第47話 足りない大鍋と、遠慮しすぎる巨人の猟師
ドルガは、自分が食堂へ入っただけで周囲の客が一度こちらを見ることには慣れていたが、料理を注文した瞬間から店主の顔色までうかがわなければならなくなることには、六十二歳になった今でも慣れることができなかった。
巨人族の猟師であるドルガは、人間の成人男性より頭二つ以上大きく、立ち上がれば普通の家屋では梁へ手が届きそうな体格をしている。幅広い肩と長い腕に加え、森で大型獣を追うため鍛えられた脚も太く、腰へ下げた解体用の短刀さえ、人間が使えば小振りな剣に見えるほど大きかった。
巨人族と一口に呼ばれていても、山岳地帯で暮らす一族、草原を渡り歩く一族、北方の寒冷地に適応した一族などによって体格にはかなり差があり、ドルガの一族はその中でも比較的大柄な方だった。身体が大きい分だけ必要な食事量も多く、長時間の狩りを終えた日には、人間の一人前を二皿や三皿食べても足りないことがある。
そのこと自体を故郷で特別な問題だと思ったことはなかったが、人間の街で食事をするようになってからは、大盛りを頼むたびに驚かれ、追加を注文すれば「まだ食べるのか」と笑われ、宿によっては最初から「巨人は食費がかかるから」と通常より高い料金を提示されることさえあったため、次第に腹が減っていても一人前か二人前だけで済ませる癖がついていた。
◇
「ドルガ、本当にそれだけでいいのか?」
レーヴェン北門近くの簡易食堂で、同じ狩猟組合に所属している人間の猟師が尋ねた。
卓の上には豆と根菜を煮込んだ深皿が一つと、小さな黒パンが置かれており、朝から夕方近くまで森を歩いてきた巨人族の食事としては、どう見ても少なかった。
「十分だ」
「朝から何も食ってないだろ」
「干し肉を食った」
「ひとかけだろ」
「見てたのか」
「隣歩いてたからな」
ドルガは少し眉を寄せたものの、それ以上何も言わず、木匙を手に取った。
◇
向かいに座っている猟師の名はセドであり、ドルガと何度も森へ入っている三十四歳の人間だった。
二人はその日、北東の森林で増えすぎた《灰背鹿》を間引く仕事から戻ってきたばかりで、朝から夕方まで歩き続けたため、セドもかなり腹を空かせていた。
そのセドの前には、ドルガと同じ煮込みに加えて焼き鳥肉と黒パンが二つ置かれている。
「俺より食わない巨人って初めて見たぞ」
「余計なお世話だ」
「いや、前はもっと食ってたじゃないか」
「歳だ」
「巨人の六十二って、そんなに年寄りじゃないだろ」
「人の食う量まで覚えてるな」
「一緒に狩りしてれば分かる」
ドルガは返事をせず、煮込みを口へ運んだ。
◇
白豆は柔らかく煮えており、根玉葱の甘さも汁へよく溶けているため、料理そのものに不満はなかったが、ドルガにとっては一皿を食べ終えたところで、ようやく腹が食事を始めたと認識する程度の量しかなかった。
それでも追加を頼む気になれないのは、以前この店ではない別の食堂で三皿目を注文した際、隣にいた客から「店の鍋、全部食われるぞ」と笑われたことがあったからだった。
その場では自分も笑って流したものの、それ以来、周囲の客がこちらの皿へ視線を向けるだけで、必要以上に食べていると思われているような気がするようになった。
「追加頼めよ」
セドが言った。
「いらん」
「絶対足りてないだろ」
「お前は俺の腹なのか」
「違うけど、狩りの途中で倒れられたら俺も困る」
「倒れん」
ドルガはそう答えたが、席から立ち上がった時には、ほんの少しだけ頭が軽くなるような感覚があった。
◇
翌朝、ドルガは狩猟組合の倉庫へ向かった。
前日に仕留めた灰背鹿の分配と、次の依頼に使う道具を確認するためである。
「これ、ドルガの分な」
受付係が大きな包みを渡した。
中には灰背鹿の肩肉と脛肉、それに脂の少ない首肉が入っている。
「多いな」
「昨日お前が仕留めた分だろ」
「半分でいい」
「何でだよ」
「持って帰っても使い切れん」
受付係は少し不思議そうに見た。
「お前なら普通に食うだろ」
「毎日肉だけ食うわけじゃない」
「それもそうか」
結局、ドルガは肩肉だけを受け取り、残りは組合の共同分へ戻した。
◇
「最近、食ってないって聞いたぞ」
倉庫を出ようとしたところで後ろから声をかけられ、振り返ると、昨日一緒だったセドが立っていた。
「誰からだ」
「俺が見た」
「なら聞いたんじゃなくて見たんだろ」
「細かいな」
セドはドルガの包みを見た。
「肩肉だけ?」
「十分だ」
「その十分、最近信用できないんだよな」
「俺は腹を空かせるのが趣味じゃない」
「でも食堂だと食わないだろ」
ドルガは少し黙った。
◇
「高いからか?」
「金はある」
「なら何で」
「巨人が三皿も四皿も食ってたら目立つ」
「もう十分目立ってるぞ」
「そういう話じゃない」
「じゃあ何だよ」
ドルガは返事をせずに歩き出したが、セドは横へ並んだ。
「俺が気にしてるんじゃない。次の依頼、三日山に入るんだぞ」
「分かってる」
「昨日みたいに食ってたらもたないだろ」
「山じゃ食う」
「街では食わないのに?」
「街では店の都合がある」
セドは眉を寄せた。
◇
「店の都合って何だ」
「大鍋から一人で何杯も取れば、ほかの客の分が減る」
「その分金払えばいいだろ」
「急に追加されたら困ることもある」
「なら最初に聞けばいい」
「巨人一人のために鍋を増やせとは言えん」
「誰が鍋増やせって言ったんだよ」
セドは呆れたように息を吐いた。
「大盛りできるか聞いて、できないなら別の料理足せばいいだけだろ」
「簡単に言うな」
「簡単な話にしてるのはそっちだろ」
ドルガは少し足を止めた。
◇
「人間の一人前を四つ食うって言うと、笑う奴がいる」
「笑わせとけ」
「お前は言われないからそう言える」
「それはそうだ」
セドは少し声を落とした。
「でも、笑われたくないから腹減らしたまま狩りに行く方が、俺にはよほど怖い」
ドルガは何も答えなかった。
「次の依頼まで二日ある。街でも必要な分を食える方法くらい考えとけよ」
「子ども扱いするな」
「倒れそうな大人に言ってる」
ドルガはセドを睨んだものの、反論はしなかった。
◇
その日の昼、ドルガは灰背鹿の肩肉を抱えたまま、西区まで歩いていた。
自宅で煮込むつもりだったが、一人分としてはかなり大きい肉塊であり、長時間火を使うことを考えると少し面倒だった。
ちょうど通りの角で、以前組合員から聞いた《持ち込み食堂》の看板を見つけたため、灰背鹿そのものは珍しくないにしても、自分の身体に合う量について相談するには、普通の食堂より話が早いかもしれないと思った。
ドルガは少し迷ったあと、扉へ手をかけた。
◇
「いらっしゃいませ」
ミレイアが顔を上げた。
ドルガの頭が扉の上枠ぎりぎりまで来ているのを見て一瞬だけ目を丸くしたものの、すぐに店の中を確認した。
「カウンターより、奥の席の方が座りやすそうですね」
「椅子、壊れんか」
「確認します」
ミレイアは普通の椅子を一度見たあと、厨房へ声をかけた。
「悠斗さん、倉庫の長椅子使えます?」
「使えるよ」
しばらくすると、厚い脚の付いた丈夫な長椅子が運ばれてきた。
「これなら大丈夫だと思います」
ドルガは少し戸惑った。
「わざわざ変えるのか」
「普通の椅子だと窮屈そうなので」
「ほかの客と同じでいい」
「同じ椅子に座ることと、同じように食事できることは別じゃないですか?」
ミレイアは自然に答えた。
◇
ドルガは一瞬返事に詰まったものの、長椅子へ腰を下ろしてみると、普通の椅子より高さも幅もあり、確かに座りやすかった。
「持ち込みですか?」
厨房から出てきた悠斗が尋ねた。
「灰背鹿の肩肉だ」
「どうしたいです?」
「煮込みでいい」
「何人分くらい?」
ドルガは少し考えた。
「俺一人」
悠斗は肉の大きさを見た。
「全部食べる?」
「……食べられる」
「食べたい?」
その聞き方に、ドルガは眉を上げた。
「違うのか」
「食べられる量と、今食べたい量は違うかもしれないので」
「腹は減ってる」
「じゃあ、どのくらい?」
「人間なら三、四人分くらい」
「分かりました」
悠斗は特に驚かなかった。
◇
「驚かないのか」
「何にです?」
「一人でその量を食うことに」
「巨人の人の食事量知らないので」
「人間の三倍以上だぞ」
「それがあなたに必要なら、そうなんだろうなと思うだけです」
「名前まだ言ってない」
「すみません」
「ドルガだ」
「鏡悠斗です」
「知ってる。持ち込み食堂の店主だろ」
「はい」
悠斗は肩肉を受け取った。
「全部一度に煮ると時間かかります。少し切り分けてもいいです?」
「任せる」
◇
灰背鹿の肩肉は筋が多く、焼くだけでは少し硬さが残るため、悠斗は繊維を断つよう大きめに切り分けた。
表面へ焼き色をつけてから鍋へ移し、根玉葱、白豆、黄芋を加えて煮込んだあと、ドルガの分だけを一つの巨大な器へ盛るのではなく、食べる速度に合わせて何回かに分けて出すことにした。
「一度に全部出さないのか」
「冷めるので」
「なるほど」
「最初はこのくらいでどうです?」
出された深皿は、人間の一人前よりかなり多いものの、ドルガにとっては食べやすい量だった。
「足りなかったらすぐ追加します」
「追加料金は?」
「食べた量で計算します」
ドルガは悠斗を見た。
◇
「最初から三人前の値段じゃないのか」
「結果として三人前食べたら三人前ですけど」
「席は一つだぞ」
「料理代なので」
「巨人だから割増は?」
「何でです?」
「場所を取る」
悠斗は少し考えた。
「今のところ、席料取ってないので」
「でも長椅子出した」
「倉庫にあったものですし」
「壊したら?」
「壊したら相談します」
ドルガは何とも言えない顔になった。
「変な店だな」
「よく言われます」
◇
煮込みを口へ運ぶと、灰背鹿の肉は筋がほどける程度まで柔らかくなっており、白豆と黄芋が肉の旨味を吸っていた。
強い香草は使われておらず、塩気も控えめだったため、量を食べても重くなりにくい。
「うまい」
「よかったです」
「もう一皿くれ」
「はい」
悠斗はすぐに追加を盛った。
ドルガは反射的に店内を見回した。
昼時を外しているため客は少なかったが、窓際には二人の人間が座っており、こちらへ視線を向けている様子はなかった。
◇
二皿目を半分ほど食べたところで、悠斗が水を追加した。
「食べる量、気にしてます?」
ドルガの手が止まった。
「何でそう思う」
「追加頼むたびに周り見てるので」
「見てただけだ」
「そうですか」
「……昔、笑われたことがある」
悠斗はそれ以上急かさず、ドルガが続けるのを待った。
「三皿食ったら、店の鍋全部なくなるって言われた」
「本当になくなったんです?」
「なくなってない」
「なら冗談?」
「言った奴はそのつもりだったんだろ」
「嫌だった?」
「少しな」
◇
「それから、なるべく人間と同じくらいしか頼まないようにしてる」
「足ります?」
「足りん」
「じゃあ帰ってから食べる?」
「干し肉とかをな」
「二度手間ですね」
「店に迷惑かけるよりいい」
「迷惑かどうか、店に聞いたことあります?」
ドルガは黙った。
「店によっては困るかもしれないです。鍋の量決まってるとか、仕込みが足りないとか」
「だから遠慮してる」
「でも、大盛りできますかって聞かれたら、できるかどうか答えられますよね」
「できないって言われたら?」
「別の料理頼むとか、追加できるもの聞くとか」
ドルガは少し眉を寄せた。
◇
「お前もセドと同じこと言うな」
「誰です?」
「組合の猟師だ」
「その人も心配してる?」
「余計な世話を焼いてくる」
「一緒に山入るなら、食べてないの心配になるかもしれませんね」
「俺は倒れん」
「昨日ふらついた?」
ドルガは目を細めた。
「何で分かる」
「今の言い方が少し怪しかったので」
「料理人は腹の中まで見るのか」
「見えません」
悠斗は笑った。
◇
「巨人だからたくさん食べるって決めつけられるのも嫌なんだ」
ドルガが言った。
「そうなんです?」
「俺より少食な巨人もいる。病気で食えない奴もいるし、身体が小さい一族もいる」
「じゃあ『巨人だから三人前』って最初から出されたら困る人もいる?」
「いる」
「ドルガさんは三人前くらい必要?」
「今日は四人前近い」
「なら今日はそうする」
悠斗の答えは簡単だった。
「種族じゃなく?」
「最初に聞いたのはドルガさんの量なので」
「面倒じゃないか」
「量変えるだけなら、そこまで」
◇
「同じ料理を同じ値段で出すのが公平じゃないのか」
ドルガが尋ねた。
「同じ量なら同じ値段でいいと思います」
「俺だけ量が多い」
「その分払うんですよね」
「払う」
「じゃあ問題ないです」
「席は同じ一つ」
「人間でも身体大きい人いますし、荷物多い人もいます」
「椅子まで変えたぞ」
「店にあるもので座れるようにしただけです」
悠斗は少し考えてから続けた。
「同じ扱いって、全員に同じ皿と同じ椅子を渡すことだけじゃないんじゃないですか」
ドルガは二皿目の最後を食べながら、黙って聞いていた。
◇
「例えば小さい人に、同じ椅子だからって床に足届かないまま食べてもらうより、座りやすいものがあるなら使った方がいいですよね」
「妖精か」
「この前来ました」
「そうか」
「逆にドルガさんへ普通の椅子出して壊れそうなら、長椅子使う方が店も助かります」
「特別扱いじゃないのか」
「必要な調整だと思います」
「違いがあるから変える」
「はい」
「でも値段は食べた分」
「はい」
ドルガは少しだけ笑った。
「分かりやすいな」
◇
三皿目を食べ終えたところで、悠斗が尋ねた。
「もう一皿いきます?」
ドルガはすぐには答えず、腹の具合を確かめた。
「半分くらいでいい」
「分かりました」
「そんな細かくできるのか」
「鍋から盛るだけなので」
「人間の半人前って言わないんだな」
「ドルガさんの半皿ですね」
「それでいい」
最後の皿は少なめに盛られ、ドルガが急がずに食べ終える頃には、腹がようやく落ち着き、身体の奥まで力が戻ってくるような感覚があった。
◇
「これくらいが普通なのか」
「ドルガさんにとって?」
「狩りの後ならな」
「じゃあ必要だったんですね」
「たぶん」
「たぶん?」
「今まで腹いっぱいになるまで店で食ったこと、あまりない」
悠斗は少し驚いた顔をした。
「家では?」
「家なら食う」
「外だと?」
「人間の二皿まで」
「何で二皿?」
「三皿目から見られる気がする」
「今日は三皿半くらいです」
「数えるな」
「会計なので」
ドルガは鼻から息を吐いた。
◇
「さっきの肉、まだ少し残ってますけど持って帰ります?」
「もう食わん」
「じゃあ持ち帰りにします?」
「明日の朝にする」
「分かりました」
悠斗は残った肉を別の容器へ移した。
ドルガはその様子を見ながら、食べられるだけ全部食べることと、必要なところまで食べることも違うのだと考えた。
人間と同じ量に抑える必要はないが、巨人だからと大鍋一杯食べる必要もなく、その日にどれだけ動き、どれだけ腹が減っているかを自分で確かめて決めればよかった。
◇
会計では、実際に食べた煮込みの量と調理代が計算された。
「高くないな」
ドルガが言った。
「量多いので普通よりは高いですよ」
「巨人料金がない」
「だから何です、それ」
「宿によってはある」
「食事量が増えるから?」
「それなら分かる。最初から部屋代まで高いところがある」
「部屋壊すからとか?」
「何も壊してなくてもだ」
悠斗は少し眉を寄せた。
「それは俺には何とも言えないです」
「お前の店なら?」
「使う設備に追加費用がかかるなら説明しますけど、種族名だけで料金変えることはしないと思います」
「そうか」
◇
ドルガは店を出る前に、長椅子へ一度手を置いた。
「これ、重くないか」
「結構重いです」
「毎回運ぶの面倒だろ」
「ドルガさん毎日来るなら置き場所考えます」
「そこまで来るとは言ってない」
「じゃあその時考えます」
ドルガは少し笑った。
「本当にその時決めるんだな」
「先に全部決めても外れるので」
「そういう店か」
「たぶん」
ドルガは包んでもらった残りの肉を持ち、店を出た。
◇
翌日、狩猟組合でセドに会うと、すぐに顔を見られた。
「昨日ちゃんと食ったか」
「食った」
「どれくらい」
「煮込み三皿半」
セドが目を丸くした。
「急に戻ったな」
「最後は半皿だ」
「そこ大事か?」
「大事だ」
「腹痛くなってない?」
「ならん」
「じゃあよかった」
セドは本当にそれだけ言い、道具の確認へ戻った。
◇
「笑わんのか」
ドルガが尋ねた。
「何を」
「三皿半」
「お前なら普通だろ」
「巨人だから?」
「ドルガだから」
ドルガは少し黙った。
「前に一緒に山入った時、それくらい食ってたじゃん」
「覚えてたのか」
「だから食ってない時に気づいたんだよ」
「余計なところ見てるな」
「狩り仲間だからな」
セドは肩をすくめた。
「次の三日、ちゃんと食料持ってこいよ」
「分かってる」
◇
三日間の狩りへ出る前、ドルガは自分用の食料を改めて確認した。
以前なら、人間の仲間と同じ袋数に合わせていたため、途中で足りなくなった時には、自分だけ干し肉を追加購入することもあったが、今回は必要量を最初から計算し、黒パン、干し肉、炒り豆、乾燥果実を人間より多めに詰めた。
「すごい量だな」
若い猟師が言った。
ドルガの手が一瞬止まった。
「三日分だ」
「ああ、そうか。俺の二倍以上あるな」
「身体が違うからな」
「持つの重くない?」
「このくらいなら問題ない」
「ならいいか」
若い猟師はそれ以上何も言わなかった。
◇
山へ入ってからの三日間、ドルガは以前より身体が軽かった。
食べる量を減らしていた時には、二日目の午後になると脚の力が落ちることがあったが、今回は休憩ごとに必要な量を食べているため、最後まで歩調が崩れない。
セドもそれに気づいていた。
「やっぱり最近、食ってなかったんじゃないか」
「うるさい」
「足速いぞ」
「元々このくらいだ」
「なら今まで損してたな」
「何が」
「自分で自分の力減らしてた」
ドルガは少し嫌そうな顔をした。
◇
狩りの二日目、若い猟師の一人が昼食をほとんど食べなかった。
「食わんのか」
ドルガが尋ねる。
「朝食べすぎたんです」
「足りるのか」
「たぶん」
ドルガは口を開きかけたものの、すぐに言葉を変えた。
「夕方まで腹持つならいいが、足りなくなったら言え。俺の豆、余分にある」
「ありがとうございます」
以前なら、「人間は少食だからそれで十分だろう」と考えていたかもしれないが、目の前の一人がどれだけ必要とするかは、種族名だけでは分からないのだと、今では自分のことと同じように考えられた。
◇
街へ戻った翌日、ドルガは北門近くの食堂へ向かった。
以前、一皿だけ食べて帰った店である。
「いらっしゃい」
店主が顔を上げた。
ドルガは卓へ座る前に尋ねた。
「今日の豆煮込み、大盛りにできるか」
「どれくらい?」
「普通の二倍」
「できるよ。ただ、その鍋は残り少ないから、追加するなら鳥肉の焼き物か黄芋になる」
「なら最初に二倍、それで足りなければ鳥肉を頼む」
「分かった」
会話はそれだけで終わった。
◇
周囲には何人か客がいたが、ドルガは以前ほど視線を気にしなくなっていた。
大きな皿が運ばれてきた時、一人の客がちらりと見たものの、何も言わず自分の食事へ戻った。
仮に何か言われたとしても、必要な量を注文して代金を払っていることまで恥じる必要はない。
一皿目を食べ終え、腹の具合を確かめたところ、まだ少し足りなかった。
「鳥肉追加してくれ」
「一枚?」
「一枚でいい」
店主は普通に頷いた。
◇
「それで足りるのか?」
隣の客が何気なく尋ねた。
「今日はな」
「巨人ってもっと食うと思ってた」
以前なら、ドルガはその言葉へ少し身構えただろう。
「もっと食う日もある」
「日によるのか」
「お前もそうだろ」
「まあな。昨日酒飲みすぎて今日はあんまり入らん」
「なら同じだ」
客は笑った。
「身体の大きさ分、お前の方が基準は多そうだけどな」
「それはある」
ドルガも少し笑った。
◇
その後、ドルガは食堂へ入る前に、その店でどこまで量を調整できるのか尋ねるようになった。
大盛りができる店では必要な量を頼み、難しい店では主菜を二つ注文し、一人前しか用意できない小さな店なら、そこで軽く食べたあと別の場所で補うこともあった。
それは以前のように、人目を避けて宿へ戻ってから干し肉を食べるのとは違い、店の事情を聞いたうえで、自分が必要な量を取る方法を選んだ結果だった。
すべての店が柔軟に対応できるわけではなく、「うちは大盛りをやっていない」と断られることもあったが、その場合も店が巨人を拒んでいるとは決めつけず、厨房の事情として受け取るようになった。
必要な量を頼めることと、何でも自分の希望通りにさせることは同じではなかった。
◇
一方で、最初から「巨人なら二倍食べるだろう」と勝手に大量の料理を出された時には、以前よりはっきり断れるようになった。
「今日はそんなにいらん」
「でも巨人でしょう?」
「今日は朝が遅かった」
「残す?」
「最初から減らしてくれ」
「分かった」
相手が理由を聞けば説明するが、巨人族全体の標準量を自分一人の食事で証明しようとはしない。
ドルガが必要としていたのは、大食いであることを認めてもらうことでも、人間と同じ量で我慢することでもなく、その日の自分に必要な量を自分で決められることだった。
◇
しばらくして、ドルガは再び灰背鹿を持って《持ち込み食堂》を訪れた。
今回は肩肉ではなく、脂の少ない腿肉である。
「今日はどのくらい食べます?」
悠斗が尋ねた。
「二人前半くらい」
「半が細かいですね」
「腹の減り具合がそのくらいだ」
「分かりました」
「前より少ないからって心配するなよ」
「しません」
「巨人なのにって言わない?」
「言いません」
「少しは面白がれ」
「どっちなんですか」
ドルガは低く笑った。
◇
悠斗は腿肉を厚めに切り、根玉葱と一緒に焼いてから白豆を添えた。
煮込みより噛み応えがあり、肉そのものの味が強く残っている。
「《灰背鹿の厚焼き、白豆添え》です」
最初に一人前ほど出され、ドルガは食べる速度に合わせて追加を頼んだが、二皿目の途中で十分になったため、残った肉は持ち帰ることにした。
「二人前半いかなかったですね」
「二人前と少しだな」
「見積もり外れた?」
「腹は数字通り動かん」
「それもそうですね」
◇
「長椅子、使いやすいです?」
悠斗が尋ねた。
「普通の椅子よりはな」
「じゃあ、しばらくここに置いときます」
「俺のためだけに?」
「ほかに大柄なお客さん来ても使えますし」
「それならいい」
「ドルガさん専用って書きます?」
「やめろ」
「冗談です」
「本当に書きそうな顔で言うな」
悠斗は笑いながら水を足した。
◇
「前は、長椅子出されるのも嫌だった」
ドルガが言った。
「何でです?」
「自分だけ違う扱いされてる気がしたからだ」
「今は?」
「普通の椅子で窮屈に食うよりいい」
「そうですね」
「でも、何でも巨人用にされるのは嫌だ」
「例えば?」
「勝手に大皿出されるとか、水樽置かれるとか」
「水樽?」
「一度あった」
「それはすごいですね」
「笑うな」
「すみません」
◇
「必要な違いと、勝手に決められる違いは別なんだろうな」
ドルガは自分で言いながら、少し考えた。
「椅子は俺の身体に合ってるから助かる。飯の量はその日によって違うから聞いてほしい」
「分かりやすいですね」
「お前が前に言っただろ」
「何を?」
「同じ扱いは、全員へ同じ皿と椅子を出すことじゃないって」
「言いましたね」
「だからって全部違わせればいいわけでもなく、必要なところだけ変えればいいんだろうな」
「それが一番楽だと思います」
ドルガは頷いた。
◇
食事を終えて立ち上がると、腹にはちょうどよい満足感があった。
「残り、包みますね」
「頼む」
「次の狩りいつです?」
「五日後」
「食料は?」
「ちゃんと持っていく」
「セドさんに言われなくても?」
「何で名前覚えてる」
「前に聞いたので」
「余計なことだけ覚えるな」
「料理屋なので」
「関係ないだろ」
二人は少し笑った。
◇
五日後、ドルガは再び狩猟組合の前へ立っていた。
荷袋には、自分に必要な分だけ計算した保存食が入っており、以前のように人間の仲間と同じ袋数へ合わせてはいないが、だからといって必要以上に詰めてもいなかった。
「今回は多いな」
セドが言った。
「俺の分だ」
「足りそう?」
「三日なら十分」
「俺よりかなり重いぞ」
「持てる」
「じゃあいい」
セドはそれ以上何も言わなかった。
◇
出発前、組合の若い受付係が一人ずつ保存食の量を確認した。
「セドさん、三日分。ドルガさん……これも三日分?」
「そうだ」
「多いですね」
「俺には必要だ」
「分かりました」
受付係は帳面へそのまま記録した。
それだけのやり取りだったが、ドルガには以前よりずっと気楽だった。
自分の身体が人間より大きいことも、必要な食事量が多いことも隠す必要はなく、その一方で、「巨人なのだから必ず大量に食べる」と誰かに決められる必要もないのだと分かるようになっていた。
◇
狩猟隊が北門を出ると、朝の街道にはまだ薄い霧が残っていた。
ドルガは人間より大きな荷袋を背負っていたが、その重さは自分で必要だと判断して持ってきたものであり、誰かと同じ量に合わせるために減らしたものでも、巨人らしく見せるために増やしたものでもなかった。
身体の大きさが違えば必要な椅子や食事量が変わることはあり、それに合わせてもらうことを遠慮する必要はない一方で、種族の名前だけを理由に本人へ尋ねることなく何もかも決められれば、それは別の窮屈さになる。
ドルガは隣を歩くセドと歩調を合わせながら、昼になれば自分の分として用意した食事を必要なだけ食べ、足りなければ足し、十分なら残りを次へ回せばいいと考えていた。
誰かと同じ量であることを公平だと思い込み、腹を空かせたまま歩くことも、自分が巨人だからという理由だけで必要以上の量を受け取ることもせず、その日の身体と仕事に合わせて必要なものを自分で選ぶ猟師として、ドルガは三日間の狩りへ続く森の道を仲間たちと一緒に進んでいった。
●評価●ブックマーク●アクション●感想待ってます!
読者様が応援してくれると嬉しいです!




