神社の長い階段と、あの日のテーブルの下
おばあちゃんが漬けたぬか漬けに、お煎餅。今日は特別にクッキーまである。
おじいちゃんはおばあちゃんの顔を時折盗み見ながら、またビールに手を伸ばした。おばあちゃんは苦笑いをしたけれど、何も言わずにいてくれた。
僕は持参した荷物箱から、夏休みの自由研究のノートを取り出した。課題は「家族の子供の頃の地域の行事」。東京で母から聞き取り、すでにまとめてあるものだ。
「ねえ、これ読んでみてよ」
僕は母から聞いた話を、二人に向けて読み上げた。
年に一度「カラス追い」という行事があり、家の屋根にカラスが止まるとその一年は災いが起きるという。だから皆で鍋やフライパンをガンガン叩いて、カラスを追い払ったのだ、と。
読み終えて顔を上げると、二人はキョトンとしていた。
「そんな行事……あったかしら」
おじいちゃんも首を傾げている。どうやら母の記憶違いだったらしい。僕は「なかったこと」にして、ノートをそっと荷物箱にしまった。
静寂が戻った縁側で、今度はおばあちゃんが静かに口を開いた。
おばあちゃんがまだ少女だった頃、戦地からひいおじいちゃんがなかなか帰ってこなかったそうだ。ひいおばあちゃんは毎日、近くの神社の長い険しい階段を登り、無事を祈り続けていた。
ある日、祈りを終えて降りようとした時、「明日、帰ってくる」という不思議な声が聞こえたという。
「手すりも何もない、転がり落ちそうな階段だったわ。でも、ひいおばあちゃんは迷わずお礼を言って降りてきたのよ」
翌日、本当にひいおじいちゃんが家に戻ってきた。そんな不思議な話を聞き、僕はただ言葉を失った。
その神社は、あの震災の時も高台にあったおかげで無事だったそうだ。
麓の集落は津波にのまれてしまったけれど、逃れた人々は今、こうして高台で寄り添って暮らしている。僕が道中で目にした巨大な防潮堤も、その後に築かれた大切な境界線なのだと知った。
僕はふと、あの日のことを思い出した。
幼い日の震災の記憶。おやつを食べている時に起きた激しい揺れ。母に抱きかかえられ、テーブルの下に潜り込んで震えていたこと。その夜、怖くてテーブルの下に布団を敷いて眠り、うなされて何度も母を困らせたこと。
「そんなこともあったねえ」
おばあちゃんが、優しく僕の肩に手を置いた。
今はもう、あの時のテーブルの下は、どこか遠い場所のように思える。でも、この地で祈り続けてきた人たちがいたからこそ、今、こうして静かに夏を過ごせている。
僕はお茶を一口すすり、吹き抜ける風に目を閉じた。
この場所にあるのは、消えない悲しみだけじゃない。明日を信じて階段を登る、強くて温かい「祈り」なのだと、ようやくわかったような気がした。




