番外編:【お母さんの愛車は、土手を登って廃車になった?】
お母さんとバブルの時代の話をしたその夜。東京にいる僕と、タブレット越しに三陸の家から話すおじいちゃん、おばあちゃん。家族のいつものフォーメーションで、久しぶりに会話が弾む。
「おじいちゃん、おばあちゃん。昼間お母さんとバブルの話をしたんだけど、二人はバブルの恩恵って受けたの?」
そう尋ねると、画面の向こうでおじいちゃんが苦笑いした。
「高度経済成長期のときは生活が目に見えて変わっていく実感があったが、バブル経済っていうのは……俺には全然関係なかったなぁ」
「私もテレビのニュースで騒いでいるのは知っていたけれど、恩恵なんてこれっぽっちも感じなかったわね」
「えっ、やっぱりお母さんが言っていた通り、恩恵を受けたのって一部の人だけなんだね」
僕がそう言うと、お母さんが「まあ、恩恵の受け取り方なんて人それぞれだからね」と穏やかに笑った。
「そういえば今日、修学旅行の買い物にお母さんの車で行ったんだけど、運転がすごく上手だったんだよ。おじいちゃん譲りかな?」
僕が何気なく言うと、おじいちゃんは「そうやって褒められると嬉しいよ!」と目を細めた。すると、おばあちゃんがニヤリと笑ってさらりと、とんでもない事実を告た。
「あら、お母さんはああ見えて、若い頃はジムカーナっていう車の競技をしてたのよ」
「えっ、レース!? すごい!」
お母さんは少し照れくさそうに説明を始めた。
「駐車場に赤いパイロンを立ててコースを作って、タイムを競う競技よ。サイドターンとか技術が必要なんだけど、私は怖がりでそれができなくて。でも当時は女性の競技者が少なかったから、少しの間だけ楽しんでいたの」
「それだけでも十分すごいよ!」
「おじいちゃんの遺伝だな、ハハハ!」と笑うおじいちゃんを横目に、お母さんが語り出す。
「公式競技に出るには国内B級ライセンスが必要でね。でも、勢いで国内A級まで取ってしまったのよ。講習を受けてB級を取り、一度競技で完走すればA級に上がれる資格ができたから」
お母さんは遠くを見るような目で、さらに続けた。
「試験で筑波サーキットに行ったんだけど、なぜかポールポジションを取っちゃってね。ペースカー先導の模擬レースをしたのよ。スタートの合図で一斉に飛び出した途端、20台以上の車にゴボウ抜きにされたわ……。でも、ライセンスのためには変な運転をしなければいいだけだったから、私はマイペースに走って、無事にA級を取ったの。サーキットを走ったのは、結局その一回きりね」
「わあ、すごい……! あ、でも昼間言ってた『バブルの恩恵』受けたかもって、もしかしてその車のこと?」
「そう。恩恵と呼べるか分からないけど、ボーナスのおかげで車のローンが早く終わったっていう話ね。でも……その二ヶ月もしないうちに、ジムカーナ競技中に操作を誤って、のり面の土手を登っちゃったの」
「ええっ!?」
「上のほうで見学していた人とフロントガラス越しに目が合って……そのままズルズルと落ちていって、車は廃車よ」
「だ、大丈夫だったの!?」
「ヘルメットもグローブもして、4点式シートベルトもしてたから体は平気だったけれど、車はね……」
お母さんが少し沈んでいると、おじいちゃんとおばあちゃんがすかさず「私がやめなさいって言ったのに」「マニュアルの運転がまだまだだったから仕方ない」と追い打ちをかける。
画面越しにおじいちゃんとおばあちゃんに向けるお母さんの顔には、ひときわ優しくて、恐ろしい微笑みが浮かんだ。
お母さんの逆鱗に触れてしまうのは、どうやら僕だけではないようだ。
まだまだ家族の楽しい話は尽きない。




