番外編:【お母さんとバブルの証券会社 ~NTT株とセーラーズの熱狂~】
「お母さん、そういえばお母さんって、バブルの恩恵って受けたの?」
僕はごまかすように、そう質問した。前回の話で「昭和の少女時代」の話が少し微妙な空気になってしまったからだ。
「そうねぇ……。お母さん、あんまり恩恵を受けたって実感はないわね。お母さんみたいに『恩恵なんて受けてないわよ』って思っている人の方が、大多数だと思うわよ」
「えーっ! でも一般的に、テレビとかでは『あの時はよかった』って、みんな言ってるじゃない」
「これはお母さんの個人的な感じ方だから一般的かどうかはわからないけれど、本当にごく一部の人しか、本当の恩恵は受けていないと思うわ」
遠い目をするお母さん。
「ちょうどバブルが始まってからしばらく経った頃に、転職して証券会社で働いたんだけどね」
「すごい! じゃあ、バリバリ稼いだの?」
「すごくなんかないのよ。本当は事務職が良かったのに、その頃って証券会社の支店があっちこっちに乱立していて……。ちょっと大きな駅には、どこかしらの証券会社の支店ができていたのよ」
「へぇー」
「事務で入ったはずなのに、気がついたら営業をさせられててね。経済の『け』の字も知らなかったから、本当に苦労したわ」
「大変だったんだね」
「そうよ。ちょうどその頃、国営だった電電公社が民営化されてNTT株が上場したのよ。もう、日本中がその株の抽選の話題で持ちきりで、日本中がお祭り騒ぎだったわ」
「抽選で当たった人しか買えないんだよね?」
「そう、まさに『宝くじ』みたいなものよ。お母さんはその熱狂が終わった後に入社したから、そのNTT株の特権みたいな恩恵は受けられなかったんだけどね。先輩たちはキャンセルが出たものとかを結構買えて、なかなかおいしい思いをした人が多かったみたいよ」
「へえ。でも、そんなに儲かったなら、先輩たちも景気が良かったんじゃないの?」
「そうね。先輩たちに聞いたら、そのNTT株を売った後は、毎日タクシーで会社の後に『セーラーズ』のマークの入った洋服のブランドのところに乗り付けて、買い物をしまくっていたって聞かされたわ」
「タクシーで乗り付けたなんてすごいね。やっぱり、ものすごく儲かってたじゃん」
「お母さんはその後入ったから、全然恩恵は受けたって感じしなかったわ。ただ、そういえばボーナスは一回で結構な額が出て、車を買ったんだけど、そのローンがすぐに完済できるくらいだったわね。やっぱりそれが恩恵っていうのかしら。でも、あんまりそれ以外はなかったわね。周りの人も、みんなそう言ってたわよ」思い出すかのようにお母さんが「そういえばあなたのお父さんに前に聞いたんだけど昔『メッシーくん』とか『アッシーくん』とかにされそうになって、逃げまくってたって言っていたわよ」
「それって、どんな人たちなの?」
「ご飯をおごる人のことを『メッシーくん』、車で迎えに行ったりする人のことを『アッシーくん』って、昔そんなふうに呼んでいたのよ。ごく一部の人たちの話だけどね」
「すごい時代だね。じゃあ、お母さんはワンレンボディコンとかいう格好もしてたの?」
「やだ、よくそんなこと知ってるわねぇ。お母さんは東京だけど郊外に住んでたから、六本木とかあんな繁華街に行くのには、すごく時間がかかったのよ。終バスの時間を考えると、夜の9時には六本木を出なきゃいけない時間になっちゃうから……。行ったこともないし、そんな格好もしたこともないわ。お母さん、ちょっとぽっちゃりだったしね」
そう言って、お母さんはまた『深い深い微笑み』をした……。
今日の僕は、どうもお母さんの『触れてはいけない過去』を踏んでしまう日みたいだ。
家族のタイムカプセルは、まだまだ満タンにならないようです。




