一度言葉が止まった。
父に言われた「お前が継ぐんだ」という声を思い出す。
同じ言い方だけはしたくなかった。
「この店を、将来誰かに残したいと思ってる」
誰もすぐには話さなかった。
◇
「アリサ」
「うん」
「お前は商業記録の仕事に興味あるんだろ」
「ある」
「やりたいならやれ。店を継げとは言わない」
「分かってる」
「ただ、もし店の帳場や仕入れだけ関わりたいと思うなら、その形もある」
アリサが少し驚いた。
「全部継がなくても?」
「店を一人で全部やらなきゃいけない決まりはない」
次にフィンを見る。
「お前も料理やりたいならやれ」
「うん」
「香辛料を店で覚えたいなら、それも教える」
「料理しながら?」
「できる範囲ならな」
「いいの?」
「俺が決めることじゃない」
最後にトーマを見た。
ここが一番言いづらかった。
「お前は」
「はい」
「もし、将来この店をもっと深くやりたいと思ってるなら、教える」
トーマは黙った。
◇
「継げってことですか?」
その質問に、ハロルドはすぐ答えた。
「違う」
少し強すぎる声になった。
続けて言い直す。
「継いでほしいと思ってないわけじゃない。でも、それをお前の決定にはしない」
トーマは真剣に聞いている。
「俺は父親に、最初から継ぐものだと決められてた。それが嫌だった。だから今まで、誰にも何も言わない方がいいと思ってた」
妻が静かに見ている。
「でも、それだとお前たちが店を選べるかどうかも分からない。だから今言う」
ハロルドは一度息を吐いた。
「セイン香料店を続けたいと思う人間がいるなら、俺は教えるし、任せる。やりたくないなら断っていい」
長い沈黙の後、アリサが最初に口を開いた。
「私、全部はやりたくない」
「分かってる」
「でも帳場とか仕入れ記録は面白い」
「それなら手伝えばいい」
「市政庁の仕事に行っても?」
「行けるなら行け」
フィンも言う。
「俺は料理やりたい」
「知ってる」
「でも香辛料は覚えたい」
「教える」
「料理人になった後でも?」
「店を手伝う日があるならな」
最後にトーマが口を開いた。
「俺は、考えたいです」
「それでいい」
「すぐ返事じゃなくて?」
「いらん」
「でも、もし継がないって言ったら?」
ハロルドは少しだけ笑った。
「七年働いたことまで消えるわけじゃない」
◇
その夜の話で、何かが決まったわけではなかった。
アリサは翌月、市政庁の商業記録補助の試験を受けることにした。
フィンは市場の料理店での手伝いを続けながら、週に二度だけ香辛料の仕入れ確認へ加わるようになった。
トーマは、これまで以上に店の判断へ関わるようになった。
ただし、誰も「次の主人」とは呼ばれない。
まだ決めていないからである。
ハロルドも、それでよいと思えるようになった。
選ばせることと、何も言わないことは違う。
期待を伝えることと、決定を押しつけることも違う。
その境界を、これからも間違えることはあるだろう。
それでも、父と同じ失敗をしないために、父と正反対のことだけをすればよいわけではなかった。
◇
一か月後、また裂香実が届いた。
今度の箱は状態がよく、割れているものは一割もなかった。
トーマが検品しながら言う。
「今回は普通に売れますね」
「ああ」
「割れた分は?」
「前と同じ方法でいい」
「俺が決めて?」
「もう一回やっただろ」
「値引き幅も?」
「通常品との差を見て決めろ。迷ったら聞け」
トーマは頷いた。
その横で、フィンが一つ匂いを嗅いでいる。
「これ、前より香り強い」
「産地同じでも年で変わる」
「じゃあ料理の量も減らす?」
「当然だ」
アリサは帳場で、新しい小袋販売の記録を分けていた。
「割れ品の売上、別で残しておくね。次に同じことあった時比べられるから」
「頼む」
店の中では、それぞれ違う仕事をしていた。
誰が将来ここへ残るかは、まだ分からない。
それでもハロルド一人だけが店の未来を抱えている状態ではなくなっていた。
◇
その週の休みの日、ハロルドは再び《持ち込み食堂》へ向かった。
今回は、割れていない裂香実を少量持っている。
「いらっしゃいませ」
ミレイアが気づいた。
「あ、香辛料屋さん」
「今日は普通の品だ」
「何か困った?」
「困ってない」
「じゃあ食事?」
「ああ」
悠斗が出てくる。
「今日は何にします?」
「前の黄芋のやつでいい。ただし裂香実は半分」
「覚えてます」
「本当に?」
「多いと芋の甘さ消えるって言われたので」
ハロルドは少しだけ満足した。
「なら任せる」
悠斗が調理を始める。
ハロルドはカウンターへ座った。
「店、どうなりました?」
ミレイアが尋ねる。
「何も決まってない」
「話した?」
「話した」
「どうでした?」
「娘は全部継ぐ気はない。息子は料理をやりたい。従業員は考えるそうだ」
「じゃあ、みんな選んでる途中ですね」
「ああ」
以前なら、その状態を不安だと思っただろう。
今は、少し違った。
「それでいい」
ハロルドは自分から言った。
◇
料理が出来上がった。
前回より裂香実は少ない。
黄芋の甘さが先に来て、その後から爽やかな香りが抜ける。
「どうです?」
悠斗が尋ねる。
「今度はいい」
「量、これで覚えておきます」
「食材によって変えろ」
「はい」
「黄芋がもっと甘い時は少し増やしてもいい。乳酪が強いなら減らせ」
「結局毎回見ないと駄目ですね」
「当たり前だ」
言った後、ハロルドは少し笑った。
店を継ぐ話も、似ているのかもしれない。
子どもだから。
長く働いているから。
向いているから。
そういう一つの条件だけで決めるものではない。
相手が何をしたいのか。
どこまで関わりたいのか。
店の形をどう残したいのか。
その時々で話し、変える必要がある。
最初から量を決めて振りかければよいものではなかった。
◇
それから数か月が過ぎても、セイン香料店の後継者は正式には決まらなかった。
トーマは店の仕入れへ加わるようになり、月に一度だけハロルドと一緒に南市場へ行くようになった。
アリサは市政庁の試験に受かり、平日はそちらで働き始めたが、休みの日には店の帳面を見に来る。
フィンは料理店での仕事を増やし、香辛料を料理側から覚えるようになった。
ある夜、フィンが試作した肉料理を店へ持ってきた。
「裂香実、これくらい」
ハロルドが食べる。
「少ない」
「前は多いって言ったじゃん」
「この肉は脂が強い」
「じゃあ増やす?」
「一気に増やすな。少しずつ」
「面倒だな」
「料理はそういうもんだろ」
「香辛料屋でしょ」
「同じだ」
二人で笑った。
◇
ハロルドは、以前より教えることが増えた。
トーマが仕入れで間違えれば、どこを見落としたのか説明する。
フィンが香辛料を焦がせば、煎り方を教える。
アリサから帳面の分類方法を変えたいと言われれば、理由を聞いたうえで試す。
自分の知識を渡すことは、相手の人生を決めることではない。
店を残したいと思う気持ちを伝えることも、相手へ「残れ」と命令することではない。
その違いが分かるまでに、随分時間がかかった。
父が自分へしたことを恐れるあまり、自分は誰にも何も言わないという逆の極端へ進んでいた。
けれど、何も言わなければ自由になるとは限らない。
知らされなかった選択肢は、選ぶことも断ることもできないからである。
◇
初冬のある朝、トーマが開店前の店で言った。
「主人」
「何だ」
「まだ決めてないですけど」
「何を」
「店のこと」
ハロルドは作業を止めずに聞いた。
「続ける側に入りたいとは思ってます」
「そうか」
「ただ、俺一人で全部やるのは嫌です」
「別に一人でやれとは言ってない」
「アリサさんが帳場やってくれるなら助かるし、フィンが料理人になったら、料理店との話も今より分かると思う」
「本人たちがやるならな」
「はい」
「俺もまだいる」
「それ、何年くらい?」
「お前が追い出すまで」
「それは長そうですね」
トーマが笑った。
ハロルドも笑った。
◇
開店時間になると、店の戸を開ける。
香草、香実、乾燥根、樹皮の匂いが朝の空気へ流れる。
昔は父が開けていた戸だった。
今は自分が開けている。
いずれ別の誰かが開ける日も来るだろう。
それがトーマなのか。
子どもたちの誰かなのか。
複数人で店を続けるのか。
あるいは、今の形とは少し違う店になるのか。
まだ分からない。
それでも、以前のハロルドは「決められないこと」を失敗だと思っていたが、今は、話しながら選ぶ時間が残っていること自体を悪いとは思わなくなっていた。
棚の端には、その朝届いた裂香実の箱が置かれていた。
トーマが中身を確認し、割れているものを別の籠へ移している。
「主人、今回は二割くらい割れてます」
「香りは?」
「問題ないです」
「なら前のやり方で」
「値段は昨日の相場見て決めます」
「分からなければ」
「聞きます」
その返答を聞き、ハロルドは頷いた。
七年前なら、すべて自分が確認していた仕事だった。
今は、任せることができる。
任せるからといって、相手へ店を押しつけたことにはならない。
教えるからといって、人生まで決めたことにもならない。
誰かに続けてほしいと思う気持ちを隠さず、そのうえで選ぶのは相手に任せればよい。
ハロルドは店の帳場へ今日の日付を書き込み、トーマが選り分けた裂香実の一つを手に取ると、割れた殻の中にまだ十分な香りが残っていることを確かめたうえで、それを捨てるか残すかを一人で決めるのではなく、これから店を支える者たちと使い道を考えるため、朝最初の仕分け箱へ静かに戻した。
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