番外編:【それぞれのバタークリームケーキ】
すき焼きやマグロの話で記憶が刺激されたのか、お母さんがおじいちゃんに問いかけた。
「お父さん、そういえば昔、クリスマスにはケーキを食べるっていうスタイルが定着し始めた頃、忘年会の景品でクリスマスケーキを持って帰ってきたことがあったよね」
「そんなことあったっけか?」
おじいちゃんがとぼけると、おばあちゃんが笑って言った。
「あったわよ。あなたは『ケーキじゃなくてウイスキーが当たればよかったのに』って愚痴を言ってたじゃない」
おじいちゃんは「そうだったか?」と目を泳がせている。
お母さんが苦笑いしながら続けた。
「今みたいにショートケーキがいつでも食べられる時代じゃなかったから、お父さんが箱を持ってきたときは嬉しくてたまらなかったの。でも、開けてみたらバタークリームのケーキでね……すごくがっかりしたのを覚えてるわ」
「バタークリームのケーキ?」
僕が聞き返すと、おばあちゃんが教えてくれた。
「昔は生クリームなんてなくて、バターを練ったクリームだったのよ。もったりしていて、すごく味が濃くて重いの。好き嫌いがはっきり分かれる味ね」
「僕も食べてみたいな」と僕が言うと、お母さんは「今のさっぱりしたケーキに慣れていたら、多分一口で参っちゃうと思うわよ」と笑った。
すると、おばあちゃんが少し遠い目をした。
「私たちの時代は甘味なんて貴重で、クリームだって高級品だったから、バタークリームでも懐かしい味よ。それにおばあちゃんの子供の頃は、学校で『脱脂粉乳』っていう栄養の塊みたいなものを飲まされていたの。今の牛乳とは全然違って、独特の匂いがしてとても美味しくなかったけれど、お腹がいっぱいになるし、栄養があるからとみんなで我慢して飲んだものよ」
お母さんは「……そうよね。食べ物に好き嫌いを言えるなんて、本当は贅沢なことなのね」としみじみと言った。
好き嫌いが多い僕には、その言葉が少し胸に刺さった。お茶請けのチョコレートを頬張りながら、今の幸せをかみしめた。
僕たち家族の夏は、まだまだ続いていきます。




