第49話 割れない火鱗果と、竜人らしさを知らない冒険者
ゼノ・グランが自分のことを竜人族だと強く意識するのは、鏡に映った赤褐色の鱗を見た時でも、戦いの最中に硬い鱗へ刃が当たった時でもなく、初対面の相手から何の疑いもなく「竜人なら知っているだろう」と言われた時が一番多かった。
四十三歳になるゼノは、レーヴェンの冒険者組合に所属する竜人族の冒険者であり、人間より一回り大きな身体に暗い赤褐色の鱗を持ち、額の左右からは後方へ向かって短い角が伸びている。手の甲や首筋には特に厚い鱗が並び、薄暗い場所では瞳孔が細く縦へ伸びるため、どこから見ても人間と間違えられるような外見ではなかった。
そのため、竜人族の故郷はどこなのか、どの山脈に暮らす一族の血を引いているのか、炎を吐くことができるのか、古竜語を話せるのか、竜人族は普段どのような肉を食べているのかといった質問を受ける機会も多かった。
しかし、そうした質問の大半についてゼノが返せる答えは「知らん」であり、それだけで話が終わればまだ楽なのだが、相手によっては決まったように「竜人なのに?」という言葉まで続くため、そのたびに説明することを面倒に感じていた。
◇
「本当に知らないんですか?」
冒険者組合の素材受取所で、若い職員が受付台の向こうからゼノを見上げた。
「だから知らんと言っている」
「でも、これって《火鱗果》ですよね?」
「名前は知っている」
「食べ方は分からないんですか?」
「知らん」
「竜人族の保存食だって聞いたことがありますけど」
「だったら、それを知っている竜人に聞け。俺に聞いても答えは増えん」
ゼノは少し苛立った声で答えながら、受付台の上へ置かれた赤黒い果実へ視線を落とした。
大人の拳より一回り大きな果実の表面は、まるで竜の鱗を重ねたような硬い殻に覆われており、指先で軽く叩いてみると、果実というより小さな石を叩いているような硬質な音が返ってくる。
午前中に南東の岩場で魔獣を討伐した際、その巣の近くに群生していたものを依頼主から三つだけ分けてもらった品であり、ゼノ自身も名前を聞いたことはあったものの、実物を手にするのは初めてだった。
◇
「買い取りはできるのか」
ゼノが尋ねると、職員は火鱗果をもう一度確認してから首を横へ振った。
「食材としては状態の判断ができないので、今のところ買い取れませんし、薬材としても登録されていませんね」
「なら持ち帰る」
「竜人の集落なら普通に食べるんじゃないですか?」
「だから俺は知らんと言っているだろう」
「あっ……すみません」
ようやく気まずそうに頭を下げた職員を責めるつもりもなかったため、ゼノは火鱗果を布袋へ戻し、そのまま受付を離れようとした。
ところが、近くで依頼報告をしていた顔見知りの冒険者が会話を聞いていたらしく、面白そうに声をかけてきた。
「ゼノ、お前でも知らない竜人の食い物があるんだな」
「お前は人間が食べるものを全部知っているのか」
「いや、さすがに全部は知らんけど」
「なら俺が知らなくても同じだろう」
「でも、お前は竜人じゃん」
その言葉へいちいち説明を返す気にもなれず、ゼノは布袋を肩へ掛け直すと、そのまま冒険者組合を出た。
◇
ゼノが竜人族の集落で育っていないことを、長く付き合っている仲間たちは知っている。
物心がついた頃から西方の小さな鉱山町で暮らしており、育ててくれたのは人間の夫婦だった。養父のガストンは鉱山で働く石切り職人で、養母のネリアは町で小さな洗濯屋を営んでいたため、幼いゼノが毎日のように食べていた料理も、人間の鉱山町では珍しくない豆の煮込みや固い黒パン、塩漬け肉、根菜の焼き物などが中心だった。
自分がどこで生まれたのかについても、二人から聞かされた範囲しか知らない。
三歳か四歳ほどだった頃、街道沿いで倒れていた竜人族の女性と一緒に発見され、その女性はひどい怪我を負っていたため数日後に亡くなったという。女性が本当の母親だったのか、それとも別の関係だったのかを示すものは残されておらず、幼かったゼノ自身にも当時の記憶はほとんど残っていなかった。
◇
十二歳になった頃、ゼノは一度だけ養父へ、自分は竜人族の村へ行った方がいいのかと尋ねたことがある。
ガストンは石材を磨く手を止めることなく、「お前は行きたいのか」と聞き返した。
「分からん」
「なら、分かってから考えろ」
「でも、俺は竜人だ」
「そんなことは見れば分かる」
「そうじゃない」
少年だったゼノは、自分でも何を聞きたいのかうまく説明することができなかった。
人間の町で育った自分が、このまま人間の暮らしだけを知って大人になっていいのか、それとも竜人族として生まれた以上、知っておかなければならない何かがあるのかを確かめたかったのだと思う。
◇
「竜人のことを知りたくなったら、いつか自分で探しに行けばいい」
ガストンがそう答えたため、ゼノは少し迷ってから、行かなくても構わないのかと重ねて尋ねた。
「それもお前が決めろ」
「父さんは気にならないのか」
「何がだ」
「俺が竜人らしくなくても」
そこでガストンはようやく石材を磨いていた手を止め、息子の顔をしばらく見た。
「竜人らしいって何だ」
「知らん」
「俺も知らん。だから俺が決められることじゃない」
そう言って笑った養父の答えは、当時のゼノにはひどく無責任なものに聞こえていたが、四十三歳になった今では、あの男なりに自分で選ばせようとしていたのだと少しだけ分かるようになっていた。
◇
冒険者になってからのゼノは、多くの土地を歩いてきた。
竜人族の旅人に会ったこともあれば、竜人が多く暮らす町へ立ち寄ったこともあったが、自分の出生を突き止めることを最優先に旅してきたわけではない。討伐依頼を受け、護衛をし、稼いだ金で次の町へ行き、興味があれば遺跡や市場を見て歩く生活そのものがゼノには合っており、そうしているうちに二十年以上が過ぎていた。
それでも周囲の人間は、外見を見ただけでゼノが竜人族の文化に詳しいと思うことが多く、逆に竜人族からは、人間に育てられたと話しただけで意外そうな顔をされることもあった。
どちらに対しても同じ説明を何度も繰り返すことが面倒になり、最近では詳しく話す前に「知らん」と言って会話を終わらせることが増えていた。
◇
その日の夕方、ゼノは宿へ戻る前に市場を歩き、袋に入っている火鱗果をどうするか決めるため、乾物屋と果物屋を一軒ずつ回った。
しかし、どちらの店主も扱った経験がなく、三軒目に立ち寄った香辛料商だけは名前を知っていたものの、詳しい食べ方までは分からなかった。
「北東の竜人集落で食べるって聞いたことはありますよ」
「俺は西育ちだ」
「竜人でも地方によって違うんですね」
「たぶんな」
「だったら、北東の竜人に聞けば早いんじゃないですか?」
「今この街にいるなら紹介してくれ」
「知り合いにはいませんね」
「なら聞きようがないだろう」
ゼノが布袋を持ち直して帰ろうとすると、商人は何かを思い出したように声をかけた。
◇
「食材なら、《持ち込み食堂》へ持っていったらどうです?」
「知らない食材でも見る料理屋があるのか」
「何でも必ず料理できるわけじゃないらしいですけど、食べ方が分かるものなら試してくれるそうですよ」
「俺はその食べ方が分からんぞ」
「だったら、そこから相談してみたらどうです?」
「料理屋に全部押しつけるようなものだろう」
「捨てるよりはいいでしょう」
それについては商人の言う通りだったため、ゼノは教えられた西区の路地へ向かい、《持ち込み食堂》と書かれた小さな看板を見つけると、少しだけ店内を覗いてから扉を開いた。
◇
「いらっしゃいませ」
ミレイアが顔を上げた。
「知らない食材でもいいと聞いた」
「物によりますけど、見ることはできますよ」
「これだ」
ゼノが布袋を卓へ置くと、中から赤黒い火鱗果が三つ転がり出た。
ミレイアは手を伸ばしかけたものの、硬そうな殻を見て動きを止め、触っても問題ないものなのかを先に尋ねた。
「それも知らん」
「それなら、先に悠斗さんを呼んできますね」
何も分からないまま触るのではなく、分からないからこそ止まったミレイアの態度を見て、ゼノはこの店なら少なくとも勝手な決めつけはしないらしいと感じた。
◇
厨房から出てきた悠斗も、火鱗果を見ただけですぐ手を伸ばすことはなく、名前や食用としての情報を順番に確認していった。
「名前は分かります?」
「《火鱗果》だ」
「食べられる?」
「食用だとは聞いた」
「食べ方は?」
「知らん」
「毒性については?」
「それも知らん」
「加熱が必要かどうかも分からない?」
「分からん」
悠斗はそこまで聞いてから少し考え、安全な調理法が確認できない以上、今すぐ料理として出すことはできないと説明した。
「名前だけで判断するのは危ないので、今日は食べない方がいいと思います」
「竜人の食い物らしいぞ」
「それだけでは安全かどうか分からないです」
「そうなるか」
ゼノは特に反論することなく頷いた。
◇
「お前も、『竜人なら知ってるだろ』とは言わないんだな」
ゼノが尋ねると、悠斗は不思議そうな顔をした。
「知らないって言ってる人に聞き続けても、分からないものは分からないので」
「俺が竜人でも?」
「竜人の人って、全員が同じ食材を知ってるんです?」
「それは俺にも分からん」
「だったら、なおさらゼノさん一人を見ても判断できないですね」
あまりにも当然のこととして答えられたため、ゼノはわずかに口元を緩めた。
「変な奴だな」
「たまに言われます」
◇
「今日は料理できないなら、持って帰る」
「急いで使う必要があります?」
「いや、すぐ腐るようには見えんし、特に急いではいない」
「少し預かってもいいなら、知ってる人を探せるかもしれません」
「どうやって探す」
「市場の食材商や薬師に聞いたり、この店に来る人へ確認したりするくらいですけど」
「竜人を探すわけじゃないのか」
「食べ方を知っている人なら、種族は誰でもいいですよね」
ゼノはその言葉について少し考え、確かに知りたいのは竜人族の知識そのものではなく、目の前にある果実を安全に食べる方法なのだから、答えを持っている者の種族は関係ないと納得した。
そこで火鱗果を一つだけ店へ預け、残りの二つは自分で持ち帰ることにした。
◇
「今日は普通に何か食べます?」
悠斗が尋ねた。
「肉を頼む」
「どんな味が好きです?」
「特に決めていない」
「辛いのは大丈夫ですか?」
「苦手だ」
悠斗がわずかに目を上げたため、ゼノはまた同じ反応かと思った。
「意外か?」
「どうしてです?」
「竜人は辛いものが好きだと思った、とよく言われる」
「そうなんですか」
「炎を吐く奴がいるからだろうな」
「ゼノさんも吐けるんです?」
「吐けん」
「だったら辛くない料理にします」
悠斗がそれ以上何も言わず厨房へ戻ったため、ゼノは少しだけ拍子抜けしながら、その背中を見送った。
◇
やがて出されたのは、鳥肉と根玉葱を香ばしく焼き、柔らかく煮た白豆を添えた料理であり、香辛料を強く使わず、塩と少量の果実酢によって肉の味を引き立てた素朴な一皿だった。
ゼノは一口食べると、幼い頃から慣れ親しんだ料理に近い味を感じて頷いた。
「こういうのでいい」
「普段もこんな感じです?」
「こういうものを食って育った。人間の鉱山町では、豆と根菜と塩漬け肉をよく食ったからな」
「竜人料理じゃなくて?」
「俺を育てたのは人間の夫婦だ」
「そうだったんですね」
悠斗がそれ以上驚いた様子を見せなかったため、ゼノは鳥肉をもう一切れ食べてから、なぜか自分から続きを話していた。
◇
「養父と養母が人間だったから、竜人の料理なんてほとんど知らんし、古竜語も話せない。火を吐くこともできなければ、竜人の祭りだって二つくらいしか見たことがない」
「それで困ってるんですか?」
「困るというより、会う奴ごとに同じ説明をするのが面倒なんだ」
「毎回聞かれる?」
「竜人のくせに知らないのか、竜人なのに辛いものが苦手なのか、竜人なのに古竜語が分からないのかと、似たようなことを何度も聞かれる」
ゼノは水を一口飲み、少し間を置いてから続けた。
「昔は、知らないと言うのが恥ずかしかった。俺自身も、竜人なら知っているべきだと思っていたんだろうな」
◇
「人間の町で育ったなら、知らないのは普通じゃないですか?」
「頭ではそう思えるようになったが、子どもの頃はそう簡単じゃなかった。自分が知らないものの数だけ、竜人として何かが欠けているように思えたんだ」
「今もそう思う?」
「昔ほどではない。ただ、たまに本当にこれでいいのかとは思う」
「何がです?」
「自分の種族について、ほとんど知らないままでいることがだ」
ゼノは自分の手の甲へ並んでいる赤褐色の鱗を見ながら、言葉を選んだ。
「別に竜人を嫌っているわけじゃない。会えば話もするし、面白いと思えば祭りだって見る。ただ、知らなかった二十年を埋めるように、何もかも覚えたいとは思わない」
◇
「だったら、全部覚えなくてもいいんじゃないですか」
「簡単に言うな」
「すみません」
「いや、俺も同じことは思っているから、余計に面倒なんだ」
「知りたいのか、知りたくないのか分からない?」
「そうじゃない。知りたいものは知りたいが、全部ではない」
「それなら、知りたいものだけ知ればいいと思います」
「竜人族なのに?」
「人間だって、自分の国の歴史や料理を全部知っている人ばかりじゃないでしょう」
「お前の国はどうなんだ」
その問いを聞いた瞬間、悠斗の手がわずかに止まった。
◇
「俺も知らないことは多いですよ」
「そうか」
「料理だって、自分がいた場所のものを全部作れるわけじゃないですし」
「いた場所?」
「……故郷です」
悠斗はそれ以上説明しなかったため、ゼノも無理に追及せず、残っていた鳥肉へ手を伸ばした。
「ただ、知らなければいけないからじゃなくて、自分が知りたいと思ったものを知るのは別にいいんじゃないですか」
「義務ではなく?」
「はい」
「火鱗果も同じか」
「ゼノさんは食べてみたいんです?」
尋ねられたゼノは少し考えてから、自分が火鱗果へ興味を持った理由を確かめるように答えた。
「食べてみたい。竜人だから知るべきだと思うからではなく、今まで知らなかった味だから気になる」
「それなら、食べ方を探す理由として十分だと思います」
その答えなら、ゼノにも素直に受け入れることができた。
◇
三日後、《持ち込み食堂》から冒険者組合を通じて、《火鱗果の食べ方を知る人が見つかったので、都合のいい時に来てください》という伝言が届いた。
ゼノはその日の依頼を終えてから店へ向かい、卓の上に預けていた火鱗果と一枚の紙が置かれているのを見つけた。
「誰が知ってた」
「乾物商のお客さんです」
「竜人か?」
「人間ですよ。北東の交易路を長く回っている人で、竜人の集落から何度も仕入れたことがあるそうです」
竜人族の食材について、自分ではなく人間の商人の方が詳しかったという事実がおかしくなり、ゼノは声を立てずに笑った。
「そうか、人間が知っていたのか」
「商売で扱ってたなら詳しくても不思議じゃないですよね」
「確かにな」
◇
商人から聞いた話によれば、火鱗果は北東部の岩山に育つ植物で、名前の通り竜人族の集落でよく食べられている地域もあるものの、竜人族全体に共通する食材というわけではなかった。
硬い殻の内側にある橙色の種肉を食べるが、生の状態では強いえぐみがあり、人によっては胃を荒らすこともあるため、殻ごと十分に熱してから開く必要があるという。
「焼けば殻が割れるのか」
「ゆっくり熱すると、継ぎ目から自然に割れ目が入るそうです」
「火へ直接入れる?」
「弱めの炭火でじっくり熱するらしいです。急に強く熱すると殻が割れて飛ぶこともあるそうなので、そこは気をつけます」
「食い物のくせに面倒だな」
「そういう食材、結構ありますよ」
悠斗は厨房の中ではなく、店の裏手にある小さな焼き場を使うことにした。
◇
炭火から少し離した網の上へ火鱗果を置き、位置を変えながらゆっくり熱を通していくと、赤黒かった殻は次第に乾いた色へ変わっていった。
十分ほど経ったところで、鱗状の継ぎ目の一つから細い亀裂が伸びた。
「本当に割れたな」
「まだ熱いので、すぐ触らない方がいいですよ」
「このくらいなら俺は平気だ」
「竜人だから?」
「人間より熱には強い方だが、火傷しないわけじゃない」
「だったら待ちましょう」
「……そうする」
ゼノは手を伸ばすのをやめ、火鱗果が十分に冷めるまで悠斗と一緒に待った。
◇
少し冷ましてから厚手の布で包み、亀裂へ木べらを差し込んで力を加えると、それまで刃物も入りそうになかった硬い殻が左右へ開いた。
中には大きな木の実にも似た橙色の種肉がいくつか詰まっており、殻が開いたことで、ほのかな甘い香りも漂ってきた。
「俺も初めて嗅ぐ匂いだ」
「念のため、中身にも追加で火を入れますね」
取り出した種肉を薄く切り、表面へ軽く焼き色がつくまで熱を加えると、最初の甘い香りへ木の実に似た香ばしさが重なった。
安全を確認するため、最初の一切れは悠斗もゼノもごく少量だけ口へ入れ、味や舌への刺激を確かめた。
◇
「少し粉っぽいが、悪くないな」
「俺は栗と芋の間みたいに感じます」
「栗というのは何だ」
「故郷にあった、少し似た食べ物です」
「またお前の故郷か」
「まあ、そんな感じです」
悠斗は詳しい説明を避けながら、残った火鱗果を黄芋と合わせて薄く切り、少量の塩と油で表面が香ばしくなるまで焼いた。
最後に別で焼いておいた鳥肉を添えると、火鱗果そのものの甘さは強くないものの、加熱によって引き出された香ばしさが黄芋や肉の脂とよく馴染み、噛むと黄芋より少し締まった食感が残る一皿になった。
「《火鱗果と黄芋の香ばし焼き》です」
ゼノはまず火鱗果を一切れ口へ運び、ゆっくり噛んでから満足そうに頷いた。
◇
「うまいな」
「好きです?」
「好きな方だ」
「竜人だから?」
悠斗がわずかに笑いながら尋ねると、ゼノは一瞬だけ目を細めたあと、鼻で笑った。
「竜人だからじゃない。俺がこの味を気に入ったからだ」
「ですよね」
「最近、そういう言い方を覚えたのか」
「似たような話をする人が何人か来たので」
「いろんな客がいる店なんだな」
ゼノはそう言いながら、今度は黄芋と一緒に火鱗果を食べた。
◇
「北東の竜人は、これをどう食べるんだ」
「商人の人によると、潰して肉の脂と混ぜたり、塩を入れて焼き団子にしたりする地域があるそうです」
「それも一度食ってみたいな」
「今作ってみます?」
「今日はこれでいい。そのうち機会があれば食う」
以前のゼノであれば、竜人族の食べ方を知った以上、一度くらいは本来の形で食べなければならないような気持ちになっていたかもしれない。
しかし今は、誰かから聞いた料理を自分の中へ急いで取り込まなくても、本当に興味が湧いた時に試せばいいと思えるようになっていた。
◇
「知らないことを、前ほど恥ずかしいとは思わなくなりました?」
悠斗が尋ねた。
「前よりはな。ただ、だからといって竜人の文化をもう調べないという意味ではないぞ」
「調べるんですね」
「面白そうならな。全部を覚える必要はないが、興味を持ったものまで避ける理由もない」
「来月、どこか行く予定でも?」
「北東へ護衛で行くことになっている。火鱗果が多い地域の少し手前だが、竜人が多く暮らす町を一つ通る」
「行ったことあるんです?」
「ない」
「何か見たいものあります?」
「市場と鍛冶場、それに角飾りも少し気になる。酒も飲んでみたいな」
「結構あるじゃないですか」
「全部、竜人だから見るわけじゃない。俺が気になるだけだ」
「分かってます」
◇
翌月、ゼノは三人の商人を護衛しながら北東へ向かい、旅の途中で《赤嶺街》と呼ばれる竜人族の多い町へ立ち寄った。
通りを歩く者の半分以上が鱗と角を持っており、自分と似た外見の者がこれほど多い場所へ入るのは、ゼノにとって初めての経験だった。
人間の町では必ずと言っていいほど目立つ自分の身体が、その町ではほとんど誰の目にも留まらず、店先に並ぶ防具にも尾や角のある身体へ合わせた形が多く、食器まで人間の街で使われるものより厚手に作られている。
ゼノは最初こそ妙に落ち着かなかったが、しばらく市場を歩いているうちに、自分と似た姿の者が大勢いるというだけで、彼らと同じ知識を持っていなければならないわけではないことも次第に実感していった。
◇
「旅の竜人か?」
市場の肉屋で、竜人族の店主が尋ねた。
「そうだ」
「どこの谷の出身だ」
「生まれた場所は知らん。人間の鉱山町で育った」
「そうか。それなら、この辺の燻肉は初めてかもしれんな」
「初めてだ」
「少し食ってみるか?」
「辛くないなら頼む」
「辛いのは苦手か」
「苦手だ」
店主は特に驚くこともなく、香辛料を控えた燻肉を一枚切ってゼノへ渡した。
◇
「竜人でも辛いのが駄目な人っているんですね」
一緒にいた人間の商人が言うと、ゼノが答えるより先に肉屋の店主が笑った。
「そりゃいるだろ。俺の妹なんか香辛料一粒でも水を飲むぞ。人間だって全員が同じくらい辛いものを食えるわけじゃないだろう?」
「言われてみればそうですね」
「なら同じだ」
どこかで自分が何度も口にしてきたような会話を、別の竜人族から聞かされたことがおかしくなり、ゼノは少し笑いながら燻肉を口へ運んだ。
塩気は強めだったが辛さはほとんどなく、肉の中まで染みた煙の香りが強く残っており、ゼノの好みにもよく合っていた。
◇
別の露店では、以前《持ち込み食堂》へ持ち込んだ火鱗果が籠いっぱいに積まれていた。
「これは、ここではどう食う」
ゼノが尋ねると、店番をしていた竜人族の老女は少し驚いたものの、すぐに旅人なのだと察したらしい。
「知らないなら、この辺の者じゃないね」
「人間の町育ちだ」
「それなら知らなくても不思議じゃないさ。炭火で割ってもいいし、蒸し窯を使ってもいい。うちでは中身を潰して脂と混ぜるよ」
「肉の脂か」
「山羊でも鳥でも構わないし、甘くして食べる家もあるね」
いくつもの食べ方を聞いたゼノは、どれが竜人族として正しい料理なのかと尋ねた。
◇
老女はその質問を聞くと、少し可笑しそうに笑った。
「どれも竜人が食べているなら、竜人の食べ方じゃないのかい」
「一番正しい作り方はないのか」
「私の家で正しい作り方なら教えられるよ。でも隣の谷へ行けば、また違うかもしれないね」
その返事を聞いたゼノも、ようやく自分が探そうとしていた「正しい竜人の食べ方」というもの自体が、最初から一つに決まっているわけではなかったのだと理解して笑った。
「それでいい。あんたの家の作り方を教えてくれ」
老女から教わったのは、火鱗果を蒸して潰し、鳥脂と刻んだ根香草、少量の塩を混ぜて平たく焼く料理だった。
ゼノはその場で一つ買って食べ、《持ち込み食堂》で食べたものとはまったく違う味でありながら、こちらも自分の好みに合うことを知った。
◇
その夜、町の広場では竜人族の若者たちが太鼓を鳴らしながら集まっていた。
護衛している商人から祭りなのかと尋ねられたものの、ゼノにも分からなかったため、近くにいた竜人へそのまま質問した。
「何の祭りだ」
「祭りじゃないよ。仕事終わりに集まって、好きに飲んだり踊ったりしてるだけだ」
「そうなのか」
「旅人なら知らなくても当然か。踊りたいなら入っていいぞ」
「踊り方を知らん」
「見て覚えてもいいし、適当に動いてもいい」
ゼノは少し迷ったものの、酒を一杯飲んでから輪の外へ立ち、しばらく足運びや太鼓の調子を眺めるだけにした。
興味はあったが、その場ですぐ覚えなければならないとは思わなかったため、その日は最後まで輪の中へ入らなかった。
◇
翌朝、一緒にいた商人が、せっかく竜人の町へ来たのだから踊ってみればよかったのではないかと尋ねた。
「今日は護衛の仕事があるし、昨日は見ているだけで十分だった」
「でも、ああいうのには興味があったんでしょう?」
「少しはな」
「なら次に来た時ですか?」
「次があって、その時に踊りたいと思えばやる」
「覚えなくても気にならないんです?」
「見て面白かったから、それだけでも十分だ」
ゼノは荷馬車の固定紐を確かめながら、竜人族の町へ来たからといって、目にした文化のすべてを自分のものにしなければならないわけではないと考えていた。
◇
護衛を終えてレーヴェンへ戻ったあと、ゼノは市場で北東から届いた火鱗果を見つけた。
以前なら、食べ方を知った以上は自分でも買うべきだという妙な義務感を抱いていたかもしれないが、その日のゼノは値札を見て少し高いと思い、買わずに通り過ぎようとした。
「買わないんですか?」
露店主が尋ねた。
「今日は別に食いたくない」
「竜人なのに?」
冗談半分の言い方だったため、ゼノも以前のように苛立つことなく、隣に並んでいる麦袋を指した。
「人間は麦を見たら毎日買うのか」
「さすがに毎日は買いませんね」
「なら俺が火鱗果を毎回買わなくても同じだ」
「それもそうですね」
ゼノは火鱗果の代わりに、隣へ並べられていた干し魚を一袋だけ買った。
◇
数日後、ゼノはその干し魚を持って《持ち込み食堂》を訪れた。
「今日は火鱗果じゃないんですね」
悠斗が言った。
「今日は魚が食いたい」
「分かりました」
「竜人なのに魚なのか、とは言わないんだな」
「言ってほしいんです?」
「絶対に言うな」
「じゃあ言いません」
悠斗は干し魚の塩気を確かめてから水で少し戻し、根玉葱と白豆を合わせて柔らかく煮込んだ。
塩気の強い干し魚から出た旨味が白豆へ染み込み、根玉葱の甘さが全体を穏やかにまとめた《干し魚と白豆の根玉葱煮》が出されると、ゼノは湯気の立つ皿を見て満足そうに頷いた。
◇
「北東はどうでした?」
「面白かったぞ。火鱗果も別の作り方で食った」
「どんな料理でした?」
「蒸して潰して、鳥脂と香草を入れて焼くんだ」
「美味しそうですね」
「うまかった。ほかにも燻肉を食ったし、角飾りと鍛冶場を見て、夜には太鼓を鳴らしている連中も見た」
「踊ったんです?」
「踊ってない。その日は見ている方がよかった」
ゼノは干し魚を一口食べ、以前ならそこで感じていたかもしれない「せっかく竜人の町へ行ったのだから」という後悔が、自分の中にほとんどないことへ気づいた。
◇
「それで、前より竜人らしくなりました?」
悠斗が尋ねると、ゼノはしばらく考えたあと、少し可笑しそうに笑った。
「たぶん、そんなものを分かる必要がなかったんだろうな。竜人の町へ行って、竜人が食べている飯を食って、竜人が作った道具を見たが、それで昨日までの俺より竜人になったわけじゃない」
「元から竜人だった?」
「そういうことだろう。知らない文化があるから竜人じゃなくなるわけでもなければ、全部覚えたら正しい竜人になるわけでもない」
「じゃあ、これからは?」
「知りたいものだけ覚える」
「火鱗果は?」
「覚える」
「踊りは?」
「今のところ見ているだけでいい」
「古竜語は?」
「必要になったら考える」
「辛い料理は?」
「それだけは必要になっても食わん。腹が痛くなるからな」
最後だけ迷いなく答えたゼノを見て、悠斗は笑った。
◇
その後も冒険者組合では、ゼノが竜人族だというだけで、さまざまな質問を受けることがあった。
「竜人って夜でもよく見えるんですか?」
「俺は人間より見えるが、全員が同じかは知らん」
「竜人の角って何歳まで伸びるんです?」
「俺の角は三十を過ぎてからほとんど伸びていないが、ほかの一族については知らん」
「火鱗果って竜人の伝統食なんでしょう?」
「北東ではよく食うらしい。俺の育った鉱山町にはなかった」
以前のようにすべてを「知らん」の一言だけで切ることは減ったものの、分からないことまで竜人族の代表として知っているふりをすることもなく、自分について分かることと、ほかの竜人については分からないことを分けて答えられるようになっていた。
◇
ある日、新人の冒険者が遠慮がちに、ゼノが人間の町で育ったことについて尋ねてきた。
「ゼノさんって、竜人なのに人間の町で育ったんですよね。それって、寂しくなかったんですか?」
以前なら余計な質問だと切り捨てていたかもしれないが、ゼノは自分の装備を整えながら少し考えた。
「子どもの頃は、知らないものがあることを寂しいと思った時もある」
「今は違うんですか?」
「知りたくなれば、自分で行って見られると分かったからな。前ほどは気にならん」
「生まれた場所も探せるかもしれませんよね」
「そうだな」
「見つけたいですか?」
ゼノは装備を整えていた手を止め、自分が本当にそうしたいのかを考えた。
◇
「いつか知りたいと思うかもしれん。ただ、今すぐ探したいとは思っていない」
「それでいいんですか?」
「何でお前が困るんだ」
「いや、何となく、知れるなら知った方がいいのかなって」
「俺が知りたいと思った時に探す。今は仕事もあるし、今の暮らしにも困っていないから、それでいい」
「すみません、変なこと聞いて」
「別に謝らなくていい。お前が聞きたかったから聞いたんだろう」
ゼノは装備を背負い、新人と一緒に依頼へ向かいながら、生まれた土地を探すことについても、竜人族だから当然やらなければならないことではなく、自分が必要だと思った時に選べばいいのだと考えていた。
◇
夕方、依頼を終えたゼノは宿へ戻る前に市場へ立ち寄り、黒パンと白豆、塩漬け肉、それに少量の根菜を選んだ。
どれも人間の鉱山町で育った頃から馴染みのある食材だったが、別の棚には北東から届いた火鱗果も置かれていたため、少し考えてから一つだけ籠へ入れた。
「今日は買うんですね」
以前にも話した露店主が笑った。
「今日は食いたくなった」
「どう料理するんです?」
「北東で教わったように、潰して焼く」
「竜人の料理ってことですか?」
「北東の露店で教わった料理だ。その方が正確だろう」
店主は少し考えたあと、確かにそうだと納得して頷いた。
◇
宿へ戻ったゼノは、教わった通りに火鱗果を炭火から少し離してゆっくり加熱し、殻へ割れ目が入ってから十分に冷ました。
硬い殻を開くと橙色の種肉が現れ、それを潰して鳥脂と刻んだ香草を混ぜ、平たく形を整えてから焼いていく。
一枚目は少し厚くしすぎたため中心が柔らかくなりすぎたが、二枚目は薄くして火を通したことで表面が香ばしく焼き上がり、以前に赤嶺街で食べたものへ少しだけ近づいた。
「これなら悪くないな」
ゼノは一人でそう呟きながら、自分で作った二枚目をゆっくり食べた。
◇
子どもの頃のゼノは、自分が竜人族として知らないことの数を数え、その空白が増えるほど、自分には何かが足りないのだと思っていた。
四十三歳になった今でも、その空白そのものがなくなったわけではなく、古竜語を話すことはできず、自分が生まれた土地も分からず、竜人族の祭りについても知らないものの方が多い。
それでも、人間の鉱山町で覚えた豆の煮込みも、養父から教わった石の見分け方も、冒険者として各地を歩いて身につけた技術も、北東の竜人から最近教わった火鱗果の焼き方も、どれか一つだけがゼノを竜人にしたり、逆に竜人ではなくしたりするものではなかった。
知らないものをすべて埋めなければ自分が完成しないのではなく、興味を持ったものがあればその時に近づき、必要だと思えば覚え、必要でなければ知らないまま残しておいても構わない。
ゼノは二枚目の火鱗果焼きを最後まで食べ終えると、次に北東へ行く機会があれば鍛冶職人へ角飾りの作り方を聞いてみたいと思ったが、それを「竜人なら知っておくべきこと」の一つとして数えることはせず、ただ自分が少し興味を持った次の旅の楽しみとして覚えておきながら、明日の依頼に備えて装備を整え始めた。
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