第22話 割れた甲殻と、守られることに慣れない盾役
ミア・レインは、人を守ることには慣れていたが、自分が守られることには慣れていなかった。
二十九歳になる彼女は、レーヴェンを拠点に活動する冒険者であり、厚い長盾と片手槌を使う前衛として十年以上の経験を積んでいる。魔物の牙や爪を盾で受け止め、後ろにいる仲間が攻撃や魔術へ集中できる時間を作ることが彼女の役割であり、現在はA級冒険者ライオス・ベルグが率いる四人組の一員として、魔術師のエルド・ファランや斥候のロッカとともに数多くの依頼をこなしていた。
少し前までは、危険を見るたび何でも自分で引き受けようとするライオスと何度も言い争っていたが、彼が岩翼鳥との戦いで負傷してからは、仲間へ任せることを少しずつ覚え始めている。その変化を最も喜んでいたのがミアだったからこそ、自分についても似たようなことを言われる日が来るとは、これまでほとんど考えていなかった。
◇
「ミア、右足」
エルドの声が飛んだ。
「分かってる!」
レーヴェンから東へ半日ほど進んだ浅い渓谷で、ミアは長盾を地面へ突き立てた。
正面から走ってきた《甲砕蟹》が、岩のように厚い鋏を大きく振り上げる。蟹という名前こそついているものの、成体は人間の腰ほどまである大型魔物であり、八本の脚を横へ動かしながら岩場を高速で移動し、餌となる小動物や水辺の魔物を硬い鋏で砕いて食べる。背中には青黒い甲殻が何層にも重なっており、普通の剣では表面へ傷をつけることさえ難しかった。
振り下ろされた鋏が長盾へぶつかると、腕だけでは受けきれないほどの衝撃が、ミアの肩から腰を通って両脚まで一気に抜けていった。
「今!」
盾へ食いつくように止まった甲砕蟹の横から、ライオスが大剣を差し込んだ。以前の彼なら、そのままミアの前まで踏み込んでいたかもしれないが、今は彼女が盾で敵を固定している間だけを狙い、甲殻の薄い脚の付け根へ刃を入れる。
甲砕蟹の身体が大きく傾いたところへ、反対側からロッカが走り込んだ。
「ロッカ!」
「見えてる!」
ロッカが後脚を切って動きを鈍らせると、最後にエルドの放った雷が腹側へ走り、甲砕蟹は数度脚を動かしたあと、ようやく力を失った。
「これで一体目ね」
ミアは盾を地面から抜きながら肩を回した。
「大丈夫か?」
ライオスが尋ねる。
「何が?」
「さっきの一撃、かなり重かっただろ」
「甲砕蟹なんだから当然でしょ」
「腕は?」
「平気」
そう答えて歩き出そうとしたところで、右足首に鈍い痛みが走ったため、ミアは表情を変えないまま歩幅だけを少し狭くした。
「ミア」
今度はロッカが呼んだ。
「何?」
「右足、庇ってる」
「庇ってない」
「庇ってる」
「足場が悪いだけ」
渓谷の地面には丸い石が多く、確かに歩きにくい場所ではあったものの、ロッカはそれだけでは納得しなかった。
「さっき鋏受けた時、足滑らせただろ」
「少しね」
「捻った?」
「その程度じゃない」
「じゃあ見せて」
「依頼中に靴脱ぐの?」
「痛いなら」
「痛いなんて言ってない」
ロッカが呆れたように眉を上げた。
「そういうところ、ライオスに似てきたぞ」
「それだけは撤回して」
「俺も聞いてるんだが」
横からライオスが口を挟んだ。
「あなたは黙ってて」
「何でだ」
「この前まで怪我隠して前に出ようとしてた人に言われたくない」
「隠してはいない」
「左腕が上がらないのに『片手なら使える』って言ったでしょう」
「昔の話だ」
「十日も経ってない」
エルドが杖を肩へ乗せながら、小さく笑った。
◇
今回の依頼は、渓谷の水場へ増えた甲砕蟹を三体討伐し、近くの農村まで伸び始めた活動範囲を押し戻すことだった。最初の一体を倒した時点で、ミアの右足首には確かに痛みがあったものの、歩けないほどではなく、戦闘中に足場が崩れた際に少し内側へ捻っただけだと考えていたため、自分では依頼を続けられる範囲だと判断していた。
「次は上流側だな」
ライオスが地図を見る。
「昨日の目撃が二体」
「なら、その二体を倒せば終わりね」
ミアがすぐに答えると、ロッカは彼女の足元を見た。
「歩ける?」
「歩いてるでしょう」
「走れる?」
「走る必要が出たら走る」
「それ確認になってない」
「ロッカ」
「何」
「私は盾役なの。敵が来た時に、最初に止める人が必要でしょう」
「そうだな」
「なら行く」
「足を痛めた盾役を最初に置く必要はないだろ」
「痛めたってほどじゃない」
ライオスが地図を畳んだ。
「一回休むぞ」
「必要ない」
「俺の時、お前は休ませた」
「あなたは左腕使えなかったでしょう」
「お前は右足を庇ってる」
「同じにしないで」
「程度の話なら確認すればいい」
「あと二体なのよ」
「だからこそだ」
少し前まで自分が言っていたことを、そのまま返されているように感じたため、ミアは余計に腹が立った。
「何よ、その分かったような言い方」
「この前、自分が言われたことをそのまま返してる」
「一番腹立つやつじゃない」
「俺もそう思った」
「なら言わないでよ」
「必要だったから言ってる」
ミアは盾の縁を握り直した。
「私は行ける」
結局、彼女は休憩を受け入れないまま上流へ向かった。
◇
二体目は、上流へ少し進んだ浅瀬で見つかり、水の中へ半分ほど身体を沈めながら、流れてくる小魚を鋏で捕まえていた。
ロッカが低い声で言った。
「こっち向いてない。俺が後ろから脚を切る」
「そのあとミアが正面?」
エルドが確認する。
「いつも通りでいい」
ミアが答えると、ライオスは彼女の右足へ一度だけ目を向けた。
「俺が先に注意引いてもいい」
「何で」
「足」
「必要ない」
「でも――」
「ライオス」
ミアは声を低くした。
「今度は私の仕事を取るつもり?」
その言葉を聞いたライオスは何かを言い返しかけたものの、最後には口を閉じた。
「分かった。ただし無理ならすぐ下がれ」
「分かってる」
ロッカが先に動き、水音へ紛れながら背後へ回って甲砕蟹の左後脚へ短剣を入れる。
魔物が振り向いた瞬間、ミアは正面から飛び出した。
「こっち!」
盾の表面を槌で叩き、甲高い音を出すと、甲砕蟹が標的を変え、巨大な鋏を横から振ってきた。
ミアは盾を傾けて受け流そうとしたが、右足へ力を入れた瞬間、足首へ鋭い痛みが走った。
「っ!」
踏ん張りが一瞬遅れ、盾そのものでは鋏を受けられたものの、衝撃を身体全体で逃がし切れず、そのまま横へ弾かれた。
「ミア!」
地面へ倒れる直前、ライオスが横から身体を支えた。
その一瞬で甲砕蟹がもう一度鋏を振り上げる。
「前、見る!」
ロッカが叫んだ。
ライオスはミアを抱えるようにして後ろへ下がり、代わりにエルドが地面へ氷の魔術を走らせると、甲砕蟹の脚元が凍りつき、一時的に動きが止まった。
「今なら離れられる!」
「倒せる!」
ミアは立ち上がろうとしたが、右足を地面へついた瞬間、今度は隠し切れないほどはっきり顔が歪んだ。
「下がるぞ」
ライオスが言う。
「でも敵が」
「エルドとロッカが止めてる」
「二人じゃ正面を受けられない」
「受けない。逃げる」
「依頼は?」
「今はお前の足が先だ」
ミアは反論しようとしたものの、次に聞こえてきたのはライオスではなく、少し離れたところから甲砕蟹を押さえているエルドの声だった。
「ミア、もういい! 俺たちは逃げられるから、今はこっちを信用しろ!」
その言葉を聞いた瞬間、ミアは開きかけていた口を閉じた。
◇
四人は二体目を無理に倒そうとはせず、一度大きく距離を取ることにした。
甲砕蟹は自分の縄張りから大きく離れることを嫌うため、岩場を越えるところまで逃げれば追ってこない。安全な場所まで下がったあと、ミアは岩へ腰を下ろした。
「靴、脱げ」
ロッカが言う。
「自分でやる」
「片方持つ」
「いらない」
「座ったまま外しにくいだろ」
「できる」
ミアは紐をほどこうと身体を前へ曲げたものの、その姿勢でも足首に痛みが走ったため、途中でわずかに動きを止めた。
ロッカは何も言わず、反対側から紐を緩める。
「……ありがとう」
「珍しい」
「何が」
「素直に言った」
「蹴るよ」
「その足で?」
「左足がある」
靴を外して確認すると、右足首の外側にはすでに少し腫れが出始めていた。
エルドがしゃがみ込む。
「折れてはいないと思うけど、捻挫はしてそうだな」
「歩ける」
「そういう判断じゃなくて、戦えるかって話」
「片足でも盾は持てる」
三人が同時にミアを見る。
「何」
ライオスが腕を組んだ。
「自分で言ってて、俺と似てると思わないか」
「思わない」
「俺は思う」
「私は片腕で大剣振るなんて言ってない」
「片足で盾を受けるって言ってる」
「少し違う」
「ほぼ同じだ」
ミアは返す言葉を探したものの、思いつかないまま顔を背けた。
◇
「今日は戻ろう」
エルドが言った。
「一体しか倒してない」
「明日また来ればいい」
「依頼期限は明後日までよ」
「なら余裕ある」
「私が抜けたら誰が前に立つの」
その問いに三人が一瞬黙ったため、ミアは自分の考えが正しい証拠だと思い、わずかに顎を上げた。
「ほら」
「違う」
ライオスが答えた。
「何が」
「誰が前に立つか考えてただけだ」
「私以外に盾役はいないでしょう」
「盾役はいない。でも、盾役がいない戦い方はできる」
「甲砕蟹相手に?」
「正面から受けなければいい」
「簡単に言うね」
「お前がいなければ、最初からその作戦を選ぶ」
ミアは眉を寄せた。
「私がいるから正面から受けてるって言いたいの?」
「そういう意味じゃない。ただ、今の俺たちは、お前が受けられるからその戦い方を使ってる」
「ならやっぱり必要でしょう」
「必要なのと、いなければ何もできないのは違う」
ライオスの言葉に、ミアは返事をしなかった。
◇
帰り道では、ロッカがミアの長盾を持つことになった。
最初に提案された時、ミアはすぐに断った。
「自分で持てる」
「盾を持って歩くと身体が右へ傾く」
「いつも持ってる」
「今は足痛めてる」
「盾役が盾を持たないでどうするの」
「戦闘終わってるから、今は怪我人だろ」
「怪我人って言わないで」
「じゃあ足首を痛めた人」
「余計嫌」
「なら何て呼べばいいんだよ」
ロッカが本気で困った顔をしたため、ミアは言い返す気を失った。
「……好きにして」
「じゃあ盾持つ」
ロッカが長盾を背負うと、ミアは何も持たずに歩くことになり、背中からいつもの重さが消えたことが妙に落ち着かなかった。
◇
レーヴェンへ戻って治療院で診てもらうと、やはり右足首は軽い捻挫を起こしていた。
三日ほど激しい戦闘を避ければ問題なく、普通に歩く分には翌日からでも構わないものの、長盾で強い衝撃を受け止めるような動きだけは控えるようにと言われた。
「三日か」
治療院を出ながら、ミアは不満そうに言った。
「短い方だろ」
エルドが答える。
「依頼、明後日までなのに」
「ギルドへ延長頼むか、別の班と組む」
「別の班?」
「盾役を一人借りる方法もある」
その言葉を聞いたところで、ミアの足が止まった。
「私の代わり?」
「言い方悪いな」
「そういうことでしょ」
「依頼を終えるための助っ人だよ」
「待てば三日で戻れる」
「期限は明後日」
「延長してもらえば」
「農村側が急いでる。甲砕蟹が水路まで来てるから」
ミアは黙った。
「明日、ギルドで考える」
ライオスが言う。
「勝手に決めないで」
「お前も来ればいい」
「行く」
「歩けるのか」
「治療院が普通に歩いていいって言ったでしょう」
「分かった」
ライオスはそれ以上何も言わなかった。
◇
翌朝、四人がギルドへ集まると、依頼担当者から二つの案が提示された。一つは近くにいる別のC級冒険者団と合同で残り二体を討伐する方法で、もう一つは依頼期限を一日延ばし、ミアの回復を待ってから再度向かう方法だった。
ただし後者の場合、その一日の間に甲砕蟹が農村側へ移動する可能性があるため、監視だけは別の冒険者へ頼まなければならない。
「合同で行く」
ライオスが言うと、ミアはすぐに顔を向けた。
「待って」
「何だ」
「私、反対」
「理由は?」
「甲砕蟹相手の動きを知らない人と、いきなり組む方が危ない」
「候補は誰だ?」
担当者が名簿を確認する。
「ミアさんと同じ盾役なら、ドール組の前衛が一人空いています。甲殻系魔物の討伐経験もあります」
「なら問題なさそうだ」
「でも――」
そこまで言ってから、ミアは自分の言葉を止めた。
「でも?」
ライオスが聞く。
はっきりした理由が出てこない。
知らない盾役と組むことが危険だからではなく、自分が立っていた位置へ別の誰かが入ることそのものを嫌がっているのだと、口に出す前から分かってしまった。
「……少し考えさせて」
「分かった」
◇
ギルドを出たあと、仲間たちは夕方までに返事をすると決めてそれぞれの用事へ向かい、ミアも一人で街を歩いた。
右足にはまだ布が巻かれているものの、普通に歩くだけなら大きな痛みはない。
西区まで来たところで、見慣れ始めた《持ち込み食堂》の看板が目に入った。
以前、ライオスが怪我をした日に来ていた店であり、その後は四人で何度か食事をしている。今日は何かを持ち込むつもりで来たわけではなかったが、店の前まで来たところで、腰に下げていた小さな布袋の存在を思い出した。
昨日倒した一体目の甲砕蟹から、ギルドの解体場で受け取った肉が少し入っている。討伐した冒険者には、素材売却分とは別に食用部分を一部持ち帰れる規則があり、昨夜のうちに冷却石と一緒に保管しておいたものだった。
ミアは袋を持ち直し、そのまま店へ入った。
◇
「いらっしゃいませ。足、どうです?」
ミレイアは一目で右足へ巻かれた布に気づいた。
「軽い捻挫」
「それならよかった」
「三日戦闘禁止だけどね」
「また冒険者の人、怪我してますね」
「毎日じゃないから」
「この店に来る冒険者、怪我してる率高くないですか」
「怪我した時に来るからそう見えるんじゃない?」
「なるほど」
厨房から悠斗が顔を出した。
「こんにちは」
「これ、持ってきた」
ミアが袋を置く。
「何です?」
「甲砕蟹」
「蟹?」
「蟹みたいな魔物」
「食べられるんですか?」
「普通に食べるよ。ただ殻が硬い」
「中身は?」
「脚と胴の一部。殻つき」
悠斗が袋を開くと、青黒い甲殻に包まれた太い脚が三本と、胴の一部が入っており、脚一本だけでも人間の腕ほどの太さがあった。
「すごい殻ですね」
「槌で割る」
「料理用に?」
「大体はね」
悠斗は甲殻を指で叩き、返ってきた鈍い音を聞いた。
「昨日倒したやつです?」
「そう」
「足を怪我した時の?」
「一体目だから、怪我する前」
「なるほど」
ミアが椅子へ座ると、悠斗は袋の中を確認しながら尋ねた。
「今日は何か食べたいものあります?」
「これ使ってくれれば何でもいい」
「どうやって食べることが多いんです?」
「殻を割って焼くか、茹でる。身は淡白だけど甘いよ」
「じゃあ何種類か試してみます」
◇
最初に問題になったのは、甲砕蟹という名前の通り、料理用の包丁でどうにかできる厚さではない甲殻だった。
「料理でこんなの使うと思わなかった」
悠斗が小さな木槌を持ち出す。
「それじゃ無理だよ」
「やっぱり?」
「もっと重いのある?」
「肉叩き用なら」
「貸して」
ミアは反射的に立とうとした。
「座っててください」
「割るだけなら私できる」
「足は関係ない?」
「腕使うから」
「立たないと力入らないでしょう」
「座ったままでもできる」
「じゃあ頼みます」
悠斗が意外なほどあっさり任せたため、ミアは少し拍子抜けしながら木製の台を引き寄せ、甲砕蟹の脚を載せた。
「ここ。関節に近いところは割れやすい」
「殻の真ん中じゃなくて?」
「真ん中は厚いから、先に端へひびを入れてから広げるの」
槌を一度落とすと硬い音だけが返ってきたが、二度目で細いひびが入り、三度目にはその割れ目が大きく広がった。
「上手いですね」
「何回もやってるから」
「もっと力任せに割るのかと思ってました」
「真ん中叩き続けたら身まで潰れる」
悠斗は割れた殻を開き、中から白い身を取り出した。
「ちゃんと弱いところ見つけるんですね」
「盾だって同じよ。全部真正面で受けるわけじゃない」
「流す?」
「そう。角度をつけたり、足をずらしたりして力を逃がす」
「昨日は?」
ミアの手が止まった。
「……足をずらせなかった」
「怪我してたから?」
「最初の一体で捻ってたからね」
「それでも前に出た?」
「必要だったから」
悠斗はそれ以上追及せず、取り出した身を水で軽く洗った。
◇
まずは性質を見るために少量を茹でてみることになり、甲砕蟹の身を短時間だけ湯へ入れると、半透明だった部分が白く変わり、表面へ細かな繊維が浮かび上がった。
「火を入れすぎると硬くなる?」
「なるよ」
「じゃあ短めにします」
悠斗は一切れ味見した。
「甘いですね」
「でしょ」
「海の蟹に似てるけど、少し肉っぽい」
「海の蟹?」
ミアが聞き返す。
「ああ、俺がいたところの蟹です」
「いたところって、故郷?」
「はい」
「この辺には海ないもんね」
「かなり遠いので」
「どの辺?」
悠斗は一瞬だけ手を止めた。
「説明しにくいところです」
「前にも誰かに言ってたね、それ」
「よく聞かれます」
「なら、いつか分かりやすい説明考えた方がいいんじゃない?」
「それができたら楽なんですけどね」
ミアは少し気になったものの、それ以上は聞かなかった。
◇
悠斗は残りの身を二つの料理へ分け、一方は根玉葱と一緒に軽く焼いて乳酪を少量加えてから殻へ戻し、もう一方は細かくほぐして茹でた黄芋と合わせ、塩と香草を控えめに使って丸くまとめた。
「二つ作るの?」
「甲砕蟹を初めて使うので、食感を比べたいんです」
「こっちは?」
ミアが黄芋と混ぜた方を見る。
「焼いて表面だけ固めます」
「身をそのまま食べるんじゃないんだ」
「少ない量でも使いやすそうなので」
「そういう料理、初めて見る」
「俺がいたところでは、蟹とか魚を芋と混ぜる料理があったので、それに近いです」
「また故郷の料理?」
「かなり変えてますけどね」
丸くまとめた生地へ薄く粉をつけ、鉄鍋へ並べて焼き始めると、表面へ色がつくにつれて、黄芋の香ばしい匂いの中へ甲砕蟹の甘い香りが混ざり始めた。
◇
「《甲砕蟹と黄芋の焼き団子》と、《甲砕蟹の乳酪焼き》です」
ミアの前へ二皿が置かれた。
最初に黄芋の焼き団子へ叉を入れると、表面は薄く焼き固められているものの、中は柔らかく、ほぐした甲砕蟹の身がところどころ残っている。
一口食べれば、最初に黄芋の穏やかな甘さが広がり、そのあとから甲砕蟹の濃い旨味が追いかけてきた。
「美味しい」
「蟹の味、消えてません?」
「ちゃんとする。芋の中にあるから、そのままより食べやすいかも」
「よかった」
次に乳酪焼きを食べてみると、こちらは身そのものの食感が強く残り、根玉葱の甘さと乳酪の塩気が合わさって、甲砕蟹そのものを食べているという感覚がよりはっきりしていた。
「私はこっちの方が好き」
「身がそのままだから?」
「たぶん。甲砕蟹食べてるって感じがする」
「じゃあ焼き団子は?」
「美味しいけど、別の料理って感じ」
「それはそれであり?」
「あり」
そう答えながら、ミアはもう一度黄芋の方へ手を伸ばした。
◇
「昨日の依頼、まだ終わってないんですよね」
料理が半分ほど減ったところで、悠斗が尋ねた。
「あと二体」
「ミアさんは三日戦えない?」
「そう」
「じゃあ三日後?」
「本当は明日、別の盾役を一人入れて行くかもしれない」
「本当は?」
「まだ決めてない」
「誰が?」
「みんなで」
「ミアさんは反対?」
「……少し」
「何でです?」
ミアはすぐに答えず、甲砕蟹の身を叉で小さく分けながら、しばらく考えた。
「知らない人と急に組むのは危ないから」
「経験ある人でも?」
「あるらしい」
「じゃあ別の理由もある?」
「何でそうなるの」
「言い方が、理由を後から探してる感じだったので」
「料理人ってそんなことまで見るの?」
「客商売なので」
「見なくていいところまで見てない?」
「それはあるかもしれません」
悠斗が素直に認めたため、ミアは少し笑った。
◇
「私がいなくても依頼を終えられるのが、嫌なのかもしれない」
しばらくして、ミアはようやくそう言った。
「役に立てないのが嫌?」
「それとも違う」
ミアは皿へ目を落とした。
「私はずっと盾役だったから、誰かの前に立つのが普通なの。敵が来たら受けて、後ろにいる人が動けるようにして、怪我しそうなら私が代わりに受ける」
「はい」
「それを別の人がやって、普通に依頼が終わったら、私じゃなくてもいいってことになるでしょう」
「その依頼では?」
「同じじゃない?」
「一回代わりができることと、誰でも同じなのは違うと思いますけど」
「でも役割は同じ」
「今日の甲砕蟹の殻、俺でも割れますよ」
突然料理の話へ戻されたため、ミアは眉を寄せた。
「時間かければね」
「でもミアさんの方が早かった」
「慣れてるから」
「じゃあ俺が一回割れたからって、ミアさんの経験がなくなるわけじゃないでしょう」
「それと同じ?」
「完全には同じじゃないです。ただ、代わりに一回できる人がいることと、その人が今まで積み上げたものが不要になることは別じゃないかなと」
ミアはすぐに否定せず、少しの間その言葉を考えていた。
◇
「子どもの頃から、守る側だったんですか?」
悠斗が尋ねた。
「そこまでじゃないよ」
「じゃあ冒険者になってから?」
「もっと前かな」
ミアには三つ下の弟がおり、故郷はレーヴェンから南へ二日ほど離れた農村で、父は木こり、母は畑仕事をしていた。
幼い頃のミアは身体が大きく、同年代の子どもたちより腕力もあった。
「弟がよく泣く子だったの」
「喧嘩で?」
「喧嘩もあるし、犬に吠えられただけでも泣いてた」
「繊細だったんですね」
「今は普通のおっさんになってるけどね」
「もう大人なんですね」
「二十六だから」
子どもの頃、弟が年上の少年たちにからかわれればミアが前へ立ち、山道で獣の声が聞こえれば弟を後ろへ隠した。両親からも「ミアは強いから、弟を頼む」と何度も言われていた。
「嫌じゃなかった」
「むしろ好きだった?」
「頼られるのは嬉しかったよ」
誰かが自分の後ろへ隠れれば、自分が必要とされていることを実感できたため、冒険者になったあと盾を選んだのも、その感覚が自然だったからである。
「最初に組んだ仲間が、私の盾の後ろなら安心して魔術を使えるって言ってくれた時、すごく嬉しかった」
「それで続けた?」
「そう」
盾役としての腕を磨き続け、いつしか「ミアがいるなら前は崩れない」と言われるようになり、その言葉は今でも彼女にとって誇らしいものだった。
「でも『ミアがいなくても大丈夫』は嫌?」
「……そうなのかも」
◇
悠斗は甲砕蟹の割れた殻を一つ手に取った。
「これ、壊れてても使えますね」
「何に?」
「器として」
乳酪焼きを盛った殻には一部へひびが入っていたものの、完全に割れていないため、料理を入れる皿としてなら十分に使える。
「盾は割れたら使えないけどね」
ミアが言う。
「修理できない?」
「状態による。縁が欠けたくらいなら直すけど、中心まで亀裂が入ったら戦闘には使わない」
「じゃあ、守るものにも限界がある」
「道具なんだから当然でしょう」
「人は?」
ミアは悠斗を見る。
「何?」
「盾役は、壊れるまで使うんです?」
「言い方悪いね」
「すみません。でも昨日の話だと、足を痛めても前に出たんですよね」
「軽かったから」
「結果は?」
「……二体目で受けられなかった」
「その時、誰かがミアさんを守った?」
「ライオスが支えた。エルドとロッカが退路作った」
「嫌でした?」
ミアはすぐには答えなかった。
「怖かった」
ようやく出てきた言葉は、自分でも予想していなかったものだった。
「守られるのが?」
「違う。自分が受けられなかったことが」
いつもなら止められる一撃を止められず、踏ん張ることもできないまま後ろへ弾かれた瞬間、仲間を危険へ晒したのだと感じた。
「でも実際は、仲間が動いた」
「そう」
「ミアさんが受けられなかったから?」
「そうだと思う」
「じゃあ、守られたんですね」
「……そうなるね」
◇
「それで何が嫌なの?」
近くで水を用意していたミレイアが、会話へ入った。
「急に入るね」
「聞こえてたので」
「店員ってどこまで客の話聞いてるの」
「店狭いですから」
ミレイアは空いた器へ水を足しながら続けた。
「私だったら、自分を守ってくれる人が三人もいたら嬉しいけど」
「盾役じゃないから言えるのよ」
「でもミアさん、その三人を守ってるんでしょう?」
「そうだけど」
「じゃあ順番が逆になっただけじゃないですか」
ミアは少し眉を寄せた。
「そんな簡単?」
「分かりません。私は冒険者じゃないので」
「そこは店主と同じなのね」
「分からないことを分かったふりする方が嫌なので」
ミアは水を飲みながら、しばらく考えていた。
◇
食事を終える頃には、甲砕蟹の肉はほとんど残っていなかった。
「これ、残った殻どうします?」
悠斗が尋ねる。
「捨てていいよ」
「かなり硬いですけど、出汁みたいなの取れないかな」
「殻から?」
「海の蟹なら殻を焼いたり煮たりして香りを出すことがあったので」
「やってみれば?」
「じゃあ少し残します」
「結果教えて」
「次来た時に」
ミアは椅子から立ち上がった。
「足、大丈夫です?」
「普通に歩く分にはね」
「盾は?」
「今日は持ってない」
「珍しいですね」
「ロッカがギルドに置いてる。明日の依頼で別の人が使うかもしれないから」
「決めたんですか?」
ミアは少し考えてから答えた。
「今から決める」
◇
ギルドへ戻ると、ライオス、エルド、ロッカの三人が同じ卓に座っていたため、ミアは向かいの空いた椅子へ腰を下ろした。
「どうする?」
ライオスが聞いた。
「合同で行って」
三人の表情が少し変わった。
「いいのか?」
「嫌だけどね」
「嫌なのかよ」
ロッカが言う。
「私の代わりに別の盾役が入るのは、まだ嫌」
「じゃあ何で」
「嫌だからって、必要ないとは限らないでしょう」
ミアは右足を少し前へ伸ばした。
「依頼は明日終わらせた方がいい。農村の水路まで来てるなら、私の回復を待つ理由はない」
エルドが頷いた。
「じゃあドール組の前衛を借りる?」
「その人、甲殻系やったことあるんでしょ」
「ある」
「なら一回顔合わせして、動き方だけ確認してから行って」
「ミアも来る?」
ロッカが尋ねる。
「顔合わせには行く。戦闘には行かない」
「本当に?」
「何よ」
「途中まで付いてくるとか言いそうだから」
「治療院の人にも止められてるから行かない」
ライオスが少し笑った。
「素直になったな」
「あなたにだけは言われたくない」
◇
その日の夕方、合同で参加する盾役の男がギルドへ来た。
名はバースという三十四歳の冒険者で、四角い中盾と短槍を使い、ミアの長盾ほど大きな盾ではないものの、甲砕蟹の鋏を正面で完全に止めるのではなく、身体をずらしながら受け流す戦い方を得意としているという。
「長盾は使わないの?」
ミアが尋ねる。
「普段からこれだからな」
「甲砕蟹相手だと衝撃強いよ」
「全部止める気はない」
「横から来た時は?」
「右へ流して、後ろへ抜ける」
「踏ん張らない?」
「足場が良ければ少し踏む。でも浅瀬なら流す」
話してみると、ミアとはかなり考え方が違った。
「ロッカが後脚切るから、その時だけ正面向かせてほしい」
「分かった」
「エルドが魔術使う前に声出す」
「分かった」
「ライオス」
「何だ」
「勝手に横から前へ入らないで」
「最近それ全員に言われるな」
「理由あるんでしょうね」
バースが笑った。
◇
翌朝、ミアはギルド前で四人を見送りながら、昨日自分が痛めた足で歩いた場所や、甲砕蟹が出やすい位置を最後にもう一度確認した。
「一体目の浅瀬、右側の石が滑るから踏まないで」
「分かった」
ライオスが答える。
「二体目が昨日と同じ場所にいるなら、正面から近づくより上から回った方がいい」
「ロッカに任せる」
「それがいい」
ロッカが笑った。
「今日は素直だな」
「みんな最近そればっかり言うね」
「実際そうだから」
「早く行って」
四人が歩き出してからも、ミアはしばらくその背中を見送った。
以前なら、自分の位置へ別の盾役が入ると考えただけで落ち着かず、何か理由をつけてでも同行しようとしたかもしれない。
胸の奥にはまだ引っかかりが残っていたものの、それでも追いかけることはしなかった。
◇
午前中、ミアは装備屋へ向かい、自分の長盾を点検してもらった。
甲砕蟹の一撃を何度も受けたことで表面へ細かな傷が増えていたが、職人が内部まで確認したところ、中心部分には問題がなかった。
「縁だけ少し叩き直す」
「どれくらい?」
「夕方には終わる」
「ならお願い」
「最近使い方荒くない?」
「魔物が硬いのよ」
「盾は悪くないって?」
「そういうこと」
職人は笑った。
盾を預けたあと、ミアは腰の片手槌も今日は持っていなかったため、戦闘用の装備を何も身につけない状態で街を歩くことになった。
普段なら背中へあるはずの重さが消えた身体は妙に軽く、最初のうちはその軽ささえ落ち着かなかった。
◇
昼を過ぎても仲間たちは戻らず、ミアはギルドで依頼書を眺めながら待っていた。
甲砕蟹の依頼欄には、まだ未完了を示す印がついている。
何度も時計代わりの砂計へ目を向けていると、受付の女性が声をかけてきた。
「心配?」
「普通にね」
「追いかけないの?」
「行ったら怒られる」
「それだけ?」
「行っても盾持てないから」
「なるほど」
「それに、私がいない時の戦い方を、私が横から邪魔する必要ないでしょう」
「前なら行ってた?」
ミアは少し考えた。
「……たぶん」
受付の女性は、その答えを聞いて静かに笑った。
◇
夕方になってようやくギルドの扉が開き、最初に入ってきたロッカが大きな声を上げた。
「終わった!」
その声を聞いた瞬間、ミアは椅子から立ち上がった。
「怪我は?」
「なし」
「二体?」
「二体」
「バースは?」
「後ろ」
続いてエルド、バース、ライオスも店内へ入り、誰にも大きな怪我がないことを確認すると、ミアはようやく張っていた肩から少し力を抜いた。
「どうだった?」
「一体目は昨日の浅瀬にいた」
ロッカが答える。
「右から回って、バースが鋏流して、その間に脚切った」
「二体目は?」
「上流へ移動してた。エルドが先に見つけた」
「大型は?」
「今日は見なかった」
「そう」
ミアはもう一度全員の姿を見て、今度こそ深く息を吐いた。
◇
「盾、どうだった?」
ミアはバースへ尋ねた。
「問題なかった」
「鋏重かったでしょう」
「重い。でも思ったより流せた」
「足場は?」
「浅瀬は言われた通り滑った。先に聞いてて助かった」
「ならよかった」
バースは少し笑った。
「レインの代わりに入るって聞いて、もっと細かく指示されるかと思ってた」
「したでしょう」
「あれで?」
「かなり我慢した」
「なるほど」
ライオスが横から言う。
「俺たちには普段もっと言うぞ」
「あなたが勝手に動くからでしょう」
「否定できんな」
◇
その夜、四人は依頼完了の報酬を受け取り、合同参加したバースにも取り決め通りの分配を行ったうえで、残った分を自分たちの間で分けることになった。
「ミアの分は?」
ロッカが尋ねた。
「昨日一体倒してるから、昨日分だけ」
ミアが答える。
「今日の分はいらない」
「でも情報くれた」
「それは仲間なら普通でしょう」
「じゃあ次、俺が怪我して偵察できなくても情報料なし?」
「何それ」
「確認」
「なしでいい」
「分かった」
ロッカは笑った。
◇
三日後になると、ミアの足首の腫れはほとんど引き、治療院でも軽い訓練からなら戻ってよいと言われたため、彼女は修理を終えた長盾を受け取りに行った。
縁へついていた小さな歪みは直され、握り革も少し締め直されている。
「どう?」
職人が聞く。
ミアは持ち上げ、何度か構えてみた。
「いい感じ」
「足治ったからって、最初から全力で受けるなよ」
「みんな同じこと言うね」
「言われるようなことしてるんだろ」
「否定できないのが嫌」
盾を背負い、ミアは工房を出た。
◇
復帰した最初の依頼は、森の近くへ現れた《牙走り》という小型魔物の討伐であり、甲砕蟹ほど強い相手ではないため、足首の状態を確かめるにはちょうどよかった。
森へ入ったあと、ロッカが先行して周囲を確認し、しばらくして二体の牙走りを見つけて戻ってきた。
「ミア、前いける?」
ライオスが聞く。
「いける」
「無理なら言え」
「言う」
以前なら、その確認そのものを鬱陶しいと感じたかもしれないが、今は自分の状態を正確に伝えることも、仲間が戦い方を決めるために必要な情報なのだと分かっている。
一体目が突っ込んでくると、ミアは盾を構え、身体を少し斜めにしながら、真正面からすべての力を受けるのではなく、衝撃の半分を横へ逃がした。
足首に痛みはない。
「大丈夫!」
自分から声を出す。
「了解!」
後ろからライオスの返事が聞こえた。
◇
戦闘は短時間で終わり、二体とも大きな問題なく討伐できた。
「足は?」
ロッカが聞く。
「平気」
「本当に?」
ミアは右足を何度か動かして状態を確かめた。
「少し張る感じはある。でも戦えないほどじゃない」
「休む?」
「十分だけ」
三人が一瞬だけ顔を見合わせた。
「何、その顔」
ミアが言う。
「いや」
エルドが笑う。
「自分から休むって言ったなと思って」
「必要だから休むの」
「分かってる」
「前からできた」
「それは怪しい」
「全員うるさい」
ミアはそう言いながら、近くの倒木へ腰を下ろした。
◇
その日の夕方、四人は《持ち込み食堂》へ寄ったが、今回は特別な食材を持ち込んではいなかった。
「今日は普通に食べに来た」
ミアが言う。
「甲砕蟹じゃないんですね」
悠斗が少し残念そうに答えた。
「また食べたいの?」
「殻の使い方、試したんですよ」
「どうだった?」
「焼いてから煮たら、かなり香りが出ました」
「食べられる?」
「殻そのものは食べません。汁に使います」
「じゃあ次に獲ったら持ってくる」
「お願いします」
四人はいつものように卓を囲んだ。
◇
「今日、ミアが自分から休憩した」
ロッカが早速言った。
「何で報告するの」
「珍しかったから」
「十分休んだだけよ」
「今までは足痛くても進んでたじゃん」
「昔の話」
「三日前」
「ライオスと同じこと言わないで」
ライオスが笑った。
「その台詞も俺が言われたな」
「最近、因果が返ってきすぎなのよ」
悠斗が料理を卓へ置いた。
「今日は鳥肉と根菜の煮込みです」
「普通の料理っていいね」
ミアが言う。
「甲砕蟹より?」
「毎日硬い殻割りたいわけじゃないから」
◇
食事の途中になると、ライオスが次の依頼について話し始めた。
「二日後、南街道の護衛がある」
「人数は?」
ミアが尋ねる。
「商人四人、荷車二台」
「魔物情報は?」
「小型が少し。盗賊は最近出てない」
「なら普通に行けそうね」
ロッカが言う。
「俺、前の偵察」
「頼む」
エルドが続ける。
「夜営は一泊?」
「一泊」
ライオスは最後にミアを見る。
「足は?」
「今のところ大丈夫。でも明日も張るなら、出発前に言う」
「分かった」
それだけで話は終わった。
誰も「絶対に来い」とは言わず、誰も「休め」と勝手に決めつけることもしない。ミア自身が自分の状態を伝え、その情報を使って全員で判断するという当たり前のやり取りを、以前なら自分が必要とされなくなるような不安と結びつけていたかもしれないが、今は少し違っていた。
◇
店を出たあと、四人は西区の通りを並んで歩いた。
ミアの背中には、修理を終えた長盾がある。
その盾を持って仲間の前へ立つことも、敵の一撃を受け止めることも、これから先ずっと彼女にとって大切な役割であり続けるだろう。
しかし、自分が受け止められない時に誰かが代わって受けることや、自分が休んでいる間に仲間だけで依頼を終えることは、彼女から役割を奪うことではない。むしろ自分が何度も仲間を守ってきたのと同じように、仲間にも自分を守る力があり、その力を使わせないまま一人で立ち続けようとすることの方が、相手の役割を奪っていたのかもしれない。
「ミア」
前を歩いていたロッカが振り向いた。
「何?」
「足、遅れてる?」
ミアは歩幅を確かめ、自分の右足へ残っているわずかな張りを意識した。
「少しだけ張ってる」
「盾持つ?」
以前なら反射的に断っていただろうが、ミアは背中の重さと右足の状態を一度確かめてから、長盾の留め具を外した。
「城壁までお願い」
「了解」
ロッカが盾を受け取る。
「でも城壁から先は私が持つからね」
「何で」
「家まで近いし、それくらいは持てる」
「分かった」
ミアは空いた背中を軽く伸ばし、仲間へ預けた盾を何度も振り返って確かめることなく、右足への負担が少し減った歩幅で三人の隣へ戻ると、そのまま同じ速さで夜の街を歩いていった。




