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異世界持ち込み食堂~あなたの食材を料理します~  作者: シロの空


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第48話 熟すのが遅い森果と、待たせることに慣れすぎた長命のエルフ

 アルディアが人間の街で何度も言われてきた言葉の中には、「四百年以上生きているなら、何でも知っているのでしょう」というものと、「エルフにとって一年くらい、すぐなのでしょう」というものがあり、彼女は前者については訂正することにも慣れていたものの、後者については最近になって、自分自身もどこかで似た考え方をしていたのではないかと思い始めていた。


 四百二十七歳になるアルディアは、レーヴェンから東へ何日も進んだ先に広がる《翠環大森林》で、長い間森の境界を管理してきたハイエルフの女性だった。腰まで届く淡い銀緑色の髪と細長い耳を持ち、人間であれば三十歳前後に見える顔立ちをしているが、森の巡回路がまだ今とは違う場所を通っていた頃から、同じ土地の変化を見続けてきた。


 ハイエルフは人間よりはるかに長く生きる種族として知られているものの、だからといって全員が同じ時間感覚を持っているわけではなく、商売をする者は日単位で予定を組み、薬師は薬草の成長に合わせて季節を細かく分け、旅人は人間と同じように宿の期限を気にしている。アルディア自身も森の巡回や獣道の管理では日付を細かく記録していたが、自分一人の都合で動く用事になると、十日や二十日程度の遅れを「少し」と考えてしまう癖があった。


 その程度なら大きな問題にはならないと思っていたが、森の外で暮らす誰かと日付を決めて約束するようになってからは、その考え方では済まない場面が少しずつ増えていた。


          ◇


「アルディアさん、次の納品は本当に今月中でいいんですよね?」


 翠環大森林の外縁にある交易所で、人間の若い商人が何度目かになる確認をした。


 アルディアの前には乾燥させた薬草や樹脂、木の実、それにまだ青みの残る丸い果実が並んでおり、どれも森の中では珍しいものではないが、人間の街では安定して手に入れることが難しい品だった。


「今月中には持ってくるつもりです」


「つもり、じゃなくて」


「二十日頃には」


「前回もそう言って、実際に来たのは翌月の三日でしたよ」


「十三日しか違わないでしょう」


「十三日違うんです」


 商人の青年は頭を抱えながら、机の上に置いていた帳面をアルディアの方へ向けた。


「こっちは二十五日に荷馬車を出す予定だったんですよ」


「なら、先に出してもよかったのでは?」


「アルディアさんの樹脂を積む予定で枠を空けてたんです」


「次から空けなくてもいいですよ」


「そういう話じゃないです」


 アルディアは、なぜそれほど困るのか本気で理解できず、少し首を傾げた。


          ◇


 青年の名はルイスといい、父から交易所の一部を任されてまだ二年ほどしか経っていなかった。


 アルディアとは半年ほど前から取引しているが、品質について問題が起きたことは一度もなく、森から持ち込まれる樹脂は混じり物が少なく、薬草も採取時期が正確であるため、他の商人からも高く評価されている。


 それでもルイスが毎回納品日だけを何度も確認するのは、アルディアが「十日程度なら誤差」と考えたまま、予定が変わっても連絡しないことが何度も続いたからだった。


「人間は細かいですね」


「細かくしないと商売回らないんです」


「森では、雨が続けば採取が十日遅れることくらいあります」


「それなら遅れるって連絡してください」


「森の中から?」


「交易所まで来なくても、外縁の見張りに伝言預けられるでしょう」


「そこまで急ぐことですか?」


 ルイスはすぐに答えず、少し疲れたように息を吐いてから、アルディアをまっすぐ見た。


          ◇


「俺にとっては急ぎます。アルディアさんにとって十三日が短いのは分かりますけど、俺の商売だと十三日あれば荷馬車が一往復近くできるんです」


「それは知っています」


「知ってるなら、何で連絡しないんですか」


「来た時に話せばいいと思っていたからです」


「その来る日が分からないんですよ」


 自分が約束を破っているという意識は、それまでのアルディアにはほとんどなかった。


 二十日に行くと言って二十日に行けなかったとしても、その月の終わりか翌月の初めには必ず行っており、数年単位で振り返ればほとんど同じ時期に収まっているため、大きく外れたとは思っていなかったからである。


          ◇


「次の《琥珀森果》は、いつ持ってきます?」


 ルイスが尋ねた。


「熟したら」


「何日頃ですか」


「早ければ十二日、遅ければ二十五日です」


「ずいぶん幅がありますね」


「果実ですから、木によって違います」


「じゃあ、十二日に来なかったら待たなくていい?」


「構いません」


「売れなくなっても?」


「別のところへ持っていけばいいでしょう」


「そう簡単じゃないんです。もう予約入ってるんですよ」


 ルイスは帳面を開き、菓子屋二軒、酒屋一軒、薬師一軒の名前が書かれた欄を指でなぞった。


「全部、アルディアさんが持ってくる森果だから頼まれてるんです」


「そこまで?」


「珍しいですから」


 アルディアは交易所へ見本として持ってきた、まだ青い琥珀森果を静かに見下ろした。


          ◇


 琥珀森果は、翠環大森林の奥で育つ低木に実る果実であり、未熟なうちは深い緑色をしているが、十分に熟すと皮が薄い琥珀色へ変わり、内部に蜜のような甘い果汁を蓄える。


 人間の果実より熟すまで時間がかかり、一度実をつけても収穫まで二月近く必要になるため、森の外では高値で取引されていた。


 ただし、熟し方には木ごとの差があり、同じ日に花が咲いたとしても収穫時期が十日以上ずれることがあるため、アルディアにとって収穫日を一日単位で決めること自体が不自然だった。


「なら、熟した木から少しずつ持ってくればいいのでは?」


 ルイスが言った。


「何度も往復することになります」


「一回に全部揃うまで待つよりは助かります」


「私は森の管理もあります」


「それなら最初から分納できないって言ってください。こっちも別の予定を組めますから」


 アルディアは、その言い方に少しだけ不満を感じながら眉を寄せた。


          ◇


「あなたは、ずいぶん急ぎますね」


「アルディアさんが遅いんです」


「私は遅いつもりはありません」


「そこが困るんですよ」


 ルイスは開いていた帳面を閉じると、少し申し訳なさそうに視線を逸らした。


「俺、アルディアさんのこと嫌いじゃないです。品もいいし、値段も無茶言わないし、森のこと聞けばちゃんと教えてくれる。でも日付だけは信用できない」


 その言葉は、アルディアが予想していた以上に強く残った。


「信用できない、ですか」


「商品じゃなくて予定が、です」


「同じでは?」


「違います。だから余計困るんです」


 品質を疑われるよりも軽い言葉のはずなのに、自分が誰かとの約束について信用されていないと言われたことの方が、アルディアには妙に重く感じられた。


          ◇


 交易所を出たあと、アルディアは森へすぐ戻らず、レーヴェンへ向かう街道を歩いていた。


 本来なら薬草商へ渡す予定の書類を届けるだけの用事だったため、その日のうちに帰るつもりだったが、ルイスから言われた「日付だけは信用できない」という言葉が頭から離れなかった。


 ハイエルフとして四百年以上生きてきた彼女にとって、十三日は確かに長い時間ではないが、その十三日を自分が短いと感じることと、誰かへ約束した十三日を無視していいことは、本当に同じなのだろうか。


 考えながら歩いているうちに昼を過ぎ、腹が空いてきたところで西区の路地に《持ち込み食堂》という看板を見つけたため、荷袋に残っている未熟な琥珀森果を見本代わりに持ち込んでみることにした。


          ◇


「いらっしゃいませ」


 ミレイアが迎えた。


「持ち込みでもよろしいでしょうか」


「もちろんです。何をお持ちですか?」


 アルディアが布包みを開くと、中にはまだ緑色の琥珀森果が二つ入っていた。


「琥珀森果です。ただし、まだ熟していません」


「食べられるんですか?」


「食べられなくはありませんが、かなり渋いですよ」


「じゃあ店主呼びますね」


 厨房から出てきた悠斗は果実を受け取ると、まず皮の色と硬さを確かめた。


「これ、熟すと色変わるんです?」


「琥珀色になります」


「今は食べ頃じゃない?」


「人間が期待する甘さはありません」


「何で持ってきたんです?」


「交易所へ見本として持っていった余りですが、捨てるほど悪いものではありませんし、何か料理にできるならと思いまして」


          ◇


「まず少し確認していいです?」


「どうぞ」


 悠斗は皮を薄く切り、小さな欠片をさらに細かく分けた。


「生で食べても危険は?」


「毒はありません。ただ渋いだけです」


 悠斗がほんの少しだけ口へ入れると、最初に弱い酸味があり、その直後から舌の表面を締めつけるような強い渋みが広がった。


「かなりですね」


「だから言ったでしょう」


「熟すと本当に甘くなる?」


「驚くほど変わりますよ」


「面白いな」


 悠斗は切った果肉の水分や香りを確かめながら、次の使い方を考え始めた。


          ◇


「加熱すると渋み減ります?」


「多少は減りますが、長く煮ても完全には消えません」


「塩漬けとかは?」


「森では細切りにして塩水へ晒し、酸味のある香草と合わせることがあります」


「甘くなるまで待たないんですね」


「全部の実を甘くして食べる必要はありませんから」


 アルディアが答えると、悠斗は少しだけ顔を上げた。


「じゃあ、未熟な時の使い方もある?」


「あります。ただし商品としては熟した方が高いですが」


「今日は未熟な方の料理でいきます」


 悠斗は果実を細く切り、水へ晒してから軽く塩を振った。


          ◇


 しばらく置くと最初より渋みが少し抜けたため、悠斗はそこへ薄く切った根玉葱と茹でた白豆を合わせ、少量の果実酢と油、それに塩を加えた。


「肉も合わせます?」


「鳥肉なら合うと思います」


 焼いた鳥肉を細く裂いて加えると、未熟な森果の酸味と薄く残った渋みが脂を軽くし、根玉葱の甘さと白豆の柔らかさがその尖りを和らげていった。


「《未熟琥珀森果と鳥肉の酸味和え》です」


 アルディアは皿を見て少し笑った。


「ずいぶん正直な名前ですね」


「熟してないので」


「嫌いではありません」


          ◇


 一口食べると、熟した琥珀森果とはまったく別の料理になっており、甘さはほとんどないものの、薄く残った渋みが鳥肉の脂を引き締め、果実酢の酸味と合わさることで、食欲を邪魔するほど強くは感じなくなっていた。


「悪くありませんね」


「熟した方が美味しい?」


「料理によります」


「じゃあ、この時点でも使える?」


「使えます」


「でも高く売れるのは熟してから?」


「そうです」


「待つ価値があるんですね」


「ええ」


 アルディアはそう答えながら、今朝ルイスと交わした会話を思い出した。


          ◇


「熟すまで、どのくらいかかるんです?」


 悠斗が尋ねた。


「この実なら、あと十日から二十日ほどでしょう」


「幅ありますね」


「木によって違います」


「毎日見れば分かる?」


「皮の色と香りで大体は」


「じゃあ収穫日、最初から正確には決められない?」


「難しいですね」


「売る人は困りそうですね」


 アルディアは少し目を細めた。


「今日、同じことを言われました」


「商人に?」


「ええ」


「約束した日がある?」


「二十日頃に、と」


「頃なら多少ずれてもよさそうですけど」


「十三日ずれたことがあります」


 悠斗はその日数を聞いてから、少し考えた。


          ◇


「十三日って、アルディアさんには短い?」


「短い方です」


「人間だと結構長いですね」


「今日、まったく同じことを言われました」


「その人は何に困ったんです?」


「荷馬車を待たせたそうです」


「じゃあ日数そのものより、予定が変わったことが困った?」


「おそらく」


「遅れるって連絡したら?」


「そこまで必要だとは思っていませんでした」


「今は?」


 アルディアはすぐに答えず、皿の中に残っている森果を見てから口を開いた。


「必要なのかもしれませんね」


「相手が待ってるなら、たぶん」


「でも、自然のものに正確な日付を求めるのも無理があります」


「それはそうですね」


 悠斗があっさり頷いたため、アルディアは少し意外そうに彼を見た。


          ◇


「では、どちらが合わせるべきだと思います?」


「俺に聞くんですか」


「料理人は、人間でしょう」


「人間代表じゃないですよ」


「そうでしたね」


 アルディアは少し笑った。


「俺なら、正確に決められないなら幅で約束します。十二日から二十五日の間とか、最初から分かっている範囲を伝えると思います」


「かなり広いですよ」


「なら、最初にそう言うしかないです」


「商人が困るでしょう」


「困るなら、その条件では買えないって言うかもしれません」


「そうなれば売れません」


「それも取引じゃないですか」


 アルディアはすぐには反論できなかった。


          ◇


「逆に、十二日に間に合いそうって言っておいて、途中で二十五日になりそうだと分かったなら、その時点で伝えるとか」


「森からわざわざ?」


「その手間と、信用をなくすことのどちらが大きいかですね」


「信用」


「さっき言われた?」


「予定だけは信用できない、と」


 悠斗は少し困ったような顔をした。


「結構きついですね」


「商品は信用されているそうです」


「なら余計に惜しいですね」


 アルディアは皿の上に残った未熟な琥珀森果を見ながら、自分がこれまで急ぐ必要のないものまで人間は急ぎすぎると思っていたことを話した。


「今もそう思います?」


「今も思いますが、急ぐことと予定を知りたいことは、別なのかもしれません」


「たぶんそうですね」


          ◇


「人間にとって十日は長いから?」


「長い人もいるし、短い人もいると思います」


「また個人差ですか」


「最近そういう話が多いですね」


「何人も来たのですか」


「いろいろ」


 悠斗はそれ以上詳しく話さなかった。


 アルディアは水を少し飲んでから、自分の一族についても考えた。


「私たちハイエルフにも、日単位で動く者はいます」


「じゃあ長命だから遅いって話でもない?」


「そうですね」


「アルディアさん個人の癖?」


「……そう言われると、少し腹が立ちます」


「すみません」


「でも、おそらくそうです」


          ◇


 アルディアは、自分が長命種だから時間を大きく捉えるのだと考えていたが、同じ森に暮らす薬師の友人は薬草の採取日を一日単位で管理しており、樹液を採る職人は気温の変化に合わせて朝と夕方を細かく区別している。


 森の境界を管理する自分自身も、獣の痕跡や水位の変化については日付を正確に残しているため、本当に種族の寿命だけが理由なら、自分に必要な記録の時だけ時間を細かく見るのは不自然だった。


 結局のところ、自分が急ぐ必要を感じない約束について、相手も同じように考えているだろうと勝手に決めていただけなのかもしれない。


「熟すまで待つ果実と、人を待たせることは別ですね」


 アルディアが言った。


「どういう意味です?」


「森果は、熟すまで急がせても仕方がありません。しかし、熟す時期がずれそうなら、待っている人間へ知らせることはできます」


「そうですね」


          ◇


「私は、待つこと自体に価値があると思いすぎていたのかもしれません」


「長く待てば何でもよくなる?」


「そういう意味ではありませんが、近いところはあります」


 アルディアは少し考えてから、森で暮らす者が待つことに慣れている理由を話した。


「森では、木を植えてから使える太さになるまで何十年も待ちますし、薬草も若い株から無理に採れば翌年がなくなります。だから、急がないことを良い判断だと思う場面が多いのです」


「なるほど」


「その感覚を、人間との約束にまで持ち込んでいました」


「人間側も、森の都合無視して急げって言う場合ありそうですけど」


「ありますよ」


「その時は?」


「断ります」


「それでいいんじゃないですか」


          ◇


「待てないなら売らない、ということですか」


「無理に早く採って質を落とすなら、俺ならそうします」


「その代わり、待つ期間はなるべく正しく伝える」


「はい」


「遅れるなら知らせる」


「はい」


「……面倒ですね」


「商売って面倒そうです」


 アルディアは思わず笑った。


「あなたは店主でしょう」


「だから面倒なのは知ってます」


「なら説得力はあります」


 食事を終えたあと、アルディアは未熟な琥珀森果を一つだけ残し、悠斗へ差し出した。


「これは置いていきます。十日ほどで色が変わるかもしれないので、もしよければ変化を見てください」


「毎日見ます」


「変わった日を記録しておいてください」


「分かりました」


          ◇


 翌朝、アルディアは翠環大森林へ戻ると、最初に自分が管理している琥珀森果の群生地へ向かった。


 全部で二十七本の木があり、それぞれに実がついているが、近づいて一本ずつ確かめてみると、これまで「今月の後半にはだいたい揃う」とまとめて考えていた時より、色づき方の差がはっきり見えてくる。


 そこで、すでに緑が薄くなっている木、まだ完全に青い木、その中間にある木へ分けて印をつけると、三日後には交易所へ持っていける分が一箱ほど出そうだと分かった。


「全部揃うまで待つ必要はないか」


 アルディアはそう呟きながら、次の巡回日と重ならない範囲で分納できる日を考え始めた。


          ◇


 ただし、毎回少量ずつ運べば森の管理に支障が出るため、無制限に分納するつもりはなかった。


 そこで最初の熟した分を十二日に一箱、その次を十八日前後、最後を二十五日頃までに持っていく予定として書き出し、雨が続けばそれぞれ数日ずれる可能性があることも添えた。


 その紙を持って外縁の見張り小屋へ向かい、交易所のルイスへ渡してほしいと頼むと、見張り役のエルフが紙を見て少し驚いた。


「珍しいですね。日付まで書くなんて」


「私も少し学びました」


「人間に急かされましたか」


「急かされたというより、待たせていることを教えられました」


「同じでは?」


「どうやら違うようです」


          ◇


 二日後、交易所から届いた返事には、《十二日の一箱があれば最初の荷馬車に間に合います。残りは十八日と二十五日で問題ありません。雨で遅れる場合は、外縁見張りへ一言だけでもお願いします》と書かれていた。


 アルディアはその文章を二度読み返した。


 想像していたよりも要求は単純であり、毎日正確な日付を守れと言われたわけでも、まだ熟していない果実を早く採れと言われたわけでもなく、不確かな部分を不確かなまま共有すればよかっただけらしい。


 十二日になると最初の琥珀森果が熟し、皮は薄い琥珀色へ変わり、近づけるだけで甘い香りが分かるようになったため、アルディアは予定していた一箱分だけを収穫し、その日のうちに交易所へ運んだ。


          ◇


「本当に十二日に来た」


 ルイスが言った。


「失礼ですね」


「いや、すみません」


「私も前回までは信用される行動をしていませんでしたから、今回は許します」


「ありがとうございます」


「残りは十八日前後ですが、雨が二日続く予報なので、二十日頃になる可能性があります」


「それ先に分かるだけで助かります」


「それほど?」


「荷馬車を一台遅らせれば済むので」


「十三日待たせるよりは?」


「全然違います」


 ルイスは箱を開け、琥珀森果を一つ持ち上げて色と香りを確認した。


          ◇


「いいですね」


「十二日で採れる木だけ選びました」


「残りを早く採る必要はないです」


「分かっています」


「前なら、俺が急いでるように聞こえてました?」


「少し」


「今も急いではいますよ」


「それは分かりました」


 二人は少し笑った。


 ルイスは予約分の札を箱へつけながら、これで菓子屋二軒分は最初の荷馬車へ間に合うと説明した。


「一箱で足りるのですか」


「最初はこれで十分です」


「ならよかったです」


 アルディアは、すべてを一度に揃えなければならないと思い込んでいたのが自分の方だったことにも気づいた。


          ◇


 十八日には雨が続いたため、予定通り収穫できなかった。


 以前なら、雨が止んでから交易所へ行き、「少し遅れました」と言うだけだっただろうが、今回は外縁の見張りへ、《二十日まで収穫を延ばします。果皮がまだ薄いため、十八日に採ると香りが弱くなります》という伝言を預けた。


 ほどなくしてルイスから、《了解。二十日便へ変更します》という短い返事が届いた。


 アルディアはその紙を読みながら、約束を細かくすることで窮屈になると思っていたのに、実際には事情を伝えた方が、急いで収穫しなければならないという圧力を感じずに済んでいることへ気づいた。


          ◇


 二十日、雨が上がったあとで収穫した森果は、十八日に無理に採るより香りが明らかに強かった。


 交易所へ持っていくと、ルイスも一つを手に取って確認し、二日待って正解だったと頷いた。


「こういう遅れなら全然いいんです」


「遅れなのに?」


「理由が分かってますから」


「不思議ですね」


「何がです?」


「人間は、待つのが嫌なのではないのですね」


 ルイスは少し考えたあと、少なくとも自分の場合は、待つことそのものよりも、いつまで待つのか分からないまま予定を動かせないことの方が困るのだと答えた。


 アルディアはその説明なら理解できると思い、素直に頷いた。


          ◇


 その月の最後の箱まで予定の範囲内で渡し終えたあと、アルディアは再びレーヴェンへ向かった。


 薬草商との用事に加え、《持ち込み食堂》へ預けた未熟な琥珀森果がどうなったのか確かめるためである。


「いらっしゃいませ」


 ミレイアが迎えた。


「預けた果実は?」


「悠斗さんが毎日見てましたよ」


「毎日?」


「言われたので」


 厨房から出てきた悠斗が小さな籠を持ってくると、その中には以前の緑色からほとんど琥珀色へ変わった森果が一つ入っていた。


「十五日目でした」


 アルディアは少し驚いた。


          ◇


「記録したのですか?」


「はい」


 悠斗が見せた紙には、《一日目・緑。五日目・一部黄緑。九日目・香り弱く出る。十二日目・半分琥珀色。十五日目・全体色づき、香り強い》と書かれていた。


「細かいですね」


「頼まれたので」


「人間は本当に日付を数えますね」


「エルフは数えない?」


「私は、自分の食べ物なら感覚で待ちます」


「じゃあ今日食べます?」


「お願いします」


 悠斗が熟した森果へ包丁を入れると、未熟だった時には硬かった果肉は柔らかくなり、切った断面から透明に近い蜜色の果汁が滲み出した。


          ◇


「全然違いますね」


「だから待つのです」


「十五日」


「私なら短いと思います」


「俺は結構長かったです。毎日見てたので」


「でしょうね」


「でも変化見るの面白かったです」


 悠斗は一切れをそのまま出した。


 アルディアが食べると、濃い甘さのあとに花のような香りが広がり、未熟な時の強い渋みはほとんど残っていなかった。


「ちょうどいいですね」


「じゃあ料理します」


 悠斗は琥珀森果の半分を薄く切り、表面を軽く焼いた鳥肉へ添え、残りは潰して少量の果実酢と塩を加え、甘酸っぱいソースへ仕上げた。


          ◇


「《鳥肉の琥珀森果添え》です」


 アルディアが一口食べると、未熟な時に作った酸味和えとは違い、今度は果実の甘さが鳥肉の塩気と合い、同じ実とは思えないほど性格が変わっていた。


「こちらも美味しいですね」


「未熟な方とどっち好きです?」


「比べるものではないでしょう」


「そうですか?」


「使う時期が違うのですから」


「なるほど」


 アルディアは少し笑いながら、熟す前の使い方にも、熟した後の使い方にも、それぞれ別の価値があることを改めて感じた。


          ◇


「交易所、どうでした?」


 悠斗が尋ねた。


「分けて納品しましたし、雨で二日遅れた時は先に連絡しました」


「怒られた?」


「いいえ。むしろ待ってよかったと言われました」


「じゃあ日付決めても、果実は急がせなくて済んだ?」


「そうですね」


 アルディアは少し考えてから、自分が人間の短い時間感覚へ合わせると、森まで急かされるような気がしていたことを話した。


「実際は?」


「森果は森果の時間で熟させて、その時間を人間へ伝えればよかっただけでした」


「それなら両方困らない?」


「少し手間は増えます」


「そこは仕方ないですね」


          ◇


「あなたなら、十五日待つ約束をして十八日になったら怒りますか」


「理由によります」


「三日ですよ」


「長さだけでは決まらないと思います。大事な予定があれば困るし、何もなければ気にしないかもしれません」


「やはり、そうなのですね」


「何がです?」


「私はそこを、寿命の違いだけで考えすぎていました」


「ハイエルフなら三日なんて一瞬、みたいな?」


「そう言う人間は多いです」


「実際は?」


「三日で困ることもありますよ。森火事なら三日は長すぎます」


「それはそうですね」


 悠斗はすぐに納得した。


          ◇


「私たちが長く生きるからといって、いつでも待てるわけではありませんし、逆に人間でも木を育てる者のように、何年も待つ仕事をしている人はいます」


「じゃあ、寿命だけじゃ決まらない」


「ええ。私自身が、約束について少し大雑把だっただけです」


「認めましたね」


「何です、その言い方は」


「最初ちょっと嫌そうだったので」


「今も少し嫌ですよ」


「すみません」


「でも、否定はできません」


 アルディアは笑いながら水を飲んだ。


          ◇


 食事を終えたあと、アルディアは代金を払った。


「次に来るのはいつです?」


 悠斗が何気なく尋ねた。


 アルディアは反射的に「そのうち」と答えかけたものの、自分で気づいて言葉を止めた。


「二月ほど先です。冬前の巡回が終わってからになりますが、大雨で境界路が崩れれば、一月ほど遅れる可能性があります」


「そこまで説明しなくても」


「今は練習中です」


 悠斗が笑った。


「じゃあ二、三月後くらいで覚えておきます」


「それで十分です」


 アルディアも笑い返し、店を出た。


          ◇


 翠環大森林へ戻ってからも、交易所との仕事は自然の都合で予定通りにいかないことが何度もあった。


 大雨で採取が遅れることもあれば、予想より早く実が熟し、予定日前に持ち込めることもあったが、アルディアは以前のように「数日なら同じ」と一人で決めるのではなく、相手がその日付を何に使っているのかを確認するようになった。


 急ぐ必要がないなら待ち、荷馬車や予約が関わるなら早めに知らせる一方で、人間側から「明日までに倍採ってほしい」と無理な依頼をされれば、そこは以前と変わらず断った。


          ◇


「明日は無理です」


 ある商人から急ぎの注文を受けた時にも、アルディアは落ち着いて答えた。


「三日で何とかなりませんか」


「熟している分だけなら一箱ありますが、残りは最低でも八日は必要です」


「八日ですか」


「六日目に一度確認して、早まりそうなら知らせます」


「分かりました。一箱だけ先にお願いします」


「それならできます」


 以前なら、「八日待てないなら買わなくていい」と話を終わらせていたかもしれないが、今は相手の急ぎと森の時間を両方その場へ置いたうえで、できる部分だけを選ぶようになっていた。


          ◇


 同じ頃、交易所のルイスもアルディアへ曖昧な注文をしなくなっていた。


「来月の十五日に絶対欲しい、ではなくて、十日から二十日の間でどの辺になりそうです?」


「今年は夜が冷えているので、十七日以降でしょう」


「じゃあ二十日便に合わせます」


「もし早まれば?」


「十五日までに分かったら連絡ください。それ以降なら二十日のままで大丈夫です」


「分かりました」


 どちらか一方が相手の時間感覚へ完全に合わせたわけではなく、互いに何が動かせて、何が動かせないのかを前より具体的に話すようになっただけだったが、それだけで十三日遅れて初めて事情を説明するようなことはなくなった。


          ◇


 冬の手前、アルディアは森の巡回記録を書いていた。


 以前から獣道や倒木、川の水位については細かく日付を記していた帳面へ、今年から新しく交易用の欄が加わっており、《琥珀森果・第一群、十二日収穫。第二群、降雨により二十日。交易所へ十八日に遅延連絡済み》と記されていた。


 文字にしてみれば、それほど大げさなことではない。


 四百二十七年生きている自分にとって二日や十日が短いからといって、その日数の中で荷馬車を動かし、店を開き、誰かとの約束を組んでいる人間にまで、同じ短さを求める理由はなく、その一方で、人間が自分より短い寿命を持っているからといって、未熟な森果を急いで採らなければならない理由もなかった。


          ◇


 アルディアは帳面を閉じる前に、来春の予定を書き込んだ。


 琥珀森果の木を三本増やすため、若木の移植を始める予定であり、実が安定して採れるようになるまでには、少なくとも七年ほどかかる。


 人間のルイスにとって七年は決して短い時間ではないが、彼はその話を聞いた時、「七年後なら俺もまだ店にいますよ」と笑っていた。


 アルディアはその言葉を思い出しながら、来春の移植予定日と、天候によって作業が前後する可能性を書き加えた。


 長く待つものだから約束を曖昧にしていいわけではなく、短い時間だから急がせなければならないわけでもなく、森果が熟すまでの時間には森果の都合があり、それを待っている商人には商人の予定があり、その間をつなぐ自分には、どちらか一方の時間だけを正しいものとして扱わず、変化したことを必要な時に伝える役目がある。


 アルディアは七年後に実る木を急がせることなく、それでも明日伝えるべきことまで何年も生きる自分の感覚で先延ばしにはしない森の管理者として、次の巡回で確認すべき場所を帳面へ書き終えてから、静かに表紙を閉じた。


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