番外編:【三世代の挨拶いろいろ】
《お知らせです。今日、8月1日は私が小説を書き始めて1ヵ月記念、勝手にお祝いでもう1話お昼に投稿します。これからもよろしくお願いします》
三陸のおじいちゃんとおばあちゃんの家で、魔法のタブレット越しに東京にいるお母さんとまったり話していたときのことだ。
お母さんがふと、疑問を口にした。
「そういえば、東京のマンションにいる今は知ってる人には挨拶してるけど、知らない人には防犯上、あまり声をかけたりしてないなあ……。そっちは今、どんな感じなのかな?」
僕はおばあちゃんに向かって、「こっちは、知らない人って、おばあちゃんはあんまりいないよね」と言うと、「今も地域のみんなは大体知り合いだし、隣の街とかも知ってる人が多いからね。みんなに挨拶するわね」とおばあちゃんが言った。
続いて僕は、「東京のマンションで下手に知らない人に声をかけたら、変に警戒されたり逃げられたりすることもあるし、防犯のこともあるから簡単には挨拶できないんだよね。挨拶しただけで、勘違いされたりとかあるから怖いよね」とお母さんに言った。
それを聞いたお母さんが、声を弾ませた。
「でもさ、小学校は『挨拶運動』ってあったよね! ボランティアのお母さんたちが校門の前や通学路の交差点に立って、『みんな大きな声で挨拶しなさい!』って腕章をつけて見守ってくれてさ」
「あぁ、それあった!」と僕は頷いた。「旗を持ったお母さんたちが立っていて、その日は登下校のときにめちゃくちゃ挨拶させられたなぁ」
すると、会話を聞いていたおばあちゃんが、目を丸くしてびっくりしたように言った。
「えっ、そんなふうにわざわざ『挨拶する週間』なんて作らないと、みんな挨拶しないものなの?」
おばあちゃんの言葉に、お母さんが「そうよねぇ」と笑った。
「お母さんが育った団地の時もそうだったわ。コミュニティのつながりがあったから、みんな仲良くするために、知らない人でもすれ違ったらとりあえず挨拶していたもの。『挨拶は大切だからね』って、おばあちゃんに散々言われたものよ」とお母さんはおばあちゃんに向かって言った。
するとおばあちゃんが、ふふっと笑いながらこう言った。
「そういえば昔、婦人会の旅行で温泉に行ったときなんかは、脱衣所ですれ違う知らない人同士でも『こんにちは』『いいお湯ですねぇ』ってごく自然に挨拶し合っていたものよ。お互い旅の恥はかき捨てじゃないけれど、温泉という同じ時間を共有しているだけで、不思議と心が通じ合ったもんね」
おばあちゃんの言葉に、お母さんが「温泉とかでは今でもそうかも……」と呟いた。
さらに、おばあちゃんが自分の子供時代を振り返る。
「おばあちゃんが小さかった頃の地区なんて、誰が通ったかすらすぐにわかるような狭い世界だったから、知らない人が入ってきたらみんなで『あれは誰だ?』って話になるくらいだったのよ。だから、すれ違う人に挨拶するのは当たり前のことだったのよね」
世代ごとの違いにしみじみしながら、僕はふと気になったことを口にした。
「そういえば、何かの本で読んだけど、山登りをする人たちは、すれ違うときに知らない人同士でも挨拶するって聞いたよ。それって、昔のここの感じや温泉の感じと一緒なのかな?」
「あぁ、そうかもしれないわね」とお母さんが考える。「山の中では、お互いの無事を祈ったり、『これから頑張ってね』っていう労いの意味も込めて挨拶しているのかもね」
ずっと黙って聞いていたおじいちゃんが、お茶をひとくちすすってから、しみじみと言った。
「挨拶っていうのは、人間関係を円滑にするための一番最初の大切な一歩だと思ってきたけれど……こうして話を聞いていると、時代とともに随分と変わるもんだなぁ」
同じ日本で育ってきたはずなのに、世代が違うだけで、人と人との距離感や当たり前がこんなにも違う。なんだかとても不思議で、考えさせられる時間だった。
三陸の夏休みは、もう少しだけ続いていきます。




