番外編:【給食はタイムマシン? 世代で違うおいしい記憶】
お母さんの食べ物に関する思い出話は、まだまだ続いていた。お母さんが懐かしそうに口を開く。
「私たちの時は、学校の給食で、低学年の頃は白いご飯なんて出なくてね。急に『月に2回お米を出す日』っていうのができて、それがすごく画期的だったのよ」
「今じゃお米は結構出るよ。お米が高くなった時はパンが多かったけどね」と僕は答えた。
お母さんたちの時代はコッペパンや、『ソフト麺』という袋に入ったうどんが出たそうだ。「あれを袋の上から男子たちが4つにわざわざ手でちぎって、スープに入れて食べてたのよね。なんであんなことしてるのか謎だったけど……」とお母さんが笑う。
「あと、牛乳も瓶だったのよ! 専用の針がついた丸い栓でパカッと開けて、男子たちはその蓋を『メンコだ』『バッチだ』って言って集めてたりして面白かったわ。今みたいなパックじゃなくて、高学年の時に三角パックの牛乳が2回だけ出て、すごく嬉しかった思い出があるなぁ」
それを聞いて僕は、「今はちゃんとパックになっていて、飲み終わったら自分で開いて、お水でさっと洗ってリサイクルしているんだよ」と言った。
おばあちゃんが「飲んだその場ですぐ自分たちでするのねぇ」とびっくりすると、僕は「そうだよ。バケツで1回洗うんだけど、そのバケツが結構牛乳臭くなるから係の人は大変なんだよ。でもエコのためだからね」と胸を張った。おじいちゃんも「時代が変わるもんだなぁ」としみじみ感心している。
すると、お母さんが急に声を弾ませた。
「そうそう、私、揚げパンが大好きだったのよね! あれが給食に出ると、得した気分ですごく嬉しかったわ。誰かがお休みして余ったりすると、クラス中でじゃんけんの争奪戦だったの。……まあ、勝った試しは一度もないんだけどね」
さらに、お母さんは楽しそうに続けた。
「それにね、5年生のときに1度だけクリスマスの『イチゴのショートケーキ』が出たのよ! 『もしかしてクリスマスには毎年出るんじゃないか?』って期待して、6年生のときも待っていたんだけど出なくて……あれは幻だったのかしら。あまりにもショートケーキが食べたかったから、私、夢でも見てたのかなぁなんて思っちゃう」
お母さんの思い出話を聞きながら、僕は自分の学校の給食を自慢した。
「僕たちの今の学校は、給食が結構当たりの学校なんだよ! 1学期に1回『〇〇デー』っていうのがあってビュッフェスタイルで食べたり、世界の料理フェアみたいな日があって日替わりですごく美味しいんだから。ほんとに楽しみなんだよ」
「そんなお洒落な給食なんてうらやましいねぇ」とおばあちゃんが笑う。「この前、給食の試食会があって1回行ったら本当に美味しかったの。『今の子供たちはこんなに贅沢なものを食べてるんだ!』って驚いちゃったわ」
その言葉を聞いて、おばあちゃんが少し遠い目をした。
「私たちの時代は食べるものもなくて、芋を1本だけ新聞紙に包んで学校に持っていったりしていたんだよ。……それだって、食べるものがあるだけまだ良かった時代なのよ」
すると、おじいちゃんが静かにうなずいた。
「クラスの中には、お弁当箱を忘れたのか、それとも空っぽのお弁当箱を持ってきて『もう食べちゃったんだ』って笑う子もいたねぇ……。みんな自分が生きるのに精一杯で、食べ物を分けてあげようなんて、そんな余裕の心が浮かばない時代だったなぁ」
おじいちゃんとおばあちゃんの子供の頃は「給食」すらなく、お弁当を持参するのが当たり前だった。お母さんの時代のソフト麺や瓶牛乳、そして僕たちの時代のバイキング給食。
たかが給食、されど給食。3世代でこうして比べてみると、時代によってこんなにも違うんだなぁと、びっくりすることばかりだ。
僕たちの番外編は、まだまだ続いていきます。




