番外編:【親族大集合、昭和の東京、結婚式の朝】
おばあちゃんの卒業写真の謎を解いた日の夕暮れ。タブレット越しに、東京のお母さん、そして三陸のおじいちゃんとおばあちゃんと僕で会話をしていた。タブレットには昼間見たおばあちゃんのアルバムが映し出されており、話は自然と東京での暮らしの思い出へと移っていった。
「あ、これだ。お母さんがまだ5歳くらいの時の、東京のお家」
僕がタブレット越しのお母さんに見せたのは、古びたアパートの外階段に、まだ幼いお母さんがおどけて手すりにつかまっている写真だった。そのアパートは、1階に大家さんが住み、2階に小さな台所とポットン式のトイレ、そして6畳の二間押し入れが一間あるだけという、本当に小さなお家だった。
それなのに、そこにはおばあちゃんの妹弟、その夫と妻、子供たち、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃん、そして小さい頃のお母さんとおばあちゃんまで、親族一同がひしめき合って写っている白黒写真があった。おじいちゃんはもちろん写真を撮っていたので写っていないが、大人13人、赤ちゃん2人を含めた子供が8人、さらに妊婦さんが3人も写っているという大所帯だ。
「狭いアパートだったから、よく床が抜けなかったと思ったわ。ね、おじいちゃん」とおばあちゃんが言うと、おじいちゃんも「ほんとだよ。よく抜けなかったなあ」と笑った。
次に見せたのは、上半身裸でグラスを傾け、ビールを飲んでいる男性の写真だった。汗水流して働いた後に、急な外階段の踊り場で一息ついている姿には、昭和の高度経済成長期を生きる父親のリアルな生活の匂いがあった。
「これ、おじいちゃん?すごいかっこいいじゃん。昭和の男って感じがする。でも、おじいちゃん珍しいね。写真に写るの嫌いだったんでしょう?」と僕が言うと、おじいちゃんは「それはお母さんが撮ったんだよ。偶然、うまく撮れたんだね」と照れくさそうに言った。「それ、初めて私が写真を撮って大成功したやつだね」とお母さんも嬉しそうに付け加えた。
おばあちゃんが、親族大集合の写真について説明してくれた。
「この写真はねぇ、おばあちゃんの下から2番目の妹の結婚式の朝、みんなで東京の私たちの家に集合した時の写真なの。妹弟、その連れ合い、子供たち、みんな勢揃いしたんだから、すごい人数だったわよ」
中央の男性の膝の上にちょこんと座り、少し緊張した面持ちでカメラを見つめているのが、幼い頃のお母さんだ。
「あ、私、すごい格好……恥ずかしいから見なかったことにして!」
お母さんは照れ笑いを浮かべたが、写真は当時の賑やかさを雄弁に物語っていた。
お母さんの他に、2人の子を抱っこしているのは、以前にも話した「船乗りのおじちゃん」。おばあちゃんの弟だ。恰幅の良い体型で、3人の子供を膝に乗せてもびくともしていない。頼りがいのある優しそうなおじさんだ。
しかし、幼いお母さんには、どうしても苦手な親族がいた。それは、この集合写真を撮っているお父さん(僕のおじいちゃん)ではなく、写真には写っていない、おばあちゃんの下から2番目の結婚する相手の男性だった。
「そのおじさんは、目鼻立ちがくっきりしていて、目がぎょろっとしてて、本当に怖かったの。男の人が苦手だったこともあって、その人が来る時は、いつも押し入れに隠れたりしてたんだから。男の人の靴下の先を玄関で発見しただけで、怖くて家の中に入れなかったのよ」
お母さんが笑いながら懐かしい思い出を語る。
「お父さん(僕のおじいちゃん)がまた意地悪でね。ある日、外に観光バスが止まったら『あそこにその怖いおじさんが乗ってるぞ!』って脅かすもんだから、大泣きしたこともあったわよ。でも、不思議よね。なぜかこの写真で抱っこしてくれてる『船乗りのおじちゃん』の膝の上には座ってるの」
写真の中のお母さんは、船乗りのおじちゃんの膝の上に座り、少しだけ不安そうに前を見つめている。それでも、彼が一番しっかりしていて、頼れる存在であることを幼心に分かっていたのだろう。
「実は、この写真には写っていないけれど、私が怖がっていたその目のぎょろっとしたおじさんは、本当はすごく優しくて、お母さんはいろんなことでお世話になったりしたのよ。当時は有名なホテルのコックさんをやってたの。まだ見習いで、学校を出たばっかりだったかな」
集まった親戚たちは、この後みんなで結婚式場へ向かったという。
「結婚式の詳しい事は覚えてないけど、式場に行って車を降りるときに、その目のぎょろっとしたおじさんがいて、車から降りたくないと思ったのはまだ覚えてるわ」とお母さんが言った。
懐かしい写真を眺めていたお母さんが、ふと呟いた。
「あれ? そういえば、この写真、お母さんの1番下の妹が写っていないよね。お母さんと20歳は離れていた、若い妹なんだけど」
「ああ、1番下の妹は寮に住んでたから、直接結婚式の会場に行ったのよね」と、おばあちゃんが笑った。
お母さんは苦笑いしながら、「でも、みんなが集まった大切な日に、誰かが1人でもかけると少し寂しいわね」と呟いた。
古い一枚の集合写真から、東京の急なアパートの階段、ビールを飲むおじいちゃんの笑顔、朝の緊張感、そしてお母さんの幼い日のトラウマと、鮮烈な記憶が次々と蘇ってきた。
激動の時代をたくましく、そして賑やかに生きた家族の絆が、そこには確かにあった。
まだまだ家族の話は続きます。




