第41話 落とせない空殻実と、飛べるふりをする鳥人猟師
ククル・ピアは、自分の背中に翼があるというだけで、初対面の人間から「空を飛べるのか」と尋ねられることには、もう慣れたつもりでいた。
二十歳になる彼は、レーヴェン北東の岩山や森林地帯を主な狩場としている鳥人族の猟師であり、茶褐色の羽毛に覆われた両腕の外側から大きな翼が伸び、指先には人間と同じように弓や縄を扱える細い指がある。脚は鳥に近い形をしているものの、街道を歩くことにも山を登ることにも問題はなく、特に急斜面や足場の悪い崖では、人間よりずっと安定して動くことができた。
鳥人族と聞けば、誰もが自由に空を飛べるような印象を持つらしいが、実際には一族ごとに翼の大きさも身体の重さも異なり、長時間飛び続けられる者ばかりではない。
ククルの一族は、山間部に暮らす《崖羽》と呼ばれる鳥人族であり、羽ばたいて地面から高く舞い上がることより、高所から風を受けて滑空することの方を得意としていた。十分な高さと風があれば谷を越えることもできる一方、平地から自力で飛び立ち、何刻も空を進むような飛び方はできないため、ククルにとっては生まれた時からそれが当たり前だった。
問題になったのは、故郷を出て人間の多い土地で猟師として働くようになってからである。
◇
「ククル、あの尾根の向こう見てきてくれないか?」
朝の狩人組合で、同じ仕事を受けていた人間の猟師が地図を指した。
その日の依頼は、北東の丘陵地帯で増えている《枝角鹿》の群れを確認し、農地へ近づいている個体がいれば進路を記録するというものであり、討伐ではなく調査が目的のため、四人で別々の場所を回ることになっていた。
「向こうって、ここの尾根?」
「ああ。飛べばすぐだろ」
人間の男は何でもないことのように答えた。
地図に描かれた尾根までは直線距離だけならそれほど遠くないものの、現在地との間には深い谷があり、十分な高さから滑空できる場所を探さなければ、ククルでも直接渡ることはできない地形だった。
「風、今は南から来てるから、こっちからは渡りづらいよ」
「鳥人なら何とかなるんじゃないのか?」
「何とかはできるけど、北側へ回って高いところから入る方が安全」
「それだと時間かかるだろ」
男は少し困ったように地図を見た。
◇
そこでククルが「無理だ」と言えば済む話だったが、周囲には別の猟師もおり、誰もが自分の背中にある翼を見ているような気がした。
鳥人族なのだから飛べるはずであり、人間より速く高所へ行けるはずだという期待に応えられないことを説明するのが、ククルは昔から苦手だった。
「……分かった。行ってみる」
「助かる」
依頼人が簡単に答えると、ククルは地図を折り、自分の弓を背負い直した。
◇
丘陵地帯へ入ってから二刻ほど経つと、朝より風が強くなっていた。
ククルは予定していた岩棚へ登り、谷の向こう側にある尾根を見たところ、距離だけなら滑空で渡れるものの、横から吹きつける強い風を受ければ目的地よりかなり南側へ流される可能性があった。
本来なら、そこで北側へ回るべきだった。
しかし自分が遠回りすれば他の猟師より調査が遅れ、何より「やっぱり鳥人でも飛べないんだな」と思われることが嫌だったため、ククルは翼を大きく広げ、何度か風を受けながら自分に言い聞かせるように呟いた。
「いける」
そうして岩棚を蹴った。
◇
最初の数息は問題なく、翼へ風を受け、身体を少し傾けながら高度を落としていった。
ところが谷の中央へ入ったところで、岩壁にぶつかった横風が予想以上に強く巻き上がり、ククルの身体を一気に右へ押した。
翼の角度を変え、尾羽を開いて姿勢を戻そうとしたものの、今度は上昇気流へ片翼だけが強く持ち上げられた。
「っ……!」
身体が傾き、視界の中で岩壁が急速に近づいてくる。
ククルは翼を畳み気味にして高度を落とし、ぎりぎりのところで岩壁との衝突を避けたものの、目的地としていた尾根へ着地する余裕はなくなっていた。
仕方なく谷の中腹にある細い岩棚へ脚をつけ、そのまま何歩か走って勢いを殺そうとした時、右脚が滑って膝を強く岩へ打ちつけた。
◇
しばらくその場で息を整えたあと、ククルは膝の状態を確認した。
羽毛の下には擦り傷があり、少し血が滲んでいるものの、骨へ異常があるような痛みではなく、翼にも大きな傷は見当たらなかった。
それでも、もう一度同じ風へ乗る気にはなれなかったため、岩棚から斜面へ回り、結局そこから一刻近く歩いて尾根へ登ることになった。
調査自体は無事に終わったが、予定よりかなり遅れて集合地点へ戻った時には、他の三人がすでに待っていた。
「遅かったな」
「風が悪かった」
「飛んだんじゃないのか?」
「途中から歩いた」
ククルが答えると、最初に頼んできた男が少し驚いた。
「鳥人でも風に負けることあるんだな」
その言葉に悪意がないことは分かっていたため、ククルは何も説明せず、いつものように笑って流した。
◇
「まあね。今日はちょっと強かった」
「でも谷渡れるだけでも羨ましいよ」
「そう?」
「俺なんか一日歩いても無理だ」
男は笑いながら肩を叩き、ククルも同じように笑い返したものの、膝には鈍い痛みが残っていた。
自分が無理だと言わなかったせいで危険な飛び方をしたことについては、結局誰にも話さなかった。
◇
その日の帰り、ククルは狩場の外れで《空殻実》の木を見つけた。
岩山の斜面に生える背の高い木であり、青灰色の殻に包まれた拳ほどの実をつけ、中には淡い黄色の種肉が詰まっているため、鳥人族の山村では昔から保存食として使われてきた。
ただし殻は非常に硬く、普通の小刀では簡単に割れないことから、故郷では高所から平らな岩へ落として殻を割る方法がよく使われていた。
鳥人族の子どもたちにとっては遊びにも近く、実を掴んで岩棚から滑空し、狙った場所へ落とせるか競うことさえあり、ククル自身も子どもの頃には何度もやっている。
◇
その日は、木の下へ十個近い空殻実が落ちていた。
拾ったものを持ち帰ろうとしたところで、ククルはふと斜面の上へ視線を向けた。
十分な高さがあり、夕方になって風も多少弱まっているため、子どもの頃と同じように空から落とせば簡単に割れるはずだった。
そう考えた瞬間、昼間の横風と岩壁が頭をよぎった。
ククルはしばらく翼を広げようとしたものの、結局そのまま閉じ、袋へ空殻実を入れた。
「……今日はやめとくか」
そのまま普通に街まで持ち帰ることにした。
◇
翌日、ククルは狩人組合へ顔を出した。
膝の傷はそれほど酷くなかったため仕事に出ることもできそうだったが、歩くたびに少し痛みが残っている。
「どうした、その脚」
受付の女性に聞かれ、ククルは一瞬迷った。
「昨日、岩で滑った」
「飛んでる時?」
「着地の時」
「治療院行った?」
「この程度なら大丈夫」
「腫れてるよ」
言われて改めて見ると、確かに昨日より少し腫れていたため、結局その日は仕事を入れず、近くの治療院へ行って薬を塗ってもらった。
◇
「二、三日は強く踏み込む動きは避けてください」
治療師から言われた。
「飛ぶのは?」
「翼に怪我はないようですが、着地で脚を使うでしょう?」
「使う」
「だったら、無理に飛ばない方がいいと思います」
「分かった」
ククルは素直に答えたものの、治療院を出る頃には気分が沈んでいた。
鳥人族なのに飛べないと思われることが嫌で無理をして怪我をし、その結果、本当に数日間は飛ばない方がいい状態になっているのだから、自分でもかなり馬鹿らしい話だと思った。
◇
昼を過ぎる頃には腹も減ってきた。
袋には昨日拾った空殻実が残っており、宿へ戻って槌を借りれば割ることはできるものの、硬い殻は砕ける時に中身まで潰してしまう場合があるため、少し面倒だった。
そこで以前、組合の猟師から聞いた《持ち込み食堂》のことを思い出した。
変わった食材でも相談できるらしく、空殻実なら食べられること自体は分かっているため、問題になるのは割り方くらいだろう。
ククルは袋を肩へ掛け、西区へ向かった。
◇
「いらっしゃいませ」
扉を開けると、ミレイアが声をかけた。
「持ち込み、いい?」
「もちろんです。何ですか?」
「空殻実」
ククルが袋から青灰色の実を取り出すと、ミレイアは両手で一つ持ち上げた。
「重いですね」
「殻が厚いんだ」
「食べられるんです?」
「中はね」
厨房から出てきた悠斗も一つ受け取り、表面を確かめた。
「どうやって割るんです?」
「普通は高いところから岩へ落とす」
「ずいぶん豪快ですね」
「鳥人族の村では普通だよ」
◇
「今日は落とさなかったんです?」
悠斗が尋ねた。
「街の中でやったら怒られるでしょ」
「それは確かに」
「あと、脚ちょっと痛めてるから」
ククルが何気なく答えると、悠斗は膝へ視線を向けた。
「怪我したんです?」
「軽いやつ。治療院には行った」
「なら安心ですけど、無理はしない方がいいですね」
「みんな同じこと言うなあ」
「みんな言うなら、たぶんそうなんでしょう」
悠斗は空殻実を作業台へ置いた。
「落とす以外の割り方ってあります?」
「槌でも割れるけど、加減難しいよ」
「少し試してみてもいいです?」
「壊していいよ。食べるために持ってきたから」
◇
悠斗は厚い布で空殻実を包み、その上から木槌を軽く当てた。
一度目ではほとんど変化がなく、二度目にも小さな亀裂が入っただけだった。
「かなり硬いですね」
「だから高いところから落とすんだよ」
「なるほど」
悠斗は力任せに打つのではなく、殻に入っている細い筋を探し、その線へ沿うように位置を変えながら木槌を当てていった。
やがて殻の一部が割れ、中から淡い黄色の種肉が見えた。
「割れた」
「飛ばなくても割れるじゃん」
「時間はかかりますけどね」
ククルは思わず少し笑った。
◇
中身は大きな木の実に近く、指で押すと生の状態ではかなり硬かった。
ククルの故郷では、薄く削って干したり、火で炙ってから砕き、粥や肉料理へ加えたりして食べることが多い。
「そのままだと固いよ」
「加熱すれば柔らかくなる?」
「少しね。柔らかくなるより、香ばしくなる方が大きいかな」
「じゃあ焼いてみます」
悠斗は薄く切った空殻実を乾煎りしながら香りを確かめた。
熱が入るにつれて、穀物に似た香ばしさと、わずかに甘い匂いが立ってくる。
「いい香りですね」
「村だと冬によく食べる」
「保存できるんです?」
「殻付きならかなり持つよ」
◇
悠斗は乾煎りした空殻実を粗く砕き、根玉葱と鳥肉を炒めた鍋へ加えた。
そこへ少量の水と塩を入れて火を弱め、実が少し柔らかくなるまで煮込んでから黄芋を加えると、空殻実の香ばしさが煮汁へ移り、鳥肉の旨味と馴染んでいった。
「《空殻実と鳥肉の香ばし煮》です」
ククルが一口食べると、空殻実には少し歯応えが残っているものの、故郷で食べていたものより柔らかく、鳥肉と黄芋の中へ香ばしさがよく馴染んでいた。
「これ、美味しい」
「よかったです」
「村じゃ、もっと固いまま食べるよ」
「好みもありそうですね」
「年寄りはこっちの方が好きかも」
◇
「鳥人族の料理なんですね」
悠斗が言った。
「うちの一族ではね。他の鳥人が食べるかは知らない」
「鳥人族でも違うんです?」
「全然違うよ。海沿いの鳥人は魚ばっかり食べるところもあるし、平原の一族は穀物中心だって聞く。羽の色も翼の形も違うし、飛び方だって違う」
「飛び方も?」
「そこ気になる?」
「すみません」
「別にいいけど」
ククルは料理を食べながら肩をすくめたあと、少しだけ表情を落とした。
◇
「俺の一族は、平らな地面から長く飛ぶのは苦手なんだ」
「そうなんですね」
「高いところから滑るのは得意で、風がよければ谷も越えられる」
「じゃあ、ずっと羽ばたいて飛ぶ感じではない?」
「そうそう。なのに人間って、鳥人を見るとみんな同じように飛べると思うんだよ」
「俺も今、そう思いかけました」
「でしょ」
ククルは一度笑ったあと、少しだけ視線を皿へ落とした。
「俺も悪いんだけどね」
「何がです?」
「できないって言わないから」
◇
ククルは前日の仕事について話した。
風向きが悪い谷を、仲間から「飛べば早い」と言われ、その期待へ応えようとして無理に滑空したことや、結果として途中の岩棚へ着地し、膝を痛めたことまで説明した。
「仲間の人は、無理だって知ってたんです?」
「詳しくは知らないと思う」
「説明してなかった?」
「聞かれなかったし」
「でも、昨日の条件では危なかったんですよね」
「絶対無理ってわけじゃなかった。風がもう少し弱ければ行けたと思う」
「だから挑んだ?」
「それもある」
ククルは匙を皿へ置いた。
◇
「鳥人なのに飛べないって思われるの、嫌なんだよ」
「飛べないんです?」
「だから、完全に飛べないわけじゃないって」
「すみません」
「今の聞き方も嫌なんだよなあ」
ククルは苦笑した。
「飛べるか飛べないかの二つに分けられると困るんだ。条件があれば飛べるし、条件が悪ければ無理で、人間より得意な場所もあれば、他の鳥人より苦手なこともある」
「それを毎回説明するの、面倒そうですね」
「そうなんだよ」
ククルは思わず強く頷いた。
◇
「最初はちゃんと説明してたんだ。『俺たちは滑空型だから』とか、『この風じゃ無理』とか。でも何回も言ってると、だんだん面倒になる」
「それで適当に合わせる?」
「うん。『鳥人なら行けるだろ』って言われると、できる時も多いから、そのままやる」
「できない時も?」
「無理してやる」
「昨日みたいに?」
「昨日みたいに」
ククルは自分で答え、少し嫌そうな顔をした。
◇
「仲間の人、無理だって言ったら怒りそうです?」
「たぶん怒らない」
「じゃあ、どうして言えなかったんでしょう」
「鳥人のくせにって思われたくないから」
「実際に言われたことがある?」
「あるよ」
ククルは故郷を出たばかりの頃を思い出した。
人間の若い猟師たちと組んだ時、高い木の上へ飛び上がって確認してくれと言われ、地面から直接そこまで上昇することはできないと説明すると、一人から「鳥人なのに不便だな」と笑われたことがある。
相手には大した悪意などなかったのだろうが、その一言だけは妙に長く残った。
◇
「それ以来?」
「全部そのせいじゃないけど、説明して笑われるくらいなら、できるように見せた方が楽だと思った」
「でも、そのせいで怪我した?」
「うん」
「かなり損ですね」
「簡単に言うね」
「すみません」
「でも、その通りだから腹立つ」
ククルは笑いながら、残っていた空殻実を食べた。
「空殻実も、村では飛んで落とすのが普通なんです?」
悠斗が尋ねる。
「高いところが近いからね。子どもでもやるよ」
「飛ばなくても割れましたけど」
「時間かかったでしょ」
「それでも怪我はしないです」
ククルは木槌と割れた殻を見た。
◇
「でもさ、空殻実を飛ばずに割る鳥人って、ちょっと格好悪くない?」
「俺には分からないです」
「そこは否定してよ」
「文化の感覚は、本当に分からないので」
「真面目だなあ」
ククルは少し笑った。
「ただ、食べるために割るなら、割れればいいとは思います」
「結果だけ見ればね」
「飛ぶこと自体が目的なら、飛んだ方がいいでしょうけど」
「食べるのが目的なら?」
「安全に割れる方法を使えばいいんじゃないですか」
悠斗がそう言うと、ククルはしばらく殻を眺めた。
◇
「狩りでも同じなのかな」
「何がです?」
「目的が獲物を見つけることなら、俺が飛ぶ必要がない時もある」
「別の道を使えるなら?」
「歩いて回ればいい。でも、人間より速く行けるって期待されると、飛ぶ方を選んじゃう」
「速さが必要な時は?」
「その時は、飛べる場所から行く」
「条件を説明する?」
「……それが一番面倒なんだけどね」
ククルはそう言いながらも、昨日の膝の痛みを思い出していた。
面倒だという理由で説明を省き、その代わりに怪我をするのであれば、どちらの方が本当に面倒なのかは考えるまでもなかった。
◇
食事を終えたあと、ククルは残った空殻実をいくつか割ってもらった。
すべて料理にするのではなく、宿へ持ち帰って保存する分だけ中身を取り出す。
「これ、木槌でも家でできそう」
「布で包んだ方がいいですよ。殻が飛ぶので」
「分かった」
「膝が治ったら、また落として割る?」
「たぶんやるよ。そっちの方が楽しいから」
「なら、それでいいんじゃないですか」
「止めないんだ」
「安全にできるなら」
ククルはその答えを聞き、少しだけ笑った。
◇
三日後、膝の腫れが引いたククルは狩人組合へ戻った。
受付で仕事を探していると、前回一緒に行った猟師が声をかけてきた。
「脚、大丈夫か?」
「もう平気」
「やっぱり昨日の谷でやったんだろ」
「うん」
「悪かったな。飛べって簡単に言って」
思っていなかった言葉が返ってきたため、ククルは少し驚いた。
「別に、言われたから飛んだわけじゃないよ」
「でも風悪かったんだろ?」
「悪かった」
「だったら言ってくれよ。俺、鳥人の飛び方とか分からないんだから」
ククルはしばらく相手の顔を見た。
◇
「言ったら、『鳥人なのに』って思わない?」
「何で?」
「飛べないから」
「いや、飛んでただろ」
「そういう意味じゃなくて」
「分からん」
男は本当に分かっていない顔をしていた。
ククルは少し考えたあと、自分の一族について説明した。
「俺たち崖羽は、地面から高く上がるの苦手なんだ。高い場所から風に乗るのは得意だけど、向かい風とか横風が強い時は、無理に谷を渡るより歩いた方が安全」
「そうなのか」
「そう」
「じゃあ次から先に言ってくれ」
「面倒じゃない?」
「怪我される方が面倒だよ」
あまりにも簡単な答えが返ってきたため、ククルは一瞬言葉に詰まった。
◇
「それに、俺たちだって得意不得意あるだろ」
男は続けた。
「俺は木登り苦手だから、お前に頼むことあるし、お前が飛べない場所なら俺が回ればいい」
「鳥人なのにって思わない?」
「お前、その言葉気にしすぎじゃないか?」
「昔言われたことあるんだよ」
「そいつが馬鹿だったんじゃないの」
「簡単に言うなあ」
「俺、その場にいないし」
ククルは少し黙ったあと、思わず笑った。
◇
その日から、ククルは仕事を受ける時に、自分ができる移動と難しい移動について最初に話すようになった。
高所からなら谷を越えられること、平地から急に飛び上がるのは苦手なこと、北から強い風が吹く日は南向きの滑空を避けたいことなど、毎回すべてを詳しく説明するわけではなく、その仕事に必要な部分だけを伝える。
最初のうちは口にするたび面倒に感じたものの、説明したことで仕事を外されたことはほとんどなく、むしろ地形と風を考えて役割を分けやすくなったと喜ばれることさえあった。
中には本当に「鳥人なのに飛べないのか」と笑う者もいたが、以前と違い、その言葉へ応えるためだけに無理をして飛ぶことはしなくなった。
◇
数週間後、ククルは同じ仲間と枝角鹿の追跡へ出た。
途中、深い谷を越えた先に新しい足跡が見つかった。
「ククル、行ける?」
以前なら「行ける」と即答していたところで、ククルはまず風向きを確かめた。
谷底から弱い上昇気流があり、横風も強くないため、現在の条件なら問題なく渡れそうだった。
「ここからなら行ける。ただ、帰りは風が変わるかもしれないから、その場合は北回りで戻る」
「分かった」
「一人だけ先に行って、痕跡だけ見てくるよ」
「頼む」
ククルは高い岩棚へ登り、十分に風を確かめてから翼を開いた。
◇
谷へ身体を投げると、翼の下へ風が入り、ククルの身体が静かに前へ進んだ。
羽ばたいて高く上昇するのではなく、風を受ける角度を調整し、高度を少しずつ使いながら向こう側へ渡ることこそ、崖羽の一族で育ったククルが最も得意とする飛び方だった。
尾根へ無事に降りると、枝角鹿の足跡を調べ、仲間へ合図を送った。
帰りには予想通り風向きが少し変わっていたため、谷を直接戻ることはせず、北側の斜面を歩いて集合地点へ戻った。
「飛ばなかったのか?」
「帰りは風悪かったから」
「じゃあそれで正解だな」
仲間は、それ以上特別なことのように扱わなかった。
◇
仕事を終えた帰り道、ククルは再び空殻実の木へ立ち寄った。
今度は膝も治っており、風も穏やかなため、木の下で状態のいい実を六つ拾うと、そのうち三つだけを袋へ入れ、残り三つは脚で掴んで近くの岩棚まで登った。
十分な高さから翼を広げ、短く滑空しながら、下にある平らな岩へ一つずつ狙いをつけて落としていく。
一つ目は狙いを外れて草の上へ落ち、二つ目は岩の端へ当たって半分だけ割れたが、三つ目は中央へきれいに当たり、硬い殻が二つに割れた。
「よし」
久しぶりに狙い通り割れたのが嬉しく、ククルは思わず笑った。
◇
飛んで空殻実を割る方が楽しいという気持ちは、今でも変わらない。
だからといって、飛ばなければ割れないわけではなく、風が悪い日にまで鳥人らしさを証明するために空へ出る必要もなかった。
残った三つは宿へ持ち帰り、木槌で割ればいい。
どちらを選ぶのかは、その時の風や身体の状態、それに自分が何をしたいのかを確かめてから決めればよかった。
◇
その数日後、ククルは割った空殻実を少量持って《持ち込み食堂》を訪れた。
「今日はもう割れてますね」
悠斗が言った。
「三つは飛んで割って、三つは木槌」
「どっちがよかったです?」
「飛ぶ方が楽しい」
「じゃあ木槌いらなかった?」
「そうでもないよ。風が悪い日はこっちでいい」
ククルは椅子へ座り、袋を卓へ置いた。
「仕事の方も、ちょっと変えた」
「どうなりました?」
「飛べる条件を最初に言うようにした」
◇
「面倒じゃなかったです?」
「面倒だよ」
「やっぱり」
「でも怪我するよりましだし、思ったより誰も気にしてなかった」
「鳥人なのにって?」
「言う奴はいるけどね」
「その時は?」
「『うちの一族はこうなんだ』って言う。それでも笑うなら、そいつが知らないだけ」
ククルは以前より気軽な口調で答えた。
「全部の鳥人が同じじゃないし、俺が他の崖羽と全部同じなわけでもないからね」
「それを毎回説明する?」
「必要なところだけ」
ククルは笑った。
◇
悠斗は空殻実を砕き、今回は鳥肉ではなく、焼いた黄芋と豆へ合わせることにした。
香ばしく煎った実を細かくし、黄芋へ混ぜ込んだあと、少量の塩と油でまとめて焼く。
前回より素朴な料理だったが、その分だけ空殻実そのものの香りと味がよく分かった。
「これ、村でも作れそう」
「材料少ないですからね」
「今度帰った時にやってみる」
「故郷、遠いんです?」
「歩けば結構かかる。途中から飛べる場所もあるけど」
「じゃあ早く着く?」
「風次第」
ククルは笑って答えた。
◇
以前なら、その後に「鳥人ならもっと早いと思った」と言われることまで想像し、必要でもない説明を自分から足していたかもしれない。
今は必要がなければ、それ以上話さず、相手が知りたいならその時に説明し、分からないまま決めつけられた時だけ必要なところを訂正すればいいと思えるようになっていた。
すべての期待へ合わせるために、自分の身体の使い方まで変える必要はない。
◇
食事を終えたククルは、残った空殻実を袋へ戻した。
「次の仕事は?」
悠斗が尋ねた。
「明日、北の崖道で岩羊探す」
「飛ぶ?」
「最初の尾根までは歩く。そこから風がよければ飛ぶ」
「悪かったら?」
「歩く」
「時間かかりますね」
「かかるよ。でも、それでいいって最初に言ってある」
ククルは立ち上がり、背中の翼を軽く整えた。
◇
店を出ると、夕方のレーヴェンには建物の間を抜ける弱い風が流れていた。
ククルはその風向きを確かめるように顔を上げたものの、街中で翼を広げることはせず、他の通行人と同じように石畳を歩き始めた。
翼があるから飛ばなければならないわけではなく、歩いているから鳥人らしくないわけでもないうえ、必要なら飛び、危険なら歩き、自分の一族が得意とする滑空を使える場所では、その力を遠慮なく使えばいい。
ククルは背中に畳んだ翼の重さを以前ほど気にすることなく、自分ができることとできないことを誰かの想像へ無理に合わせるのではなく、その時の風と自分の身体を確かめながら選ぶつもりで、翌日の狩りに備えて宿までの道を歩いていった。
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